長編

□運命の人 番外編
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2月14日。松野家にもこの日、バレンタインが等しくやってきた。


「今年もトト子ちゃんから貰えなかった…!」
「今年も母さんだけだね」
「こんなものでしょ。俺らのバレンタインなんて」
「へこみ〜…からのマッスルマッスル!ハッスルハッスル!」
「どうしたら最低辺カースト地獄から抜け出せるんだ!」


起きたら居間のちゃぶ台には母からの細やかなバレンタインチョコ。朝食を食べたあと、毎年恒例のトト子ちゃんに土下座してチョコをせがむ儀式を行って現在、松野家に戻ってゴロゴロしながら母からもらったチョコを口に運んで噛み締めていた。

しかし一人だけ、様子の違う奴が居た。

「カラ松どこ行くの?」
「薔薇の花束じゃないとか珍しい…けどトト子ちゃんにその手は通じないよ」

そう。やけに機嫌が良さそうな松野家の次男が、小さなブーケを片手に何処か出掛けようとしているのだ。

「バレンタイン…本来は男から女に愛の福音を届ける祭典」
「チョコ貰えないならやる意味ないじゃん」
「うん。確かに」
「ブラザー達は忘れたのか?今年はエンジェルがもう一人いるじゃないか!」
「「……ハッ‼」」


今年の六つ子にはトト子ちゃん以外に親しくなった女の子が居る。だからカラ松はいつもより気合いの入った目をし、髪を解かして薔薇の花束を渡す準備をしていたのだ。

「そうだよ!今年は真澄ちゃんがいるじゃん!」
「僕とした事が……トト子ちゃんのチョコに期待し過ぎて忘れるなんて」
「おお神よ…神よ…」
「チョコもらえる!?」
「よし!早速病院へ行こう!」


という事で病院に来た一行だったのだが…


「姉崎さんなら、お父さんとお出掛けに出ていますよ」
「「えぇえええーー!?」」

すでに彼女は父とバレンタインを過ごす為に出掛けたあとだった。諦め切れない六つ子は彼女が戻る時間を聞くと、夜の8時だと言うではないか。面会出来る時刻ではないので、本当の意味で六つ子のバレンタイン終了を告げる宣告であった。


「おいカラ松!真澄ちゃん、今日居ないじゃん!」
「昨日までは予定がないと言ってたんだ!武史さんの事だ…またサプライズと言って真澄を連れ出したに違いない」
「武史さんってそんなに唐突な人なんだ…」
「ん?ちょっと待って!いま真澄ちゃんにL○NEしたら『5時頃に僕らの家に寄ってもいいですか?』だって!」
「え!?いま何時!?」
「4時半過ぎ…」
「戻るぞお前ら!」


この時の六つ子はそれはそれは希望と期待に満ち溢れており、あの一松でさえ笑顔であった。行って戻るという何とも忙しい彼らは、全速力で走ったおかげで5時前には余裕で家に着いた。
そわそわとしながらインターホンが鳴るのを今か今かと待ちわびて、5時を1、2分過ぎた辺りで待望の鐘が響いた。


「御免ください」
「「いらっしゃいませ!」」
「こんにちは。本当に六つ子なんだね」

代表としてカラ松が玄関を開けて、彼女とその父親である武史を招き入れた。カラ松以外に武史を実際に目にした人は居ないので、つい五人はそちらに意識が行くと、彼は素晴らしい笑顔で挨拶を返した。
とても彼女によく似た柔和な笑顔にいろいろと納得した五人。どうぞと居間に案内して、チョロ松が二人に茶を淹れに台所に立った。他の松は先程とは違うそわそわをしていて、行儀よく座りながら二人を見つめた。直ぐに戻って来たチョロ松が緊張した面持ちで真澄と武史にお茶を出すと、その行動をジッと見ていた彼が口を開く。

「お茶ありがとう。しかし君たち本当に似てるねぇ。誰が誰なのかパーカーの色でしか判断出来ないや」
「俺達のこと知ってんの?」
「おそ松兄さん!敬語を使え敬語を!」
「気にしなくていいよ。普段通りでいいから」
「人格者!真澄ちゃんのお父さん本当にいい人だね!」
「えっと、トド松くんかな?褒めてくれてありがとう。それでおそ松くんの答えだけど、真澄から聞いてるからある程度は知ってるよ」

お茶を頂くねと飲み始めた武史を見ると、それが粗茶にも関わらず高級感が漂う所作に六つ子の目が眩む。

「それにしても武史さん、こっちに帰って来てたんですね」
「だって今日はバレンタインだからね。毎年カードと本を送ってたんだけど、今年はサプライズで会いに来ちゃった☆」
(あれ…意外とお茶目な人だな)
(これが人格者の成せる技か。勉強になる)
「もしかしてカラ松さん、病院行きました?」
「ああ。まぁ…」
「ごめんなさい。早めに連絡しておけば良かったですね」
「こうして今日会えた奇跡にそんな事は些細なものだ。そうだ此れを…」
「花束……こんな素敵なものを?」

病院で渡すつもりだったあのミニブーケ。それは生花のようであったが、触ると気づく。

「プリザードフラワーですね」
「永遠に美しいままの花束を君に」
「ありがとうございます。凄く嬉しいです!あ、私からも皆さんに渡したいものがありまして」

その言葉に六つ子は察した。

「いつもお世話になってます」
「こ、これは…!」
「「チョコだーー‼‼」」
「はい。チョコです」

待望の、しかも可愛い女の子からのチョコに六つ子は歓喜した。形はそれぞれ違うが、自分達のカラーである包装紙に一つ一つ悩んで買ってくれたのではないかと推測され、もう女神かとチョコを掲げる。

「開けてもいい!?」
「ええ、どうぞ」

十四松が珍しく、包装紙を出来るだけ丁寧に開けていく様子を見て、他の兄弟も大事に開けていく。

「お。俺のは馬だ!」
「フッ。薔薇のチョコ、か」
「わぁ…!カエルだ」
「猫…ヒヒッ」
「すっげ!野球ボールだ!」
「僕はうさぎだね」

六つ子の苦痛のリア充イベントが今年は母のチョコのみでは無いことにより、ハッピーバレンタインと変わった瞬間であった。

「さて。用事も済んだし、そろそろ行こうか」
「え、もう行くんですか?」

「ああ。娘のバレンタインチョコは喜んでくれたみたいだし、今度は私が独り占めする番だからね」
「え?」
「これから家族としての大事な時間を過ごすのさ。バレンタインは君達だけのものじゃないよ」


遠回しに「恋人でもないお前らに、大事な娘と過ごさせるわけないだろ」と言っているのだ。
食えない男である。
カラ松は「普段会えないのだから、邪魔しちゃ悪いな」と納得したように頷いたが、察しのいい他の松は気付いた事だろう。

(武史さんって侮れねぇな)
(だよねー。普通に父親としては娘に悪い虫くっついたら困るっしょ)
(…牽制、ね)


それでも嫌な人だと思わないのは雰囲気のせいだろうか。それとも、娘を見る目が暖かいからかもしれない。
どうしたって武史はいい父親なのだから、嫌いになれるはずが無かったのだ。

「それじゃあ、お邪魔しました。今後とも娘を宜しくね」
「カラ松さんお花ありがとうございます。大事に飾りますね」
「ああ。こちらこそチョコありがとうな」
「ほんとマジでサンキューな!」
「ホワイトデー楽しみにしてて!」
「……猫。また連れてくから」
「ありが盗塁王!」
「ほんっとにありがとう!今度デートし」
「「トド松…?」」
「うん。何でもない。またね!」


そうして、松野家はバレンタインを乗り越えたのであった。


みんなハッピーバレンタイン!

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