長編

□運命の人
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松野家での騒がしい訪問デートは終えて、日常と化した彼女の病院に通う日々が戻ったのだが……今回。俺は今世紀最大の試練に直面している。



「君が真澄の友達だというカラ松くん……だね?」
「は、はい…!」


いつもの彼女の見舞い。いつもと同じロビーを通って二階に上がり、別棟に繋がる渡り廊下を渡って206号室の扉を叩いた。彼女がどうぞと返事したので、まさか先客がいるとか知らなかった俺は「会いに来たぜカラ松ガール!」とカッコよくキメたのだった。

そう、先客が居たのだ。
その人は黒髪でパッと見30代前半くらいの眼鏡を掛けた優しそうな男だった。見舞いにくる俺よりも大人の男と言えば彼女の父親だけだ…と思う。若い見た目ではあったが真澄のお父さんだと分かった俺は、それはもう動揺して動揺して頭が真っ白になった。

しかし、そんな俺に真澄と似た優しい笑顔で先ほどのように問い掛けられ慌てて返事をすると、その人は目尻の皺を深くして真澄の父親の武史ですと名乗り、俺も連なって名前を告げた。流石真澄の父親といったところか。彼女に似て…というか彼女が似たのだ。相手を気遣って優しく語り掛けてくる、人当たりの良さが心地良い。


「真澄から君の事は聞いてるよ。何でも六つ子なんだって?」
「はい!そうです!」
「そんなに緊張しなくとも、取って食うような事はしないよ。いつも通りに……そう、さっきの調子でね?」
「さっきの調子?」
「ほら。カラ松ガール!って来た感じにだよ」
「あ、あれは…」


バッチリ見られたし、キッチリ俺の台詞まで…よりにもよって真澄のダディに全て聞かれてしまっていた。いやこの調子で良いと言うことは、俺の言葉で傷ついたどころか受け入れられている?
フッ。流石は俺の運命の人の父親だ。俺と真澄を祝福するカンパネラが響いたようだ。それにしても…武史さんは真澄よりも少々お茶目というか、人をからかう節があるようだ。


「ところでカラ松ガールとはなんだい?」
「え。あ、その…」
「まさか真澄の彼氏とか?」
「うぇいあ!?」
「もうお父さん!分かっててからかうのはダメですよ。カラ松さんに失礼です」
「ああ、ごめんよ。真澄がいつも楽しそうに話を聞かせてくれるから……つい」

すまなそうな顔をする割にはとても楽しそうに真澄に笑顔を向ける武史さんは…お茶目という言葉が似合う人だ。

思いがけない《彼氏》という言葉に舞い上がってしまった俺の心臓を鎮める為に、胸に手を当てて小さく息を吐いてると「椅子に座ったらどうだい?」と最近もう一つ増えた椅子を優雅に指して、それにぎこちなく頷いて、ベッドを挟んで真澄の父親と対面する形をとった。
挟まれた彼女はこの状況をよく分かっていないから困惑する事なく、むしろ今までよりも嬉しそうに表情を崩している。

俺はといえば、未来の義父さんになるかもしれない人を目の前にして、どうアピールしていこうかと考えあぐねいている。
やはり落ち着くとは程遠い位置にいた。


「カラ松さん、驚かせてしまってごめんなさい。お父さんが来るなんて私も知らなくて」
「いや!大丈夫だ」
「ごめんね。日本に戻っていた今日しか会いに行くチャンスが無かったんだ」
「それでも前もって連絡してほしかったです」
「サプライズなんだから仕方ないだろう?」
「お父さん。会わない内に随分サプライズやジョークが増えましたね」
「そんな私は嫌いかい?」
「……好きですよ」
「私も愛してるよ真澄」


分かった。真澄が俺の想いに気付いてくれない理由が。
父親とこんな会話を日常的に続けていれば、生半可な愛の言葉じゃ伝わるわけがない!

衝撃事実に一瞬瞠目するも、この雰囲気に取り残されないよう何か話しかけなければ!と頭を切り替える。

「あの、武史さんと呼んでもいいですか?」

先ずは軽いジャブから。俺から話し掛けるには丁度良い話題の一つである彼女の父親の呼び方についてだ。

「ん?カラ松くんはお義父さんと呼んでくれないのかい?」
「……え」
「お父さん?先ほども言いましたが…」
「はは、ごめんごめん。カラ松くんも素直だから揶揄うと面しろっ…何でもないよ」
「お父さん!?」

ダメだ!軽いジャブを避けてからのカウンターパンチを繰り出されては、武史さんの独壇場。
次に出せる手立てはなんだ?いっそのことお、義父さん…なんて呼んでもいいのだろうか!?

「さて。冗談はここまでにして」

咳払いをして揶揄っていた時とは違う、少々真剣な顔になった武史さん。俺を見つめたあと、とても丁寧に頭を下げた。

「カラ松くん、いつも娘がお世話になっております。ありがとう」
「へ?あ、いえ!俺はその…そんな大層な事は」
「いやいや。私は本当に感謝しているんだよ。真澄のこんな元気な姿を見られるなんて思ってなかったんだ」

そう嬉しそうに俺に言うと、娘である真澄に向かって笑い、頭を撫でる武史さん。
そんなに元気がなかった?と彼女は問い掛けたが、彼女の父は何でもお見通しだと言うように片目を瞑って綺麗なウィンクを返した。真澄はそうなのかな…と自分の頬に両手を当てていた。

「忙しい私を気遣い、この子は我慢して何も欲しがらない。いやそれじゃあ語弊があるな…叶わないと知ると、何も言わないんだよ。寂しいとか、どこか行きたいとかね」
「そんな事は」
「確かに真澄は遠慮しがちな所があるな」
「カラ松さんまで……」
「カラ松くんもそう思うかい?」


二人して頷き合う。どうやら武史さんも真澄の遠慮しがちな性格について思うところがあったようだ。
昔は本を読んでやら一緒に寝ようと昼寝に誘ったりなど、可愛い我が儘を言ってくれたあの頃が懐かしいと呟いた。
それを聞いた彼女は小さかったから本の字が読めないし、仕事で疲れていた父に睡眠を取って欲しかったからで…と少し拗ねている彼女は、頑張って意地悪な言い方をしようとしたのだろうが素直な性格故に、結局は可愛い小言になっただけだ。


「それでも真澄のメールじゃ、カラ松くんに甘えているようでね。いやはや、とても嫉妬したよ。」
「あ、甘えているのは……そうです、ね」
(そうなのか……甘えてくれているのか)

甘えている事を自覚しているという彼女にとって、それは多分良い傾向だと思う。甘えと依存は別物だ。甘えられないようになっては自分が苦しい時、誰にも助けを求められなくなる。

そう、あの時の俺のように。

チビ太に火炙りにされた俺は、確かにあの瞬間、兄弟を信じて助けてくれるだろうと思っていた。そうして散々な結果となった消したい過去ではあるが、和解した今となっては真澄と出逢えたきっかけになったので良しとする。
だけども、考えたら俺は兄弟に一度も「助けて」なんて言っていなかった。求める事はしなかったのだ。いつの間にやら俺は甘え下手になっていたらしく、口に出すことを止めていた。依存というのは両親に対してだな。フッ…ニートであることを許容してくれる最高のマイペアレントだぜ。

ただ彼女は、俺の憐れな下心に気付かないから素直に甘えているに過ぎない。ドロドロな俺の欲は、彼女の純真を傷つけやしないか、汚してしまわないかといつも思っては紳士な俺を興じる。
それでも俺は運命の人と離れるなんて出来やしないのだ。彼女の優しさに捕らわれた憐れな男は、これだけは《諦める》という文字を捨てたのだ。

「拗ねてる真澄も可愛いよ」
「……ムッ」

俺は別に意地悪な事は言ってないが、俺達が結託してるように見えているのか彼女はいつもより子供っぽく、目に見えてむくれている。それがまた可愛いと心の中で武史さんの言葉に賛同し、頬を緩めこの空間に馴染み始めたのを感じた。


武史さんの話は聞いていて面白い。海外で仕事をする事が多い彼の世界は広く、彼女を楽しませる為の話術は流石おそ松の言うカリスマレジェンドと呼べる人だ。からかう様な事をするのは、武史さんなりの楽しませる為の一つとなっている。聞いている内に態とその様な事を言って、彼女の世界に刺激を与えるようにしてるのだろうと俺は思った。

まあ…彼の生来のものにも感じるが。
時間にして俺が来てから一時間くらいだろうか。

「今日はカラ松くんに会えて嬉しかったよ。直接礼が言えてスッキリした」

腕時計を確認した彼はこれから仕事でもあるのだろう。真澄にまた来るよと言って、なんと彼女の頬に軽くキスをした。

キスを……した。

「もうまた……ここは日本ですよ」
「可愛い娘に口付けして何が悪い。ああでも、口同士は特別な人とするんだよ?」
「当たり前でしょう!?」


え、"また"ってなんだ?これは会う度に行われているセレモニーだとでも言うのか?

……嘘だろぉ?

また難易度が上がったように思えて、障害があるほど恋は燃えると誰かがいったが、俺は目と目が合った瞬間にお互い恋に落ちる方がずっとロマンスに溢れていて好きだ。現実はそうはいかないようだが、何もハードモードにしなくてもいいと思う。

じゃあねと手を振って病室を出ていく彼に、慌てて会釈してこの突然訪れてしまった顔合わせは終わった。


「……すごいな。真澄のお父さん」
「騒がしい人でごめんなさい。すごいのは多分間違ってないんですが…」


呆れつつも口角を始終上げているのだから、父親に会えた事が余程嬉しかったと見える。今日だけで彼女はいろんな顔を見せていて、武史さんが俺に嫉妬したというが俺もその感情を持ち合わせている。

嫉妬したんだ。彼女の一番が父親だから。


「ふふ」
「ん?どうしたんだ」
「お父さんとカラ松さん、似てるなぁって思いまして」
「……そうか?」


どちらかと言うと、おそ松の方に近い気がする。賢いおそ松みたいな…あ、ダメだ。賢いおそ松が思いつかん。でも雰囲気はそっちに近い。

「お二人とも心配性ですよね」
「心配性は…まあ否定は出来ない(真澄だから尽くしているんだがな)」
「それから考え方も似てるようで、気があったようですし?」
(まだ拗ねてたのか)
「……なんだか仲間外れにされたようで寂しいです」

どうして君は男を喜ばせる事ばかりいうのだろう。もう可愛いが止まらなくて、すごくこの生き物を俺の腕の中に閉じ込めてしまいたい。

父親に会って少しだけ甘えん坊になってしまったらしい。俺の理性はギリギリで、でも大事にしたいから彼女の父親と同じように髪を鋤くだけに止まる。

「……誤魔化し方もそっくり」
「えぇ…そんな」
「ふふ。冗談です」


なんだ。似た者親子じゃないか。


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