長編

□彼女は勇者様!(序章)
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「王!」
「なーにー?」
「オオイ!何、競馬新聞読んでんだよ!執務はどうしたんだゴルァアアア!?」
「あとでやるって。チョロちゃんが」
「毎回ふざけんなよクズ王が…て、そうじゃない!東にある孤島に魔王が現れたって知らせが!」
「そうなんだー」
「そうなんだーとか悠長なこと言ってる場合か!もう魔物達が魔王復活を聞いて村を襲ったという報告もあるんだぞ!?」
「あー……それはヤバいね」

アカツカ王国は約600年続く緑豊かな国である。魔物が存在するも、屈強な兵士や騎士達、ギルドの冒険者達により平和が保たれていたわけだが、今回の魔王復活により均衡は崩された。

「勇者は?」
「それが……いません」

魔王が復活するのは実はこれが初めてではない。古い昔から何度か甦っては勇者に倒され、その英雄達はいまでも万人に語り継がれている。

しかし、今回に限って勇者が現れないという。

「え……マジで?それ本当にヤバくね?」
「だから焦ってるんだろ!?」

勇者は神官から通じて神のお告げで選ばれるのだが、神からのお告げが全くないという緊急自体。

何故勇者が選ばれる必要があるのかは今になっては不明だが、昔からの習わしで通ってきた事が今回になって予想外な展開を招き、混乱している。

ここで王は宰相に言った。


「もう仕方ないからさ、カラ松でいいんじゃない?仮にも騎士長だし、パーティー作って魔王討伐出来れば立派な勇者でしょ」
「カラ松か……もうこの際、アイツにこの国の命運を預けるしかないのか」

ただし、この騎士には問題があった。カラ松という青年は騎士長、つまりは騎士の中の騎士であり、剣技も力も一番強い。しかも正義感の塊のような熱意と優しさを持ち合わせているため、一見勇者の理想に近いだろう。

ただ……何というかイタいのだ。

王のあばらを折るにはイタい性格……例えば冬の見張りにいた兵士に、寒いだろうと毛布を渡した。ここまでは美談だが、その毛布にはカラ松の顔がプリントされており、極めつけは「俺からの愛だ!」とキメ顔していたらしい。

聞いただけでも呆れてしまうくらいにイタい。

そして大体の人は苦笑いして距離を置くのだ。そんな彼の損な一面に、パーティーが組めるかと言うと少々無理があった。

「魔王討伐に必要な強力な人材としては一松や十四松を探して一緒に討伐してきて欲しいけど……」
「素直にカラ松に協力するわけないな。十四松は自由奔放でカラ松だけじゃ手に追えないだろうし」
「トド松は魔王討伐なんて怖くて嫌だと言うだろうし……八方塞がりだ」

もうこの国は駄目かもしれない。クズな王様を持っている時点でダメかと宰相の目に絶望が混じる。


「誰かいないのかよ……」


そんな時だ。神官が慌てて王への謁見を求めに走ってきたのは。

「王様!宰相殿!」
「どうしたんだ?」
「ご報告します!神松様がお告げをなされました!」

「「なんだってぇ!?」」


この時二人は助かったのだと淡い希望を持った。しかし、神官の態度は言って良いものかと非常に挙動不審で、良い知らせでないことが見てとれた。

その事に二人は嫌な予感に冷や汗を流した。

「……その……神松様は今回、勇者はいない……と、言われました」
「……え」
「また【今回は僕にも見通せない非常に希なケースだ。魔王が勇者を意図的に見つけ出させないように細工したようだね。勇者は貴方達が頑張って探して下さい】……との事です。だから勇者は居ますが、居ないのと同じだという事です」
「振り出しに戻っただけか……」

魔王の力が天界にまで及んでいることから、相当な魔力を溜め込んで復活したのだろうと予測出来る。

これはパーティー組んでも全滅なんてあり得る話になってきてしまった。


「んー……とりあえず、カラ松に一松達を探しに行かそう!んで、勇者っぽいヤツ見つけたら連れてきてもらって神松に相談だな」
「……そうだね。今は落ち込んでる場合じゃないし、被害にあった村の救助や魔物対策とかやれる事しよう。カラ松呼んでくるよ」
「よろしく。あとトド松も呼んで来て」

宰相は一つ頷いて神官と共に王の執務室から出ていった。1人残された王は宰相が置いていった報告書を眺めながら考える。


(魔物は魔王復活の影響か個々の力が強くなってるっぽいな。大体の村には自警団が存在するのに、それが壊滅するなんてマジでヤベぇ。あー!お嫁さんもらう前に滅んじゃうかも!童貞卒業しないまま終わるとかマジで勘弁してほしい)


王妃としか身体を繋げる行為はしてはならないという決まるがあるため、いまだにこの国の王は童貞であった。
常日頃、隣国の姫が欲しいとは思っているが、その父親が愛娘を溺愛しているため嫁がせてくれないと有名だ。姫は姫で不自由ない暮らしに満足しているので、結婚はまだしなくてもいいというのだから困ったものである。

勇者は現れない、結婚も出来ない。

困ったなと王は悩みました。
例の二人はしばらくすると宰相が引き連れて王の執務室に現れた。

「お呼びかな王よ」
「カラ松はチョロ松から粗方聞いたか?」
「ん?いや、まだ聞かされてないが」
「僕も呼んだのはそれに関するの?」
「説明は内密に執り行う事にしたんだ。勇者が居ないなんて、国の人達の不安を煽るような真似をしたくなかったから」

「「勇者がいない?」」

宰相は先程の王とのやり取りを簡潔に二人に話した。騎士長は自分の役目がわかり、一松と十四松を探せばいいんだなと了解した。一方、トド松は何故自分も呼ばれたのか分からなかった。騎士長と同じ役目とは思えなかった。


「トド松には広い情報網で勇者らしき人物や強そうなギルドに声をかけて出来るだけ戦力を補充してほしい。あと一松達の動向が分かるならカラ松に報告して」
「なるほど。魔王退治の討伐メンバーに入っていたら発狂したかもしれないけど、それならお安いご用だね」
「ところで勇者に特徴なんてあるのか?歴代の英雄達の能力はそれぞれ違って検討もつかないぞ」
「わかることは、めちゃくちゃ強い!って事だけだね」
「でも最初の勇者は旅を経て強くなったんだよね?次の勇者は炎の化身で、次が水の使い手、風の加護を受けた青年、剛腕の持ち主……てんでバラバラだよ」
「「……」」

外交官の言葉に部屋の空気が重くなり、みんなの口が閉ざされる。今回の勇者の条件は一体どのようなものなのか?誰も知ることが出来ない。

「カラ松。もうお前が勇者でいいよ」
「オレェ!?」
「正義感あるし、お前にピッタリじゃん。一松と十四松連れて他に強力な人材見つけて討伐してきてよ」
「でもなぁ……!!」
「もうお前しかいないんだ!頼りにしてるぜ騎士長様。それに勇者になればお前──注目の的だぞ?」

騎士長の背中に稲妻が走った。身体を若干震わせ、王への返事はこうだ。

「フッ……俺の時代が来たようだな!任せておけマイロード、必ずやり遂げてみせるぜ!」
「うん。頑張ってねぇー」
「「これでいいのかなぁ……?」」


勇者(仮)カラ松。仲間を集めての魔王討伐の旅が始まった。

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