長編

□彼女は勇者様!(序章)
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勇者(仮)になったカラ松は、旅に出るために自分の宿舎に戻って準備を始めた。騎士長としての仕事は他の騎士長に振り分けられる事となった。

この国の騎士制度は騎士長の称号が与えられる円卓の騎士6人が軸となり、それぞれ団を作り統治している。
カラ松の称号はトリスタン。
その他にランスロット、ガウェイン、ケイ、ガレス、ベディヴィエールの称号を持った騎士長が存在する。


「よし。こんなものか」


魔法鞄(マジックバック)にタオルや着替え、支給されたお金と縄や応急セットにナイフ。食料は首都を出るときに購入すればいいと荷物は少ないものだ。


「おっと……こいつも持っていかなければ」


そう言って手に取ったのは竪琴だ。この男は暇があれば自作の歌を作って竪琴を弾き、唄うのだ。
それを持ち、手入れの届いた剣に自分の顔を写して祈りを込めてキスをすれば満足そうに腰に差した。

さて旅の共に馬が必要だと思われるが、馬を引き連れても、1人だと隙が多くなり魔物に殺られてしまう可能性のが高い為に連れていくのをやめた。カラ松は身軽の方が動きやすく、目の前の事にしか集中出来ない……そこまで頭が回らないのだ。残念である。


「カラ松兄さん、入るよー」
「トド松か。何か一松と十四松についてわかったか?」

扉を叩いて入ってきたのは彼の弟。カラ松は二人の所在を尋ねた。

「ある程度ね」
「流石早いな!」
「二人の魔力を検知してみたらある地点で途切れてるんだ。そこで魔法使ったのが最後っぽい」

トド松は持って来ていた地図をテーブルに広げ、今いるアカツカ王国首都を差し、そこからスススッと北東の方に指を動かした。

「検知されたのは2日前のもの。この渓谷近く」
「…なぁトド松。この渓谷って魔物が好んで根城にしている所じゃなかったか?」
「うん、そうだね」
「そこそこ強力な魔物が多いので有名だよな。そんな所に二人は近づいたのか」
「しかも戦闘したみたいだね」
「……途切れたということは」
「死んでるかもね」
「…え、これ俺1人とか無理があるよな?というか死んでるかもしれないんだよな?」

ポンっと弟がカラ松の肩を軽く叩いた。

「頑張れ勇者(仮)!」
「えぇえええ!?ちょ、待ってくれ!俺1人で行くのは危険だぞ!?」
「仕方ないでしょー?でも、もしかしたら逃げて生き延びてるかもしれないし、この渓谷に一番近い集落にいるかもしれない」

トントンと地図を差した場所は渓谷に近いと言えども程遠い位置。渓谷まで馬や魔法を使った移動にして3日。歩くなら1週間は掛かる。

魔力が途切れた地点からこの集落まで逃げるには…歩いて最低3日は掛かる。絶望的な観測に、カラ松はまた冷や汗を流した。


「…一松と十四松が生きているなら助けにいかなければ」
「この集落くらいまでなら僕も同行するから」
「トドまぁ〜つ!!俺は信じていたぞ!」
「抱きつこうとするな!キモチワルい!」


行きまでの頼もしい仲間を手に入れ、勇者(仮)はヤル気を出した。トド松は元から同行するつもりだったらしく、旅の準備は整えているらしい。

かくして、勇者(仮)と外交官はその小さな集落を目指して旅立った。








が。










「イヤァアアアーー!!」
「こらトド松、逃げるな!グッ…!!」
「僕はそんなに戦え無いんだってば!パーティーの身体能力上げるだけのサポート後衛職なんだっつーの!」
「だったら早く魔法使って援護しろよ!?」

北東の集落目指して3日経った頃だ。トド松の風魔法【韋駄天】で足に風を纏わせ些か早く移動できたが、魔力にも限界があり、続けての使用は出来ない。しかも、その集落に近づいて行くにつれ、魔物達の数も強さも上がっていく。

カラ松は必死にトド松を庇いながら戦い、今、ようやく最後の敵を倒して地面にドサリと腰を降ろした。

「し、死ぬ!!」
「いやー流石カラ松兄さん。強いね、カッコいいね」
「…フッ。そうだろう?だがトド松…流石に2人(正確には1人)で戦うのは厳しくなってきたような…」
「うーん、韋駄天使って明日には一つ前にある村に着くかな。食料もそろそろ調達したいし」
「あのトド松?聞いてるか?」
「よし。魔力ギリギリだけど、明日も野宿はごめんだし使っちゃおう」

トド松は魔法を使い、カラ松にさっさと行くよと声をかけて走りだした。カラ松はそんな弟に何とも言えず、大人しく従って一つ前にある村へと走りだしたのだった。

目測通りにその村に着いたのは次の日の陽が真上にある時間だった。
村の様子を見れば自警団がしっかり機能しており、討伐ギルドから派遣されたらしい人も見かける。つまりは被害はみられないようで安心した。
魔法でクタクタになったトド松は宿を探し、疲れたからと久しぶりに湯に浸かって少し寝るという。カラ松は1人村人達に2人の噂や見かけた者がいないか訪ねてまわった。その中で白髪が目立つ少し痩せた男からこんな話を聞いたのだった。


「一松と十四松?」
「ああ。俺とそっくりな顔をしているんだが…見たことないか?」
「さあ、知らんねぇ…」
「そうか。なら、この先に集落について何か知ってるか?」
「んん?ああ…この集落ならもう誰も居ないんじゃないだろうか」
「居ないのか!?」
「魔王復活とかの前に、この集落の自警団が全員逃げたって話さ」
「そんな…」
「その自警団は前からその集落で悪さを働いていたとも聞いたな。渓谷も近く王国からの目が届きにくいから、ならず者達と手を組み合み、そこの人達を奴隷みたいに扱ってたとか。それなのに全員逃げ出したとなったなら、余程強い魔物でも出たんじゃないだろうかねぇ」


まあ本当かどうかはよく分からんと、その男は言った。

カラ松は愕然とした。
その集落に弟達は身を寄せているかもしれないという希望を断たれてしまったという事に。それでなくても劣悪な環境にあの二人が耐えられるわけがなく、もしかしたら自警団を追っ払ったのがこの二人かもしれない。そして、何か訳があって渓谷に近づいたのか?

その後も二人の消息を訪ねて見たが最近会ったものは誰一人としていなかった。

宿に帰り、また明日の朝からその集落目指して行く為に、不安で眠れなくても横になった。トド松にこの話をすると付いてきてくれないような気がして黙っておいた。

朝が来て、腹ごなしも済ませて食料も調達する。トド松の魔力も回復したようで問題ないそうだ。


「ここから集落まで、韋駄天使って2日だね」
「…そうだな」
「ちょっと元気なくない?」
「あまり眠れなかっただけだ。それに…アンニュイな俺もイカすだろ〜?」
「聞いた僕が馬鹿だった。さて走るよ」

韋駄天を使い、並走しながら集落までの森を駆けた。現れる魔物もやはり一筋縄でいかなくなり、トド松のサポート無しでは戦況は厳しいままだ。帰りはどうしようかという不安に、カラ松は自分の置かれた状況に頭を抱え始めていた。トド松一人なら魔力を存分に使って韋駄天でさっさと帰れてしまうだろう。


走り、戦い、集落も目前に迫った頃、不思議と魔物の気配が消えた。


「…変だな。魔物の気配がしない」
「んー…んん?ちょっと待って。今、魔法解析してみる」


トド松が韋駄天を解除し、魔法解析をしはじめた。5分もすると、少し驚いたような声を出してカラ松の方に向いた。

「これ…結界魔法だよ!しかも高度な魔法…魔物だけを寄せ付けない広範囲な結界魔法なんて、1人の人間が作り出せるものじゃない」
「本当か!?なら集落は機能している可能性があるな!早く行こう!」

足取りは軽くなった。弟達がいるかは分からないが、決してゼロではないとその集落を目指し、そしてとうとう着いたのだ。

そして、その光景に目を奪われた。

「うわぁ…」
「なんて…綺麗なんだ」

緩やかに流れる小川、大樹に掘って作られた家々、その中心に浅い湖が広がり自然の景観を損ねない教会のようなものが建てられた神聖な空気が漂う集落がそこにあった。

「何これ…魔力の回復が早いんだけど」
「…ハッ!一松と十四松を探さないと!」

本来の目的を思い出し、カラ松は近くにあった家の扉を叩いた。
すると、初老の女性が出たのであった。


「おや!一松さん…いや十四松さん?もう元気になったのかい?」
「!。一松と十四松がここに居るのか!?」
「あれま、あの子らのお兄さんかい?本当に六つ子だったんだねぇ」
「今はあの二人は何処にいるんだ?」
「あの子達なら…ほら。あそこに見える教会だよ。行っておあげなさい」
「ありがとう!」


弟達が生きていた事にホッとして、すぐさま湖に建つ教会に続く板橋を歩いた。扉をノックし、しばらくするとシスターの格好をした子が出てきた。

「あら。真澄様が言った通りに一松さん達そっくりのお方が来ましたわ」
「真澄様?」
「真澄様も一松さん達の所に居るので此方へどうぞ。ご案内致します」

シスターは軽く微笑んで二人を招いた。教会ともあり、ステンドグラスが綺麗に配置された聖堂がまずその二人を迎えた。感嘆が出てしまうほど、聖堂の空気は心を静める。シスターはその中を歩き、右手の扉を開けてスタスタと歩いていく。置いていかれないように二人も静かに移動し、シスターに着いていけばある部屋でピタリと止まり、その扉をノックした。


「入っても宜しいですか?」
「ああ。入っても大丈夫だよ」


女とも男とも取れる声色が返事した。
シスターはそれを受け、扉を開けた。二つの寝台の間に椅子を設けて座っている人物が声の主だろう。窓を背景に座っているから逆光で顔がよく見えないが、身体の線が若干細いから女だろうかと二人は思った。

「お連れしました」
「ありがとう。すまないが客人達にお茶でも持って来て頂けないか?この通り手が離せない」
「わかっております。それでは少々お待ち下さい」

シスターは一礼してこの部屋から出ていった。
逆光に慣れ、改めて寝台に目を向けると、そこには一松と十四松が眠っていた。


「一松!十四松!良かった…無事で良かった!」
「…ねえ。えっと、真澄様?」
「呼び捨てでいい。あの子がそう呼びたいと言ったからそう呼んでいるだけだ」


間近で見た人物は目を覆い隠すように銀の仮面を付けていた。線は細いが、イマイチ女と言い切れないものがある。束ねた黒髪の長さで推し量るのも、この世界ではざらに居るので判断材料に乏しい。


「じゃあ真澄。一松兄さん達、どうなってるの。ずっと治癒魔法掛けてるっぽいけど、外傷は見当たらないし…目を覚まさない訳が何かあるの?」
「え!?そうなのか?」
「君は感知系統に特化しているね。その事については順を追って説明しよう」

そうして、その人は何が起きたのか話始めた。


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