長編

□運命の人
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2時間というのはあっという間に終わってしまうものだ。歩いてここから近い百貨店などが立ち並ぶエリアまで10分。そこから俺達の家まで15分。病院から俺達の家までなら15分と移動時間が掛かる。

とてもじゃないが買い物してから俺達の家に行くのは少し無理があった。


「いきなり決めちゃったし、今日の所は買い物だけにしよっか」
「母さん達が居る日とか聞いとかないとだねー」
「真澄、寒くないか?」
「平気です。今日は日差しが暖かいですから」
「あ!ネコだ!一松兄さんの友達?」
「ああ、うん。最近こっちに来たヤツ」
「白に茶色の斑がまた……猫心を擽りますね」
「ヒヒッ、確かにね(よし。今度コイツ連れていこう)」


アハーン?一松のが今のところ上手か?だが負けないぜブラザー。俺にも譲りたくないものだってあるのさ。

キメ顔で彼女に視線を投げかけてみると、キョトンとして首を傾げたので俺の気持ちが伝わらなかったか…とすぐにやめた。


話していればあっという間に着くもので、彼女は人の賑やかさと多さに圧倒されていた。見るもの全てが新鮮のようで、目を離すとうっかり迷子になってしまいそうだ。


「どこに行けば…」
「ふふーん。この僕に任せて!真澄ちゃんにピッタリのお店何個かリサーチ済みだから」


そう言って自然に彼女の隣に移動して、こっちだよと案内するトド松に残りのメンバーは成す術もない。

末っ子の情報網、侮りがたし。

だけど人の多い大通りを歩くのに慣れていない彼女は少し歩きづらそうで、先ほどからトド松と並行しようとも遅れ気味だ。あ…また人と軽くぶつかってしまった。
公の場で手を繋いで歩けるのは恋人同士か親子。童貞の俺達が気軽に言えるものじゃなかった。

だけど、見ていられない。


「……真澄。俺の服を掴んでもいいぞ」
「え、でも…」
「あ、ちょっと歩くの早かったかな?カラ松兄さんじゃなくて僕の服掴んでなよ(もう少しタイミング見てから言おうと思ったのに…先越されてたまるか!)」
「トドまつ〜。お前が早すぎたから真澄ちゃん困ったんだろ?ここは長男の俺だろ!」
「ガサツなおそ松兄さんじゃ逆に疲れさせちゃうよ。良かったら僕の服に!」
「……掴みたく無いよね。俺の服なんか…すいませんね。クズがでしゃばって」
「疲れたの?僕抱っこしてあげるね!」
「ふわぁっ!?」
「「十四松ーー!!」」


町中で所謂お姫様抱っこをした十四松に、周りからの目線が突き刺さる。

お姫様抱っこは俺がしたかったのに〜!!

人生のプランの中で、結婚式の教会を出るところでお姫様抱っこしながら祝福してもらう予定だったのに、先に五男に容易く奪われてしまったことに落胆した。

本人達は「カラ松兄さんより軽いね!」や「歩けますので下ろしてください!」と端からみたらただイチャついているカップルそのものだ。十四松に限って悪どい事を考えていたのではなく親切心からだと…


「あの、本当に大丈夫ですから!お願いだから降ろして下さい!」
「なんでー?」
「は、恥ずかしくて……心臓止まっちゃいます」
「んー……そっかぁ、心臓止まっちゃうのは困るね。よいしょ!………ボソッ」
「「!?」」


俺は…いや。俺達は見た。十四松の口が「ザンネン」と動いていたことに!

ブラザー!俺はもう何を信じればいいんだぁ〜!

降ろしてもらった彼女は息を一つ深く吐いたあと、信じていたブラザーに裏切られてショックを受けている俺の傍に来て、控えめにキュッとパーカーの裾を掴んだ。


「良い……ですよね?」


まだ赤らんだ顔で俺を見つめる彼女に断れる者が居るのか。


「……フッ。迷える子羊を導く光になれるなら、断る道理などないさ」
「イタタタ!あばら折れる〜!」

おそ松はあばらを押さえていたが、真澄はホッとした笑みで「お願いします」と言うので、ついカッコつけてサングラスをする。

視界が暗くなり、いくらか気持ちも落ち着いて冷静になる。トド松に急かされて止まっていた足を動かすと、掴まれた裾がクンッと引っ張られる度にくすぐったい心持ちになった。


トド松の案内する店は本当に女の子らしい場所で入るのを躊躇ってしまうほど、童貞な俺達には恐れ多かった。しかもそこにいる男は勿論リア充なカップルばかり。一店目は我慢出来た一松も二店目にはその空気に耐えられなくて吐きそうになり、その付き添いに十四松とチョロ松が外のベンチで休ませている。

「これとかどう?」
「わぁ…!ビジューが付いてる……しかも花を模していて可愛いです!」
「気に入った?」
「はい!」
「なぁ、これとかどう!?」
「えっと……オフショルダーはちょっと。それに、それお腹出ますし」
「これはどうだろう?」
「ちょっと待って!?そんなキラッキラのドレスどこから持ってきた!?」
「ん?あそこにあったぞ」
「はぁ!?…て、それオブジェの!すぐに返してきて!」
「ねえダメぇ?これ着てくれるなら俺超元気になれるのに」
「おそ松さんはいつも元気じゃないですか」
「いやいや健康の話じゃなくて」
「おそ松兄さんもセクハラしない!」


末っ子の叱咤に長男が反省もすることはなく、セクハラが暴走気味だ。
真澄は困った顔をするだけで怒らないから調子にのるばかり。


「お!じゃあこのシャツは?さっきよりも変じゃないし、いいだろ!」
「……胸元が見えてしまいますので、ちょっと私には難易度が高いです」
「あー……胸ちっちゃいもんな」
「デリカシー!本当にデリカシーなさ過ぎ!もうおそ松兄さんは黙ってて!」
「真澄、これとかはどうだ?」
「カラ松兄さんも…て、普通だ!?」


真澄に見せたのは海を想像させるその名もマリンブルー。その色がグラデーションであしらわれたチュニックに真澄は目を奪われたように、それを眺めている。

「マトモなの持ってこられると、逆にどうすればいいかわかんねぇよ!」
「綺麗な色合いです…」
「その…どうだろうか?」
「今までの中で一番好きです。これ買います!」
「ほ、本当か!じゃあ買ってくる!」
「え!?それは申し訳けないのでいいです。自分で払いますから!」
「頼む。デートの記念に一つくらいプレゼントしたいという男心を分かってくれ」
「いやデートじゃないからね。僕らいるし」
「カラ松金持ってたんだ。あとで俺におでん奢ってよ」
「でも……私、貰ってばかりです』
「ん〜?俺も君からもらってるさ」
「あ、やっぱりスルーするんだ」
「何かあげたことなんて…」
「君からの愛さ!」
「「イッターーいッ!」」


ここぞというキメ顔を見せれば一番上と末っ子が絶叫した。

またダメだったか…と彼女見れば、笑いを堪えているように口を震わせて閉口しているが、とうとう空気が抜けるように吹き出した。


「っ…も、カラ松さ、あははは!」
「え…」
「めっちゃ笑ってる」
「うん。痛いを通り越したらそりゃ笑うわ」
「い、イタかったのか?」
「いえ…ふふっ……カラ松さんキザ過ぎるんですよ」
「「あー……キザねぇ(物は言い様だな)」」
「そ、そうか?」
「はい。キザで、優し過ぎですよ。心配になるくらいには」
((心配するとこ、そこじゃない))


優し過ぎて心配になるというなら、君の優しさも心配だ。君は全ての人に純粋な優しさを与えている。


手に持っている服は形に残る最高のプレゼント。しかし俺が優しい人じゃない証拠。

君に好かれたい、ただの男なのさ。


先に会計するといって、彼女から離れる。すると何故かトド松が付いてきた。

おいおい。おそ松を残していかないでくれよと内心悪態をついてしまった。



「カラ松兄さんも中々やるね」
「当たり前だろ。彼女の笑顔が見れるなら」
「ふーん………ところで男が女に服を送る意味って知ってる?」
「知らないな。何かあるのか?」


耳を貸してと言われて素直に少し傾ける。



「あのね……『脱がしたい』だよ」
「へ?」

トド松の言う意味が分からず首を捻る。もう一度、同じ事を言われてもピンと来なくてトド松はもう少し分かりやすく言う。


「つまりはね?その送った服を自分が脱がしたいっていう意味」
「Whats!?」
「それだけ言いたかったんだよね(悩んで悩んで、真澄ちゃんを意識しすぎて距離取るようになれば御の字だ)」


意味がわかり、顔に熱が集まるのを感じる。

持っている物が、俺の欲にまみれた物に見えて買おうか迷いが出た。
しかし、彼女はこれが一番好きだと言った。元から俺の欲で選んだものなのだから、買ってしまえばいい。

知らなかった少し前なら普通に笑ってられたのに、どんな顔をして彼女に渡せばいいのかわからない!


トド松よ。俺はどうすればいいんだ?


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