夢の中の君を探して

□なごみ探偵編
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「ここがカラ松の…夢のなか?」

寝ているのに目が開いて、自分の意思で動けることに一瞬リアルなんじゃないかと思ったが、この空間は現実にはあり得ない所だった。

ぐるりと幾つもの扉が私を取り囲むようにあって、それぞれ色も形も違う。それ以外は真っ白な空間だ。自分の影が見当たらないから、ここが床なのかさえも不安定で少しこの空間が怖いと胸がドキドキと鳴る。

「扉があるって事は、これが一つ一つの夢に続いてる…だよね?」

手始めに目に入った扉の前に行く。

木製のアンティーク調ダークブラウンの扉。何処かの洋館にありそうなもので、蝶番が洒落ている。ドアノブには薔薇の刻印が彫られているのに気づき、本当にカラ松の夢の中なんだと確信した。

「……行こう」

ドアノブに手をかけてゆっくり回して、その中へと入っていった。
























「──…。真澄!」
「…え」
「何をボーッとしてるの。そろそろご主人様を起こす時間でしょ?」

扉を開け、一瞬だけ頭がぼんやりとして目を瞑ったあと、誰かの声によって今度は目を開けた。
目の前の優しそうな人は心配しているように私に大丈夫かと聞いてきて、私は意識をはっきりさせたら咄嗟に大丈夫です!と答えた。
そして気になった言葉を口にする。

「ご主人様って…」
「あら。まだ寝惚けていたのね。ほら早くカラ松様の所に行ってきなさい」

ああ。無事にカラ松の夢に飛び込めたのだと漸く実感した。

目の前の女の人に不審がられない程度に質問すると、どうやらこの夢ではカラ松はお金持ちの館の主人で、私は最近ここで働き始めた新人メイドらしい。よくよく自分の格好に目を向けると、コスプレでみるミニスカのものではなく、丈の長い上品なメイド服を纏っている。
ご主人様であるカラ松を起こす役目を何故私が…とは思うが、"夢だから"というご都合主義の通る言葉で片付けて、先輩メイドに言われた通りに私の役目をこなすために廊下に出た。

先輩が親切に教えてくれたので、部屋を間違えるという失態はなさそうだ。 カラ松の部屋に向かうまでに、この館の内装を見て、ほぉ…と感嘆を吐く。曇りのない磨かれた窓からは暖かな日差しが差し込み、廊下に飾られた花瓶に生けた花を美しく魅せ、廊下を歩く度にキョロキョロと見回してしまう。

すると今までに通ってきた扉とは違う立派な両開きの扉があり、一回深呼吸してからノックして中へと足を踏み入れた。

(天蓋つきベッド…!)

夢とはいえ、少し乙女脳な私は憧れていたものが垣間見たことによりテンションが上がった。
近づくと、そこにはいつも見ている六つ子の顔の内の一人が目を瞑って静かに寝ている姿があり、ドキリと胸が鳴る。

起きて…くれるのかな。

「…ご主人様。そろそろ起きて下さい」

呼び方をどうするか少々迷ったが、夢を終わらせるにはその世界に合った振る舞いをした方が良いと判断して、恥ずかしい思いはあれど、ご主人様と呼んでみた。

「ん…真澄?」

ここでも目を覚まさないんじゃないかという不安は、あっさりと目を開いた事により杞憂に終わった。それに安心して『おはようございます』と言えば「ああ、おはよう!」と返ってくる。

(ヤバい…ちょっとウルッてきた)

目に熱が集まって、不意に潤んでしまったのを悟られないように閉めてあったカーテンを開けにかかる。部屋に入ってきた光を眩しそうに目を細めた彼は、目を擦りながら上半身を起こす。

…パジャマではなく、バスローブ姿で寝ていた事が分かり、涙も直ぐにひっこんだ。

「今日は天気が良いな。こんな良い日は外で朝食を戴きたいものだ」
「あ…では、そうしましょうか?」
「ん。頼んだぞ」

それじゃあ起こした事だし、早く先輩メイドさんにでも言って用意しなくては!と部屋を出ていこうとすると「待った」をかけられた。

「こらこら。まだ着替えの手伝いが終わってないだろ」

……夢だからって、何でも許されるとは限らない。

「ほ、他の人を呼びますので…それに朝食の場所を早くお伝えしなければなりません」
「フッ…相変わらずシャイな子だ。これで照れてしまうと、夜の愛の営みに耐えられるのか心配になる」
(あれ?これ本当にカラ松?…なわけがない。ないね!誰ですかこの人!?)


愛の営みというものを分からないほど、純粋に育ってきていない。六つ子と幼馴染してる時点で純粋に育つ筈がなく、それが意味することに自分の手と手をぎゅっと握りしめ、ある種の恐怖を誤魔化そうと口を動かした。

「ご冗談を…私はただのメイドですよ」
「何のためにお前を側に置いてるのか…その意味がなかなか伝わらないとはもどかしい」

床にあったスリッパを履いて、徐々に近づいてくるご主人様に身体が硬直する。何故かおそ松の声で"おい!貞操奪われっぞ!あ、お兄ちゃんも交ぜてくんない?"という幻聴が聞こえた。
交ぜてくんないって…私の中のおそ松像は本当にクズだな。

そう考えてる内に目の前にカラ松の姿をした誰かが居て、伸ばされた手にビクリと肩を震わせた。

「…すまない。からかい過ぎたようだな」
「へ?」

伸ばされた手は優しく頭を撫でるだけで、私の知っているカラ松が顔を覗かせていた。

「照れるお前が可愛くて、つい意地悪をしたくなるんだ。許してくれ」

知っている彼が居たことに身体の緊張は解かれ、浅く息を吐いた。

着替えは自分でやるから服を選んでくれという要望は受け入れ、クローゼットを開けば予想外な事に普通のスーツやYシャツ、ジャケットが数着綺麗に掛けられており、引き出しには間違ってもギラギラしたスパンコールの物は見当たらなくて呆気に取られた。
そこからスラックスとシャツ、薄手のカーディガン、それと肌着を取り出して手渡すと満足そうに「ありがとう」と笑顔で礼を言われて、またホッとしたような安心感がじんわりと広がる。

その後、ご主人様の部屋から出て、先程の先輩メイドの人に今日は外で食べたいらしいと伝えると、館の裏庭にあるバラ園に行ってテーブルを拭いてきてと指示が出される。布巾と水の入ったボウルを渡され、私は分かりましたと頷いた。

出来るだけ急ぎつつ、何の部屋が有るのか確認していく。正面玄関があるらしい大きなエントランスに出ると、ここは高級ホテルなのかと思うほどにソファーとテーブルと豪華な調度品に、極めつけはシャンデリアだ。
つい目を奪われてしまい足を止める。

「……お金持ちすごい」

その言葉を口に出した所で目的を思い出して、慌てて正面玄関から出た。

開いた先は私を驚かせるものばかりだ。

町を一望出来る小高い所に建てられていたらしく、近くには湖も見える。じっくり見たいが裏にあるバラ園に行かなくてはと移動すると、ここもまた私を驚かせる。

「イギリスのガーデニングみたい!」

綺麗に咲き誇ってるバラは、庭師が丁寧に手入れしているのだろう。一つ一つの美しさが邪魔し合わないように、無駄な葉や枯れたものがない。
バラ園の中央に設置された白いテーブルと椅子を見つけて、これだなと確信した私は拭き始めた。それを拭き取ると、思ったよりも布巾が黒くなり、何回か洗って絞った水を変えなくてはと、近場に水道がないか見渡した。花に水をやるのだから、バラ園の中か館の近くにあるはずという予想は当たり、公園で見かける独立した水道を 発見。ホースが繋いであったがしゃがんで外し、そこで水を替えて元のように繋ぎ直す。

よし。仕上げにもう一回拭きに行こう。

そう思って立ち上がり振り向くと、そこにはジェイソンマスクをした人が刃物を持って立っていました。

「…ッ‼」

声にならない悲鳴とガランと音を立てたボウルの落ちた音。身体が震え息を飲み込んだ。

「……」

男が無言で此方に一歩近づいた事により、私も一歩後退る。するとスッと私が落としたボウルを拾って差し出したではないか。

「え…あ、ありがとう…」
「…」

何も言わずに彼は庭にある木に行くと持っていた刃物で枝を切り始めた。

……庭師だったんだね。
夢だとしても怖いものは怖い。

ふとここはカラ松の夢なのだから、そんなサスペンス展開なんて起きるのだろうかという考えが過る。そして、夢だからこそ何が起きるか分からないという結論に至った。
長い付き合いの中で時折カラ松のサイコパスがかった場面や演技を見ていれば、そんな展開もあり得てしまう。

というか…カラ松の夢で私が死んだら、どうなるのだろうか。それが夢を終わらせるための条件だったらと思うと憂鬱だ。夢が終わらせるなんて、本当に出来るのかという不安がどっとのしかかる。

今更だけど後悔が生まれてしまった。

しかし大事な幼馴染を見捨てるなど出来るはずもなく、行動しなければ進展は望めない。

与えられた役割をこなす為に、私は仕事をするのであった。


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