長編

□運命の人
19ページ/20ページ



「テンパイ」
「ノーテン」
「ノーテン」
「テンパイ!」


俺が入って東風戦第1局は真澄と十四松がテンパイして1,500点ずつ振り分けられる。

第2局に入り、俺の役は揃うが…満貫か。勝つためには確かに此処でツモと言うべきなんだろう。しかしこの役で勝ってハグしても、美しい勝利とは言えない。やはり狙うは役満だ。


「り、リーチ!」

チョロ松がリーチを掛けた。しかし目には来て欲しい牌が浮かび上がっていて、ロンは厳しい。フッ…残念だったなチョロ松。結果はチョロ松と真澄がテンパイしてこの局を終えた。


──第3局。


「ロン!」
「あ」

ここに来て無敗だった彼女の戦歴に傷がついた。彼女の捨てた牌が十四松によってロン…満貫で親だから彼女の点数から12,000点が十四松に移る。周りはもう十四松が勝ったようなものだと、この勝敗の行く末に見切りをつけた。またハグの相手が十四松だからか呪い殺すような殺気も感じられない。


「惜しかったねぇ…。真澄ちゃん、もう少しでアガリだったのに」
「そうだったの!?ロン出来て良かったー!」


だけど納得出来ない者が此処にいる。


(……なあ。カラ松怖くね?)
(そう?グラサンしてて分かんないけど)
(いつものクソ松健在)
(いや……アイツの左手を見てみ)
((手?))


俺は。俺は十四松に譲りたくない。真澄の事を妹みたいや友達と言ったアイツを信じられないんじゃない。これは俺の器が存外小さく、独占欲が増したから……彼女に触れて欲しくないという防衛反応だ。


((握りしめすぎ!血管めちゃくちゃ浮いてんだけど!?))
(な。怖いよな。見えてるの俺らだけじゃね?)
(怖い所かアイツ死ぬんじゃない?血管切れてさ)
(いやいや手の血管切れた所で死なないでしょ。ただ貧血になるくらい)
「…!?なんかすっげー寒い!」
「大丈夫ですか?風邪の引き始めかもしれません」
「んー……違うと思う。でも気をつける!」
(そうそう。カラ松に気をつけろよ)
(十四松兄さん。マジで気をつけて)
(…生きろ)


役満?それがどうした。勝てば官軍だと、誰かが言ってたじゃないか。

しかしオーラスである今の局面、十四松から点数を奪い取るか、現在親である俺が跳満以上を出さなくてはならない。残りの牌は32。8順する内に勝負を決めなければ…十四松に勝利を譲る事になる。

自然と拳に込める力も強くなる。普段なら気にしない、ハグくらい多目に見てやれる心広い俺は何処に行ったのだろうか。


残り4回の手番で希望が差し込んだ。
ロンも可能な牌で、上手く行けば跳満は確定。少しだけ手の力が緩んだ瞬間だった。


「ロンです」
「………え゛」


俺が捨てた牌を持って行ってしまう彼女の手を追い、手牌が展開される。

役は七対子の6400点…どうやったって、十四松には追い付けない点数だ。


「あ〜………ということは」
「僕の勝ち!?うわぁーい!サヨナラホームラーーン!」
「……」

(あ。十四松死んだな)
(終わったな)
(可哀想に)


忘れていた。俺の役が揃う前に、他の誰か…それも麻雀の神様に愛されている彼女なら、和了してしまう可能性があったことを。


「(良かった…流石に勝ちすぎてて、怖かったんですよね)えっとハグでしたね」
「オナシャス!」


大丈夫だ。十四松は友達や妹みたいに扱ってる奴だ。大丈夫…嫉妬なんてしなくてもいいんだ。ここで兄としての優しさを見せてやらなくてどうする。彼女に狭い男だと思われてもいいのか?

だから……

「ッ…、……!?あー…やっぱハグはいいや!」
「え……」
「嫌なんじゃないよ!?それより最下位のカラ松兄さんの罰ゲーム、一緒に考えた方が楽しいと思うんだ!」
「は?」
「罰ゲーム?」

何でこんな話になったんだろうか。ハグはしないと言った十四松に安堵したのも束の間、俺への罰ゲームに変更。

勝者は十四松だから、反対する者も居なくて、むしろ「やれやれ!」と周りも賛同し始めた。


「十四松兄さん良いこと思いつくね!(カラ松兄さんにはビビらせられたから、これくらいしても良いと思うんだよね。サイコパスが嫉妬深くなると怖えーよ)」
「罰ゲーム何すんの?わさびチューブ一気飲み?イタイ事する度に俺達全員に100円出すとか?」
「おそ松兄さん……天才かよ」
「一松もそう思う?俺ってばカリレジェだよな!」
「カリレジェ関係ないし、そもそも十四松はいいの?その……女の子とハグなんて、僕達あまり体験出来ないことなんだけど…いや無理にやれとは言ってないよ!?寧ろ羨ましいから止めてほしい」
「じゃあチョロ松だってハグには反対なんじゃん」
「う、煩いなぁ…」

完全に空気は俺への罰ゲーム一択となった。おそ松や一松、トド松だって負けて抜けたのに、俺だけが罰ゲームなのか?と言ってしまったら「じゃあハグだね」と元に戻る可能性があるから言えない。


「罰ゲーム何する!?」
「罰ゲーム……ばつげーむ…?」
「悩まなくたっていいんだよ〜?自分がされて嫌なことすれば、それが罰ゲームだからさ!」
「自分がされて……嫌なこと、ですか」
「僕はね、野球禁止されたらヘコみ〜。ショックだね!」
「んー……着て欲しいものとかでもいいですか?」
「コスプレ的な?」
「魔法少女だったらウケるんだけど!」
「流石にそれは……えっと、あれば高校の制服姿とか見てみたいです」
「「高校の制服?」」


高校の制服なら、母さんが大事にとっていた筈だ。しかし罰ゲームなのだから、おそ松が言った魔法少女ぐらいの域でないとと思い、「そんなんで良いのか?」と口にしていた。

まあ例え、魔法少女だろうが俺なら華麗に着こなして見せるけどな。何でも似合ってしまうのも罪深いぜ…。


「私、学校に行けませんでしたから……学生服を着たカラ松さんを見て、ちょっとでも学生気分というのを味わってみたくて…ダメですかね?」


ダメな訳ないだろう。寧ろダメなんて言う愚かな者がこの空間にいるとでもいうのか?

勿論、俺達全員が首を縦に振る。早速高校時代の学生服の所在を母さんに訪ねると、何処からか持ってきてくれた。
母さんの目には少し涙が浮かんでいて、こちらの話を聞いてたらしく、受け取った俺だけが聞こえる声で「良い子なのに、神様は意地悪ねぇ」と溢した。

そうだ。神様は意地悪だ。だけど彼女と出会えたのは、その意地悪でなんだ。真澄が病気ではなかったら、とっくの昔に彼氏が出来ていただろうし、もし出会えたとしても俺なんかを相手にしないだろう。


だから……皮肉なものだが、彼女が病気で良かったという、本当は思ってはいけない感情と感謝を神に捧げる俺が居た。

脱衣場で懐かしき制服に腕を通し、皆の所に戻った。


「着たぞ」
「うっわ、なつかしい〜」


懐かしそうに見詰めてくる五人。学生服を着た俺がイかしているからなのか、注目されていることが気持ちいい。

フッ……ずっと見ていても、いいんだぜ?

さて肝心の彼女はと言えば、目が合うと「似合ってます。あと…カラ松さんが幼くなったように感じますね」と微笑んだ。

似合ってるという賛辞に心が震える。そして、君への愛が止まらない!


「カラ松兄さん。マツッターに載せてもいい?」
「Oh、トド松!とうとう俺の魅力に気付いたんだな!幾らでも撮ってくれ!」
「クソな決めポーズはいらないから。普通に立ってて」
「こうか?」
「クソ顔もやめて」
「え。至って普通なんだが…」
「もう皆で写っちゃえば良くない?カラ松単体で写すのが間違いだよ(真澄ちゃんの隣ゲットして、あとでトド松に二枚現像させてもらって1枚はそのまま。もう1枚は他を切っちゃって……一見カップルみたいな?写真完成みたいな?もう最高だよね!それっきゃないよねー!)」
「それ良いッスね!トッティ撮って撮って!」
「そうだね。カラ松兄さん一人を写そうとしたボクが間違ってたよ」
「えぇ…」
「はい。みんな並んでー!」


トド松が何処からか自撮り棒を出して、スマホに取り付けながら指示を出す。

紅一点である真澄が中央で、制服を着ている特権で自然とその隣に俺。反対側はチョロ松とおそ松が攻防を広げている間に、トド松がちゃっかりキープした。それに気付いた二人が声を荒げるが「撮影するから此処じゃないと撮れない」の一言ですごすごと後ろに立った。

前列が少し屈んで、トド松が撮るよとスタンバイ状態。

「はい!チーズ!」

カシャッ。


軽快な音を立ち、念には念をと何回かシャッター音が鳴る。


「どれどれ…お。良い感じじゃん」
「一松兄さんずっと半目やんなぁ」
「せやかて十四松。これがデフォルトなんや」
「そうでしたな!」
「うん。悪くないね(くっそ〜!真澄ちゃんとのツーショットの夢がァアアアアアアア!)」


罰ゲームだったはずなのに、寧ろ褒美をもらってしまった。大切なメモリーを、だ。

俺の隣に写る真澄は、あの花が咲いたような笑顔で幸せそうだ。あとでトド松に現像してもらわねば……一体1枚いくらの値段を吹っ掛けてくるかが怖いな。

「あとで写メ送るね」
「……あの、もう一つ我が儘を言っても良いですか?」
「どんどん言っちゃってよ。何かな?」
「集合写真だけじゃなくて、人数変えたり、いろんなポーズとったのをその……撮ってほしいんですが、良いでしょうか?」
「ンンッ!!(それもう我が儘じゃないし!可愛い女の子による可愛いちょっとした頼みだし!寧ろお願いしたいくらいだから!)……そうだね!いっぱい撮ろうか」
(ツーショットきたぁあああ!!)


何だと!?これはツーショットも撮れるチャンス!それも彼女ご希望のもと…天からの許しを得たも同然。


「じゃあ先ずは…」
「二人ずつ順番に撮ってこう。真澄ちゃんのお願いだからそこ固定で、先ずは一人ずつ交代で撮ろう」
「チョロ松の言う通りだ。"二人"ずつ撮っていこう」
「(こいつら…)まあ異論はないね。真澄ちゃんもいい?」
「ええ。勿論です」


麻雀から罰ゲームへ。罰ゲームは革命されて褒美へ。彼女と居れば俺は幸運で、強運を味方に付けているように思えた。

無事にツーショットがそれぞれ撮れて、その後も人数変えて撮ってもらい、笑顔溢れる空間だった。


ちなみに。ツーショット写真は1枚千円。トド松にしては安く提供してくれた。


次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ