長編

□彼女は勇者様!(序章)
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「まずは……名前は何というんだ?」
「あ、言ってなかったね。僕はトド松。この国の外交官をやってるんだよ」
「俺はカラ松だ。王宮で騎士長をやっている」
「一松と十四松からは六つ子だと聞いていたが……まさか外交官様と騎士長様が兄弟の中にいるとは驚いたな。もしや、この国の王様は君達の兄だったりするのか?」
「その通りだ。第一継承権がおそ松にあって、先王が先だ立たれた際にそのまま王位を継いだ」
「よく争いが起きなかったな」
「僕なんかは末っ子だから元から継承権なんてなかったし、カラ松兄さんは王様よりも騎士に憧れてたからね。三番目のチョロ松兄さんはちょっと反対してたけど、宰相の位置に入って満足してるっぽい」
「なるほど」
「十四松兄さんは旅に出て色んなものを見たい!って言うから一松兄さんが心配して、一緒に付いていく形で二人は出ていったんだよ」
「一松らしいな。まあ十四松一人というのは些か心配になる」

カラ松とトド松は聞かれた事に付いて話していった。兄弟の話は久方ぶりで、小さい頃はどんな遊びをしてどんな事を学んだのか、どんな思い出があったのかを日暮れになるまで語った。

夕食の時間が迫り、エミリーは夕飯の支度してきますといって部屋を出ていった。それを皮切りに、真澄はもう一度治癒魔法を一松達の元に戻って掛け始めた。


「そうだ。忘れていたが、私が勇者とはどういう事だ。魔物が活発に動き始めたのと何か関係あるのか?」
「知らないのか?魔王が復活したんだ」
「いつ頃だ」
「んーと……一週間くらい前だね」
「だから魔物達が騒いでいたのか。一松達が帰ろうとした時期にピッタリ合う。盗賊団と鉢合わせして!油断した時に今回のような事が起きたんだな」

十四松の魔瘴が取れたのか、翳していた手を一松の方にだけ向けるようになった。その仮面の下にある目は、悲しげに伏せられていた。

「ん?勇者は神官殿が宣告したのではないのか。もう一週間経っているし、勇者はもう魔王城に向けて旅に出たんじゃ…」

彼女の言葉に場はしん…と静かになった。空気が読めてしまった彼女は事態を飲み込む。

「勇者が……いない?」
「正式な勇者ではないが、俺が勇者として魔王討伐に任命されている」
「あ、それでいいの?なら騎士長様が勇者様か。………え、本当にそれでいいの?」
「良くないよ。まさか勇者が分からないなんて、前代未聞だよ」
「……だよね」


また沈黙が降りた。国民には勇者は魔王討伐に向かわれたと詳しい事情は言わず、不安を扇がないように努めているため知っているのはごく一部の人間だけらしい。

この集落に新しい情報は入り難い。


「そうか……魔王の妨害で分からないのか。しかし流石に私が勇者というのはおかしい。歴代の勇者はみな男だ」
「そうなんだよねぇ……真澄が男なら間違いなく勇者だ!って思うんだけど」
「やはりこの俺が選ばれし者なのか……魔王を嫉妬させてしまうギルトガイな俺のせいで天を惑わせてしまうとは、なんとしても倒し、そして!」
「カラ松兄さんが勇者な訳ないでしょ。ここまで僕のサポートあってギリギリなんだから」
「……」
「……勇者はいないが、魔王を倒せば英雄になれるわけだ」
「!」
「最初の勇者は宣告されてなったわけじゃない。仲間と共に旅をして強くなり、討ち滅ぼしたんだ。騎士長様も仲間を見つけて挑めば……それは勇者と言えよう」
「〜っ真澄!お前もそう思ってくれるか!!」

カラ松は感激した。心の中で己は勇者になれないのだろうと本当は思っていたのだ。しかし彼女の言葉は自分を肯定し、勇者になれるという。

不安な気持ちが軽く溶けていき、新たな希望を胸に抱いた。そんな真澄を仲間に迎えようと、声を張り上げたのだ。


「真澄!魔王討伐に一緒に行ってくれないか!」
「え、無理だよ」
「……え゛」


あっさりと断られた。


「ここの結界は万能じゃない。もし大群で攻められたら破壊される可能性がある。その時、戦えるのは私だけだ。今は残った男衆に剣術を教えているが、まだまだものになっていない」


彼女の言葉は最もだった。それに続き、住民の心の傷が癒えていない事や外部の人間はいまだに信用しきれていない所があると話した。

何とか力になって欲しいと思うカラ松であったが、上手く言葉が出なかった。


「じゃあさ。僕が信用出来る人材集めて、自警団をもう一度作るのに協力したらどう?」
「外部の人間だろう。住民達はどう思うか……」
「そこはほら。真澄の説得で何とかなるんじゃない?真澄自身が確かめて危険はないと言えば大丈夫だと思うな」

トド松の説得に、彼女は少し考える素振りをする。


「……長と話を聞いてくる」


真澄はこの集落の長の判断を聞きに立ち上がった。

常々彼女も自警団について考えていた。自分がもし死んだときに、誰がこの集落を助けてくれるのだろうかと。
一松達は王にこの事を告げるとは言ったが、兵を派遣してくれる確証もなかった。それに、まさか魔王討伐に誘われるとは思っても見なかった彼女は、早めの決断を迫れた。


思い立ったら即行動な彼女を見送ったあと、眠る兄弟の傍に行って顔色を見ながらカラ松とトド松はお互いに話し合った。


「カラ松兄さん。交渉ごとに本当に向いてないよね」
「すまない。気持ちが先に急いてしまったようだ」
「だけど彼女を仲間に出来ないと、ちょっと面倒な事が起きるね」
「面倒なこと?」
「一松兄さんと十四松兄さんは真澄に助けられた、つまり彼女は恩人なんだよ。その真澄に恩を返す為に二人は何かしようとするだろうね。そうすると彼女がここに残って魔物から集落の人を守るといえば、二人も残ると言うかもしれない。魔王討伐に協力しない可能性も出てくるわけ」
「それは……何としても真澄に仲間になってもらわねばならないな」
「僕としても彼女の話から見え隠れする強さや治癒魔法技術の高さから、かなり戦いも有利になると思う。カラ松兄さんみたいなのにピッタリの人材だね」
「そうか……彼女と出会ったのはデスティニー、まさに運命の導きか!俺のパーティーに加わるために、神はこの出会いをプレゼントしたのだな」
「十四松兄さん早く起きないかなー。本当に魔瘴抜けて顔色よくなってるなー」
「……」


そうこうしているうちに、エミリーが夕食の支度が出来たと呼びにきたが、主人が見当たらない事に気づいて首をかしげた。何処に行ったかを伝えると、先に客人たちをもてなす為に食堂に案内し、料理を運ぶ。二人は野宿続きだったため、久しぶりの温かな料理に我慢出来ず食べ始めた。ここの主人が言った通りにどの料理も美味しいものであった。


「エミリーちゃん、このスープ美味しいよ!」
「有難うございます」
「ご飯おかわりしていいか?」
「良いですよ。少々お待ち下さい」


──…


「ふふっ、エミリーちゃん良い子だよね。しかも可愛い!」
「確かに可愛いな。しかもご飯が美味しい……一松達が羨ましく思う」
「料理上手な可愛いお嫁さん欲しかったんだよね。今後アタックしてみよう」
「すみませんがそれはお受け出来ません」
「「うわぁっ!?」」
「私には将来を誓った相手がおりますので」
「(気配が無くてビビった…)誓ったって…」
「真澄様にございます」
「「エエッ!?」」
「あの方に助け出されたとき、私は決めたのです。一生を掛けてこの人を支えると。その為に料理や裁縫など家事スキルを上達させました。その事を真澄様に話すと丁寧に断れましたけど……私は諦めておりません」
「「……」」


シスターの本音を知り、男どもは黙る他なかった。


「真澄様の仮面の下はもう拝見なさりましたか?」
「いや……見てないが」
「フッ。そうですか」
「え、何で鼻で笑った?なんで得意気なの!?」
「あら失礼いたしましたわ。今のところ、私だけが真澄様の素顔を知っているようなのでつい」
「そんなこと言われると気になるんだけど」
「お教え致しましょうか!?」
「「いや大丈夫です」」
「そう、あれは真澄様に助け出されて少し経った頃ですわ」
「あ、話すんだ」
「Oh…」

シスターはにこやかな笑みから、恍惚の表情で語りだした。上品で神聖な雰囲気漂わせた彼女は一体どこへ行ったのか。


「男どもに好き勝手されて処女を喪失し、シスターとして許されない神を呪うような毎日を送っていた私は、心を病んでいました」
(突然のシリアス!内容重い!)
「自由になっても私は痛みが癒えず、手をナイフで傷だらけにし、眠れない夜を過ごしてたんです。それでも生きたいと願う私もいて、怖くて、食べ物を少し口に含んでは生き延びようとしてました…。
そんな時、あの方が村人から聞いたのか私の様子を訪ねてきたのです。

私を助けた人をそこで初めてみたのです。銀の仮面をしていて、中性的な出で立ちに最初は男かと怯えました。そうすると私が丸まっている寝台にゆっくり近づいてきて閉まっていたカーテンを開き、仮面を取りましたの。

驚きました。あんなにも綺麗な瞳を視たのは。窓から入る光に照らされた目の虹彩がエメラルド色に煌めいていて、涼しげな目元……微笑むあの方は誰よりも綺麗でしたわ。

それから私の傷を魔法で癒し、シスターとしての役目を負えない穢れた身体を優しく包容して『遅くなってごめん。私をいくらでも傷つけていいから、自分を傷つけるのだけは止めてくれないか』と何一つ悪くないのに何度も謝って、ずっと抱きしめてくれたんです。私はその温もりに安心して気を失うように眠りにつきました。それからはあの方を敬愛し、側にお仕えしております」


シスターはその時を思い浮かべてうっとりしながらもマシンガントークは止まらなかった。それを聞いた男達は真澄の素顔に興味を持ちはじめ、食事の手を止めてその話を聞いていた。

そしてもう1つ思った。
やっぱりお前が勇者かと。それでなくても男前過ぎて惚れてまうやろ状態である。


「ただいま。エミリー遅くなってごめん」
「お帰りなさい!大丈夫にございます。只今食事をお持ちいたしますわ」
「ありがとう。……ん?どうかしたか?」
「いや、別に…」


主人が帰ってきて、嬉々としてシスターは食事の準備に取りかかった。定位置なのか、この大きな食卓で1番偉い人が座る上座に自然と座って、彼女の料理を行儀よく待つ。


「……その仮面はなぜ外さないんだ?」
「ストレートだな!?」
「ん?ああ。小さい頃から付けているんだが、外すとこう……モヤっとするんだ」
「え!じゃあ、外したところ見たいっていったらダメ?」
「いや、大丈夫だよ」


彼女は仮面に手を掛けて外す。ゆっくりと目を開くと、そこには聞いていたエメラルドの輝きではなく、月のような青と黄色が混ざったブルームーンの瞳が覗いていた。

だけども美しく、端正な顔立ちに二人は無意識に唾を飲み込み、目を限界に見開いてその姿を記憶に納めようとする。


「ふむ。久しぶりに人の前で外したな。やはり違和感が…」
(想像以上…!!)
(天より遣えし使徒!舞い降りてきたぜ、愛の福音が!)
「もう良いだろうか?」
「ああ!!!?真澄様が仮面を…!」
「エミリー?」
「はぁん……やはり美しいですわ。でも、この集落で私だけ知っていた事ですのに外すなんて…」
「えっと、ごめん?」
「あれ?真澄様の目…」
「ああ。昼は光の量が多いから緑に見えるんだが、本来はこちらだ」
「それでも素敵ですわ!」
「あ、ああ…ありがとう」


スッと仮面を戻した事に三人は落胆した。夜を照らす月明かりのような瞳が隠され、いつもの口元しか伺えない。残念な気持ちはあるものの、カラ松とトド松は隠れて良かったとも思った。まともに接する事が困難になるからだ。

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