長編

□運命の人
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「ちょっと出掛けてくるわー」
「兄貴パチンコか?」
「まあ、そんなところ」
「……そうか。気をつけてな」


そうして、兄貴を見送ったのが1週間前。その日は大層機嫌良く帰ってきたから勝ったのか?と聞いたが何時も通りすかんぴんだと言った。


「マジ真澄ちゃん良い子!しかもにゃーちゃんの良さを解ってくれるし、DVDを雑に扱う他のヤツと違って丁寧だし!」
「チョロ松……真澄に会いに行ってたのか?」
「うん。約束してたし、今は面接結果待ちで時間あったからね」
「そうか……」


これが4日前。


「十四松でっす!真澄ちゃん見舞いに行っていい?いいの!?やったー!今から行くね!」
「十四まっ…もう行ってしまったか」


これが2日前。


「……もしもし……あ、一松だけど……今日、猫連れていっても大丈夫?………うん。じゃあ2時位に病院前に行くから…。……じ、じゃあね」


そして今日は一松が猫を見せに真澄に会いに行くらしい。パジャマからいつもの格好になり、エスパーにゃんこを抱いて一階に降りようとしている所に声を掛けた。


「一松、その……俺も付いてい」
「ああ゛!?何か言ったかクソ松!」
「ひぃっ!?」


ぐんっといつもの通りに胸ぐらを掴まれて凄まれる。


「……あ、こんな事してる場合じゃないな。付いてきたら殺すからなクソ松」
「わ、わかった…」


胸ぐらを掴んでいた手をパッと放し、一階に下り、サンダルを引っかけて玄関を出ていったのを二階から見送った。

一松が俺の怪我を心配して言ってくれるのは分かるが…もう少し優しくして欲しい。


彼女に会えなくなって1週間と少し。会う機会が無い俺は、家で怪我を治すために大人しくする他なかった。

二階から慎重に降りて居間を覗くと、今日は珍しくトド松だけがスマホを弄って暇を潰していた。他のブラザーは見当たらない。


「トド松はあれから見舞いに行ったのか?」
「んーん。僕にはコレがあるから見舞いに行くのはもうちょっと後でも大丈夫」


そうやって見せたのはLI○Eのトーク画面。気になって覗こうとしたが、ヒョイッと避けられた。


「プライバシーの侵害だよ。カラ松兄さん」
「頼むトド松!少しでいい!少しでも彼女の事が知りたいんだ!」
「自分でスマホ買えば?」
「それが出来たら養われたいとか思わない」
「それな」


おお…トッティの持つスマホが輝いて見える。俺も愛のメッセージを受信したいし送信したい!出来るなら会いに行きたい!

でも彼女の事だ。俺の今の姿に胸を痛めてしまい、病気が悪化でもしたら…。ギルトガイな俺を許してくれ真澄!


うーうー唸っていたら五月蝿い!と末っ子に怒られた。そして、ため息を吐きながらこう言った。


「別に会いに行けなくても電話あるんだから、それで話しすればいいじゃん」
「その手があったか!」


彼女の穏やかな声が聞きたくて、すぐに電話をかけに行こうと思った。


「まあ、今頃は一松兄さんと会ってるから出ないか……もしくは帰って来た一松兄さんに殺される運命だろうけどね」
「……」


ストンと座り、ちゃぶ台に顔を伏せた。

そうだった…今日は一松が見舞いに行ってるのだった。


「……もう。しょうがないなぁ」
「え?」
「いま確認したけど、まだ一松兄さん着いてないようだから、ちょっとの間スマホ貸してあげる」
「トッティ!!」
「トッティ呼ぶな!貸さないよ!」
「すみませんでしたトド松様!」


スマホの扱い方は調べものするときに時々貸して貰っていたので問題は無かった。

トーク画面を見ると、トド松の画面には俺達や一松の友達(猫)の写真が多く送っていて、それに対して真澄は「兄弟仲が良くていいですね」や「この猫ちゃんのポーズ癒されます」とか、しかも猫のスタンプ駆使していて……言い様の無い感情…チョロ松が言うには"萌"みたいなとにかく心がキュッとなった。


「何て送ればいいんだ?」
「まずは僕がカラ松兄さんにスマホを貸してる事実を教えなきゃでしょ」
「そ、そうだな」

【カラ松だ。トド松に少しの間スマホを借りたんだ】

当たり障りのない平凡な文章を飛ばした。先ほどまでトド松と話していたからすぐに既読がついて、メッセージが届いた。

【こんにちはカラ松さん。あれから怪我の方はどうですか?】

彼女の親切な対応に、早くも俺は顔をにやけさせた。


【順調だ。そういえばこの1週間ブラザー達が見舞いに行ってるようなんだが、何か迷惑かけてないか?】
【迷惑かけてるのは私の方です。この前、十四松さんが見舞いに来てくれたとき、転んでしまって…下敷きにしてしまいました】
【大丈夫だったのか!?】
【はい。私はもちろん、十四松さんも怪我が無くてホッとしましたよ】


書いてある文面を見てひやひやとさせられる。彼女に怪我が無くて俺もホッとした。

【良かった…。君に何かあれば、俺の心は深い後悔の海に拐われてしまうところだった】

隣で見ていたトド松が僕の携帯でイタいこと書かないでよ!と言われたが、これが今の俺の気持ちを表す最もな表現でどこが痛いのかわからない。


【心配して下さって、ありがとうございます】
(お辞儀をしている猫スタンプ)
【そうでした!カラ松さんに聞きたい事がありまして】
【何だ?】
【おそ松さんが俺らみんなドウテイ?で、特にカラ松さんには気をつけてなんて言われたんですが、どういう意味ですか?】


おそ松ー!!お前、この前の事反省してないだろ!?むしろ面白がって教えてるな!?

何でも興味を示す彼女にあのクソ兄貴は俺への嫌がらせを含めて攻撃してくる。


【真澄。言っただろう?おそ松の大半は聞かない方がいい】
【でも、ドウテイについてはカラ松さんが教えてくれるって言ってましたよ?】
【頼む。その言葉を連呼しないでくれ。君はまだ知らなくていいんだ。そう!秘めていた方がよりお互いの為になるんだ!】
【……教えてくれないんですね】


あぁあああ!教えてくれないという彼女の切なさが俺を責めてくる!

罪悪感はあれども、彼女の純粋を汚すのは嫌だった。とにかく、おそ松はしばらく見舞いに行くのは自重してもらおう。弟たちに言っておかなければ…


【その事については…もう少し、親しい関係になったら説明しよう】
【親しい?】
【そうだ。もっとお互いの事を知って、理解を深める……それこそ最高のパートナーになれるぐらいに!】
【……なるほど。わかりました!】
【わかってくれたか!】
【はい!つまり親友と呼べる仲になれば教えてくれるんですね!】

「そうじゃないんだが…」
「どんまいカラ松兄さん…ww」


どうしたら俺の気持ちが彼女に届くのだろうか。これはもう、愛の告白をすれば解決するのか?いや、この文面を見ればただのフレンドというのが丸わかりだ。

慎重に少しずつ距離を縮めなくては…


そんなこんなで一松が到着したらしく、怪我を治したら一杯話しましょうと締めくくった。



「……とりあえず、おそ松が帰って来たら絞める」
「それには僕も賛成」


────
───
──

念願の三週間後になり、ギプスや包帯が取れた俺は自由にフライアウェイ出来る気分だった。


この三週間、弟達の行動に気が気じゃなかった。

チョロ松は相変わらずアイドルのネタを持ってくるが、以前よりも近い距離で彼女と話すようになった。

一松は猫が切っ掛けで遠慮なくものを言うようになって、言葉も少し悪くなったがそれは気を許している証拠。

十四松は彼女の身体を気遣うようになって暴走が少なくなり、よく彼女を助けているらしい。

トド松は有名どころの女の子が喜ぶようなお菓子を手土産に、彼女を笑顔にさせている。

バカ兄貴は制裁を食らったのであれから行かせてもらってない。自業自得だな。

さて、俺はというと……兄弟の中で一番、彼女と打ち解けていない。
まさにピンチだ!
この三週間でブラザー達の中に好きな人が出来てしまったらと思うと、焦れったい想いを抱いて過ごしていた。

しかーし!今日からはこのカラ松の恋の歯車がようやく加速していくターン!
待ってろよ運命の人よ!


「あぁ、真澄ちゃん。いま定期検診中だから今日は無理じゃないかな?」
「そ、そんな……!」


ジーザス!神は俺を見捨てたのか!

折角ギプスも取れて晴れて彼女の元に会いに行けるかと期待したのに!落ち込む俺に、ナースは一つだけ名案を授けてくれた。


「今の採血が終わったら、次は二階の第三診療室で検診するの。そこのロビーで待ってたら10分くらいは話せると思うわ」
「本当か!?ありがとう行ってくる!」


少しでもいい。彼女と顔を見合せながら話せるなら、その10分が愛しい。

身軽になった身体は階段も軽快に上り、あっという間に二階ロビーに着いた。第三診療室近くの椅子に座って彼女を待った。


ポーンというエレベーターの音に何度か振り向いた時、ようやく彼女の姿を捉えた。彼女の方も俺に気づいたようで、目を丸くさせたあと…何とも言えない顔になった。


「カラ松さん……ですよね?」
「ああ。その通りだぞ!」
「やっぱり……」
「やっぱり?」
「トド松さんから聞いていたのですが、ちょっと想像と違くて……でも似合ってますね、その私服」
「そ、そうか…!?」
「でも、サングラスはいただけませんね。カラ松さんの目が見えないです」
「あ、ぅ……いま、外す」


サングラスを取ってしまったら、全て彼女に見透かされてしまいそうだ。ゆっくりとサングラスを取り去って、クリアになった視界に彼女が映る。満足そうな顔に、へにゃりと俺も笑みをこぼした。

お互いに椅子に座って、微かな時間を共有する。


「ようやくギプス取れて良かったですね」
「枷から解き放たれた時、俺のしがらみともお別れしたのさ」
「(これがトド松さんが言うイタいなのでしょうか?キザっぽいとは思いますが…)」
「さて、この短い逢瀬。何を話そうか」
「じゃあカラ松さんは学生時代、どんな事をしてたんですか?」
「ふむ……たくさん思い出はあるが、演劇部について話そう」
「演劇部……(なるほど。キザな台詞が多いのはそこからですか)」
「中学から高校までやってたんだ。ちなみに俺は役者の方でな。主役を任された事もある」
「主役!わぁー……見てみたかったな当時のカラ松さんの演劇」
「フッ…俺の演技を見たら惚れるぜ?」
「ふふ。惚れるような演技を見せてくれるなら、それは幸せですね」
「そうか……(天然たらしとはこの事か)」
「どんな役をしたんですか?」
「あの有名なハムレットやロミオを、オリジナルで騎士の役をしたな。あとは洋館の主人とか死体役とかいろいろだ」
「だからあの時"姫"って呼んだんですね」
「それもあるが……俺にとってのプリンセスは君だけだからな」
(……この場合、どう返すのが正解なんでしょうか)

(A.キモいクソ松消えろ by一松)


演劇部をやっていた時代に想いを馳せる。今でもスポットを浴びる高揚感と、注目される事の快感は忘れられない。でも主役を任される事はあったが、部長にはなれなかったな…。お前は役に打ち込む方が合っているって周りから言われたんだった。確かに両立するよりは一つの事に集中した方が俺の真価が遂げられ、成功した。


「少しだけ演劇について触れてみるか?」
「どうやってですか?」
「まだ昔の台本が家にあると思うんだ。読み合わせだけでもしないか」
「それは面白そうです!やってみたいです!」


目をキラキラさせて、彼女の中に演劇というカテゴリーが追加される。俺しか出来ないものが、二人で共感出来る喜び。他のブラザーには無い、俺だけが教えられること。

越されてしまったような差は、これで埋めてくれるような気がした。


「姉崎さん。姉崎真澄さん」
「あ、呼ばれてしまいました……」
「もうか……時が経つのは早いな」
「楽しいほど早く感じますね。それじゃあ……また」
「ああ!また連絡する」
「…はい!待ってます!」


手を小さく振って、パタパタとナースの元に少し駆け足で去ってしまう君は、とても眩しい。



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