長編

□彼女は勇者様!(序章)
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朝食の支度をするエミリーに朝の挨拶をし、顔を洗いにタオルを持って洗面台に向かう。そこには先客がいた。


「おはようカラ松」
「おはよう真澄!しかし、よく俺だと気づいたな」
「顔は似てるが体格までは似ないだろう。特にトド松と並ぶと一発でわかる」
「なるほど」


カラ松は騎士長を務めているだけあって体格がいい。インナーからわかる形の良い腹筋に、鍛え込まれた腕。足の方に目を向ければ長くしなやかな筋肉を銀色のブーツが護っている。
これでトド松だと言われたら逆に疑う。ただ筋肉で言えば十四松も良い勝負だ。一松も十四松に付き合っているだけあり、なかなかである。

「使ってもいいだろうか?まだ終わってないなら待つが…」
「もう終わっている。すぐ退けよう」


退いてくれたカラ松に礼をいい、備え付けている戸棚からいつもの洗顔料を手に取り、仮面を外した。

鏡越しに彼の姿を捉えて、どうしたのかと振り返った。


「…なんだ?」
「え!?あ…朝だからか、瞳がエメラルド色だな…と」
「ああ。そういうことか」

納得した答えに真澄は前髪をピンで止め、洗顔料を泡立て顔を洗い始めた。綺麗に水ですすいでタオルで拭くと、未だに彼が居ることに気づいた。…というか、気づいていたが気にしてなかっただけだが。


「やはり私に用でもあるのか」
「へぇ!?す、すまない!ジロジロと見てしまって……瞳が綺麗だからずっと眺めていたかったというか」
「……そうか。仮面を付けているときはは黒っぽく見えるだろう」
「あ、そうだな。陰になるから黒に見えるぜ(瞳もそうだが、顔のパーツ全てがパーフェクトで美しい……)」
「祖母が私に仮面をくれた理由はそこにもある」
「え、勿体ない」
「私の目は類を見ないから。光の量によって変わるなど、何処かのハンターや貴族に狙われてしまうと言っていたな」
(俺なら心ごと拐ってしまいたい)


話しながらも化粧水をペチペチと浸透させ、前髪のピンを外す。仮面を戻し、ここでの用は終わった。


「エミリーのご飯がもう少しで出来る。私は十四松を起こしてくるけど」
「途中まで一緒に行こう。まだトド松が寝ているんだ」
「トド松は意外とお寝坊さんだね」
「昨日はいろいろと疲れたんだろう。ここに来るまえに、魔法を使ってくれたからな」
「移動用の魔法か。二人となると魔力消費が激しいな」
「そういえば、ここは魔力回復が早いとトド松が言っていたぞ。どうしてだ?」
「この地の奥底に大きな魔力結晶が眠っているんだよ」
「魔力結晶!?この下にか!」
「祖母の古い文献に載っていた。それを狙って魔物や盗賊が自然と集まってしまい、瘴気が溜まり、人の心を蝕み、私が来た時には魔瘴に発展しかねないものになっていたよ。そこで結界を作った事により、良い微粒魔子が生成されるようになって、魔力回復に繋がるようになったわけだ」
「……この集落はいつ位から酷い目に合っていたんだ。エミリーの話を聞くと、数年前のような感じがしてな」
「そのことだが、君の言うとおりに3年前から突然にだったらしい。先王が亡くなられてからだな。実はこの集落だけでなく、隣国の村にも似たような噂を耳にした」
「先王が……親父が亡くなってから、か」
「この時から魔王復活の兆しが出ていたのかもな」


じゃあ、十四松を起こしてくると真澄は手を軽く振って部屋に入っていった。カラ松もトド松を起こしに隣の部屋を開けた。

カーテンは開いているのにも関わらず、件の弟は丸まって光から逃れるように布団を被っていた。

「グッモーニン!!爽やかな朝が来たぜ!」
「……朝から暑苦しいよ」
「エミリーのご飯が出来るそうだ。早く顔を洗ってくるといい」
「んー…わかった」


モゾモゾと寝心地の良いベッドから何とか抜け出したトド松。眼をごしごしと擦り、ぼーっとする視界でフラフラと立ち上がりドアへと行くので、見かねたカラ松は…

「…んブッ!!」
「フラフラしていて危なっかしいぞ」
「〜っ…だからって水魔法、顔にぶっかけるか!?このサイコパス!」
「ん?顔を洗う手間も省けてしまったな。最初からこうすれば良かったか…」
「よくねぇーよ!!!?」


洗顔ナメてんの!?と激怒したトド松に、カラ松は何故怒っているのかわからんという風に首を傾げるながら、タオルを差し出したのだった。





────
───
──



朝食を食べ、一松の治療もようやく終わりが見えた頃。


「一松ならもう大丈夫だ」
「ホント!?」
「起きたらエミリーに言って食事を用意してもらってくれ。私はもう一度、長の所に行ってくる」
「真澄。休まなくていいのか?殆んど寝てないんだろう」
「長との話が終われば直ぐにでも寝るよ。すまないがトド松も来てくれないか?私だけでは決められないこともある」
「もちろん。言い出しっぺは僕だし、信用を得る為には一度会っておきたいね」
「良ければ俺も行こう!信用を得るなら俺が話をすれば一発で相手は虜になるのさ!」
「そうなのか?なら」
「カラ松兄さんは置いていこう。余計話がややこしくなるから」
「え…」
(……トド松の言うとおりにするか。何故だかわからないが、そうした方がいいと勘がいっている)


教会を出て板橋を渡ると、真澄という英雄に挨拶を向ける人々。その全てに丁寧に手を振り、声を掛け、長の家に行くまでにトド松は彼女の人気ぶりが身に染みた。
ここまで人々の心を開かせた彼女の言葉なら聞いてくれるという自信と、彼女が居なくなる事が無いという村人のプレッシャーの板挟みな状況に、危うい立場にいるなと確認できた。

長は60歳くらいの男性だった。
長は真澄の姿を捉えると眉間に皺を寄せた。


「どうしても……外の人間を入れたいのか」
「昨日も言いましたが、長もお気付きでしょう。魔王が復活した今、若い男衆を鍛えあげるのには時間が掛かりすぎる。渓谷が近いこの集落は強い魔物が存在していて、とてもじゃないが素人が勝てる環境ではない。最善策として、王都に兵士派遣をしてもらい、しっかりした指導の元、自警団を組むのが良いと」
「……一晩考えてみたが、それでもここの人々は良い顔をしないだろう」


渋い顔をしたままの長に、彼女はやはりダメかと黙り込む。

そんな時、ある男が発言した。


「王の勅令状ならどうかな?」

トド松だ。

「王の勅令状だと!?」
「そう。僕から出してもらうように頼んでみるよ。そうしたら王の責任が問われる事態にならないよう努めるだろうし、今後も監査が入るから安心だと思うよ」
「十四松くんにしては大人しいとおもったが……」
「紹介が遅れた。此方はトド松。この国の外交官殿だ」
「外交官……六つ子だとは聞いていたが、まさか外交官殿が居るとは」
「魔王討伐の為に一松達の協力を求めて訪ねたらしい。しかも彼らのお兄さんはこの国の王だ」
「……」
「長。私は魔王討伐に誘われている。私も一刻も早く平和が訪れるよう尽したいと考えているんだ」
「しかし。お前が出ていってその後、問題が起きたら…」


煮え切らない答えに、トド松はとどめだと言うように言い放った。


「全てを真澄に押しつけるのは違うんじゃない?」
「押しつけているわけでは無い!ただ、ここの人々の傷が癒えぬうちに、居なくなられては…」
「えーそれって押しつけじゃないって言い切れるの?彼女はつい1ヶ月前に来た外の人間だよね。酷い現状に、たまたま君達を助けたに過ぎない。魔物から護ってくれて、結界まで張ってくれて……これ以上彼女に何を求める気?今度は男どもが強くなるまで居て下さい?人を信用出来るようになるまでずっと居て下さい?彼女は一体いつ自由になるのさ。だいたい」
「トド松」
「……じゃあ最後に一言。人を信用したいなら、少しは自分達の方も努力しなよ。傷は一生消えないよ」


トド松は交渉ごとに置いて、真しやかに口の立つ男であった。聞いていた真澄は内容はともかく、かなり痛いところを突いてくる彼の物言いに外交官としての働きぶりは相当なものであると感じた。
彼女が言っても渋った長の口がパクパクと鯉のようになり、何も言えないといった様子だ。


「……私は英雄になりたくて助けたわけではない」
「…」
「私は行くよ。魔王を倒すために、人々の平和を手に入れる為に力になりたいんだ」


彼女の強い意思を、長は受け取った。


「……トド松殿」
「はーい?」
「よろしく、お願い申し上げる」


二人は長の返答にお互い顔を見合せ笑った。

そこからは早かった。トド松は報告するために王都の城に帰っていった。1人だけで大丈夫かと心配したが、1人の方が逃げられるから大丈夫だと笑って、1週間後にまた会う約束を取り付けた。

その間の1週間はカラ松や一松、十四松と協力して村人の説得と魔物狩りを行った。

その甲斐があって、1週間後に約束通りトド松が連れてきた兵士達と村人の関係はまあまあである。あとは働き次第で少しずつ変わっていくことだろう。




「真澄様!私もどうかお連れ下さい!」
「エミリー……でも、私はこれから魔王を退治の旅に出るわけで…」
「いやですぅ〜!貴女が居ないなら、私……私……死にます!」
「え!?」

「うわぁ…あの女、前から思ってたけどメンヘラか」
「一松兄さん、メンヘラってな〜に〜?」
「十四松には縁の無いことだよ」
「エミリーは真澄に将来を誓ったらしいぞ。まあ、あの仮面に隠された瞳には、誰もが忠誠を誓ってしまいたくなるものがあるが」
「はぁ!?お前、あいつの仮面の下見たことあんのかよ!!!?」
「ぅ、強気ぃいい!?真澄に言えば普通に見せてくれたぞ!」
「えー!カラ松兄さんズルい!!真澄、真澄、見せてーー!」
「隠しているから何か火傷とか見られたくないものがあるのかと考えていたのにはぁ?別に何もない?むしろ何で聞かなかったんだよ俺。俺らより先にコイツが知ったとか何それ。とりあえずクソ松死ね」
「ギャア…!!」

「エミリー簡単に死ぬと言ってはダメだよ?それに、危険な事には巻き込みたくないんだ」
「うぅ〜…料理も洗濯も破れた服を直すのも全部しますから!!真澄様だって私の料理をお気に召したでしょう!?それに狼の巣窟に貴女様を放り投げるなんて危ない真似出来ません!」
「いや私よりも君の方が危ないと思うぞ」
「ねえ真澄ってば!」
「ぅっ…十四松。急に背中に乗るな」
「仮面の下、見せてーー!」
「はいはい。わかったから退け……て、早いな」
「一松兄さんも見よう!!」
「はあ!!!?……べ、別に?興味無いし?今更見たいとか」
「(と、言いつつ来るんだな)ほら」
「!?」
「スッゲー!緑でキラキラだー!」
(は?イケメンオーラ出てたけども、出てたけども!反則じゃない?仮面取ったらめちゃくちゃ美人とか…いやイケメンにも見えるけど。何というかそれを知らなかった俺の馬鹿野郎!早く見ておけば良かった!え、ということは俺、コイツに姫抱きされたわけ?この美人に?……死ぬしかない)
「あれー?一松兄さん寝ちゃった」
「寝ちゃったというか倒れたな」
「フッ。一松はシャイボーイなんだ。真澄の美しさにハートをロックオンされて、撃ち抜かれた拍子に倒れたんだろう」
「……カラ松。いつの間にかボロボロになってるな」
「あああ真澄様!麗しいです!」



(あそこカオスだなぁ…)



エミリーを何とか説得し、教会に残ってもらい兵士達の世話をお願いした。何かあった時は魔力を込めた魔石を壊してくれと伝え、魔王退治が一段落したら(生きていれば)会いにくると約束をした。

長の説得よりもかなりの労力を使っただろう。


「そこの男達。ちょっと来て下さいませんか?」


そろそろ出立しようと武装し、必需品を持った各々。エミリーの声に嫌な予感がしつつも近寄った。



「真澄様をどうぞよろしくお願いします」


思ったような事を言われず、拍子抜けした。しかし、その次の言葉に肝を冷やすことになる。


「手を出したら……呪い殺す」

「「「「!?」」」」


うふっ♪という言葉がつきそうな笑顔がとてつもなく怖い。魔王がここにも居るぞ!と男達は思ったが、何も言わず小さく頷いただけに終わった。

魔王討伐に向けて、一つの物語が始まった。


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