長編

□運命の人
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「高校の勉強がしたいって?」


カラ松さん達と麻雀してから早数週間。あの日、高校の制服を着たカラ松さんを見て、ずっと燻り続けていた想いを今日見舞いに来てくれたチョロ松さんに話した。


「中学までは義務教育だったので、病院で特別授業を受けてました。高校に行けなかったし、皆さんが居ない時はちょっと暇でして…」


お父さんから送られる本も、何回も読み返し暗唱してしまうくらいには内容を覚えてしまった。趣味といえば庭の散歩して、花を本に挟めて押し花に。テレビを見るのも目が疲れて長時間は無理だし、あとは音楽を聞いて寝てしまうくらい…。

ずっと憧れていた学生生活は送れなかったけど、勉強だけなら今からでも出来ると思っていた。でも自分一人でやるのでは面白くない。誰かに教えてもらってこそ、私には意味があるのです。

それを話すと、チョロ松さんは意気揚々と「任せて!」という頼もしい一言。昔の教科書を引っ張り出してくるから、まずは高校一年の科目からやっていこうという言葉に頷き、今日はにゃーちゃんの素晴らしさを語ったり、就活に苦戦しているチョロ松さんの話を聞いて励まし、次回から始まる勉学に期待を膨らませていました。


────
───
──



「チョロ松。高校の教科書を広げてどうしたんだ?」
「真澄ちゃんが高校の勉強したいって言うから、教えられるように復習してるんだよ」

居間を覗くと何やら懐かしい光景。チョロ松が高校の時の教科書を出して、ノートに何かを書いているのを発見し、声を掛けたしだいだ。どうやら真澄からの頼みらしく、チョロ松もいつになくやる気に満ちていて、頼られた事が嬉しそうだった。


「俺も何か…」
「駄目だよカラ松。これは僕が頼まれたんだから」


好戦的な目が俺を見る。明確な敵意と優越感ゆえの笑みを浮かべる一つ下の弟に、心がざわざわと不快感で揺れた。
それは数秒の事で、チョロ松はすぐに教科書に目を配り、いつもの澄ました顔をする。

これでハッキリした。こいつはライバルだ。


「フッ……ブラザーも本気ということか。だが譲る気はないぞ」
「僕も負ける気はないよ。真澄ちゃんのカラ松贔屓というハンデはあるけど、友達フィルターを掛けられてちゃ意味ないよね」


ギスギスしたものが流れだしたのを感じたが、俺はそれを意に介せず何時ものように座って鏡を見始めた。こうやって俺を見ていると、不思議と落ち着く。
だが、鏡に写った俺はいつもと違う表情を覗かせていた。自信溢れるものは鳴りを潜め、眉との間に少し皺を寄せている。

此れではいけないと口端を上げ、得意気な笑みを作る。そうすれば最高の俺が此方を見ていた。

「……なぁ」
「なんだ?」

一切此方に目を向けないチョロ松を、鏡を少し傾けて見やり、また自分を見詰める。

「……正直さ、カラ松がここまで独占欲滲ませてまで欲しがるとか思わなかった」
「ん?」
「確かにお前はのめり込むとそれに染まったよ。だけど今回は染まるんじゃなくて、染めに行こうとしてんのが珍しい」
「ブラザーもなかなかに詩的な事を言う。独占欲か……まあ身に覚えはあるな」
「身に覚えというか常にだろ。そのまま引かれてしまえ」
「もう惹かれているさ!」
「漢字が違うわ!」
「んん〜?引かれると惹かれるは、同じ意味なんだぜ」
「日本語難しい!でも、これは血の気が引くとかのそっちの意味だから。ポジティブなのもいい加減にしろよ」
「褒め言葉だ、バーン!」
「頼むから死ね」


俺とチョロ松が初めて正面衝突した瞬間だった。


それから後日。チョロ松が真澄の家庭教師みたいのを開始しようと、教材を詰めたリュックを背負っているのを見つけて跡をつけた。

バレていないと思ったんだろう…その日はいつもより早い起床で、他のブラザーはぐっすり眠っていたからな。寝たフリしていた俺には気付かず支度して階段を降りた所で俺も着替えた。フッ…兄を出し抜こうなんて百年早いぜチョロ松。

まあ、その尾行もあっという間にバレた。


「何か周りがヒソヒソ話しながら此方見てると思ったわ!同じ顔した奴がギラギラのパンツ履いてクソタンクトップ着て尾行してるんだもんな!?」
「フッ………バレた、か。それもこの俺の存在がギルトガイ故の…」
「付いてくんなよ。カラ松兄さんは頼まれてないんだからな」
「愛しのブラザーでもそれは聞けないな」
「チッ………(クソっ…首尾は万全だと思ったのに。案外、敵も中々にやるな)」

そんな俺達が一緒に面会にやって来て、彼女は目を丸くしたあと、綺麗に微笑んで喜びを全面的に押し出した。でれでれと二人して頬を緩ますが、ライバルが隣に居ることですぐに引き締める。アイコンタクトで(負けない)とお互いにぶつけると、チョロ松が先に仕掛けた。


「教材持ってきたよ。とりあえず今日は数学と化学を持ってきたんだ」


チョロ松がごそごそとリュックから教材をテーブルに出して、彼女は一層目を輝かせていたが、俺に視線を這わすとその都度苦笑いを浮かべていた。

もしかして…俺が邪魔なんだろうか。
そんな俺にあるまじきネガティブ思考に陥ってると、おずおずと彼女の口が開いた。


「……本当にカラ松さん、青いスパンコールのズボン持ってたんですね」
「ん?ああ!最高にcoolだろう?」
「あと、ライダースの中の…」
「真澄も欲しいのか!?今度持ってきてやろう」
「違うだろ!これこそ完璧に引かれてるんだよ空気読めよバカ!」
「そ、そうなのか!?」
「いえ!引いてはいませんけど、ちょっと吃驚はしました。えっと、ほら!最近では原宿系ファッションが流行り始めてるらしいですし、流行に敏感なんですよね」
「真澄ちゃん。無理にフォローしなくていいから。クソ痛いファッションだって言ってやれ」


ううむ…俺のパーフェクトファッションは、どうやら彼女にとって不評だったようだ。でも優しいから遠回しに伝える所、いつもの方が俺に似合っているという意思の現れ。それに邪魔だとか思われていないようで一安心。

ふと俺のタンクトップを着た彼女を想像してしまい、愛らしく笑うビジョンが浮かんで、やっぱり今度プレゼントしようと思った。そのビジョンには『カラ松さんに包まれてるみたい』という台詞が付いてて、聞きたくなったという下心は……すまないが、あったりする。『傍にカラ松さんが居てくれてるようで嬉しい』も可だ!


「今日は真澄ちゃんがどれぐらい問題が解けるのか、小学1年生から中学3年生の問題を作ってきたからやってみよう」
「はい!チョロ松先生」
「せ、せせせせ先生!?」
「ちょっと学生感を出してみようと思いまして。どうですか?」
「…わかった。勉強中はチョロ松先生でいいよ(先生呼びって何か良いな。可愛い生徒なら尚更大歓迎!好きな子ならもっと大大大歓迎だよ〜!)」
「そういえば、カラ松さんも何か教えてくれるんですか?」
「君が望むなら宇宙の真理さえも─」
「こいつは付き添い。たまたまさっき道端で会っただけ。それにカラ松は理数系ダメなんだよ」
「そういうお前こそ文系はダメだっただろう。特に英語と古典だな」
「平均点は取ってたし!」
「それなら俺だって平均取れてたぜ!」
「(六つ子でも此処までハッキリ得意分野が分かれるのですね。でも、何か御二人とも…イライラしてませんか?男兄弟じゃよくあることなのかな。あ…今の内に問題解いて置きましょうか)」


俺達の高校の成績を言うとすれば

1位一松
2位チョロ松
3位俺
4位トド松
5位十四松(ただし一回だけ学年トップを取った事があるので未知数)
6位おそ松

といった感じだ。若干チョロ松に負けているが、文系では俺の成果が発揮されていてそんなに実力差はない。数学と化学がなければ俺が勝っていた。


「だいたいさ。カラ松の教え方って下手じゃん!所々イタイは脱線するはで、まともに教えてるところ今まで見たことない」
「能ある鷹は爪を隠す…俺の真価が発揮されるのはお前達の前ではない。俺を求めるカラ松ガールにしか、そのシックスセンスを披露しないんだ」
「嘘言うなよ」
「しかーし!俺には実績というものがある!」
「いや無かったから言ってるんだけど」
「十四松のテスト勉強を見たことがあっただろう?あの時に十四松は学年トップメン取っている」
「違うよ。一松が根気よく教えてからだよ」
「ノンノン。俺の采配があってこそ十四松は輝けたのさ!」


自分が上手く教えられるという意地の張り合い。ライバルと認識したからこそ譲れない男達の愚かな祭典。

皮肉合いも徐々に終息して、お互いに睨み合った。ここに真澄がいることも忘れて。


「終わりました!」

彼女の柔らかな響きに、自分は何をしていたんだと凍りついた。それは睨み合っていた相手も同じで、好きな人にこんな醜い争いを見せていたのかと恥ずかしく思う。

肝心の彼女は別に気にした様子もなく『中学の問題は難しかったです』と朗らかに笑っているので、多分テストに集中してほとんど耳に入っていなかったのだろう。それには助かった。

チョロ松が困った顔をしながらも、採点を始める。その間は自然と無言になった。

「小学生の問題は大丈夫そうだね。因数分解と連立方程式あたりが弱いかな」
「其処ら辺はあまり覚えてなくて。勉強し直しですね」
「でも基本が出来てるならそんなに苦じゃないよ!"僕"がしっかり教えていくから安心してね」
「期待してますよ先生」
(期待!期待してますよって!もう可愛い超絶良い子可愛いカワイイ!!)


…………面白くない。
ブラザーと真澄が仲良くしているのは面白くないし……胸が痛い。


当初は俺達の明るい未来の為に、ブラザーと仲良くしてくれればと純粋に思ったのに、強敵になると、こんなにも不安で取られてしまうという焦りばかり生まれる。

俺は"優しい俺"でいたいのに、今じゃブラザーの前でも、彼女の前でも嫉妬する情けない俺しか出てこない。

………ダメだ。そんな俺は誰にも受け入れてくれない。


「……真澄。俺は帰るな」
「え?」
「悔しいが確かにチョロ松の方が教えるのが上手いし、勉強に集中したいだろう?邪魔にはなりたくないからな」


俺は卑怯な奴だとすぐに分かった。こんな事を言ったら、真澄は邪魔じゃないと答えて一緒に居ようと優しい言葉をくれるじゃないか。

自己嫌悪なんて俺には似合わないのに、あの時のように俺は要らないんじゃないかと嫌になりそうだ。


「邪魔じゃないですよ」


ほら。君は俺の望んだ通りだった。


「それにカラ松さんは文系担当の先生ですから、居ないと困ります」
「は?」
「…文系……担当?」
「だってチョロ松さんは理数系、そしてカラ松さんは文系。分担して得意科目を教える方が楽でしょう?」


ね?というように上目遣いされてしまえば、チョロ松も「そうだね」としか言えなくて、俺は彼女に必要とされて単純にも舞い上がってしまった。


「真澄…俺のスペシャルレッスンに酔いしれてくれ!」
「はい。ご教授御願いします、カラ松先生」


ああ……駄目になっていく。彼女の優しさで、俺はもう真澄が居ないと生きていけないじゃないか?と自分に問う。実際にはもう離れるつもりはないと、俺が答えた。

Ohマイスウィートプリンセス。君の全てが俺を甘くする。


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