長編

□運命の人
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昔の台本が押し入れの段ボールの何処かに閉まっていた筈だと、六つ子部屋の押し入れから一つ一つ紐解いていく。台本の他に教科書も入れていたと思うからそれなりに重量があるものに絞り、見ていくとあっさりお目当てのものを発見した。


「さて、どの台本しようか……」
「ゲッ…クソ松何してんの」
「おお一松!これか?これは真澄と台本の読み合わせをする為に選別しているところだ」
「は?台本の読み合わせ?」
「演劇に触れてみたいと言ってくれたんだ!」
「……ふーん」


相変わらず俺には冷たい一松がソファに座って、手に持っていた漫画を読み出した。

いつもの事なので今は台本選びに集中する。


「役が少なくて時間も短めのものが良いだろうか……いや。ここは有名なシンデレラや美女と野獣というサクセスストーリーもアリだな!お互いに惹かれ合い、甘い時間を共有……そして最後にたどり着くのは幸せなエンド!その果てに真澄から愛してるという言葉が聞けるという……」
「うるせぇええ!黙って選ぶことが出来ねぇのかよクソ松!?つか、下心満載じゃねぇかよ死ね!」
「えぇええ!?一松聞いてたのか!?」
「同じ空間にいれば嫌でも聞こえるし!!しかも何ちゃっかり演劇につけこんでイチャつこうとしてんだよクズか!?そうだよなクズだよなぁ、ぇえ!?」
「す、すまん!!調子に乗りすぎたようだ!」


チッ…と盛大な舌打ちを噛まし、掴んでいたつなぎの襟を離してもらえた。

うぅっ…演劇だけでも愛の言葉をやり取りしたって良いじゃないか。
とは言えず。一松に睨まれてそれは除外し、台本をまた一つ一つ吟味していく。


「んー……(これは少しドロドロしているからな。止めておこう)」
「……」
「お、これは……(いや、感情表現が難しすぎるな。もう少しわかりやすいやつの方が…)」
「…っ」
「…………はぁ。(美女と野獣なら主人公達の台詞が多いし、面白そう何だがなぁ。……黙ってればいいんじゃないか?フッ。秘密を抱える俺、イカしてるぜ)」
「……おいクソ松」
「ん?なんだ?」
「ちょっと台本見せろ」
「え、あ、いいぞ!」


考えている事がわかったのかとヒヤッとしたが、それよりも一松がまさか台本選びに付き合ってくれるとは思わなかった。

「あ゛?なに泣いてんの」
「一松が俺と一緒に選んでくれてる…!」
「いや違うから。真澄ちゃんに迷惑掛けない為だから」
「ははは!照れなくていいんだぞ〜?」
「ッ、一生黙ってろクソウザ松〜〜〜!!」
「グハァッ!!」


一松の渾身の右ストレートが綺麗に決まり、俺の身体は宙を舞って意識はブラックアウトした。

しかし、床に叩きつけられた衝撃ですぐに起きた。


「な、何をするんだ一松…!」
「……」
「えぇ…」

俺には目もくれず台本選びに移行した一松に、ホロリと涙が出る。真澄…これが一松の愛情なんだよな?素直になれないから照れ隠しでしてしまうんだよな?


「……これでいいんじゃない?」
「ん?」


差し出されたのは「赤ずきん」というタイトルの台本。確かに普通の赤ずきんならば最後は狩人に助けられておわりなのだろう。…普通ならば。

しかしこれは改訂版。原作と流れが違うわけで……一松はタイトルだけで決めてしまったんだな。でも、せっかくブラザーが選んでくれたんだ。これにすると言えば「そうかよ…」と一言だけ言って、漫画を持って下に行ってしまった。

全く……俺の弟は可愛いやつだ。

『赤ずきん』と書かれた台本を持って、彼女に合う前のリハをしておこうと立ち上がる。


今からこの部屋は一つの舞台だ。
例え読み合わせだろうと、本気で行く。

最初の場所は美しい花が咲き誇る花畑。原作で、赤ずきんが花を摘んだシーンに使われる場所だ。


そして──幕は上がった。


「ああ……お腹かが空いたよ。美味しそうな獲物はいないだろうか?」

オオカミは大層お腹を空かせていた。フラフラになり、やがて動く事さえも億劫になって、倒れてしまう。

「……この森には、もう子ウサギも通らなくなってしまった。全ては猟師が狩ってしまうせいで」

「私に残された道は人間を食べるしかないのだろうか?それとも、ここで死に逝くだけか…」


そこに登場するのは小さな少女。人間の女の子だ。


「どうしたの?」
「私に近寄ってはダメだよ。とても恐い生き物なんだ私は」
「恐い生き物?でも今の貴方は弱っているわ」
「そうだね。それでも私は耳も口も大きく、牙は鋭い。小さな君なら一口で飲み込めるだろう」
「それなのに、どうして私を食べようとしないの?」
「さあ……どうしてだろうか?」


目の前にご馳走があるのに、オオカミは食べることをしなかった。すると、少女は一つのパンを差し出した。


「これを食べて待ってて。家から他にも取ってくるわ」
「これは…」
「今日は天気が良いから外で食べたかったの。でも貴方の生きる糧になるのなら譲るわ」


小さな影が傍から離れていく。大きな己の手には小さなパンが一つ。呆然と見ては口に運ぼうか迷った。

私は肉を食らう獣だ。

それでも少女がくれたパンがとても美味しいものに見えた。

ゴクリと喉が鳴り、とうとう口にする。


「──血の味が…しない」


ただそれは甘かった。


「彼女の優しさが溶け込んだような甘さだ。とても美味しいとは言えないが……何故だろうか」

「とても心が温かいのは」


オオカミは小さな少女の事が好きになった。

それからも、オオカミは食べ物をこっそり持ってくる少女に、いつかは離れなければと思うが出会った花園まで足を運んでしまう。


「君は何故、私の傍にいるんだい?」
「ダメなの?」
「本来はダメだよ。私は恐い生き物なのだから」
「それでも貴方は優しいわ」
「大人の人間が私を見れば畏れ、逃げる姿が思い浮かぶ。そして言うのさ。【殺せ】とな」

少女は黙ってしまう。オオカミは漸く離れられるのだと最後のお別れをしようとした。


「それなら人間の方が恐いわ。貴方を殺そうとするんですもの」
「……君も人間だろう?」
「そうよ。私は人間よ。だから貴方を怖がってあげないわオオカミさん」


オオカミは怖くなった。いつか彼女を裏切るのではないかと。それならばいっそ、いま離れればいいと思うのだ。


「……ありがとう。君のおかげで私も生きながらえた。これから違う森に移るとするよ」
「行ってしまうの?どうして?」
「さあ…どうしてだろうか?」


曖昧な言葉を残してオオカミは少女の前から姿を眩ましたのだった。



────
───
──



オオカミはそれからも小さな少女の事が気になっていた。違う森に移り住んで食べ物があれども、美味しいと思えなかった。

……思えなくなった。


ここから物語は流れに沿っていく。


「それでは行って参ります、お母様」
「いいですか、途中で道草をしてはいけませんよ?それからオオカミに用心するのよ。オオカミはどんな悪い事をするかわからないから、話しかけられても知らん顔しているのです」
「……ええ、お母様。大丈夫ですわ」

「それでは行ってきます!」


病気のおばあさんの為に赤ずきんはお母さんが作ったケーキと上等な葡萄酒を持って見舞いに行くのだった。

その足取りはしっかりしている。少女は立派な女性に成長していたのだ。


「こんにちは。赤いずきんが可愛い赤ずきんちゃん」
「あら。こんにちはオオカミさん」

彼女はオオカミに快く挨拶した。お母様の言いつけを忘れていたわけではない。遠い日のあのオオカミが忘れられなかっただけだ。


「これから何処へ行くの?」
「おばあ様のお家よ。それにしても貴方は初めて見るわね」
「何せ最近来たばかりの新参ものさ。おばあさんのお家はどこなんだい?」
「何故そんな事を聞くの?」
「僕の気まぐれさ。オオカミはみんな気まぐれで、楽しそうな話がしたいのさ」
「……そうなの。おばあさんのお家は森の奥にあって、ここから歩いて15分の所にあるわ」


実はこのオオカミは人食いオオカミであった。人を騙し、肉を食む恐い獣だった。それを知らず赤ずきんは素直に話してしまう。

オオカミは考えた。15分だけでは家を見つけ出しておばあさんを食べるには足りない時間だ。


「良いことを思いついた!おばあさんは花が好きかい?」
「ええ好きよ」
「なら花を摘んでいきなよ!おばあさんはきっと喜ぶよ。」
「それはダメよ。お母様には道草はしていけないと約束したわ」
「大丈夫さ!きっとバレやしないさ!それよりもおばあさんの喜ぶ顔が見たくないの?」
「……それもそうね。花を摘むくらいならそんなに時間は掛からないわ」


赤ずきんは花を摘み始めた。それを見たオオカミは嫌な笑顔を浮かべておばあさんの家を探しだしに森の奥へと消えていった。


「懐かしいわ……この場所であの優しいオオカミさんを待った日々が」

「……どうして、貴方は居なくなってしまったの?さっきのオオカミが言った気まぐれ?楽しい話が好きなら私がたくさん話してあげるのに」

「叶うなら……貴方の優しさが欲しかったわ。純粋な貴方の優しさが」


花を摘み終えた彼女は夢中になって時が過ぎていたことに気付いた。おばあさんが首を長くして待っている。

おばあさんのお家に着くと、不思議と戸に鍵はかかっておらず開いていたのです。

「おかしいわ……いつもおばあ様は戸をしっかり閉めているのに」


家の中に入ると、変な匂いがするような気がしました。


「何の匂い?」


その答えが分からずに歩を進めて、おばあさんのベッドに近づくのです。


「こんにちはおばあ様。お加減はどうですか?」


ここでもおかしな事におばあさんには大きな耳が布団からはみ出ているではありませんか。

これも病気なのかな?と、赤ずきんは疑うこと知らないのです。


「おばあ様のお耳は大きいのですね」
「そうだとも。お前の声がよく聞こえるよ」
「おばあ様の目も大きくて光ってるわ」
「可愛いお前を見るためさ」
「それに大きな手……」
「大きくなくては可愛いお前を抱き上げる事が出来ないだろう?」

「……そうね。オオカミさん」
「!。お前ッ!?俺の正体を知っていたのか!」
「最初は気づかなかったわ。でも一つ一つ見れば、嫌でも気づいてしまう」
「ならばお前を食らうだけだ!」


彼女は悟った。ここで逃げてもオオカミの方が足が早く、追い付かれて食べられてしまう。

疑うことを知らなかった、私への罪。


「……ああ。優しいオオカミさん。死ぬ前にもう一度会いたかったわ」


迫り来る牙に彼女は目を閉じた。


「グァアアアアアア!!」
「……え」


目を開けて見れば痩せこけたオオカミが、人食いオオカミに食らいついていた。鋭い牙を相手の腹に突き立て、引き裂いたのだ。

おばあさんは丸飲みにされていただけで、生きていた。助け出されたおばあさんを慌てて赤ずきんは引きずり出し様子を見れば意識を失っているだけで呼吸はしっかりしていた。


「……オオカミさん」
「怖がらせてすまない」
「何で戻ってきてくれたの?」
「……私は我慢出来なかったようだ。君が居なければ、どの食べ物もおいしくなかった」
「どうして助けてくれたの?」



「君が……好きだからだよ」



オオカミの優しさと愛に赤ずきんは涙を流しました。


「私も……貴方が…」
「お嬢さん!!」


鉄砲の発砲音と目の前で崩れ落ちる優しいオオカミ。赤ずきんは何が起こったか理解出来ませんでした。


「お嬢さん大丈夫かい?ここらで人が食べられたという噂があったが、本当にオオカミがいたとは……」
「…………何で」
「もう大丈夫だ。恐いものは何も…」
「何で殺したの!?何で優しいオオカミさんを殺したの!?」

赤ずきんは優しい大きなオオカミを一生懸命に抱き寄せます。


「嫌よオオカミさん!死なないで……お願いだから…」
「赤ずきん……悲しむことはないよ。これは運命なのだから」
「そんな運命なんかいらないわ!」
「そうしたら私達が会うことは無かった」
「……、それでも、あんまりだわ」
「赤ずきん…」


オオカミは大きな手で赤ずきんを抱いた。


「赤ずきん……私の可愛い人。私は幸せでした。離れる事が良いことだと信じて私から離れたというのに、結局は戻ってきてしまった。そんな私を貴方は許してくれるか?」
「ええ…許すわ。だって…」


「私も貴方を愛してる」


オオカミは満足そうに笑って目を閉じた。

優しいオオカミは少女に恋をしました。そして、最後は想いが通じたのです。例えそれがどんな結末であっても、叶ったことには変わらない。


それでは、これにて閉幕。


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