夢の中の君を探して

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また扉しかない白い空間へとやって来た。前回行った扉は例に漏れず《close》の札が掛かっており、開くことはなかった。


さて次の夢へと繋がる扉へと目を移す。

「……十字架?あ、この窓っぽいのステンドグラスだ」

水色の扉には窓が合って、ステンドグラスの中に銀の十字架が煌めいていた。

これは今までの扉より予想しやすい。多分教会をイメージしているから、その場所に関する職業かキープレイスになっている筈だ。

今度こそハッピーエンドでお願いします!と再三願って、その扉の向こうへと足を進めた。












────
───
──



さわさわと私の頬を擽る風の感覚に、そろりと目を開けた。瞬きを何回かして周りを伺えば、そんなに大きくない泉が目の前にあって、緑豊かな森の中らしかった。

「……ここ。どこ?」

声に出してみて違和感。私の声が少し高い気がする。今回の自分は現実とは別人で登場しているのかなと下を見た。


「……え゛」


下を見ると地面との距離が近い。目線も低いそれに、急いで泉を覗き込んだ。そこには八歳くらいの時の私が、目を見開いて驚愕している様が映り込んでいた。


ま、マジか。今回、わたし幼女なんか。
…あはは……幼女、なんだ。
恥ずか死ぬわ、これ。


すると、ずっと泉の水鏡を見ていたらゴポゴポという気泡が上がってきて、驚いて後ろにころんでしまう。何かが泉から現れて、その現れた人物に口をあんぐりと開けた。


「……もしかして見えてる?」
「……うん」
「あ、マジか……まあ子供の頃に見えちゃう人間は多くいるしね。人間の娘よ。何でこんな所にいる?」


そう聞かれて俯いてしまう。だって此処に来たのはさっきなんです。知るかよって感じです。

そして俯いた時に、自分の手の甲にあった青い痣があるのを見つけて息を飲んだ。そこで嫌な映像が頭に浮かんで『あ。私は親に虐待されて、そこから逃げ出したんだ』と理解した。

今回のキャラ付け設定重くない?何この可哀想な子。よく見れば長袖のワンピース服はボロボロだし、意識し始めてからは身体中…特に背中がズキズキと痛みだした。


「……なるほど」


目の前の男は何か悟ったようで、私を可哀想なものを見るように目を細めてそう言った。

うん。だけど、ちょっといいかな?
今回チョロ松は人外設定なのは分かった。分かったけど何その格好!?白い布一枚…あの、ギリシャ人が昔来てたようなヒラヒラのやつを着ていた。
え、お前もしかして神様?神様設定とかなの?だとしても、もう片方の乳首隠せよ!見慣れてるけど何か目のやり場に困るわ!


「ん?お前……」
「ふぁっ!?」


チョロ松の手が伸びてきてカチコチンに固まった。その手が私の心臓辺りに添えられて更に身体の石化が進んだ。


「これは…まずいな。お前の魂は天使候補に挙げられていたのか」
「……天使……候補?」


すぐに胸から手が離れて腕組みするチョロ松を見上げた。


「お前が死んだあとの話だけど、天使になれるのは神が見初めた清らかな魂だけ。お前はその中でも一番清く白いんだ」
「は、はぁ……でも、何でまずいんですか?」
「ここは結界が張っていて安全だけど、お前の魂が欲しくて近づく下劣な種族がいるんだ。悪魔って、知ってる?」


今回の夢、ファンタジー要素多くない?というか今回私の命狙われてるしハードモード確定だよ。


「よく本とかに出てくる、角とか尻尾とか翼が生えてる怖いやつ?」
「まあそんな感じ。アイツらには二つのパターンがあってね。一つは契約を求めるパターン。生きてる内は何かと助けてあげますよっていう契約して、死んだら魂を戴くやつ。もう一つの方は低級なやつに多く、殺して無理矢理奪う奴だ」

終わった……もう終わったよこの夢。私に特殊能力ないし、チョロ松の結界?から出たらあっという間に殺されるよ。
あ、待てよ?ここから動かないでカラ松を待ってれば……カラ松が悪魔だった場合、それこそゲームオーバーに近い。

僕と契約して魔法少女になってよ!ならぬ、僕と契約して死んだら魂よこせよ!な展開だ。まあ、殺されるよりマシなんだけどさ…


「……」
「……守護天使も憑いてないのに、よく今まで生きて来れたね。お前のその傷を見る限り、親に憑いた悪魔の仕業ってところかな」


あ、人間に取り憑くパターンなんですね。物理的に悪魔自身が殺しにくるかと思った。

だけど…これからどうしよう。


「……私はこれからどうしたらいい?」


不安になって彼にすがるような視線を投げ掛けると、チョロ松にしては優しい顔で大丈夫だよと頭を撫でられた。


「この道を真っ直ぐに行きなさい。そうしたら僕が管轄している教会がある。そこにいる神父は…まあ頼りになるから」
「……ありがとう。えっと、神様のお名前はなんですか?私は真澄です」
「僕はチョロマツ。この泉の女神だよ」
「え……女神?」
「そこは深く考えないで。無駄だから」
「あ、はい。わかりました」

行きだけなら僕の力で守ってあげると、泉の水を浮かせてそのまま私の頭にパシャリと浴びせた。冷たいのを覚悟してたけど、不思議な事に服も何も濡れていなかった。

女神チョロ松すげー……。


「何かあったら、神父には僕を呼ぶ権限を与えているから頼むといいよ」
「本当にありがとう。チョロマツ様」
「気をつけてね」


女神チョロ松とバイバイして、言いつけ通りに真っ直ぐ示された道を歩いていく。
しかし子供の歩幅って狭いんだなと思った。結構歩いたつもりでも、振り向けば泉からそんなに離れていなかった。

何分…何十分歩いたんだろう。泉は見えなくなって、漸く教会らしき建物が姿を現す。

正直そろそろ限界だったんだ。
歩く度に傷が痛み、空腹を訴える音に子供の私は泣きそうになっていた。…子供の涙腺は弱いんだよ。虐待を受けてたからあまりご飯は与えられて無かったようだし、お腹の音が鳴ってからは余計空腹を感じた。


教会の前に来て、只でさえ大きいその扉を小さな手が出来るだけ強く叩いた。


「ごめんください…誰かいませんか?」

空腹のせいで声に力が入らなかった。そんな状態の私に気づいてくれないのか、それとも近くに居ないのか、誰も出てきてはくれなかった。

どうしようと教会の前でオロオロして、周りを伺ったが町外れにあるせいか人の気配がしない。

「あ……教会なんだから、無断で入っても怒らないかな?」


そうと決まれば扉を開けようと、私の丁度頭の上くらいにある取っ手を掴み『お邪魔します』と中へと入った。



「ふわぁあ!……綺麗」

最奥にある十字架の後ろにステンドグラス。この夢に入る前の扉にも同じようなものが在ったことを思い出し、でも目の前にある神聖さと荘厳な佇まいさはそれ以上に綺麗で目を奪われた。

こんな所で結婚式したら、すごく良い思い出になりそう。


「誰だ。そこにいるのは」


私が入ってきた扉から声がして、振り返った。


「……子供?」


カラ松カラ松カラマツぅうううう!!お前が神父で本当に良かった!僕と契約して以下略な展開にならなくてホンっとうに良かった!

首から十字架を下げて、黒の司教服を身に纏った姿は完璧に神父様だった。カラ松本当にありがとう。

コツコツと靴音を鳴らしながら近づくカラ松がとうとう目の前に来て、私の目線に合わせて屈んでくれた。


「今日はミサの日じゃないが、どうしたんだい?」
「あ、あの……!」

くぅ〜…と小さいけど確かなお腹の音が鳴って、恥ずかしさで慌ててそこを押さえた。


「……お腹、空いているんだな」
「うぇっ!?あ、違ッ…くは……ないです」
「フッ……丁度焼きたてのパンを買ってきた所だ。一緒に戴きながら話をしようか」


パンの匂いに反応して私の腹の虫が鳴いたらしい。恥ずかしさで一杯だがこの飢えに勝てるわけもなくて、神父カラ松がおいでと手を差し出したのでその手を取った。

手を引かれて来たのは神父さんの居住区にある食卓。カラ松は木製の椅子を引いてくれて、その事にお礼を言って行儀よく座ると、買ってきたパンを皿に取り出して冷蔵庫からジャムやバターを用意した。


「えっと……」
「真澄です」
「真澄か……俺はカラ松だ。真澄は何がいい?」
「じゃあ……赤いの」
「イチゴジャムか。少し待っててな」


記憶では私はパンに何かを塗るという事が許されていなかった。小麦本来の味のみ。あまりの冷遇に偽の記憶と言えども、また涙が込み上げてきそうだった。


「はい。どうぞ」
「あ、ありがとう……」


キリスト教の場合『頂きます』じゃなくてお祈りしなきゃいけないんだっけ?そうすると、虐待されていた時の記憶の中に、祈りを捧げて食べる小さな私が居た。

イチゴジャムが塗られたパンが乗る皿を受け取って、自分の前に置いて指を組む。

「父よ、あなたのいつくしみに感謝してこの食事をいただきます。ここに用意されたものを祝福し、わたしたちの心と体を支える糧としてください。
父と、子と、聖霊のみ名によって…アーメン」

記憶にはあった十字を切る動作も難なくクリアしていて、待ち焦がれたパンを食べようとしたら…カラ松が驚いている顔が見えて、伸ばしかけた手が止まる。

「驚いたな……。この町の人達は信仰が薄いのに。しかも君はしっかりと祈りと作法が身に付いている」
「えと……昔読んだ聖書に載ってたから……真似しただけ」
「ふむ、賢いんだな。……ああすまない。これじゃあ食べれないな。さあ、頂こう」


カラ松も神父らしくお祈りして、同じように十字を切った。それを見届けてからゆっくりとジャムの乗ったパンを口にした。

うん。私が現実世界でよく食べている味だ。なのに視界が勝手にボヤけて…止まらない。


「美味しい……」
「そうか。美味しいか」


カラ松が優しく私の頭を撫でるから、ますます泣き止みかたを忘れてしまい、無言でしゃくりながらパンを食べていく。

こんなに慣れ親しんだ味なのに、空腹だった私の舌はこの世のどの料理よりも美味しいと感じさせてくれた。



「……辛かったな」


その一言に、小さな私が救われた気がした。



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