短編

□つんばくらにさらわれべ
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これから私の生死が掛かったゲームが始まる。私の役目は大まかにカラ松さんの傍を離れず、邪魔にならないように気を配ること。襲撃間近には合図を送るのでトイレに籠って耳を塞いで待ってろという。
ずっと『マフィアさん』と呼んでいたのに私は彼の裏の顔を知らないし、理解もしようとしなかった。
マフィアというのはどんなに怖いのだろうか。彼は人を殺した事があるのか……まあ何となく、今までの言動で匂わせている節がある。きっとあっただろうし、おそ松さんが"潰す"と言った意味を考えたらこれから起こる事もそれなんだろう。
トイレに籠ってろと言うのは彼の優しさだ。人殺しの瞬間を見せない為の最善の策は此れしかなかったんですね。

車が止まった。ドアが開かれて先にカラ松さんが降り、私も続いて降りようとすると彼は手を差し出した。

「お手をどうぞ、マイプリンセス」
「……そのマイプリンセスとか止めて下さい」
「相変わらずシャイなガールだな」

差し出された手を取り、数時間履いてみたけど慣れないヒールで不安だったから有難い……と思ったけど、この人が原因で巻き込まれて此処にいるんですよね。引き受けた以上文句はあまり言えませんが、少しくらい憎まれ口叩いてもいいですか?
生きて帰ったら一松さんに慰めてもらおう。明日からちゃんとした生活が送れるはずだから、たまには愚痴を聞いてもらおう。

腕を組むのがマナーなのか、私達の前に行った一組の男女が堂々と腕を絡ませている。目配せするとカラ松さんは腕と胴体の間に隙を作り、そこに私の腕を通した。

「合図があるまでオレから離れないように」
「分かってます」

ホール入り口前にいた黒服にカラ松さんは懐から招待状を取り出して渡した。その時、私の方に黒服の彼は顔を向けたので愛想笑いを浮かべて、出来るだけ堂々とした振る舞いで居ようと背筋をしゃんとさせる。

「松野ファミリーの……」
「松野カラ松だ」

松野カラ松って……しかも松野ファミリー?
何の偶然なのか班長と同じ苗字。松野ファミリーのボスの養子にでもなったのだろうけど、松野ファミリーって何ですか。どんだけ私は松野という人に縁があるのだろう。

「お待ちしておりました。ボスの挨拶が終わり次第別室にご案内致しますので、それまではお連れ様と暫しパーティーをお楽しみ下さい」
「ああ。ありがとう」

軽く手を振ってカラ松さんが足を進めると同時に私の足も自然と中へ進む。会場に入れば一斉に向けられる視線。カラ松さんに何だろうけど、ぞわぞわとした悪寒が走った。明らかに一般人とは違う雰囲気だ。
パーティーって、もっとキラキラしてて楽しげな空気の中で行われるものではないのですか?しかもパートナー同伴と言う割には男の比率が多すぎる。給仕やガーディアンの人達が居るのは当たり前なのだが、それが味方じゃないからここは死神のパーティー会場と化していて、なんなら今すぐ合図出して私をトイレに引きこもらせて下さい。

「あれが松野ファミリーの……」
「ボス……ではないな。No.2かNo.3のどっちかだろう」
「隣の女は誰だ?」

小さい声なのに、そんな会話は案外耳に入ってくる。

「何か食べるか?楽しめと言われても、ワルツを踊る気分にはなれないだろう」
「……飲み物だけで。カラ松さんは?」
「オレも飲み物だけで十分だな」

お酒を飲んだ事がない私に彼はオレンジジュースを二つ持ってきた。

「ハニーと同じものが飲みたくてな」
「そうですか」

少量の酒でも動きが鈍ったら困るのだろう。良い言い訳口を見つけたものですねと、オレンジジュースを含んだ彼の後に私も一口飲む。
……オレンジジュースうまっ。

やることは特に無いし、会場内の人達を見ていると彼の顔が近づいて耳打ちされる。

「いいか。あのホールの中心で挨拶している恰幅の良い、えんじ色のスーツを着たのがターゲットだ。それから他にも奴の傘下のファミリーが見えている。……気をつける事に越したことはない。今から言う奴らの特徴を覚えて近づかないようにしてくれ」

誰が聞き耳を立てているか分かったもんじゃない。少し壁際に移動しようと彼の腕を引き、会場がある程度見渡せる場所で足を止める。彼も意図していることを汲んでくれたので周りに不審がられずに移動出来たと思う。

半径1メートルに人がいない事を考慮して、カラ松さんは三人ほど教えてくれた。「へぇ……」とか「なるほど」と適当に相槌をしていると、彼が注意しろといった一人が私達の前に来る。

「やあ。松野ファミリーの……No.2かな」
「ああそうだ。そちらさんは確か、竹田組の右腕君だな」
「よく知ってますね。初めまして。今夜来たということは色好い返事を持参して来たのですかい?」
「色好い返事……まあ近いものではあるかな」
「それは良い。ところで、そちらのお嬢ちゃんはお前さんのコレか」
「恋人だ。彼女は今日のようなパーティーが初めてで、その上人見知りなんだ。あまり絡まないでくれないか」
「おや。お熱いことで」

上品に笑う彼がヤ○ザなのが信じられないほど、纏う雰囲気が柔らかだ。しかし、その雰囲気に混ざった悪いもの。疑わしいとでも思ってるのか嫌な感じを受ける。
ここは一芝居打って弱く見せてみようか。実際に女だからか弱いのですけど、性格がアレなもんですからね。

「あの、やっぱり……私は場違いだったんじゃ……」
「大丈夫だ。まあ少々ハニーには刺激的すぎたかな?」
「……少し」
「気分が悪くなったら早めに言うんだぞ」
「あ、子供扱い!そりゃあ貴方から見たら色気のない子供ですけどねー」
「拗ねないでくれマイトレジャー。帰ったら朝まで愛してやるから」
「結構です!それなら子供扱いしてくれた方がマシです!」
「……それじゃあ私はここで。邪魔したね、松野ファミリーNo.2」
「ん?いや、気にしてないよ」

その人は呆れたようなものを見る目になり、ホッと息を吐いた。

「……君は演技が得意だな」
「別に演技というほとでも無いです。カラ松さんがノッてくれたお蔭で、あの人の私への興味が削がれたので助かりました」
「朝まで愛してやるという言葉は本気だぞ」
「はは。結構です」
(……うん。彼女らしいというか、このテンションの方が落ち着くな。でも断れたのは少しショックだ)

呼ばれるまでパーティーを楽しめと言われたが、楽しむなど皆無な怖い世界。私が生き残る為にも、カラ松さんから言われた要注意人物に目を光らせて、その取り巻き達も変な行動をしないか会場内全体を見回した。

途中、さっきの竹田組の右腕さんが連れの女性と思われる人と会場を出ていき、五分ほどして一人で戻ってきた。別に変な感じはしない。ただ、それを皮切りに会場にいた女の人の姿が少しずつ減ってきている気がする。
もしかして、これって………。

「カラ松さん。トイレ行きたいです」
「え?まだ……」
「本当に行きたいんです。一人は怖いので付いてきて貰ってもいいですか?」

それなら仕方ないと近くにいたウェイターにカラ松さんが言伝てを残して、一緒にホールから出てトイレまで付いてきて貰う。女性用トイレに入って『誰も居ない』という事を確認して、廊下で待つと言ったカラ松さんの手を掴む。

「中まで入って来てくれませんか。誰も居ないので」
「恐怖に怯える仔猫ちゃん。残念だがそれは無理……」
「ご託はいいから来て下さい。女に恥を欠かせる気ですか」
「寧ろ俺が女子トイレに入る方がヤバいだろ」
「じゃあ言い方を変えます。来ないなら、一生私に会わないで下さい(どうせこんな口約束、貴方なら破るんでしょうけど)」
「一生!?………っ。わ、かった。早く済ましてくれよ」

この人、何で私が好きなんだろう。今みたいに好意を利用するような言葉を余裕で言う女ですよ。班長も……一松さんも何で私なんだろうか。可愛げがなさ過ぎるし、私が男だったら好きにならないな。あまり魅力を感じない。

まだ戸惑っているカラ松さんの手を引いてトイレの中に入る。個室の一番奥に行き、一緒に入れと言ったら先程よりも焦って突っぱねようとしたが、さっきの台詞を言おうと「一生……」と呟いた所で顔を赤くしながら目を瞑って入ってくれた。
カチャンと鍵の閉まる音にカラ松さんの手が震えた。

(これは期待してもいいのか!?でも仕事中に彼女もそんな事をするわけが……)
「カラ松さん」
「はい!?」
「会場から女の人が徐々に減っていました。たぶん、同盟組むとかの話は釣りだと思います」
「……ンン〜?」
「だから、このパーティーは仕組まれてますよ。それから此れも推測ですが、此方の動きを知っているような気がします。おそ松さん達が突入する箇所のドア付近に人の集まりが多い」
(…………どうやら仕事に集中してなかったのは俺の方だったようだ。ハニーが誘うような今までの女とは違うってこと、分かってたじゃないか。でも期待するだろう!?やっと俺の魅力に気付いて惚れたりなんかしちゃったりして〜みたいな事も考えるだろう!)
「──ですから……て、聞いてます?」
「お前はもっと男心というものを知った方がいい」
「聞いてなかったんですね。もう一度言いますよ」

もう一度同じ事を言うと、腕を組んで考え込む。今度はちゃんと聞いてたらしく、外と連絡するにも仕組まれているなら電波をジャックしてしまうだろうと下手に動けないなと言う。

「とりあえず、私は気分が悪くなったという事で此処に居てもいいですかね?」
「そうだな。そろそろ頃合いだ。迎えに来るまで此処で待っていてくれよハニー」
「ハニーは止めて下さいって」

私の頼まれた仕事はここまでだ。あとはカラ松さんが死なないことを願い、無事にこのデスパーティーから脱出していつもの生活に戻る。失敗は今は考えない。

「じゃあ行ってくる」
「はい。頑張って下さい」
「…………真澄」
「はい?」
「……いや。こういうのはもっとムードがある所でだな。待っている間、今度デートする場所でも考えておいてくれ」
「はぁ……(そんな予定無いんですけど、て言ったら面倒だから黙ってよ)」

カラ松さんが個室トイレから出て行き、鍵をキッチリ閉めて遠ざかる足音を聞きながら便座に腰掛ける。

「……デートの場所なんて、考えられるわけないでしょう」

自分の安否も心配ですけど、貴方の事も心配です……とは内緒です。


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