長編

□運命の人
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痛い…


身体に食い込む縄に、足元からくる熱。俺の頭上に降ってくる落下物。

そして、兄弟からの冷たい視線が心に棘を刺して…痛くて、痛くてたまらない。


俺は兄弟に見捨てられたのだろうか?



痛い…痛いな。


目を開けたくない。




だけども眩しい光と消毒薬が俺の鼻腔を刺激して、無理矢理にでも現実へと起こした。それとも、あれは悪夢だったのか?と、期待も少し持ち合わせていた。



「あ!起きられましたか?気持ち悪いなど、不快感が残ってたりしてませんか?」
「あ…えっと……大丈夫、です」


先生を呼んで来ますねという看護師の言葉に軽く頷く。それを見届けたあと、自分の身体を確認する。

左足が吊ってあり、左腕にも包帯が幾重にも巻いてある。右手で頭を軽く触ると、そこにもやはり包帯が存在していた。

夢ではなかった分、涙が込み上げてくるが歯をくいしばって我慢をした。


しばらくすると先生が来て、幾つか説明を受ける。頭を5針ほど抜い、足と腕は骨にヒビが入っており全治1ヶ月。

君は車にでも引かれたのかね?と聞かれ、咄嗟に屋根から落ちましたと事実を曲げて言えば、今度からは気をつけなさいよ?であった。

名前と家に連絡する為の電話番号、精密検査の為に今日と念のため明日の入院手続きなどを済ませれば俺は一人になった。

いや。ここは二人部屋だから正確には一人ではないが、カーテンで仕切られているため、一人のような居心地である。

廊下からは他の病室から聞こえる声が響いていて、余計に独りのようで…静寂と孤独は本当は寂しいものだと痛感する。



「真澄ちゃーん!検温のお時間ですよー」


突如、先ほどとは違う看護師の声がこの病室に響く。俺と同室の人の検温にやって来たらしい。


「今日はよく眠れた?」
「はい。ちゃんと寝れました!」


どうやら同室は女の人のようだ。看護師が確か…真澄ちゃんと呼んでいたか。そこから考えるに年は未成年だろう。それにしても名前で呼ぶということは、この子は入院して長いのか?


看護師と同室の子は少し談笑まじりに話して、検温や血圧も計り、そしてまた静寂へと戻る事となる。



何もする事がない俺は、ぼーっと白い天井を眺めては昨日の夜を思い出し、涙を我慢する。


「……あの」
「……」
「あの、松野カラ松さん」
「……え!?お、俺ぇ!?」


突然カーテンで仕切られた向こう側の同室の子に話しかけられて動揺し、声を張り上げる。


「私、姉崎真澄と言います。松野カラ松さんで合ってますか?」
「あ、ああ……合ってい、ます」
「敬語じゃなくていいですよ。多分私の方が下なので」
「そ、そうか?」


女性に年齢を聞くのは失礼な事だが気になってしまい、勇気を振り絞って聞いてみれば19歳だと快く答えてくれた。

本当に年下だった…


「そういえば何で話しかけてきたんだ?」
「迷惑でしたか?」
「迷惑じゃないが…どうしてかと思って…」
「……実は昨日の深夜1時頃。ここの病室に松野さんが運ばれて来た時、眠れなかった私は起きてたんです」
「あれ?さっきは看護師にはよく眠れたと」
「ちょっと嘘ついちゃいました』
「……そ、そうか」
「それでですね?しばらく窓の外を見てたら、松野さん凄く魘されてまして………寝言の中に"俺は居なくてもいいんだ"という言葉が気になって、つい声を掛けてしまったんです」


俺は寝言でそんな事を言ってたのか…

それほどまでに、俺は多分辛かったのだともう一人の自分が言う。また引っ込んでいた涙が顔を出そうとして、グッと右手を強く握りこんだ。


「……カーテン開けて話しませんか?」


シャッというカーテンの開いた音が耳に入り、目の前のカーテンを見つめる。そこには小柄な女の子のシルエットがあった。今は見られたくない俺が言葉を発する前に、それが俺を囲むカーテンを掴むと、一気に横にスライドしていった。


「やはり、話すなら相手の顔を見ながらの方が良くありませんか?」


漆黒の髪が窓から入る光によってキラキラと輝いて見える。身体は細く、肌も色白で儚い印象を受けるが、穏やかな笑みを携えた彼女に、今まで思い詰めていたものを放棄させられた。


「……」
「……ごめんなさい。やっぱり失礼がすぎましたね」
「いやいや!大丈夫だ!ノープロブレム!」
「……ふふっ。ありがとうございます」


姉崎さんは俺のベッドの近くに椅子を持ってきて、よいしょと腰掛け改めて此方を向いた。

座る動作も何だか可愛く見える。まさか可愛い女の子が同室とはツイているなと、少し気持ちが浮上した。


「……先ほどの事を聞いても大丈夫ですか?」
「さっき?」
「ほら…俺は居なくても〜ってヤツです」
「……ああ」


一瞬忘れていた感情が戻ってきて、また右手に力が入る。


「…ダメですよ。自分を傷つけては」


視界に影が入り、ゆっくりとした動作で右手を優しく開かせる。その柔らかな感触に、ハッとして彼女を見るが、あまりにも近い距離に鼓動が早くなる。

また右手の方を見れば、彼女の白い手はいまだに俺の手を包んでいる。


「……辛かったですね」
「…え?」
「痛かったですね。とても苦しかったですね。辛くて、悲しくて…」


彼女は俺の右手を優しく擦る。

痛かった、辛かった、見捨てられたかもしれない、自分は梨に負けた、助けてくれない、苦しい、悲しい…

俺は居なくてもいいんだ。


「松野さん。泣いてもいいと思いますよ」
「……しかし」
「泣くのを我慢するのって大変だし、ずーっとそのままだと疲れちゃいますよ?」
「………だって………だってぇ…!」


彼女の声が優しくて、涙を止めようと思えば思うほどに込み上げて…とうとう堰を切ってポロポロと溢れる。


「おれ…梨に負けっ、クッ…皆に、助けてもらえ、なくて…!それで、チビ太も…うぅ〜っ…」


右手は必死に彼女の手を掴んでいた。勢いのまま何があったかを話し、やりきれない想いを彼女にぶつけた。

そんな彼女はずっと頷いたり、手を握り返してくれた。

────
───
──




「すまない…格好悪い所を見せたな」


泣いてスッキリしたあと、待っていたのは姉崎さんへの申し訳なさと、年下に…しかも涙だけでなく鼻水も垂らしながら豪快に泣きついてしまった故の羞恥心であった。


「私なら大丈夫ですよ。それにしてもまあ…原因は確かに松野さん達にもありますが、流石に酷い話しですね」
「はは……」
「松野さん兄弟って、何人なんですか?」
「男ばかりの兄弟で、しかも6つ子なんだ」
「6つ子!?」


彼女はほわぁ…とキュートな声を出して目を丸くするもんだから、ついクスクスと笑ってしまい、彼女が怒ったかもと見ればただ優しく笑っていてドキッとする。



「カラ松?起きて……あら?」
「あ、えっと……こんにちは!」
「母さん!」


病室に駆け込んできた母さんの姿を見て、来てくれたのかと少しだけ嬉しくなる。


「カラ松。このお嬢さんは…」
「姉崎真澄です。松野カラ松さんの同室の者です」
「そうなの?カラ松の母の松代です。よろしくね真澄ちゃん」
「松代さんですね。よろしくお願いします!」
「まあ!礼儀正しい子はおばさん大好きよ」


母さんは姉崎さんの事を気に入ったのかニコニコと笑っている。そして俺に目を向けると、呆れた顔をされた。


「言いたいことは沢山あるけど…とりあえず、着替えとか歯ブラシとか持ってきたわ。私は先生の所に行って詳しい話し聞いてくるわね」
「サンキュー、マミー!」
「全く…それじゃあ、真澄ちゃん。この馬鹿の相手は大変だろうけどよろしくね?」
「え?」


馬鹿って…わざわざ姉崎さんに言わなくてもいいんじゃないか?とは言えず、母が先生の所に行くのをただ見るだけに終わった。


「松野さんのお母さん。明るくて面白い人ですね」
「ああ最高のマミーさ!何と言っても俺達を母なる海の如く受け止め、養ってもらっているからな」
「……松野さんって、そんな感じでしたっけ?」
「フッ…そんな熱い眼で俺を見つめるなんて、罪深いガールだ」
「そ、そうですか?(あれー?松野さんに変なスイッチ入ってません?)」



それから母さんが帰ってくるまで、しばらく姉崎さんと話をした。

彼女が此処に入院したのは4歳の頃かららしく、随分と長い入院生活を送っているらしい。だから比較的年齢の近い俺と話しが出来て嬉しいと笑った。彼女の病気は簡単に言えば心臓が悪く、発作が昔から断続的に起こるという。調子の良いときは病院内の庭を散歩するくらいで、あとは大人しく本を読んだり音楽やテレビを楽しむだけ。

当たり前に外に出歩いて、いろいろと見て回れる俺とは違い、彼女は外の世界を知らなかった。

でも彼女が一番に興味を持ったのは俺達6つ子の事だった。

「松野さんは何番めですか?」
「俺は次男だ。上からおそ松、俺、チョロ松、一松、十四松、トド松の順番だ」
「確かにお兄さんっぽいし納得です。皆さん顔って似てるんですか?」
「昔は親も見分けられないくらいに似てたぞ。今は自分のカラーを持って、それぞれ個性が出てきてからは少し印象が違うな」
「カラー……じゃあ松野さんは次男だから……青、とか?」
「パーフェクト!まさにその通りだ」
「じゃあ、おそ松さんが赤、チョロ松さんは緑、一松さんは……黄色?
「フッ…残念ながら紫だ」
「では十四松さんが黄色?」
「イエース」
「トド松さんは…うーん…うーん……戦隊ものだったらピンク何ですが」
「トド松はピンクだ」
「ピンク……もし松野さんがピンクだったら違和感しかないですね」


ふと思った。おそ松達のことは名前で呼ぶのに、いまだに俺は名前で呼んでもらっていない。


「松野さんじゃなくて、カラ松と呼んでくれ」
「えっと、いいんですか?」
「寧ろ何故呼ばないんだ?他のブラザー達は名前で、俺が苗字とか不公平だろう」
「……確かにそうですね。普通に呼んでたから気づきませんでした。それじゃあカラ松さんも、私の事は真澄と呼んでください!さん付けも無しで構いません」
「……それじゃあ、真澄。改めてよろしくな」
「はい!よろしくお願いします」


これは……中々いい雰囲気じゃないか!?

ニコニコと笑う目の前の彼女に、つい口元が緩むのがわかった。今まで散々な目に有った分だけ、神様は俺に運命の人をプレゼントしてくれたんだな!

先生の説明を聞いて帰ってきた母により話は中断。すぐに精密検査が始めるため、俺は車椅子に乗り、真澄に行ってくると言えば行ってらっしゃいと小さく手を振ってくれた。まるで新婚みたいだ…。

様々な検査を受けたあと、母さんは精密検査が終わると同時に「退院時、自力で帰れそうだったら連絡くれなくていいから」と、ちょっと冷めた言葉を投げてさっさと家に戻ってしまった。だけど真澄は検査から戻ってきた俺に笑顔で迎えてくれて、何だかくすぐったいような気持ちで一杯になり、看護師はいつの間に仲良くなったの?と彼女に聞いている様子に、あっという間に自分が機嫌が良くなったのを感じたのであった。



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