長編
□運命の人
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夕暮れに染まる公園を、五つの影が仲良く去っていく。
「扱いが全然違ーう!!」
俺が居ない間、ブラザー達は一松の猫を一生懸命に探していて、十四松と一松の絆を見せられて…
俺の居場所なんて無くて、惨めな想いが言葉になっていた。扱いが違い過ぎる。俺は何の為にあの家に帰るんだ?
ブラザー達を直視出来なくなって、無意識に元来た道に戻ろうとした。
宙ぶらりんの心を何とか納めようと、ポケットに手を突っ込んだ。すると、レシートみたいな紙が手に触れて取り出した。
四つ葉のクローバーの栞だ。
─『大丈夫です。ちゃんと会って話せば上手くいきますよ』
彼女の言葉を思い出して、行かなくては!と、慣れない松葉づえを使ってブラザー達の背を追いかけた。
「待って…待ってくれぇ!」
歩いても歩いても、ブラザー達に追いつけないから呼び掛けた。
「待ってくれよ…!」
涙で視界が歪んでよく見えない。だけど、ようやく誰かが足を止めてくれたのか、皆の色が少し近くなった。
「ねえ誰かの声しない?」
「あ、やっぱり?俺も小さいけど聞こえたんだよねー」
俺の声はブラザー達に届いた。
もう一度、声を張り上げて皆の名前を呼んだ。
「あ……クソ松」
「え!?あ、カラ松!」
「ホントだー!カラ松兄さんだー!」
気づいてくれた。
五つの色が徐々に近くなってきて、俺は涙でボロボロだった。
「うわ……顔汚ねぇ」
「それブーメランだからな一松。あー…、えっとカラ松?大丈夫?」
「大丈夫じゃない…!」
「うん。見た目大丈夫じゃないよね」
「あちゃー……ちょっとやり過ぎたわ。カラ松ごめんなー?」
「ほら鼻拭いて………僕も悪かったと思ってる。ごめんカラ松」
「カラ松兄さん、ごめんね?」
「兄さんごめんなさインサート!」
「………ケッ」
『俺も…悪かっ』ムギュ
「そんな事思ってないし!」
真澄が言ってた通りだ。会って話せば、俺の居場所はちゃんと残されていたよ。
何かお詫びに1つだけ聞いてやる、ただしあまり金使わないものな!というおそ松に、皆と梨が食べたいと言った。そしたら明日食べようかと皆が賛成してくれて俺は笑った。
「一松と十四松を銭湯に連れていかないとだし、さっさと帰るよ」
「てかカラ松。何で腕と足に包帯してんの?頭は……まあ、俺らだけど」
「気づいたらこの状態で、ドクターの話では骨にヒビが入ってるらしい」
「……え、頑丈が取り柄の兄さんが骨折?」
「やっべーね!」
「あのあと車にでも引かれたんじゃない?」
「ハッ……ざまぁ」
「一松も素直じゃないねぇ。エスパーにゃんこに『友達なんかマジいらねえ……だって皆がいるから』てデレたくせに〜」
「掘り起こすんじゃねぇバカまつー!!」
延びる影は六つになった。
俺は居ていいんだと、やっと安心出来た。
「あれ?カラ松兄さん……何持ってるの?」
「え……ああ!?」
松葉づえと一緒に握りしめてしまった手の中の栞は丸く曲線になって、端はくしゃくしゃ。四つ葉のクローバーの押し花がかろうじて無事な事に少し救われた。
「良かった……葉は壊れてないな」
「四つ葉のクローバーだ!」
「それどうしたの?」
「あ、いや……同室の人にもらってな」
「よく居るよね。押し花が好きなおばあちゃん」
上手く勘違いしてくれたようだ。
だって言えるわけがない。
おばあちゃんではなくて『19才の笑顔の可愛い女の子ですとか、言えるわけが……』
「19才の……」
「笑顔の可愛い……」
「女の子?」
「誰の事かなー……カラ松くん」
「誰って真澄に決まっ……え」
決して俺は声に出してはいなかったはずだ。それなのにどうしてと、原因を探せば一匹の猫と目が合う。
『お前なのか?』
「!」
深く考えていなかったがこの猫しゃべるぞ!?しかも考えていること全部分かってしまう、エスパーにゃんこ。
聞き逃していた!
「詳しい話は銭湯に行って帰ってからだな。……逃げんじゃねぇぞカラ松」
「逃げたら明日の約束は無しだから」
「梨だけに……ヒヒッ」
「あはは!一松兄さん親父ギャグでっせ!」
「むしろもっと怪我が増えるかもね」
「……………ハイ」
その後、俺を取り囲んでの六つ子会議(という名の取り調べ)は、根掘り葉掘り真澄との事を聞かれ、後日。皆で見舞いに行く事が決定した。
────
───
──
一週間経ち、頭の抜糸の為に病院へ行く時が来た。
「あの……ブラザー?本当に付いてくる気なのか?」
「当たり前だろ。可愛い子を一人占めとかケツ毛燃えるわ」
「別に興味無いけど……お前だけ抜け駆けするのは許さないからなクソ松」
抜け駆けは許さない。
それが六つ子の暗黙の了解とはいえ、こんな大人数で面会とか迷惑じゃないだろうか?でも、真澄が嬉しいと言って笑ってくれるならそれも……良いこと、だよな?
うん。ブラザー達と仲良くしてくれるなら、そうした方がお互いの将来にとって良いことじゃないか!
コンビニで唐揚げは買ってある。見舞いの品としてそれはどうなの?というトド松の言葉はもっともだが約束したからな。
赤塚病院で受付を済ませた俺は、ブラザー達に「頼むから勝手に先に見舞いに行かないでくれよ?信じてるぜブラザー」と言って、抜糸の為に待合室に行く。
予約してたからすぐに名前を呼ばれて、手術台に乗ったのだが…麻酔されるわけじゃないから、怖くなってきた。誰か連れてくれば良かった!と思っていると、見知りの看護師がいた。
「こんにちは松野さん」
「あの時の!」
「この後、真澄ちゃんの見舞いに行くの?」
「……約束したので」
俺が入院していた時にお世話になったナースで、真澄とも親しい人だ。見知った人がいると安心する。
「真澄ちゃん、あれから個室になって別棟になったのよ」
「別棟て何処ですか?」
「二階の渡り廊下から右手に曲がった206号室よ」
206号室か……
ナースと話して恐怖を紛らしたら、抜糸の痛みもそれほど感じなく、5分程で終了した。
「真澄ちゃん。松野さんが来るの楽しみにしてたみたいよ?」
「え!そ、そうなのか!?」
「松野さんは何時くるかなとか、怪我の具合はどうなんだろうって」
彼女に会うのがますます楽しみになった。
医者は回復早いねと経過は良好で、痛みや痺れなど不調が出れば来て下さいと、数回はあるだろうと踏んでいた通院は三週間後のギプスを取るのみになってしまった。
うーん……怪我の最中、真澄に会いに行く口実が無くなったな。いや、会えない時間が二人の愛を育てるという話を何処かで聞いたような?
ありがとうございましたと一礼して、診察室を出て、ロビーで待っているだろうブラザー達の元へ向かった……が、大人しく待っている筈がなかった。
「おいおいブラザー……まさか先に…」
すぐにエレベーターへと今できる最高速で歩き、二階に着けばあのナースに言われた順序で彼女の部屋がある場所に向かう。206号室の前にちょうどみんなの姿を見つけて安堵した。
「ゼー、ゼー…お、まえら…」
「あれ?案外早く終わったんだ」
「ちぇー、カラ松のフリして驚かそうと思ったのにな」
「いや、怪我してないのに無理でしょ」
「チョロま、つ……わかってたのなら止めてくれ」
「おそ松兄さんが聞かなかったんだよ」
「俺だけのせい?チョロ松だってそわそわして強く止めなかったじゃん」
結局、みんなして俺を置いてく気マンマンだったんだな!?
「ねぇ開けていーい!?」
「待って十四松。一応ノックしないと……」
「失礼します!!」
「ヒッ!?」
「ジュウシマァーーーツ!!??」
スライド式の扉を思い切り力を込めて開いたから、ガンッという鋭い響きが病室内に渡る。
カーテンが無い個室のベッドには彼女がパジャマ姿で本を読んでいたらしく、驚いた拍子に顔を開いたページで隠していた。
「十四松!ここ病院なんだから静かにしなくちゃダメだろ!」
「やっちゃった〜!ゴメンナサイ!」
「(何が…)…あ!カラ松さ、んん!?」
「君が真澄ちゃん?うわっ本当に可愛いじゃん!……胸はそんなに無いけど」
「おそ松兄さんデリカシー無さすぎ。こんにちは真澄ちゃん。僕の名前はトド松だよ。LI○Eしてる?」
「あ……の……一応は」
「ブラザー、少しは…」
「ちゃっかり名乗ってるし。俺はおそ松!長男だよー」
「はは初めまして!チョロ松です!」
「ハイハイハイ!僕、十四松!趣味は野球!野球好き?」
「は、はい……観るのは」
「マジで!?じゃあ、野球しよ!」
「落ち着けって十四松………一松、です」
一気に話しかけられて、彼女の方もどうすればいいのか分からないようで、目を忙しなく動かしては眉を垂らす。
彼女は優しいから、邪険に出来ない。
「ブラザー……真澄が困っているんだが」
「!。おっと…(カラ松キレ気味じゃん)」
「ああそっか!ごめんね急かしちゃって」
「だ、大丈夫です!いろいろと…えーと、大人数で見舞いに来てくれたとか、顔がそっくりとか驚いてしまって……その…来てくれて、ありがとうございます」
あ……笑った。
俺が好きになった花が咲いたような笑顔で、また笑ってくれた。他の兄弟も彼女の笑顔を見て、頬を赤くしてだらしなく顔を緩ませていて…連れてきて良かったのかと疑問が起きる。
「カラ松さん」
名前を呼ばれて、彼女の方に顔を向ければ見てわかる位に嬉しそうに笑う。
「本当に来てくれて……約束守ってくれて凄く嬉しいです」
「フッ…言っただろう?俺はカラ松ガールの約束は破らないってな」
「イタタタ!お前、真澄ちゃんにもそのイタさ発揮してんの!?イッタイよー!」
「え……痛い?」
俺は皆を傷つけてしまうギルトガイ…まさか彼女も痛かったのだろうか!?運命の人を傷つけるなんて…クッ、これがハリネズミのジレンマってやつか。
怪我をしているということで、俺は椅子に座らせて貰い、各々窓のサッシや床に膝をついたりして一旦落ち着く。
「改めまして、姉崎真澄と申します。今日は皆さんに会えて嬉しいです」
「そんな堅苦しい話し方しなくてもいいんだよ?」
「いえ、もうこれが慣れていると言いますか……癖みたいなものですので。皆さんは気になさらず何時も通り話してください。その方が嬉しいです」
「そうですか?……じゃなくて。なら真澄ちゃん、よろしくね」
「はい。よろしくお願いしますチョロ松さん」
(チョロ松さん!こんな可愛い子からチョロ松さんって呼ばれちゃった!ああでも、僕にはにゃーちゃんという決めた人が…)
「ねぇ……」
「は、はい!何でしょう?」
「猫………好き?」
「はい、好きですよ。特にスコッティッシュフォールドが好きで、垂れた耳とか丸いフォルムとかツボです!」
「……あんたいい趣味してんね。今度スコッティッシュじゃないけど……猫連れてきてあげようか?」
「いいんですか?じゃあ、楽しみにしてますね!」
「……うん」
次々に兄弟達に越されていく。興味無いとか言ってた一松さえも、あんなにも心を開いて話してる。
……モヤモヤするのは何でだろう。ブラザーと真澄が仲良くする事は良いことだと思ったのに、もう1つの居場所を取られたような感覚があるのは。
その時、持っていた袋がカサリと音を立て、そういえば今日は見舞いの品を持っていたと思い出した。
「忘れてた!待たせたな真澄。これが今日のメインだぜ!」
「これは?」
「約束の品をお届けに参りました姫。さぁ、ご覧になってください」
(アイツまたイタい設定を…)
(あー確かに雰囲気は姫だね。どっちかというと着物が似合うような)
(クソ松が…)
彼女の細い綺麗な手がコンビニの袋から唐揚げが入ったカップを取りだし、蓋を開けた。
中身を見た彼女は目をキラキラさせて、まるで宝箱を見つけた子供のようだ。
「唐揚げ……!」
「ちょっと時間を置いてしまったから少し冷めてるかもしれないが…」
「大丈夫です。まだカップ温かいし……あの、食べていいんですよね?」
「もちろん」
爪楊枝を1つの唐揚げに刺して、彼女の口にそれが含まれ咀嚼される。
「……美味しい。唐揚げって、こんなに美味しいんですね!」
ああ、まただ。その笑顔が俺を魅了して離さない。天使が微笑む度に心を甘くさせて、甘過ぎて苦いトキメキになって鼓動を早くさせる。
「……いーなー真澄ちゃん。俺にも一口くんねぇ?」
「「ダメだろ/でしょ!」」
「ちぇー。やっぱダメかー」
「……!。あの、カラ松さん」
手招きする彼女に少しだけ顔を寄せる。彼女の方からも近づいてきている感じがして、触れてしまわないかと気が気ではない。
ぷにっ
「あーんして下さい」
「え……ングッ!?」
「「あーー!!?」」
口に広がるこの味は…唐揚げ!?
「何で!?何でカラ松に食べさせてんの?普通そこは俺じゃね!?」
「お前もないからな!でも真澄ちゃん何でカラ松にあ、あーん……なんて!」
「カラ松兄さんずるいよー!」
「ずるーーい!!」
「……殺す」
「ん?ンン!?」
目の前の彼女はしてやったりとイタズラな笑みを浮かべていて、そんな顔も出来るのかと口の中のものを消化する。
「カラ松さんが買ってきて下さったので、一番最初です」
「ん、一番最初?」
「おそ松さんもどうぞ」
「え!?いいの!やったラッキー!」
「ぼ、僕もしてくれるの?」
「はい。ちょうど残り6個だったので、私そんなに食べれないから…皆さんと分け合う方がいいです」
順番にあーんを待つ兄弟一人一人に彼女は食べさせていく。彼女の為に買ってきた唐揚げはあっという間に消えて、兄弟は女の子から食べさせてもらった事実に喜んでいる。幸せな空気がこの部屋に満ちているのに、もう一人の俺は複雑そうだった。
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