夢の中の君を探して

□05
1ページ/1ページ



目覚まし時計が鳴り響き、音に敏感なのか子供の私でも目を覚ます。いつの間にか離れていた手が、何故だか寒く感じた。
猫のように丸まって眠っていたらしい。布団にすっぽり入っていて、息苦しくないのかと思う。

時計を止めようと布団から顔を出すと、誰かの腕が目覚ましのボタンに伸びてそれを止めた。

「……!起こしたか。おはよう」
「お、おはようございます。神父様」
「寝惚けてるんだな。昨日、俺はなんて言ったか覚えてるか?」
「あ……おはよう、カラ松様」
「はい、おはよう。早くに起こしてすまないな。お前はまだ寝てて良いんだぞ」

布団を掛け直されて、私は時計の針の位置を見る。

「5時半……お仕事?」
「神に祈る大事な時間なんだ。教会法に定められているというのもあるが、もう習慣だな」

神父って大変だな。しかもエクソシストも兼用して、更に大変なんだろう。それなのにぬくぬく私は甘やかされて、また眠るのは少々気が引ける。それに、これから神父のカラ松と生活していくんだ。生活のリズムは合わせていた方がいいだろう。

「私もお祈りする」
「子供のうちはたくさん寝なさい。大きくならないぞ」
「眠くないのに寝なきゃいけないの?」
「そう言われるとなぁ……」
「……カラ松"兄様"。私もお祈りしたいです。兄様のお仕事姿をたくさん見たい」
「んん〜っ!マイスウィートシスター!いじらしくて可愛い天使よ。一緒に行こうじゃないか!」

あ、チョロいわ。流石は兄弟に甘いカラ松のこと、夢でもそれは適用されていて、恥を忍んで「お兄様」とお呼びすればデレデレと表情を変えて聞いてくれる。
こんなにチョロくて大丈夫?そして、やっぱりロリコンなのかと不安です。

初めての修道服に着替えて(お互いに後ろを向いて着替えた)小さな私はカラ松に手を引かれ、あの綺麗な聖堂へと赴く。
朝日によって煌めくステンドグラスは、昨日見た昼間の時よりも一等美しく思えた。特に、聖母と言われる白衣の女性が何とも神々しい。

「マリアに見惚れているのか?」
「うん。すごく綺麗」
「ふふっ……そうか。そうだ、お前にも十字架を上げなくては」

小さな私に合わせた小さな銀の十字架。大きくなったら俺と同じものをまた与えようと言い、それを首にかけてくれた。
十字架を首に提げた私に満足して、とても似合ってるぞと頭を撫でるという猫可愛がりよう。嫌ではないが、幼馴染としてのカラ松と考えると複雑である。


カラ松が十字架を両手で握りしめ、祭壇の方に両膝を付いて膝立ちになり、それを見よう見まねで私も彼の横に習う。


「新しい朝を迎えさせてくださった神よ。今日一日、私を照らし、導いてください。いつも朗らかに、健やかに過ごせますように、物事がうまくいかないときでも微笑みを忘れず、いつも物事の明るい面を見、最悪のときにも、感謝すべきものがあることを、悟らせてください。自分のしたいことばかりではなく、あなたの望まれることを行い、まわりの人たちのことを考えて生きる喜びを見いださせてください。……アーメン」
「アーメン」

少しの間心の中で神様に向かってお祈りするらしい。その少しが分からなくて、此方側の知識が乏しい故に体感で30秒くらい。私のお祈りはそこで終了してしまった。
横に居るカラ松の方を目だけ動かして確認すれば、まだ目を閉じて何かを祈っている。
目安としてどれくらいかな……と形だけ祈っている風を装い、そのままの体勢で待つこと10分。足が変に痺れた頃にカラ松の目が開いた。

「……よし。真澄も上手にお祈り出来てたな。偉いぞ」
「お祈りに上手い下手あるの?」
「ああ。君の一生懸命な姿はきっと神も見届けているに違いない」

うん。一生懸命なのは、膝立ちの姿勢を維持する方向に持ってかれてたけどね。これを毎日とか変な所に筋肉付きそう。

「さて。本来なら朝のミサの準備なんだが……」
「朝のミサ?」

月から土曜日の朝6時半に1回、日曜日はそれに加えて午前10時にもう1回。信仰者が集って聖歌を歌い、聖書の一節を説いたりするらしい。

「しかし、昨日言ったようにここの人達は信仰心が薄い。しかも町から離れている此処は通いづらい為に、日曜日の10時しか集まらないんだ。しかも数人しか来ない」
「チョロマツ様居るのに、神様への関心は薄いんだね」
「女神が見えるのは稀(まれ)なんだ。ということで、この時間は大体が掃除だ。これまた小さい教会とはいえ、なかなかに骨が折れる」
「じゃあ、私が来たから疲れも半分こになるね」
「手伝ってくれるのか?」
「うん。カラ松様の手伝いしたい」
「〜〜っああ神よ!この可愛いらしい使徒を私に預けさせていただき感謝いたします!私の心はこんなにも幸福に包まれ、誠の喜びを感じさせる機会に恵まれ、そして」
「カラ松様!恥ずかしいので止めて下さい!」

神父であるカラ松の欠点は無駄に祈りだす所にあり。

止めてと言えばすぐに憑き物が落ちたように普通になり、すまないと謝る。そこがちょっと怖いかも……


バケツに水を汲み、雑巾を絞って長椅子などを拭く。箒で床を掃き、夜に灯されていた蝋燭を代えて一息つく頃には7時くらいであった。
聖堂を綺麗にするだけで結構時間がかかったものだ。

食事は昨日の残りのスープを温めて、ソーセージを焼いて、またパンとジャムを用意して頂いた。そろそろ白米が食べたい。


「じゃあ俺は町でベッドを注文してくるから、またお留守番してくれないか真澄」
「それは良いけど食材もだよ。お米とか醤油とか野菜とか」
「……何をどれぐらい買えばいいかな?」
「今日、何が食べたいとかある?」
「肉だな」
「料理名を言ってください。あ、でも作れるか分かんないから、カラ松様の好きな料理が載ってるレシピ本を2冊ほど欲しいです」
「お、おお。分かった」
「とりあえず今日はどうする?」
「唐揚げ……あっ、いやカレーにしよう!」
「唐揚げだね。昨日見たけど揚げ物バットなんて無かったし、キッチンペーパーも買ってきてもらわないと。メモするね」
「ええ!?俺はカレーにしようって……」
「揚げるのはカラ松様にやってもらうつもりだから頑張ってね。カレーは明日にしよう」
「揚げ物なんてやったこと無いから止めようと言ったのに……」
「でも食べたいのは唐揚げなんでしょ?」
「………そうなんだがなぁ」

ここでも唐揚げが好きなのかと幼馴染の唐揚げへの執念を感じる。
でも自分で作るのは遠慮したいようだ。揚げ物をしたことがないと言ったから焦がす心配+油の跳ねが怖いのだろう。ついでに油の処理も面倒だからやりたくないのが本心か。
でも食べたいなら頑張ってもらおう。私は子供だから変な行動は出来ないので。


私が買って来てもらうものを改めてメモしてもらったあと、昨日みたいに十字架を通じてチョロ松を呼び出したカラ松は、何故か早々に怒らせる事があったのかビンタされてぶっ飛んだ。
何で!?と思ってると、チョロ松は女神らしくない怖い顔でカラ松に言う。

「何ですぐに僕を呼ばなかったロリコン」
「え?え?」
「真澄の怪我の手当ては僕の仕事なんだよ。朝御飯は済んでるし、湿布の効果なんて3時間くらいしか続かないし、しかも長時間剥がさないでいるなんて真澄の肌をかぶれさせる気か!」
「ひぃッ!……す、すみません」

チョロ松が怒った理由が分かり、納得いくものだったから苦笑いするしかない。ただ、ビンタはやり過ぎかな……女神が暴力的なのってどうなんだろう。

ひとしきり説教を終えたチョロ松は私の方に振り返り、女神らしくにっこり笑いかけた。

「うちのカラ松がごめんね。すぐに手当てしに行こうか」
(どこぞのオカンだ……)
「あ、カラ松早く行ってこいよ。午後からはエクソシスト協会からの依頼聞きに行くんだろ」
「あ、ああ。行ってきます……」

頬を腫らしたまま協会を出ていくカラ松。せめて冷してからの方が……と思ったが、チョロ松から発せられる威圧より沈黙した。


「はい。終わりましたよ」
「ありがとう」
「さて、真澄。今日は何をしようか?」
「あのね。私、カラ松様の力になりたいの。でもエクソシストの技?祓い方?を教えてと言っても、きっと教えてくれないと思うの」
「……そうだね。彼は守ることが使命であり、女の子に危ない事をさせたくないだろうから。僕も君には危ない事をしてほしくないと思ってる」
「だけど自分は自分で守れるようになりたい。カラ松様の力になれなくても、迷惑にならないくらいに……強くなりたい」

だから私に、何か一つでもいいから護身術みたいな事を教えて欲しいと、チョロ松に頭を下げると、慌てて「頭を上げて」と言われる。

「…………でも、今の君にはまだ無理だよ」
「…………どうして?」
「身体が出来上がってない。それに知識が足りなさすぎる。僕から教える事はまずは勉強するということ。悪魔についてやエクソシストについて、それから普通の子達が習うような世間一般のことをたくさん学びなさい」

護身術程度なら大丈夫かなと思ったけど、そう甘くはないようだ。今の私に出来る事はチョロ松の言ったように勉強だった。
この世界では、学校というのは12歳以上からの富裕層の子供や余程優秀な者しか入れないと聞いている。あとは教会の者が無償で教えてくれたり、両親からある程度教わったりして成り立つ世界観のようだ。

じゃあ私はなぜ、聖書が読めたのか。
それは暴力を振るわれる以前、普通に外に行けていた時のこと。その時の私は、古書店のお爺さんに良くしてもらっていたらしい。本当の孫のように扱われ、古書店を営んでいるくらいだから読み書きはバッチリであったそのお爺さんに教わっていた。

……という記憶がある。でもお爺さんは病気になって、店を畳んで大きい街に移るとかで餞別に聖書を頂いた。

この記憶を思い出すと、寂しいけどとても温かいと感じる。きっと小さな私はあのお爺さんにも救われて、今まで生きてこれたのかもしれない。

「どうかしたの?」
「え?」
「泣きそうな顔になってるような……何か嫌なことでも思い出した?」
「ううん。違うよ。えっと、私に良くしてくれたお爺さんが居てね─」

チョロ松に思い出した事を言うと、成る程と笑った。その古書店のお爺さんはこの教会に訪れていた数少ない信者だったと。

「とても良い出会いをしていたんだね。あの子も清らかな心を持った立派な者でした」
「あの子……」
「僕にとったら子供だよ。しかも小さい時から此処に来てくれてたんだから」

女神チョロ松が本当に神様なのだと再認識する事案であった。
そんな長生きな神様は、カラ松が居ない間はこの世界の歴史と悪魔についてを教えてくれるらしい。読み書きは出来ているから、それ以外の一般常識はカラ松に言って学ぶことにして、頑張って励むのですよというチョロ松に頷き返した。

小さな私、本格的にハッピーエンドを目指して頑張ります。



[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ