長編

□運命の人
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「カラ松さん。そろそろ起きましょう?」
「……ん」


シャッという音と同時に瞼の奥にまで届く光線に、掛け布団を頭までスッポリ隠れるようにと手繰らせる。


「ダメですよー。起床の6時を過ぎて、もうすぐ朝食が来る7時です」
「……」
「(意外…カラ松さん寝起き悪いんですね)起きてください。ご飯食べれる時に食べないと!」


誰かが布団を剥がし、光が強くなって堪らず目を開けた。


「……ぁ゛?」
「おはようございます」
「………………あ!お、おはよう!」


昨日と同じくマイエンジェルがそこで微笑んでいた。

夢からすっかり醒めて、数分は寝起きの機嫌が悪い俺のことだ。彼女を睨んでしまったと思い、すぐに謝った。


「平気ですよ。それにしても、カラ松さんが寝起き悪いなんて驚きました」
「どうも誰かに起こされた数分は昔から機嫌が悪くてな…。自然に起きる分には別にいいんだが」
「誰だって気持ち良く寝ているところを邪魔されたらそうなりますよ。……でもカラ松さんのあんな顔。あまり見られないと思うと、ちょっと得した気分です」
「クッ!」


恋のキューピッドの矢が俺のハートを撃ち抜いた。そこに手を当てると、彼女が慌てて痛いんですか!?と心配してくれる優しさがさらに俺の心臓をぎゅっと掴む。


「フッ。大丈夫さ。ただ、その甘美な言葉で俺のハートを盗むなんて、まさにギルt」
「松野さん、真澄ちゃん朝食ですよー」
「あ、おはようございます!」


……何故なんだろう。俺が話していると誰かが遮るのは。これも俺が神に課せられた宿命ってやつか?


看護師はコロコロがついたテーブルをベッドを挟みこむようにして俺の前に出し、そこに朝食が乗ったトレーを置いた。

朝の食事を見れば、焼き鮭とほうれん草の胡麻和え、豆腐ときんぴらごぼうに大根の味噌汁、ご飯と牛乳である。薄味の病院食なだけに、この素晴らしい和食でも少し物足りなさを感じる。

しかし、昨日は大事をとってお粥と柔らかい肉そぼろや薬味のネギの細切り、ちょっとしたスプーンで食べれる副菜だけで、歯ごたえがない事と少しの空腹感には辛いものがあった…。それよりは断然こちらの方が良い。


隣の彼女の様子を見れば看護師に調子はどうか聞かれている。真澄は昨日の夕方頃から点滴をしている。夕食の時に食欲がないと言って食事を断っていて、だからこんなにも細く儚いのかと思った。

でも、今日の朝は食べられるらしく、俺と同じく目の前に置かれた食事に手を合わせてから箸を取った。


……美味しそうに食べる所も魅力的だな


「、食べないんですか?」
「え?あ、食べるとも!」


無意識にずっと彼女の事を眺めていた事に気づいて慌てて箸を取る。いただきますと小さく声に出して、おかずに手をつけた。

…左手が使えないとは不便だ。茶碗を持って食べる事が出来ないし、食べる速度も遅くなる。


「カラ松さん」
「ん?」
「そこの椅子、お借りしても宜しいですか?」
「構わないが……」


何で俺のベッドの傍にある椅子を借りたいのか分からず、彼女の行動をジッと観察していればテーブルを移動させ、点滴を良い位置にセッティングすれば椅子に腰掛けた。昨日話し合った位置と同じ距離、彼女に手が届く距離の近さに胸が高鳴る。

真澄は徐に割り箸を取り出してパキッと割った。


「どれが食べたいですか?」
「……えぇ!?」
「カラ松さん食べづらそうにしてたので、お節介だとは思ったんですけど見てられなくて……ダメですか?」
「ダメじゃない!が……」


しかし、それはつまり…童貞なら誰しもが憧れる、あーんというヤツではないか!?

彼女の行動には驚かされてばかりである。ただ、妙に慣れているのが些か気になりだした。


「……誰かにしてあげたことがあるのか?」
「え?ああ、そうですね。私の相部屋になる人って、大体は子供なんです。私、誰かの役に立つ事があまり出来ないから……少しでもと、お世話を焼いてしまうんです」


それがお節介なのはよく分かってるんですけどねと、彼女は眉を垂れさせて困ったような笑顔を作る。

しまった…彼女を傷つけてしまったかもしれない。

でも、すぐに何が食べたいですかという真澄に、俺はそれに応えた。それが彼女の望んでいることだと直感したからだった。

「じ、じゃあ…味噌汁を」
「はい!」


だからと言って緊張が解けるわけがない!

今まさに憧れのあーんがスタンバイに入ってるんだぞ!?


大根と揚げをつまみ上げ、汁が垂れないように椀を持ち、とうとう俺の口へと近づく。


「はい。あーんして下さい」
「あー…ん…」


大根と揚げの味噌汁がこんなにも美味しいとか、彼女の満足気な顔とか全部引っくるめて…俺の人生は捨てたものじゃない。

そのあと食べにくかった味噌汁だけあーんしてもらい、真澄には自分のご飯をちゃんと食べてもらった。もう味噌汁だけで俺のハートは満たされ、いつか爆発しそうだったからだ。





────
───
──



「今日の夕方頃に退院でしたよね」
「ああ。松葉づえも完治したら返しに来いと言われた」

昨日の検査の結果は特に脳にダメージもなく、松葉づえを使って歩く練習やコツを教えてもらい、問題ないとの事で退院が確定した。


「兄弟と仲直り出来ると良いですね」
「……そうだといいんだがな」


"ブラザー達に俺は必要だろうか"


その思いが消えることは無くて、不安が募っていく。このままずーっと怪我が治るまで入院出来たら、心配して俺を見舞いに来てくれるだろうか。彼女と過したこの場所は、とても居心地が良かった。


「カラ松さん。これをどうぞ」
「これは……栞?」
「カラ松さんが仲直り出来るようにと、ささやかなプレゼントです」


栞には四つ葉のクローバーの押し花がしてあり、彼女の心遣いが見てとれる。


「大丈夫です。ちゃんと会って話せば上手くいきますよ」
「……頑張ってみる」


彼女の言葉は魔法の言葉だ。不思議とブラザー達に会いたいと思わせてくれる何かが俺を突き動かす。


「……カラ松さん」
「なんだい?」
「……いえ。ただ、カラ松さんの話を聞きたいな……と」
「俺の話?」
「昨日はカラ松さんご兄弟の話をしたので……カラ松さんは何が好きなのかとか、休日は何をするのかとか」


そ、それは…俺の事を知りたいという事であって…もももしかして!俺の事が好きなのか!?


つまり…両想い!!


「もちろん何でも聞いてくれハニー!」
「は、はにー…?それは恋人に言う言葉ですよ。カラ松さんの大事な人に言ってあげて下さい」
「……え」


どうやら早とちりをしていたらしい。


「ンン…それじゃあ何から話そうか」


小さく喉を整えて、今度は俺が彼女のベッド近くにある椅子に座った。


「そうだな…好きな食べ物は肉!特に唐揚げが一番好きだ」
「唐揚げ……私、食べたこと無いです」
「それは人生の半分は損しているな。衣が奏でるカリッとした音と、中のジューシーな肉汁に鳥の旨味のハーモニー!まさに至極の一品だぜ」
「そんなに美味しいんですか……いつか食べてみたいです」
「はっ!まさに天啓が降りてきたようだ……今度、俺が見舞い品として持って来ようじゃないか!」
「……見舞い……に?」
「真澄にはいろいろと慰められたからな。これも何かの縁…これからも仲良くしていかないか?」
「これからも…来てくれるんですか?」
「迷惑じゃないなら毎日でも」


まあ、当分は怪我が治るまでは通院のついでとなってしまうが…とこぼし、彼女の反応を待った。


「……本当に?」
「カラ松ガールとの約束は破らないぜ」
「…………………嬉しい、です。とっても…っ」
「ええ!?なぜ泣く!?」
「わ、わたし……小さい頃から、入院しック。友達……居なくて、。だれも、見舞いに来るひとなんて…だから、」


そういえば彼女は昨日言っていたじゃないか。4歳の頃から此処に入院しているって。

そうしたら小学校も中学校も…行ける訳がなくて。ずーっと病院で同じ景色を見て、自分一人で出歩けるような場所も限られていて…友達なんて…どうやって作るんだろうか。

小さな子供のように泣きながら目を擦る姿に、昨日の俺の姿が重なって見えた。

この子も…寂しかったんだな。


いつも弟をあやすような手つきでソッと彼女の髪を撫でた。


「真澄。俺は君と友達になりたいんだが……どうだろうか?」
「ぅ、え?」
「俺は君と過ごす時間が楽しくて、居心地が良いんだ。これからもずっと一緒に過ごしていきたい」


本当の所は恋人が良いんだが…まだ彼女の方の気持ちが俺と同じではないからな。そこはじっくりお互いに知りあってからが本番だな。


「カラ…松さん」


彼女の手が撫でていた俺の手と重なる。


「これからも……よろしくお願いします」


花が咲いたような笑顔とは…

不意討ちを食らったマイハートはギリギリと喜びを刻んでいって、俺を捕らえて離さない。


フッ…このカラ松。必ずや君のハートを盗すむことを誓おう!


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