長編

□運命の人
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服を渡さないという選択肢はないので、店を出たタイミングで彼女に手渡した。

その時の彼女の笑顔プライスレス。


「あ、その様子を見ると今度は服買ったんだね」
「一松さんは気分良くなりましたか?」
「まあ……真澄ちゃんが頭撫でたらもっと良くなりそうかも」
「オイ。さっきまでたい焼き食ってたヤツが言うなよ」
「え!僕達の分は?」
「ないよ」
「美味しかったー!」
「ズッル!ズルいよー、たい焼き食いたくなった!」
「じゃあ買い物に付き合って頂きましたし、私が買ってきますね」
「マジで!さっすが真澄ちゃん、やさしー!」
「チョロ松さん達には何か飲み物買ってきますよ」
「悪いからいいよ」
「ほんのお気持ちですから、受け取って下さい」
「……ありがとう。真澄ちゃん一人で持つには無理があるから、僕も付いていくね」
「俺も付いてい、」
「さっきより気分良くなったし、俺も行く。十四松は?」
「行きマッスル!」
「ということで、お前らそこに待機な」


三人からの有無を言わさないオーラにとうとう開いた口がとじた。俺達六つ子は平等にチャンスを振り分けなければならない。

和気あいあいと仲良く去る四人に、俺は何も言えなかった。


「んー……あの三人って纏まると厄介だなぁ」
「俺もついて行きたかった…」
「服を選ぶよりは早く帰って来るっしょ。お。あの子可愛い!」
「待機って言われてるからナンパしないでね」
「……なあトド松。やっぱり俺もついていった方が良かったよな?」
「カラ松兄さん。ストーカーはダメだよ」
「す、ストーカー!?そんな事しない!」
「じゃあ待ってなよ。真澄ちゃんに近づく野郎全員に、すごい怖い顔して追っ払うくらいには素質あるよ」
「してたか?」
「ああ、あれね。おまえ無自覚何だもんな。服掴ませるまで真澄ちゃんに当たっていた男全員に睨み利かせてるし。まあ、正解だけど」
「……してたのか」


二人の証言に俺はそうだったのかと気づかされる。
確かに彼女にぶつかる人は多かったように思える。外をあまり歩いていなかったとはいえ、そんなにもぶつかるものなのか? と鈍い俺が"また"とつくほどだ。今更ながら、あれはナンパの口実を作るためだったのかもしれない。
周りに俺達がいようとも、彼女にはそれだけ惹き付ける何かがあったのだ。

悪意ではないが下心に、俺の本能は牙を向いた。……らしい。


「チョロ松兄さん女の子にはポンコツだけど、守る事に関してはちゃんとやれるよ」
「…ん。そうだな」
「一松兄さんも十四松兄さんもボディーガードとしては最高の人達でしょ」
「ああ。俺の最高のブラザー達だからな!」
「恋敵でもあるけど」
「そう恋のライバルで………」


そうだった。俺の運命の人はブラザーにも狙われていたんだった。トド松が俺に親切にしてくれていたから忘れていたが、所詮こいつもライバルでしかない。虎視眈々と隙を狙っているのだ。

はたと長男が会話に混ざらなくなっていた事に気づく。ベンチで座っていたヤツがいない……。


「おそ松は?」
「うそ……あんの馬鹿長男!どこに」
「ただいまー」
「うわっ…何その顔。なに、ナンパしたの?」
「連絡先ゲットしたぜ!」
「すげぇ!カッコいい!」

タタタッ、タタ

【お掛けになった電話番号は現在使われて─】

「そして繋がらない!」
「カッコいい!」
「……カッコいいか?」


ナンパして連絡先を得たおそ松は、トド松の携帯ですぐに電話したが相手は出なかった。出なかったというか使われていない電話番号だ。出るはずもない。


「て、そうじゃない!何フラッとナンパしてんだよ!」
「だって暇だったし。俺やっぱり巨乳の子が好みだからさ。真澄ちゃんはカラ松に譲ろうと思って」
「ブラザー…!俺は、俺は今日ほどお前のことを尊敬したことはないぜ!」
「え、今まで尊敬してなかったの?俺、カリスマレジェンドになる男だよ?」
「むしろ尊敬するところあるの?というか…おそ松兄さんは不参加なんだ」
「うん。だって…俺にはトト子ちゃんがいるも〜ん!」


その言葉に時はピタリと止まる。
可愛い幼馴染でアイドルのトト子ちゃんの魅力はたくさんある。快活な笑顔、素直さ、皆を虜にしてしまう小悪魔な性格、そして…健康で尚且つおっぱいが大きく、スタイルが良い。
それに対して真澄は慈愛溢れる優しさに、トト子ちゃんに負けない顔立ちの良さがある。

だけど、どうしても…こうやって遊べる時間は健康な人に比べて短く、不安が付きまとう。
それを分かっているトド松は「確かにね」と声音小さめで納得の声を出した。


「トト子ちゃんと比べると……真澄ちゃんには歩が悪いな」
「真澄ちゃんさ、良い子だけどエロいこと出来ないじゃん。正直言って」
「クズいなぁ……でも、童貞は捨てたい」
「だろ?」


二人の会話を聞いていると、無性に彼女が儚く感じて、いつか透明になって消えてしまうじゃないかと思った。

あの時の俺のように、居場所がなくなってしまうんじゃないかって。


「トト子ちゃんは……確かに可愛い」
「カラ松も思うよな。だって自慢の幼馴染だよ?」
「自慢の幼馴染だな。だけど俺は真澄がいい」
「……ふーん。いいんじゃね?お互いにライバルは1人減ったわけだし、万々歳!」


兄貴は俺の事を意味不明だと言う。けど、俺も兄貴の事がわからない。俺が頭空っぽのせいなのか、単純に思ったのは俺達の好みは似るということだ。なのにキッパリと線引きして、俺に譲るという。願ったり叶ったりだが、どうも違和感しか残らない。

「それにあの子は妹みたいな感じなんだよ。俺としては」
「それ分かるなぁ。守ってあげたくなる小動物みたいな感じが妹が居たらこんな感じかなって思う時ある」


俺は思った事がない。守りたい思いはあれど、いつも彼女の笑顔と優しさにドキドキさせられて、ふとした瞬間に見せる大人っぽい仕草や色気にやれて心臓を掴まれる。


(俺は彼女が本当に好きなんだ)


自分の中にある恋愛感情が本物だと確認できて、少しだけ優越感が出る。ブラザー達には無い、しっかりした愛の芽が出て心に根づいている。

そう思ったら兄貴への違和感は無くなっていた。皆がみんな、好みでも愛に変われるかはわからないのだ。


「おーい。て、長男顔どうした」
「ナンパして殴られたらしいよ」
「よくそんな事出来るな!?」
「褒めんなよチョロ松!」
「いや褒めてないから!」
「本当に大丈夫ですか?」
「ん?まあイテーけど、どうってことないな」
「よくあることだから気にしなくていいよ」
「帰ったらちゃんと冷やして下さいね?あ、これ。チョロ松さん達に聞いたら餡を召し上がったようなので、同じのにしました」
「たい焼きー!」
「真澄ちゃんありがとうね」
「はい、カラ松さんも」
「ありがとな」


先ほど確認したからか、急に言いたくなったんだ。


「真澄……」
「はい?」
「好きだ」
「「ブハッ!!」」


溢れでてしまった本音に今更後悔しても遅かった。本当にポロリと零れて、彼女に言ってしまったんだ。


「私も好きですよ」
「「ハァ!?」」
「え、ええ!?」
「だって私たち友達…ですよね?好きじゃなかったら友達なってませんよ」


……まずは彼女に男としての俺を意識させなくてはならないらしい。

会話を一部始終聞いていたブラザー達は笑いだし、俺にドンマイ!やら、ざまぁ(笑)などとずっと笑っていた。




買ったものは俺が持ち、彼女にはプレゼントした服だけ持ってもらった。帰りは人もまばらになっていて、歩きやすいから服の裾を掴む必要はない。それが少し寂しかった。

病院に到着し、病室まで荷物を届けて今日のデートは終わってしまった。

「楽しかったです!皆さんの家に行くのが今からすごく楽しみでなりません」
「僕があとでLI○Eで日にち送るね」
「よろしくお願いします!」
「それじゃあ、そろそろ僕らも帰ろっか」
「真澄ちゃんまたねー!!」
「…またね」

いつものようにヒラヒラと手を振って俺達を見送る彼女に各々挨拶して病室の扉を閉めると、一気にふわふわした気持ちが現実に帰ってきたような心地になった。


家に着き、玄関に入る前におそ松に止められて振り向く。弟たちは先に入って行ってしまい、今は二人だ。


「カラ松。俺さ……だからと言ってお前らが恋人になるのは癪だから邪魔するんで、そこん所よろしく」
「は?」


恋のライバルも困るが、応援するのではなく邪魔をするのも困ったものだ。

というか譲るって応援してくれるんじゃないのか!?嘘だろ!?


まだ俺の周りは敵ばかりであった。


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