一人じゃないよ、大丈夫だよ

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少女がいきなり血を吐いた。
それを聞きつけたクルー達は一斉に医務室へつめかけたが、今は来ないでくれとチョッパーに門前払いされてしまった。
ちなみに、床に飛び散った血はゾロが丁重に掃除中である。

「お前、病気にかかってるのか?」

「……」

二人きりの医務室の中。チョッパーの率直な質問に、少女は少し考えてから小さく頷いた。

「何の病気か、教えてくれないか?
俺、こう見えて医者なんだ!お前の病気、治してやりたい、だから…え?」

少女は、横に首を振って曖昧に笑った。
まるで、大丈夫だと言うかのように。

「…大丈夫なわけ、…ないじゃないか!
あんなに血を吐いたんだぞ!そんなの、苦しいんじゃねぇのかよ!」

「………」

「だって、まだ、まだお前、生きてられるんだぞ…。これからたくさん楽しいこと、できるのに」

若くして死ぬことは、この世界ではよくあることだ。だから皆それぞれ生きたいように生きて楽しんで、毎日を謳歌している。
それなのに。きっとまだまだやりたいこともあるだろうに。医者の目の前で、病気のせいで死んでしまうのをチョッパーは許せなかった。

「…ごめんな。急に怒鳴って。
今は、寝てた方がいいよ」

暖かな布団をかけられてしまうと、どうにも眠くなってしまう。寝たら、いつかまた起きることになる。また、具合が悪くなる。故に寝たくない少女は、どうにかして眠気を覚ませないかと考えた。
ふと、自分の腕に巻いてある包帯に気が付いた。この下に隠されている傷は、自分でやった。起きたときの苦しさが嫌で、どうしても寝たくなくて、そんな自分が情けなくて、家にあった少し大きなカッターをその腕に毎日滑らせていたことをぼんやり思い出した。なにやら作業をしているチョッパーにバレないように音を立てずに包帯を外す。所々綺麗に縫合してあるそこを指でなぞり、その傷に思いきり噛みついた。また傷が開いて血が滲む。眠気は失せ、痛みで目が冴えた。
これで眠らないことに安堵したその時、医務室のドアが誰かに開けられた。

「あ、ルフィ!あの子、今寝たばっかりなんだ」

ルフィ。さっき、あの緑の人がその名前を聞いたら怒っていたのを思い出して少女の体が緊張で強張った。

「んー、そっかー。起きてたら一言言おうと思ってたのによー。それにしても大丈夫か?あいつ」

「今は落ち着くのが大事だから、そっとしとこうと思って。起きたらちゃんと診てやらねぇと…」

自分がお世話になった医者と同じ事を言うチョッパーの声を聞いて、少女はうずくまった。
診たって、これはすぐ治るものじゃない。ストレスが原因だと言われたとき、少女は自分を責めた。心因性の病気になるのは心が弱いから。全部自分のせいだと親から言われ続けていた為、そう思うことしかできなかった。

「す〜っ……起きろ〜!!」

「っ……〜〜?!!」

「ルフィ?!大声出すなよ吃驚するだろ!」

布団を剥ぎ取られた瞬間に耳元でそう叫ばれた。強張っていた体がしびびび、と痺れてはねあがる。
思わずベッドに座り込んだ少女の顔を至近距離で見つめたかと思うと、満面の笑みを浮かべたルフィに肩をがし、と掴まれた。

「体の悪いとこ、チョッパーに治してもらえ!早く良くなって次の島でメシ食うぞ!!」

「……?」

「メシだよ、メシ!!
サンジが作るのもうめぇけど、そこでだけってのを食うのもいいんだ!ちさんちしょーってやつだな!!」

力説する元気な声が頭に響いてくらくらする。
耐えきれなくなってベッドに倒れ込むと、「どうした?」と心配そうな声がした。

「なんでもないです。気にしないでください」
そう口を開いて、はっとする。
自分の喉からは、声が出ないのに。なんで今話そうとしたのだろうか。
その形に唇が動くが、声が一切出てこないのを、ルフィとチョッパーは見逃していなかった。

「…お前、声が」

「……っ!!」

す、と伸ばしたルフィの手から逃げるように少女は身を縮こませた。

知られた。知られた知られた知られた!!!
どうしよう。変な奴だと思われる。何を考えてるか分からないって殺されてしまうかもしれない。怪しい奴だと疑われるかもしれない。
どうしたらいい?ここから出ていけばいい?
とにかくここから消え去りたくて、ベッドから降りようとするとルフィにやんわり止められた。

「声が出ねぇなら早く言えよ!
待ってろ、今ウソップとフランキーに声が出なくても話せる何か、作ってきてもらうからよ!!起きんじゃねぇぞ〜!」

「………」

ばたばたと出ていったルフィの背中を、ただ見つめていた。
しばらくして、「いや、それより」と切り出したチョッパーは、少女の前に紙とペンを置いた。

「普通に書いた方が早いんじゃないかな。
声が出ないなら、ペンでお喋りする方がいいな!」
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