黒バス短編
□モノクロdays
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ウィンターカップ開催当日、キセキの世代の集会にテツヤ君が呼ばれた。一緒に行きませんか?というテツヤ君のお誘いを丁重に断った私は、選手達に激励を送って二階席へ移動する。ベンチに入れるのは監督やコーチだけだから。
二階席へ上がる階段へ差し掛かり、階段を一段上がった時、突然背後から右腕を掴まれてガクンと膝を折った私はバランスを崩し、勢いのまま転びそうになった。
目を固く閉じて次に来るであろう衝撃に備える。…が、いつまで経っても痛みはこない。恐る恐る目を開けると、誰かに身体を支えられているではないか。ビックリして急いで体勢を立て直し、お礼を言う為に振り替えるとよく知った色彩が私を捉えた。
『っあ……かし、君…』
「驚かせたようですまないが、話がある。少しいいか?」
疑問系であっても有無は言わせない気迫を放つ彼は、そのまま私の右手を掴んでぐいぐいと外へ誘導していく。動揺している自分を悟られまいと、鮮やかな髪を見つめながら心を一心に落ち着かせた。
中庭のような場所に移った私達はお互いに一定の距離を保って向かい合っている。そんな私達を冷たい風が嘲笑うかのように一吹きした。
舞い上がる髪の間から、綺麗なオッドアイが私を睨む様に見つめている。この呼び出しの意味を図りかねていると、漸く赤司君が重たい口を開いた。
「随分と可愛いがられているようじゃないか」
『何の事…?』
睨み付ける様に私を見つめる眼光は、人くらい簡単に殺せてしまうのではないかと思うくらい鋭かった。
「誠凛の選手と仲がいいんだね」
『それはマネージャーだから…』
「テツヤとも、随分親しげだしね」
『そりゃ幼馴染だし…』
「ふぅん…」
『…赤司、君?』
いよいよ赤司君が何を言いたいのか分からない私は簡単に白旗を上げた。
「テツヤが好きだから誠凛に行ったのかと思ってたよ」
『なっ…んで、そうなるの?』
「僕は何も知らなかった。高嶺が志望校を迷っていた事も、誠凛に決めてしまったことも。君は何も言わなかったし、そんな素振りを一切見せなかった。だから普通に考えて心変わりしたと思ったが、違うのか?」
私は、赤司君が好きだ。今でもそれは変わらない。好きだからこそ、彼が間違っている事を正したかった。でもそれは、私一人では到底出来ないことで…それをテツヤ君や誠凛の皆に託し、私は彼等のサポートを精一杯している。
今の彼に何を言った処で自信の勝利を揺るがないものと考えている赤司君には何の意味もない事もまた事実。
彼の価値観は間違っている。勝利とは、チームメイトを蔑ろにしてまで掴みとる程の物なのか?どんな手を尽くしてでも勝つのが彼の信条だが、私はそうは思わない。相反する価値観を正す為には、彼を負かすしかないのだと思うのだ。
負けても何も変わらないかもしれない。けど、人生でただの一度も負けた事がない赤司君にとっての初めての敗北は、きっと彼に大きな何かをもたらすはずだ。
胸を抉られたような痛みを無理矢理抑えて、感情のコントロールが出来ていない私は、それでも最後の抵抗とばかりに下を向いて、涙が出ないように歯を食い縛る。ここで泣いたら、負けな気がするから。
『赤司、君が…そう思うなら…そうなんじゃないかな…けど、これだけは言わせて…勝つのは、誠凛っだよ…!』
誰にも理解されなくてもいい。私は、赤司君が好きだ。…そして彼の敗北を強く望む。
「…君の気持ちはよく分かった」
そして赤司君は何も言わずに去った。胸が引き裂かれそうだ。さっきまでは恐いくらいに睨んでいたのに、誠凛の勝利宣言をした時に一瞬悲しげな顔をした。あんな顔、初めて見た。
赤司君の表情が頭の中を占領する。
私が、させた…あんな表情(かお)を。…やっぱり、私は赤司君の傍を離れて正解だったのだ。私の拙い言葉が…意地が、彼にあんな表情をさせているのだから…。
溢れそうな感情の奔流を無理矢理抑え込み、誠凛の応援をするために気持ちを切り替える。冷たい女だと、つくづく思う。
ウィンターカップの初戦は桐皇だ。IHで負けた相手であり、テツヤ君の因縁の相手である青峰君のいる学校。対桐皇戦を観戦しようと席を探して歩いていると、同じ東京枠の秀徳がベストポジションを陣取っていた。
「あっれ〜?誠凛のマネージャーさんじゃん?」
彼は確か…名前が出てこない…。
「うるさいぞ高尾…!真白か…」
『…お久しぶりです』
「真白ちゃんも一緒に観ない?真ちゃんの隣空いてるよ!」
『え、あ…はい…』
ほぼ初の会話にも関わらず彼…高尾君のコミュニケーション能力の高さに圧倒され、あれよあれよと言う間に緑間君の隣で試合観戦をすることになった。
もう少しで試合開始になるという時、黙りだった緑間君が重たい口を開いた。
「……奴とは連絡をとっていないのか?」
『…………うん』
「…別れた、のか?」
『………どうだろう、分からない。けど…私はずっと好きだよ…今も昔も』
「……なら何故奴から離れた?」
『…成長の為の敗北は人間にとって必要な事だと思う。…特にこれまでの人生で一度も負けた事がない彼にとっては』
「だから離れた、と?」
『例え嫌われても…彼の間違いを正したいって思った…私は、私の正しいと思った事を貫いているだけ、だよ』
「…回りくどいのだよ、お前もあいつも」
『………それは、どうにもならないのだよ』
「真似するなっ!」
譲れないものは、例え好きな人にだって譲れない。
ズキズキ痛む胸を抑えて、試合開始を待つ。大丈夫、大丈夫…私はまだ頑張れる。
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