長編

□運命の人
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カラ松さんと出会って1ヶ月半。時というのは早いもので、もう暦では11月になっていました。

彼は望むなら毎日でも来るといった通りに、ほぼ毎日私の面会に来てくれます。この間のお出掛けは友達と初めて楽しんだ最高の時間でした。
ただ、そろそろ寒さも厳しい季節。彼の体調が悪くならないかと心配していたところ、私の方が体調を崩してしまいました。


「あらー……真澄ちゃん。風邪引いちゃったのね。38度9分あるわ」
「……そのようですね」
「今日、点滴にする?」
「お願いします…」
「水枕も持ってくるね」

今日はカラ松さんは来ちゃダメですね。風邪を移したら大変です。お友達にそんな苦しい思いをさせたくありませんから。

トド松さんに【しばらくは来ないで下さい。風邪を引きました】と簡潔に用件を送った。会えなのは寂しいけど、移してはダメ。

これで一安心だと布団の中に潜り、大人しく目を瞑った。


〜〜♪〜〜♪


「え?」

瞑っていた目を開けて携帯の画面を見れば松野家と表示されていて、慌てて応答を押した。


「もしもし…」
「カラ松だ。風邪を引いたんだな」

ちらりと置時計を確認すると今は8時過ぎだ。おそ松さんの話では皆さんの起きる時間はだいたい10時なのに、こんなにも早く起きてるとは失礼ながら驚いてしまった。

「すみません……皆さんの家に訪ねようという時に風邪を引いてしまって」
「いや、この前の疲れたのが出たんだろう。しかも日差しが暖かいからと薄着にさせたままだったな。すまない」
「うっ……それは私がちょっと軽くみていたのが原因ですから、カラ松さんが謝ることはありません」


本当に申し訳ない気持ちで一杯である。


「それにしても、今日は起きるの早いですね」
「ん?ああ…たまにトド松が早朝ランニングに、俺もついでに起きてしまうんだ。それで今朝はトド松がちゃぶ台に置き忘れていった携帯画面に、風邪を引いたというメッセージを見てしまってな」
「なるほど…」
「……その、今更だが電話して良かったか?」


素直に寂しかったから嬉しいと言うべきなんでしょうか。でも優しいカラ松さんの事ですから、見舞いに行くと言い出しそうで返答に困ってしまいます。

「嬉しいですよ。とっても」
「そ、そうか!辛くはないか?良ければゼリーとか買っていこう」
「お気持ちだけで十分です。風邪を移したくないので…」
「……なら風邪が治ったら、すぐに行くから連絡をくれ。約束だぞ?」
「…はい。約束しました!」


ほら。彼はやっぱり見舞いにくるつもりだった。底無しの優しさに甘えてしまいたいが、今までにもう十分なほどに私は甘やかされている。

寂しいなんて、言えないのです。

そのあと点滴をするということもあり、彼に励ましの言葉をいただいて電話を切った。その言葉で私は今日も暖かい微睡みの中を安らかに身を預ける事が出来る。

胸に手を当てると、私の心臓は規則正しく動いてくれている。それに少し涙が出そうになって、熱に浮かれた頭で何回も彼の言葉をリピートして、ようやく私は眠りについた。



────
───
──



「んぅ…」
「あ、起きたんだな」
「!?。な、なんで…」


次に目を覚ました時、何故か電話でやり取りした筈のカラ松さんが椅子に座って此方を見ていた。しかも、ご丁寧にマスクをしている。こうしてみると、一松さんと似ているなと混乱した脳内で思った。

時計の針は長い方が4を、短い針が1を示していたので、今が13時20分だとわかった。

「いつから此処に?」
「…………つい10分前だ」
「嘘ですね」
「……実は11時には来ていたんだ」
「2時間以上も前じゃないですか!何で来たんです?私は風邪を引いたから……来ないでって…」


本当は来てくれて嬉しいくせに、出てくる言葉は思った以上に棘があった。


「やはり気になってな……。君の声が俺には寂しいと聞こえて、つい来てしまった」

図星を突かれて何を言えばいいのか分からなくなって、泣きたくなる。


「風邪の時って人恋しくなると言うだろ?俺はブラザー達がいるから寂しくないが、真澄が1人だと思ったら…」
「……何で、カラ松さんは、…わかっちゃうんですか」
「カラ松ガールのサインを見逃すわけがないからな」
「本当にキザですね…」


火照った私の頬に、男らしいあの骨張った大きな手が触れる。温かい手のひらのはずが、私の方が体温が高いから冷たく感じで気持ちいい。

零れてしまった涙を掬う優しい手つきが寂しさも拭ってくれるようだ。


(……我慢しろ。相手は病人だ。我慢だ我慢。襲うなんて紳士の風上にもおけないぞ。手は出しても口は絶対に)
「あの…」
「な、なんだ?」
「手を……握ってくれませんか。カラ松さんの手、安心するので」


早く帰してあげた方がいいのに、弱い私は欲が出て、おずおずと布団から手を出せば、彼は嫌がらずに握ってくれた。


「……やはり小さいな」
「ふふっ…カラ松さんは大きいですね。お父さんよりもちょっと厚さがあって、ゴツゴツしてます」
「多少なり鍛えてるからな。カラ松ガールを支える為には、鍛えることも必要だ」
「……前から思ってたんですけど、カラ松ガールってカラ松さんのお友達という総称ですか?」
「んん〜…ニュアンスは別に間違いないが、正確には俺を好いている全てのレディ達の事を指すのさ」
「…?」
「…まあ、分からなくてもいい事だ」


熱で思考が落ちてるせいか彼の言っている意味が少し分からなかった。その事にすみませんと一言いえば気にするなと返ってくる。

手を握っている方に意識がいき、本当に大きいんだなとカラ松さんの手をまじまじと見る。そして軽く握ったり、指の隙間をなぞったり弄ってみると、くすぐったそうに手をぴくりと反応させている。それが何故だか面白くて、ずっとにぎにぎしてしまう。

(これは試されているのか?フッ。神の試練など、今のカラ松にとって容易い……何故ならマスクをしている!けっしてマウスtoマウスにはならない!そんな度胸も持ってない!)

そんな心中など病人に察せる訳もなく、ずっとにぎにぎして満足した真澄は指と指の隙間を埋めるように絡めると、気の抜けた笑い方をしてジッとカラ松の方を見た。


「私は幸せ者ですね。こうして手を握ってくれる大事な友達が出来るなんて……幸せです」
「……幸せなのか」
「はい。今まで一番幸せだと思います」
「……俺も。君が幸せなら幸せだ」


カラ松さんの口元はマスクで見えないけど、キリッとさせていた眉を少し垂らし、目は細くしているから笑っているのだとわかった。

初めて風邪を引いて、こんなにも嬉しい事はないと思ったら……私は幸せなんだと感じた。

トクトクと鳴る心音と、カラ松さんの体温。優しい声に、確かな手の繋がりが私を安心させてくれる。


"私はここに居るんだよ"って。


「子守唄でも歌おうか?」
「子守唄……それを聞いたら寝てしまいますよ?」
「いいさ。君が良い夢を見てくれるなら、いくらでも歌を届けるぞ」


さっきまで寝ていたのに、また眠ってしまったらカラ松さんとお話し出来ないなぁ。
でも聞きたいな。カラ松さんの声はいつも優しさに溢れている。


「寝たら帰って構いませんからね」
「次に目覚めた時、俺が居なくては寂しがりのシェリーを慰める事が出来ないだろ?」
「(シェリー?)……もう十分慰めてもらってますよ。いつ起きるかわからないし、風邪引いたら悲しいですから」

……といっても、もう手遅れかもしれない。発熱しないことを祈るばかりです。

「あと」
「ん?」
「約束破ったカラ松さんの拒否は認めないですからね」
「……ごめん。今度は治るまで待つよ」
「今度こそ約束です」

ばつの悪い顔をして目を背ける彼に、絶対にですよ?と念を押した。


彼は少し喉を整え、マスク越しから易しい歌声を披露してくれる。何処かで聞いた事のある歌詞だと思った。
そうだ。オザキの【OH MY LITTLE GIRL】だ。

彼はオザキさんを尊敬していると、前に話してくれていた。そこから興味が湧いて、一度携帯で聴いたんだった。あの時はオザキさんの歌い方綺麗だなとか、甘いバラードの恋愛ソングで、歌詞の意味が分かると私にはとても縁のない事だらけで……一度聴いただけに終わった。


「Oh my little girl 暖めてあげよう♪
Oh my little girl こんなにも愛してる♪」


なのにカラ松さんが歌うコレは……子守唄。オザキさんの様な感情や熱が入った強い歌声じゃなくて、本当に寝かしつける、ゆったりとした声。カラ松さんの声って、今更ながらよく響いて耳に残るいい声なんだなぁ…。

後半になると、本当にウトウトし始めて、私の目は完全に閉じた。脳はまだ微かに起きていて、カラ松さんが歌い終えると、繋いでいた手が離れていく。


「……マイリトルガール。良い夢を」


髪を少し撫でていったカラ松さんは、この病室から出ていった。


最後まで本当に……キザな人ですね



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