夢の中の君を探して

□事の始め
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「カラ松が目を覚まさない?」


それは突然の事だった。

おそ松から連絡を受けた私は、すぐにでも駆けつけたい思いであった。しかし社会人である私が今の仕事を放って『幼馴染が危篤なんで早退させて下さい!』といったところで早退できる環境下ではなく、とりあえず明日と明後日の有給休暇の申請を出して、上司に事故にあった親戚の見舞いという事にして、終業時間まで焦りを募らせながら仕事と向き合った。

終わったところでもう一度おそ松に電話すると、今はデカパン博士の研究所で診てもらっているらしく、タクシーを呼んで急行した。




「あ、真澄…!」

デカパン博士の研究所に入ると、赤いパーカーとピンクのパーカーを来た二人が向かえてくれた。その内の赤い方に詰め寄り、ガッと肩を掴みかかった私は、たぶん余ほど怖かったと思う。おそ松の顔がギョッとして瞠目したからだ。

「おそ松!カラ松が目を覚まさないってどういう事!?事故にあったの!?屋根の上から落ちてもピンピンしてた人がまさかの病とか!?嘘だと言ってよ〜!!!!」
「ああぁああああ!お、落ち着け!」
「真澄ちゃん落ち着いて!事故でも病でもないから!ただ目を覚まさないだけだって!」
「はぁ?だから目を覚まさないって…」


意味が分からないと、揺さぶっていたおそ松の肩から手を放し、一度心を落ち着かせてトド松の方を見た。

「カラ松兄さんは眠っているんだよ」
「…んん?」
「そうそ。ただ眠ってるだけ」
「……眠ってるだけで、何でここまで大事になってんの?」
「最初はただの寝坊かと思ってたの。もしくは体調悪いとかね。でも流石に丸一日眠ってたから"あ、これやばくね?"ってなって今に至ってんの」
「……あんた達ねぇ。カラ松のこと無視しすぎでしょ。ご飯食べるかとか普通聞かない?何で丸一日放ってられたのよ」
「昨日、僕たち全員予定あったから、全然気づかなかったんだよねー」

相変わらずカラ松の立ち位置が不憫に思うが、こうしてデカパン博士に診てもらっている所を見れば、一応心配しているのだろう。まだ救いがある。

奥の部屋からデカパン博士と残りの松が現れて、カラ松はどうなっちゃったの?と聞いた。どこか三人の顔は浮かばれない様子であった。

「ホエ…結論から言うと、カラ松くんは夢の中でさ迷っている状態ダス」
「夢の中をさ迷う?」
「夢をさ迷うって、夢ってそんなもんだろ?何で目を覚まさないなんて事になるんだよ」
「言うならば精神的なものなんダス。精神が身体とリンク出来ず、脳が眠ってしまったんダス」

原因は分からない。ただいつも通りに過ごして、皆とおんなじように眠ったのだとおそ松達は言う。

博士は深刻そうに顔をしかめて、このまま帰ってこれないと体はどんどん衰弱して植物状態になる可能性もあると言い、それに私達は顔を青くさせた。

「カラ松兄さん帰ってこれないんすか!?」
「…クソ松、このまま死ぬの?」
「一つだけ方法があるダス」
「あんなら早く言ってよ!?」

一つの手錠を取り出してこれダスと見せる。パッと見は片方が赤でもう片方が青の色をしているだけで、普通の手錠と変わらない形状だ。

「これは"夢バグ"といって、対象者に青の方を繋ぎ、干渉者が赤の方を繋いで眠ることでその人の夢に入れるものダス」
「なるほど。それでカラ松を連れ戻せって事ね」
「そんじゃあ、とっとと連れ戻してやりますか!」
「誰行く?」
「そこはローテーションして…」
「ただしカラ松くんの夢は多く存在していて、本物を見つける為には一つ一つの夢を終わらせて、最後の夢まで到達しなければならない」
「……え。まじかよ」
「それから…干渉した者は"それが夢である"と忘れてしまうと、逆に夢に捕らわれて目覚めない危険があるダス。しっかりした意思で本物を見つける覚悟が必要なんダス」

その覚悟が…あるダスか?

デカパン博士のやけに真剣な表情に、ごくりと固唾を飲み込んだ。

そんな危険を犯してでも連れ帰るなんて…私が言うのもなんだけど、この兄弟にそんな道徳心や家族としての絆とか持ち合わせているのか?

そして、その予想はバッチリ当たるのだ。

「……よし。カラ松の事は諦めよう!」
「はあ!?何言ってんの、おそ松兄さん!」
「だって自分も帰ってこれないかも知れないんだよ?カラ松のクソイタイ世界にずっと居られるの耐えられるか?」
「無理」
「だろ〜?」
「まあ…クソなクズが一人減っても別に誰も困らないでしょ。寧ろ母さん達の負担減るでしょ」
「カラ松兄さん帰ってこない?」
「十四松兄さん。カラ松兄さんは星になったんだよ」
「星っすか!じゃあ毎日見えるっすね
ー!」

…ダメだ。おそ松達のカラ松を助ける気が無くなって行くのが分かる。

「……私がやる」
「ん?何やるの?」

トド松の円らな目が此方を見たが、それを無視してデカパン博士の持っている手錠へと手を伸ばす。

「デカパン博士。カラ松連れ戻してくるから、それ貸して」
「「「…えぇえええー!!??」」」


本当にやるダスか?と再確認されて、頷き返す。おそ松達は必死に「こんな奴の為に死ねるのか!?」と引き止めようとするが、私にはカラ松を助けないという選択は元からないのだ。

六人揃っての皆が好きだし、カラ松はイタイけど…有り余る優しさを昔から私に投げ掛けてくれた大事な幼馴染だ。皆がトト子に夢中になっていても、カラ松だけは蔑ろにしないで彼女と同じくらいに優しさを私にもくれた大切な幼馴染。そんな人をこの装置で助けられるっていうのなら、行くしかないでしょ。

「じゃあ誰か行くの?」
「それは…」

チョロ松が言い淀み、誰もが行くなんてハッキリとは言えなかった。そりゃあ自分も帰れなくなっちゃうかもしれないのに、怖くないなんて思わないわけがない。

「だから私が行くんだよ。精神的に強い方だと思うし、あんた達と幼馴染として長年付き合えるほど図太いからね」
「うん。説得力ありすぎて返せる言葉ないわ」

おそ松の言葉に続いてうんうんと深く頷いて、そうでしょ?と得意気に笑ってやった。

有給休暇の間にこの問題が解決するかは分からないけど、申請しておいて良かったと思う。

詳しい使い方と諸注意はこの通りだった。

・青の方を対象に繋げ、赤の方を夢に入る干渉者がつけます。

・装置を繋ぎ、鎖部分にあるボタンを押すと3分ほどで眠ることが出来ます。

・一つの夢が終わると、自然と目覚めます。

・夢に入る事は大変体力を使います。寝ていないのと同じなので、一つの夢が終わり次第休憩してください。

・《これは夢だ》という事を忘れないで下さい。戻れない可能性があります。


「それから…本物のカラ松くんを連れ戻すには、本人の戻りたいという意思も必要ダス」
「なんで?なんで?」
「夢の中は自分の都合に良い世界の方が多い。それ故に帰りたくないって思うこと、皆もあるはずダス」
「確かに!好みの女の子とセッ」
「言うな馬鹿!ここには一応真澄がいるんだから!」
(一応ですかい…)

カラ松が夢の中をさ迷ってしまったのは、現実が辛すぎて逃げてしまったのかもしれない。いつも笑って理不尽な事もスルーして、本当は独り何か悩んでいたのかもしれない。それに気づかなかった私達が嫌になってしまったのかもしれない。

さっきから予測しか出来なくて、さ迷った原因を考えるだけでカラ松に対して、私は長年連れ添った幼馴染の事を解ってやれてなかったのだと思う。

……いや。カラ松の方もイタ過ぎて言っている意味を理解させる気がないのがいけないとも思う。たまに言っている意味がわかんないし、ポジティブな物言いで察する事もさせてくれない。
まあそれはカラ松が起きたら言ってやる事にして、とにかく今は時間が惜しい。


デカパン博士に装置をもらい、何かあったら困るからと泊まらさせてもらうことになった。カラ松の寝ているベッドにもう一つ隙間なくベッドをくっつけて、夢に入る準備をする。

おそ松達も一つの夢を終わらせるまでは傍にいてくれるらしく、無意識に緊張していたものが抜けて、小さくフッと笑った。

スーツの上を脱いでシャツになり、ベッドに寝転んだ。

そして…カラ松の右手と私の左手に手錠がかけられる。


「最初の夢は精神が安定してるから必ず帰ってこれるはずダス。健闘を祈るダス」
「頑張ってねー」
「最悪カラ松見捨ててでも帰ってこい」
「チョロ松。それは酷いと思う」
「ファイトっすよー!!」
「……物好き」
「さっさと終らせて帰ってきてね」

軽い応援だなぁ…とか思うが、心配そうにそわそわしているのが長年の経験で分かって、手をヒラヒラと振って行ってきますと言った。


ボタンを押して、目を瞑る。


だんだん頭がフワフワして、ぬるま湯に浸かったような特有の微睡みに堕ちていく感覚。





あれ。待って。一つの夢を終わらせるって、具体的にどうすればいいんですか?
というか…一つの夢にどれだけ時間が掛かるのかな?

起きたら1日経ってましたとかは、無いことを祈るしかない。

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