平凡な喫茶店

□黄のお客様
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(最近、兄さん達からコーヒーの匂いがする)

松野家の居間でバランスボールにお腹で乗っかっている人物は、身体を前後揺らして考え事をする。

(おそ松兄さんが最初。いつもはパチンコ帰りでタバコ臭かったのに、時々パチンコに行ったと言ったわりにコーヒーの匂いをさせて帰ってくることがあった。次にカラ松兄さん。おそ松兄さんと同じ匂いをつけて帰って来た。そしてチョロ松兄さんも、一松兄さんも…………トド松はどうだろ?いろんな所に行ってるから、たまにコーヒーの匂いするしなぁ〜。……僕だけ知らないんだ)

もやもや〜もやもや〜……
彼は自分だけ知らない、他の兄弟は知っている秘密があることが少し嫌だった。

「あ!なら聞けばいいんだ!」

解決したとばかりに、ぱかりと口を開けて笑う。

「んー……だれに聞こう?」

トド松は先ほど考えてた通りに分からないから除外する。そうなると他の四人の誰かに聞こうと考え、一番仲の良い兄……一松に聞こうと思い至った。

しかし、その思考を止めるものが玄関を開ける音ともに家に入ってきて、居間の襖を開ける。

「あら?いま家に居るのは1人だけ?」
「あ、母さん。うん、そうだよ!」
「それなら好都合。ご近所からお饅頭を二つ貰ったんだけど、他のみんなには内緒で食べちゃいましょう」
「うわーーい!」

彼はさっきまで考えてたこと全てを忘れ、母から貰ったお饅頭の事で頭が一杯になってしまった。

その日、彼は聞こうと思っていた事を兄に訪ねることなく数日が経つ。


平日の昼間。居間には彼を含めた五人が思い思いに過ごしていた。おそ松は床で仰向けになって漫画を読み、カラ松はちゃぶ台に腕ついて鏡を眺め、一松は猫を愛でて、下の二人──十四松とトド松は野球盤で遊んでいた。


「ただいまー。、っえ……いや平日の昼間なんだけど……」

この家の最後の息子が帰って来て、その部屋の光景に肩を落とす想いをする。今日もハロワに行ってきた彼は余計に思ったことだろう。

「みんな仕事探しは?もう完全に諦めてるよね」
「就職就職言うけどさ。これ以上何を望むって言うんだよ?家もある。食べ物も着る服もあるんだよ。そのうえ仕事に就こうなんて贅沢すぎ」

おそ松の言葉にチョロ松は良くないと反論するが、それを聞いていた他の四人も別に働かなくても良いだろうと楽観していた。

突然。地震のような揺れが家を揺るがす。

「いい加減にしろ!結婚して24年、こんな奴だったとは!」
「そっちこそ!」

二階に居た両親の大声は階下の居間まで響く。どうやら喧嘩をしているらしいのだが、何やら雲行きが怪しく、恐れていた事が起こる。

「もういい……お前とは離婚だ!!」

「「「え」」」

松野家の六つ子、両親の離婚危機である。


******


なんやかんやとあって、何とか両親の離婚の話は無くなった。
しかし途中で行われた扶養家族選抜面接で保留になったカラ松、チョロ松、十四松は少し凹んでいた。離婚の話が無くなったとはいえ、合格組の余裕な態度がちらほらと見え隠れしている。そんな家に居ずらくなった三人は気分転換に外へと出よう話し合い、とりあえず家を出た。


「どこ行く!?河原でキャッチボールでも…………あ。やっぱり無し!」

遠投で80メートル届かなかった事が十四松を止める。今日は遠慮したい気分だった。

「二人とも所持金どれくらい?」
「ンー……95円だな」
「はい!」
「十四松は32円か。僕が108円で足すと235円。これなら大丈夫か。ちょっと急ぐよ」
「さてはチョロ松。あそこに行くんだな?」
「え!どこどこ!?」
「あー……コーヒーが美味しい店にちょっとね」

『コーヒー』
その言葉に十四松は思い出した。でも聞かなくても兄二人はその店を自分に教えてくれるらしく、歩き出した彼らについていく。

見えてきたのは大通りから外れた脇道にある喫茶店。鈴の音が客の到来を教え、ふわりと鼻腔をつくコーヒーが歓迎する。

「いらっしゃいませ。えーっと、カラ松さんとチョロ松さん。それから……そちらは?」
「初めまして!十四松でっす!」
「閉店近くにごめんなさい」
「会いに来たぜカラ松ガール」
「おい。カラ松ガールじゃないだろ」
「こちらこそ初めまして十四松さん。私は姉崎真澄と申します。あ、どうぞお好きな席へ」

閉店間際でも快く三人を迎い入れる。他の客の姿は見えないのはその為であった。
カラ松とチョロ松は大抵カウンターに座るので自然と足が向かい、十四松も後からチョロ松を挟むように隣に座る。

「ご注文はどうなさいます?」
「あの、ブレンドコーヒーを一杯で……すみません」

この店ではブレンドコーヒーが一番安く210円であった。
三人で一杯という事実に申し訳なさを感じたチョロ松はいつもより眉を下がらせて頼むと、彼女は笑顔でかしこまりましたと注文を受ける。

そうして挽いた豆を蒸らしている間に、彼女はそうだと店のドアの外に行き、『OPEN』から『CLOSE』へと札を変える。
さすがに閉店ギリギリで入ってくるお客様は今いる三人だけだろうと思い、5分早いがそうしたようだ。

「外に何かあったのか?」
「これ以上は増えそうにありませんから、閉店の札に変えてきました」
「本当にすみません。迷惑だとは思ったんですけど、僕達ちょっと居場所が欲しくって」
「居場所が欲しいなんて、おそ松さん達と喧嘩でもなされたんですか?」
「あー……まあ、そんなものです」
「そうだ!姉崎さん……俺を養わないか?」
「え?」
「何言ってんだよカラ松!あの、僕達ナーバスになってて、ちょっと冗談を言いたくなっただけですから!」
「お姉さんが僕達を養ってくれるの!?」
「養わない!十四松も変なことを言わないの!」

チョロ松が大変そうに二人のボケ(でも切実である)にツッコんでいると、微笑ましいものだと認識した真澄は穏やかな笑みを浮かべて、3つのコーヒーをそれぞれの前に置いた。

「養う事は出来ませんが、コーヒーをお出しすることは出来ますよ」
「え、あ……」
「もう閉店にしてしまったし、十四松さんは初めてのご来店という事でお代は1人分だけでいいです。あと、こちらは私のお節介という事で」

最中を二個ずつのせた皿も出されて、これにはカラ松もチョロ松は何も言えなくなり目が潤みだす。この時ばかりは真澄の優しさがモロに響いたのだろう。

そんな中。1人十四松だけは純粋に喜び、兄が泣きそうになっている事に気付かない。コーヒー片手に最中を食していた。

「うま〜い!この組合わせ、案外イケるね!」
「でしょう?」
「あれ?兄さんたち食べないの?もらってもいい!?」
「は、あげるわけないだろ!?手を伸ばすなバカ十四松!」
「フッ……すまないがこの優しさの欠片はあげられないな、って十四松!?こっちにくるんじゃない!ノータッチだ!」
「十四松さん。人のものは許可を得てからですよ。許可が無いならダメです」
「……あい」
「良い子ですね。じゃあ、あと1個だけどうぞ」
「いいの!?やったー!」
((あ、コイツ上手くやりやがったな))


十四松は大満足で、少しだけ保留になって良かったかもと思った。保留にならなかったら、そしてこの三人でなかったら、この店を知ることが出来なかったかもしれない。

(真澄ちゃん、すごく良い子!心がぽかぽかになったや。だから兄さん達は此処に通ってたんだね)

納得するものがあった彼は大きな収穫を得て、いつも以上にニコニコと上機嫌であった。

「ねーねー真澄ちゃん」
「はい、なんでしょう?」
「僕、真澄ちゃんが好きになっちゃった!」
「「ぐッ!?」」
「だから友達になってくれませんか!?」
「……ふふっ。いいですよ。でも今度お店に来るときはキッチリ代金を頂きますけどね」
「あちゃー!それは厳しいでんなぁ……頑張ってコーヒー代持ってくるね!」
「はい。お願いしますね」


兄二人は突拍子もない弟にコーヒーを吐き出すのを耐えた。そして咳き込みながら、二人の会話を聞いて友達になりたいという「好き」だと気づいてホッとする。

真澄は友達だからと言って、毎回コーヒーをタダで出す事はない。代金をしっかりと要求する。
何事も優しさはほどほどに、だ。
タダが当たり前になってしまったら、経営が成り立たなくなってしまう。

ただし、時折サービスとしてちょっとしたお菓子を用意しようとは思い、ニコニコしてる彼につられて微笑むのだ。

「それならば俺ともフレンドになってくれないか!」
「僕も是非お友達から……!」
「ええ、もちろん。宜しくお願いしますね」

実際問題、友達と知り合いの境なんてあやふやである。しかし「友達になろう」と声に出した事で、この関係は成り立ってくるものでもある。
ようは意識の違いだ。友達ですと公言でき、お互いの信頼関係を結ぶのにあたって非常にこれは有効であった。
ま、この関係が壊れないとも言い切れないが、今の彼らは大丈夫でしょう。

(年下の友達出来ちゃいましたね。何だかくすぐったい気持ちです)

普段、大事なお客様として扱っていたばかりの彼女だったが、友達になろうと言われて嬉しかったようだ。

平凡さんの真澄は友達が出来た事を喜び、いつもよりも優しい顔で彼らを見つめたのだった。


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