長編

□運命の人
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まあ…あれで終わるわけがない。

気絶していたのも一時的で、チョロ松の拳により強制的に起こされた。


「イテッ!!」
「お帰りカラ松」


叩かれた左頬を押さえて上半身を起こすと、チョロ松以外の人が居なかった。

「あれ?真澄は…」
「一階に戻ってる。お前がいきなり気を失って倒れるから、泣きそうになってたぞ」
「え!?」
「一松みたいに立ったまま気絶しろよな。倒れたから余計に真澄ちゃんが心配しただろ」
「それは無理があるぞ」


一松は俺が倒れた衝撃ですぐに気がついたらしい。そして隣で倒れている俺と、泣きそうになっていた彼女に何が起こったか分からなくて、とりあえずチョロ松の指示の元、真澄を慰めながら一階に連れていったらしい。

情けない…彼女に心配させた挙げ句に紳士のイメージ総崩れじゃないか。心配してくれて嬉しいとかいう気持ちがあれど、これは本当に情けない。


「しっかし鼻血出して倒れるって、お前そんなに免疫無かったっけ?」
「フッ…女の子ってだけで小学生でも緊張するような男だぞ」
「何でクソ顔する!?しかも自信たっぷりで言い切るな!」


それに……好きな女の子の可愛い所を立て続けに見せられれば、頭もオーバーヒートもするだろう。現に一松だって召されかける程の威力だぞ。

とりあえず下に行こうというチョロ松の声に頷いて、彼女の反応が気になるところだが、先ずは謝ろうと腰を上げた。



「あ!戻ってきた!」
「カラ松さん…」
「真澄……さっきは驚かせてすまないな。あれは」
「どうして早く言ってくれなかったんですか!」
「……ん?」


切羽詰まった様子で顔を青くしている彼女と、それをニヤニヤしてみる三人の顔に、また変な事を吹き込んだのかと検討がつく。しかも真澄が一定距離を保って近づかない様子に涙が出そうだ。

今度は何なんだ…


「まさかカラ松さんが……女性アレルギーなんて私、知らなくて!それなのに気づかずに触ったり甘えたりして…ごめんなさい!」
「んん!?待った!俺はそんなアレルギーないぞ!?」
「え……だって皆さんが、カラ松さんか女性に触れると顔を真っ赤にしたり、先ほどのように鼻血を出したりするって……最悪爆発もするから近づいたら危ないよって」
「……ブラザー」
「嘘は言ってないでしょ」
「本当のことじゃん。爆発の意味は違うけどな!」


おそ松とトド松か……あの二人は何かと場を納める反面、引っ掻き回すような事を面白げにやるから困る。

「…ヒヒッ」

お前もか。一松。

「……もしかして、勘違いしてましたか?」
「女性アレルギーなんてものは俺にはない。ただ血が……あー……苦手でな。驚いて少し意識を飛ばしただけなんだ」


苦しい言い訳だが、一定距離を保っていた彼女が少しだけ俺の方に歩み寄ってきてくれた。


「……アレルギーではないんですね」
「もちろんだとも」
「……た」
「ん?」
「良かったぁ…!今までカラ松さんに酷いことしてたんじゃないかと思って、友達もやめた方がいいんじゃないかと思ってました」


あ、あぶなっ!?ブラザーの言葉に惑わされて、カラ松オブLOVEが危うくロストLOVEに変わってしまうところだった!


「全く……皆して真澄ちゃんをからかうなよ」
「出たよ常識人(仮)」
「(仮)ってなに!?僕は常識人だっつーの!」
「ハイハイ常識人常識人」
「ほんっと腹立つ奴だな…!」
「ところで母さん達は何処に行ったんだ?」
「松代さんに折角だから今日は食べていきなさいって言われまして、その食材を買いに松造さんと行きました。」
「そうなのか。病院の方には連絡したのか?」
「はい。夕食は要らないと入れました。看護師さんにも消灯時間までゆっくりしておいでとも言われました!」
「じゃあ今日は一緒にいられる時間が長いな」
「ふふ。そうですねぇ」


ぽわぽわとした雰囲気が二人だけの世界を包み始め、四人の童貞には眩しく恨めしく映り込む。

それを見ながらつい小声で話し始める。

「…何かアイツ彼氏面してね?」
「ほらね。やっぱり勘違いさせて拗らせれば良かったんだよ。このままだと、カラ松兄さんが最初に彼女が出来る事になるんだけど」
「そんな事になったら常識人やめる。カラ松殺してでも阻止する」
「おお…チョロちゃんが常識人やめる宣言をするなんて」
「そん時は俺も協力するねチョロ松兄さん」
「チョロ松と一松が組んだらまじヤバいよな」
「というか十四松兄さん会話入ってこないね。どうかした?あのクソ松兄さんのせいでどっか痛めた?」

「ねぇ、みんな」


十四松のいつものハキハキした声に真澄もカラ松も今まで喋んなかった彼を見た。


「さっきから真澄ちゃんを振り回してばっかで、やりたいこととか、したいこととか聞いてないよ?」
「「「……」」」
「真澄ちゃんはお客さんだよ!折角来たんだからいっぱいしたい事聞いて、叶えてあげた方がいいんじゃないかな!」
(((だ、誰だコイツ!?いつも振り回している元凶がこんなことを言うのか!!)))
「十四松さん……私、十分楽しいですよ。それに、したい事なんてあまり思い付かなくて…」
「そうなの?母さん達に挨拶だけじゃなくて、何かしたかったんじゃないのかなって思ったんだけどなぁ…」
「……、」


十四松の言葉に彼女は黙った。それはしたかった事があるのだと、裏付けるものだった。


「何かあるなら言ってくれ。遠慮するよりも、そっちの方が俺達も嬉しいと思う」


優しく問いかけると、彼女はその優しさにいつも心を開くから、それに連なって口を開いた。


「………写真…が見たいです」
「写真?」
「皆さんのアルバムが見たいです」


アレか…。アレは封印したんだが…見たいと言うなら、パンドラの箱を開けるとも厭わない。最後には希望が残されていると、俺は信じている。

ブラザー達の方を窺うと、みんな一様して渋い顔をしていたが、同じ事を考えていたのか封印を解くことにしたようだ。


「アルバムあった!」
「はやっ!?」
「ご丁寧に封印してたガムテープ綺麗にとれてるし!」
「……開けるんだ」
「はい!どうぞ!」
「あ、ありがとうございます!」


彼女が十四松から受け取ったアルバムをちゃぶ台の上に置き、トラウマものではあるがそのアルバムを一緒に見るために隣に腰を下ろした。ブラザーが居るから、俺も不思議と落ち着いていられる。最初のページを見れば俺達が母さんを挟んで昼寝している可愛いベイビーの時のもの。そう。一人だけ口をぱっかりと開いたベイビーが一人写っているトラウマもののあれが最初に覗かせている。


「あ……この赤ちゃん、十四松さんですよね?」
「紛うことなき十四松だよ」
「十四松兄さんだね」
「僕だね!!」
「この時から十四松さんは笑顔だったんですね。ふふ、可愛いです」
(え、ええー……十四松だよ?)
(この時から十四松なんだぞ?恐怖しかねぇよ!)


一枚一枚捲っていく真澄は楽しそうに俺達のメモリーを目で追って、この時は何をしたのかと尋ねたり、裏話を聞かせたり、ブラザーも何だかんだ盛り上がって懐かしいと言い合う。


「カラ松って昔は喧嘩っ早かったよね」
「リトルボーイの頃の話だ。それに、今は頼れて強い紳士に…」
「そのくせ弱くていっつも俺達が助けに行ったよな!」
「お、おそ松!」
「へぇ……昔のカラ松さんは随分やんちゃですね。あ、じゃあこの写真で泣いてるのカラ松さん?」
「それは十四松。昔の十四松は泣き虫だったんだ」
「うん!泣き虫!虫も好きだよー!」
「……びっくりしたでしょ」
「そういう一松兄さんも、いつの間にか卑屈な闇松になっちゃってんだから驚きだよね」

性格はそれぞれ経験を経て、周りの影響もあって今に至った。昔から知っている人がいれば、どうしてこの様な性格へと変貌してしまったのか問いたくなるが…結局、悪戯大好きな悪ガキが、立派な多種多様のギルトガイへと進化しただけで、問う意味というものが存在しない。あるのはマトモになってくれ、という事くらいであろう。

マトモじゃない……褒め言葉だバーン。


「高校生から今の皆さんに近くなりましたね」
「そうだな。俺達はこの時から大人の階段を上り始め…」
「お、これも懐かしい〜!球技大会のやつじゃん」
「三年生最後のやつだね」
「ホントだ。おそ松兄さんとカラ松兄さんのバスケ対決は見ものだったな…あれが一番盛り上がったの今でも覚えてる」
「あんね、おそ松兄さんのクラスとカラ松兄さんのクラスが決勝戦まで行ったんだよ。僕達は僕で僕が僕達だから、おそ松兄さんとカラ松兄さんの先読み行動の応酬がすっげーの!」
「あん時のクソ松は……まあ、今よりマシだった気がする」
「俺はいつでも輝いているだろ?」
「…ケッ」


今度は高校時代の話に花を咲かせていると、父さんと母さんが帰ってきて、仲が良いわねえと俺と彼女を見て含み笑いをするので、照れてしまう反面、ブラザー達にやはり睨まれてしまい涙が出そうだ。父さんも「アルバムか。懐かしいな」と一緒に眺めていると、お前達は何時になったら働くんだろうなとポツリ。
ヤバい。目が覚めてしまう。アルバムは此処までにしよう!とおそ松がパッタリと閉じて、十四松が素早く持っていき、トド松の「そういえば、真澄ちゃん他にやりたいことあるんじゃないの?」と話をすり替える。

悪の魔王を呼び起こし倒す夢物語、聖なる力を宿し宝剣を手に入れていないのだから、勝てるはずもない。ならば今は起こさず波風立てないが良いだろう?

彼女は深く考えないでトド松の話しに乗って、父さんも交えて団欒と化した。そのうち母さんが作ったいつもより豪華な料理達がちゃぶ台へと運ばれる。お客なのに真澄はやはり手伝おうとするので、それを見たブラザー達が総出で手伝い始めた事にマイペアレンツは驚き涙ぐんで、彼女にお礼を言っていた。そこは手伝った俺達へじゃないのか。



────
───
──



「今日はありがとうございました!」
「私も会えて嬉しかったわ」
「いつでも来なさい」


母さん達に見送られ、銭湯のついでだと病院まで兄弟全員で送る。道中も楽しく会話は途切れる事を知らない。


「……皆さんが羨ましいです」


楽しい会話の中で、小さな声は掠れて消えてしまいそうだった。それを俺が溢れないように拾い上げて聞いてみれば、慌てたように何でもないですという。

「こら。遠慮はするなと言っただろう」
「なになに?二人で内緒話はやーよ」
「ぶっ倒れた癖に手が早いよな、お前」
「チョロ松……最近俺に当たり強くないか」
「いつも通りだけど」


扶養選抜の時は養ってくれるとまで言ってくれたチョロ松が、最近冷たい。コールド……心が凍え死にそうだ。


「真澄ちゃん…また遠慮してんの。クソ松に言えない事なら、俺の方が言いやすい事もあるかもしれないし、言ってみてよ」


その隙に一松が彼女に歩み寄る。


「大したことではなくて……ただ、ちょっと羨ましいなって」
「ニートしてることが?」
「……そうではなくて。家があって、育った思い出がたくさんあって、温かい家族があって…それに触れたら妬ましいとかの意味ではなくて、ただ羨ましいなっていうよく分からない気持ちが湧いてきたんです」


本人もよく分からなくて、無意識に呟いてしまったのだと言う。

羨ましい、とは。これはもう俺達とファミリーになりたいという意思の表れだろうか。つまりハッピーウェディング!俺と彼女のビューティフルデイズも夢じゃな…あ。フレンド宣言もらってたな。
………夢で終らせてやらない。絶対に彼女に温かな家庭をプレゼントしてやるんだ。

いつの間にか病院の門前で、名残惜しいがお互いに手を振って、また明日と笑い合う。ブラザー達も俺の隣でそれぞれ手を振っていた。


彼女は俺の運命の人なんだ。赤い糸で結ばせてくれないというなら、俺の青い糸で幾重にも心を繋ぎ止めよう。

寂しそうに羨ましいと呟いた彼女と今にも消えてしまいそうな彼女の背に俺はたくさんの愛を届けたいんだ。

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