長編

□運命の人
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「…はーっ!演劇って…読み合わせだけですが、体験しないとわからない感動がありますね」
「……」
「それに最後は私も本気で泣いてしまいました……台本も原作とは違って、とても面白かったです」
「……」
「あの……カラ松さん?」
「…!!。す、すまない!真澄の演技が素晴らしくて……」
「それを言ったら何役も演じわけたカラ松さんの方が素晴らしかったです!優しいオオカミさんはカラ松さん特有の柔らかい雰囲気があったから、最後は自然と涙が出てしまいましたし…まるでその世界の住人のような気分でした!」
「……楽しんでもらえて、何よりだ」


俺は動揺していた。一松が選んだ赤ずきんが実は純粋な恋愛模様を描いた切ない話に変わっていて、愛の言葉を囁くとは思ってみなかっただろう。その点については感謝してるぜブラザー。

ただ…

彼女の愛してるに俺が参ってしまったのだ。


演技だとはいえ、最後の最後で彼女は涙を流して、本当に俺の事を愛してるとでも言うような言葉の響きにノックアウトした。

胸が締め付けられる想いに、先ほどから鼓動が早くて心臓が飛び出てしまいそうだ。


「カラ松さん…耳、赤いですよ。熱でも?」
「俺はいつだって君に熱を上げているさ!」
「その赤さはちょっと……おでこ失礼しますね」
「んッ!?」


彼女の白い少し冷たい手が俺のおでこにピタリと当てられて、肩が反射的に跳ねた。

サングラスを掛けたくても、前に彼女から外した方が好きだと言われているため出来ない。

あぁああー!生殺しはやめてぇー!!


「んー……平熱ですかね」
「だろう?耳が赤いのは……俺は演技をすると熱が入りやすくてな。そのせいだ」
「そうなんですか?でも、あれだけ真剣にしてればそうかも…カラ松さん格好良かったですし」
「ンン゛!!……ありがとうな」


カッコいいって言われた!カッコいいって!


ああ…恋というのはかくも甘い砂糖菓子のようだ。彼女の一言で一喜一憂して、こうして甘い砂糖に埋め尽くされて溺れていく。


「……っ……あの、カラ松さん」
「どうした可愛い赤ずきん?」
「……非常に申し訳ないのですが…私、のどが渇いてしまって…」
「それは気づかなかった!どうすればいい?」
「1階の……自販機でお茶を買ってきて…、いただけませんか?」
「お安いご用だ。すぐ買ってくる!」
「走ってはダメですよっ…?」


彼女の頼みなら俺は何でも聞こう。まあ、働けと言われてたら少し悩むが…前向きに検討しよう。とにかく今はお茶だと1階の自販機まで早歩き。自販機の前でどのお茶を買えばいいんだ?と迷ったが、彼女が飲むものはたいていほうじ茶が多かったので、それにした。嫌いでは無いはずだ。

カッコいいと言われた俺は機嫌が良く、彼女の病室に戻るあいだ鼻歌を歌っていた。


「待たせたな真澄!……真澄?」


布団の中で丸まっているのか、彼女の背が少し見えるだけで顔が見えない。

「……真澄?どうしたんだ?」
「ッ…だ、大丈夫です……から」
「まさか………発作か!?」


俺は慌ててナースコールを押そうとしたが、彼女の手がその前に俺の手を掴んだ。

何で止めるんだ!と彼女の青い顔を見て、焦りが募る。

「すみ、ません……あと少し…待って」
「だが…!」
「だいじょうぶ…、納まってきたので」


何回か呼吸を繰り返す彼女は、胸の辺りから手を退けて最後に大きく息を吐いた。


「……びっくり……させちゃいましたね」
「本当にナースを呼ばなくて大丈夫なのか!?」
「いつもの事ですから……10分過ぎても収まらなかったら呼ばないといけないんですけどね」
「それで……いいのか?」
「ええ。ご心配おかけして……本当にごめんなさい」


もしかして俺に飲み物を買いに行かせたのは……発作を起こしている所を見られたく無かったからなのか?

彼女は伏し目ながちにして、俺と顔を合わせてくれない。その態度はまるで怖がっているように見える。俺が君を否定するわけがないのに。


「あ!お金を…」
「今度からは君の痛みを俺にも背負わせてくれないか?」
「………あ」


そう不安そうな顔をしないでくれ。
彼女の手をソッと優しく包む。いつかの彼女がしてくれたように。


「俺に君の痛みは分からないが、その痛みを我慢するときの時間を一緒に分けないか?それに何かあった時、傍にいれた方が俺は安心する」
「で、でも……」
「俺たちは"友達"なのだろう?」
「……………いっぱい迷惑掛けても、友達をやめないでくれますか?」
「やめないぜ」

やめるとしたら、それは恋人になれた時だろうな。まだそんな事は言えないが。


「じゃあ……ずーっと友達でいてください。約束ですよ」
「………ああ」

ずーと友達は約束出来ないなぁ…。正直いまの笑顔と触れている手のせいで、その……我慢できないというか…己の内にある獣がな?ちょっとフィーバーしてて君を噛んでしまわないかとヤバい。

しかもギュッと握られてしまって、抜け出すタイミングもわからない。

マイサンも少し元気になってて辛い。



手を離せたのは、今から30分後の点滴をしに来たナースの登場でだった。



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