長編

□運命の人
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あれから彼女は、発作が起きたときでも隠すような事をしなくなった。発作の時は何も出来ない俺が出来ること。それを耐えた彼女を笑顔にするために話して励ますことだった。

そんな発作も最近は落ち着いているらしく、今日は調子が良さそうだ。ブラザー達も全員暇していたとかで皆で彼女の見舞いに来ていた。


「真澄ちゃんさぁ……幼い頃から出掛けたことないの?」
「無いということはありません。そうですねぇ……14才の頃に水族館に連れていってくれたのが最後です」
「え、誰に?」
「お父さんにです」
「そういえば僕達、真澄ちゃんの両親に会ったことないね」
「真澄ちゃんのお父さん野球選手!?」
「野球選手では無いですね…。お父さんの仕事って輸入販売事業をしていまして、今は海外にいるんです」
「ん?事業をしているって……それ社長ってこと!?」
「え、社長!?カリスマレジェンド!?」
「偉い人だ!」


彼女の父親は思った以上に大物だった。いや、個室を与えていると思えば納得もいくか。

おそ松やチョロ松は隠しきれていないギラギラとした目で彼女を見ている。上手くいけば逆玉の輿。チョロ松に至っては就職も付いてくるかもと思っていそうだ。


「じゃあ母さんはー?」
「母はいません。昔に離婚してしまいましたから」

地雷を踏み抜いたおそ松にブラザー達からの鉄拳が下ろされる。母親について触れたことが無かった事から想像出来ただろうに。

慌てて彼女は別に今は何とも思ってないです!と制止した。


「母にも事情があったんですよ。それになかなか会えないけど、私にはお父さんがいます」
「本当にごめんね。こいつ奇跡のバカだから」
「奇跡のバカって何!?お兄ちゃん泣くよ!」
「それじゃあ、僕達とどっか出掛けない?誰かが傍に居れば外出くらい大丈夫でしょ」
「ナイスアイディアだトッティ!」
「トッティ呼ぶなって言ったよね?」
「トッティー!」
「十四松兄さんも…」
「トッティて、可愛いあだ名ですね」
「んふふ、そうでしょ!真澄ちゃんは特別に呼んでいいからね〜!」
「うわ…変わり身早いな。流石あざトッティ」
「お兄ちゃんを無視しないで!」


盲点だったぜ…。まさか外出、つまりデート出来るとは考えつかなかった!

最近は調子も良さそうだし、俺達が気をつければ問題はほぼゼロ。カラ松オブLOVEの最初の一歩が目の前にある!


「何処に行きたい?言ってくれたら完璧なアジェンダを組んでくるよ。例えばだけど、映画を見てからオシャレなカフェでお茶して、そのあと思い出になるような─」
「ストップ、ストップ!チョロ松兄さんは細かすぎるんだよ」
「じゃあ競馬行かない?前にどんな感じか聞いたよな。生で見た方が断然面白い!」
「フッ。ブラザー……それじゃあマイキティは満足行かないぜ?俺なら、」
「猫カフェとかどう?動物園も楽しいと……思うけど」
「遊園地はどうかなぁ?皆で行ったら楽しいよ!」
「「十四松(兄さん)が野球以外の事を言った!?」」


ここはどうだ?彼処はどうだ?と矢継ぎ早に俺達は候補を上げていく。負けたくないから自分のプランを話していれば、彼女は申し訳なさそうに答えた。

「あの……出来れば皆さんのお家に行きたいです」
「家〜?何も面白いことないよ?」
「その、松代さんと皆さんのお父様に挨拶をしたいと思ってまして。皆さんに大変お世話になっていますから」
「そんな気を使わなくてもいいのに。でも真澄ちゃんがそうしたいなら、今回はそうしよっか」
「じゃあ僕らの家に行く前に、ショッピングしよ!服とかあまり無いでしょ?」
「確かに……でも私、自分で選んだことなくて」
「俺に任せな!最高のレディに仕上げ」
「そこは僕がコーディネートしてあげるね。間違っても全身スパンコールのイタいヤツにはさせないから」
「全身スパンコール?……そんなものも売ってるんですねぇ」
「感心しちゃうんだ!?」


全身スパンコールと言っても、彼女はイタがらなかった。むしろ感心さえしている。そんな彼女にまた一つ、俺の心が温かくなって必死に顔の表情筋を引き上げる。いつでもカッコいい自分を見て欲しいからな。


「なあ、今から許可取りに行っちゃわない?」
「え、今からですか?」
「だーって、今日は皆揃ってるんだよ?抜け駆け出来ないし、明日はお互いにどうするか分からないし」
「抜け駆けは禁止だもんね」
「異議なし」
「どっかのクソは贔屓されてるし」
「一松兄さん嫉妬ですかいな?」
「……嫉妬なわけないでしょ。事実言っただけ」


フッ…ブラザー達の視線を浴びる、オレ!しかし、嬉しくない注目だな。そんなにもブラザーの目から見て俺は真澄と仲が良いのだろうか?そう見えるということは、俺達はお似合いのベストカップルという…いやいやいやカラ松。まだ焦るな。勝機はいまじゃあないはずだ。


早速真澄を連れて、先ずはナースステーションで馴染みのある看護婦にその事を話してみれば、主治医の許可を貰いに行こうかと乗り気であった。主治医の先生は「最近は発作も起きて無いし、2時間だったら行ってもいいよ」と、外出許可を貰えた。

貰った書類に行き先と連絡先、その理由を書いて判子。あとは出掛ける時に出せばOKだ。



「思ったよりもあっさり許可出してくれました」
「じゃあ早く着替えて行こうぜ!」
「待ておそ松。何で部屋に残ろうとする?」
「何って着替えのてつだ…」
「行くぞ」
「ぐえっ!ちょ、絞まってる!首が絞まってる!」


おイタが過ぎるおそ松のフードを掴んで病室から出て彼女を待った。

全く、油断も隙もないヤツだ。


「真澄ちゃんの私服って見たことないなぁ」
「どんなのかな!?」
「一松は?猫を見せに行ってるとき外だったよね」
「……パジャマの上にカーディガン羽織ってる感じ。あれはあれでグッと来る」
「いーなー!今度一松行くとき俺も付いて行こっと!」
「おいおいブラザー。そんな邪な目で彼女を見るなんて、」
「じゃあカラ松は何とも思わないの?」
「……思わな」
「はぁ!?思うでしょ!あんな可愛い子がパジャマの上にカーディガン羽織るだけの格好て…何かエロくね?パジャマだけだったら子供っぽいけど、カーディガン羽織ったらこう…ちょうど良い隙みたいな?グッと来るもんねぇの!?」
「っ…いや、だけど!」
「しかも今回は私服!ヒラヒラのスカート履いてさぁ『お待たせ!』なんて言われてもお前は何も思わないわけ!?聖人かお前は!」
「うっ…すまん…」

おそ松の言葉に否定しようにも、本当の所では頭の中で何度も想像している。

カーディガン1枚、されど1枚。

彼女が大人っぽい格好になれば、可愛いという殻を脱ぎ捨ててそれは美しい蝶になる。普段しない化粧もするなら虜になってしまうだろう。

結局のところ俺も男なんだ。
彼女の、その…ちょっとセクシーな姿を想像してしまうのは仕方ない。



「お待たせしました」
「「「……」」」
「……あの、変ですか?」
「「「ありがとうございます!」」」
「え!?何かお礼言われることありましたっけ?」


白のニットに膝下丈のネイビーのフレアスカート。その下から見える綺麗な形をした足は黒のストッキングを纏っている。髪は緩く横で束ねられ、白い首が無防備に晒けだされていて、くらりと目眩がした。


「いいじゃん!」
「超絶可愛いよ真澄ちゃ〜ん!!」
「かぁんわいいーー!」
「生きてて良かった…!」
「マイエンジェル!!」
「流行りものに疎いって言ってたけど、服のセンスあるよ!」
「……何だか照れますね。褒めて下さりありがとうございます」


照れてはにかむ君の顔は初めてかもしれない。いつもは此方が先に照れて少々赤くなってしまっている自覚があった。

そんな君を見れた俺達は紛れもなく幸福さ!


さて、時間は有限である。現在は15時を少し過ぎた頃を時計が指し示していた。帰るのが遅くなってしまうと、彼女の夕飯が間に合わなくなってしまう。

書類をさっさと正面玄関にある受付に渡して、真澄は久しぶりの外の世界へと歩きだした。



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