長編

□彼女は勇者様!(序章)
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「王が会いたいと?」
「勇者らしき人物だったら連れてきてって言われてるんだ。あとはおそ松兄さんの個人的興味」
「勇者ではないと思うんだがなぁ…。まあ、兵士を派遣していただいた礼ぐらいは言わねばか」
「おそ松兄さんに会うの何年ぶりかな!?」
「……去年の生誕式に行ってから1年ちょっと」
「真澄は王都には来たことがあるのか?」
「初めてだ。故郷を離れたのも叔父がいるという事だったしな」
「なら着いたら俺が王都を案内しよう!俺の行きつけの店や最高にクールでイカす魅惑の楽園を提供す、」
「耳腐るから聞かない方がいいよ」
「イッタイよねー、本当に」
「あはは!イタいイタい!」


王が会いたいと言うことで、王都マツーノへと進路を変えた。真澄達一行は人数が5人という事もあり、個々の力が強い事もあって順調に歩いていた。

「おっと……モテすぎるのも困りものだな」
「うぜぇ」
「ゴブリンか。数が多いけど、何とかなるだろう」

カラ松と真澄は剣を抜き、一松は弓を構え、十四松はバットを何処からか取り出した。トド松は下がって詠唱を始めた。

ゴブリンごときにこの5人を倒せるわけがなく、傷を負うことなく完勝。50体ほどのゴブリンは最後に火の魔法によって焼かれ塵となり、残されたのは数個の魔石だった。


「相変わらず思うけど、チートだね」
「ん?」
「どうやったらそんなに多属性の魔法出せるの。普通は一個、多くて二個だよ」
「相性は確かにあるな。私の場合、光が主だ。治癒魔法は光に属するからね。ただ相性はあれど、多少なら他の属性も修行しだいで身につくことがわかったんだ」
「修行でつくものなの?」
「属性が判ったら、その属性しか持っていないと思うのが普通の考えだ。私はたまたま火や水などの魔法が少し出たことによって、そこから修行を始めた」
「ほう。真澄は勤勉だな」
「光に火、風……あと習得したのは?」
「弱くてもいいなら全ての属性は扱える」
「チートだわぁ」


火、水、木、風、土、闇、光の七つの属性に、魔力感知や身体能力増強などの無属性で魔法は構築される。無属性のものは大抵普通の人にもいくつか魔法が扱えるが、火などはそれぞれ一属性が一般的であった。

火は木に強く、木は水に強い。水は火に強いといった相性がある。風と土、光と闇はお互いに弱点となる。また、性質を変えれば氷や雷といったものも出来る。

魔物にも属性というのが存在し、人間はそれに対して効果的に戦術を組んで戦うのが常識だ。無理だったら物理で押せばいい。



さて、ようやく王都が見えた頃。森を抜け、小高い丘から王都を眺めていた真澄は規模の大きさに素直にすごいなと溢した。


王都は城壁に囲まれ、その中心に立派な城が健在している。

関門を通れば賑わう市場。完備された噴水公園。イキイキと遊ぶ子供達と笑う大人達。魔王が復活したというのに活気が失われていないのは、勇者がいると信じているからか。


そして……この国の王とそっくりな顔をしたのが四人も固まって動けば目立つ。王でなくても外交官殿や騎士長と位の高い者がいれば、人は避け、頭を下げる。

城までの道のりはそのおかげもあって、早く着くことができた。


「王さま〜。連れてきたよ」
「トド松ごくろーさん!一松と十四松も久しぶり。で、そちらさんが…」
「お会い出来て光栄です陛下。私の名は真澄。ここより南のカルナ村の者です」

片膝をつき、顔を伏せる。真澄は最高の敬意を表明し、何者かを名乗った。

「うんうん。やっぱり普通はこうするのが礼儀だよな。見習えよ弟たち」
「おそ松兄さんがしっかりしているならね」
「おそ松に払う敬意がないな」
「ホントこのクズが王だとかふざけてるよ」
「れいぎってなーに?」
「え…えぇー…」


信用の低い王の扱いに真澄は何と声を掛ければいいかわからなかった。
コホンと一つ咳払いし、さきほどの会話は聞かなかったことにして、今回の礼をいった。


「今回は兵士を派遣していただき、恐悦至極にございます」
「きょうえつし…え、どういう意味?」
「……兵士を派遣していただき、大変感謝している、という事にございます」
「なるほど〜。いや、此方としても魔王討伐に協力してくれてありがとうね」


真澄は思った。こんな王様でこの国は大丈夫なのか?と。

顔を上げてもいいと軽く言われ、その通りに上げて王の姿を目に入れようと思えば、すぐ目の前にいたのに驚いた。


「仮面の下って見せてくれるの?」
「……ええ。良いですけど」
「「「ダメだ(よ)!」」」

控えていた四人が口を揃えて拒否の言葉を王に投げかけた。王はキョトンしたあと、面白いものを見つけた!という子供のような……悪どい大人のような表情でへぇ〜…と呟いた。

王の興味を煽っただけで、不思議そうにしている彼女の仮面に彼は手をかけた。

「あ…」
「「「あぁああー!」」」
「……」

カラン…と仮面が彼の手から滑り落ちて、またもや彼女は「あ…」と小さく声に出して薄い反応を見せた。

一応祖母の形見なんだぞと思い、その仮面を拾おうとして腕を伸ばすが、その腕を目の前の彼に掴まれた。


「結婚しよう!」
「「「ハァアアアーー!?」」」
「え」
「顔モロ好み!なんなら今日結婚式あげちゃう!?」
「おそ松!何を言っているんだ!」
「そうだよ!真澄は僕がお嫁さんに貰う予定なんだから」
「いやトッティ、そんな予定も無いからね。でも真澄。クズ王と結婚したら苦労するよ。そいつ馬鹿だしギャンブル好きだし女好きだから浮気されるかも。第一隣国の姫に片想いしてるんだよ。やめておいた方がいいよ」
「真澄は僕達と一緒に旅するんだよ!」


謁見の間はギャーギャーと大混戦となり、1人話しから取り残された彼女は冷静に空いている手を伸ばし、仮面を拾って元に戻した。
いまだに掴まれている右手はいつになったら離してくれるのだろう。


「なんの騒ぎ!?」
「あ!チョロ松兄さん!」


これで兄弟全員揃ったなと彼女は謁見の間に入ってきた男を見て思った。


「たくっ、神松と交信する準備してたら……このクズ王何やったの?」
「俺が疑われるの!?」
「大体はお前だろ。…ん?つか、なにその人の手を掴んでるの」
「あ、チョロ松。俺こいつと結婚するから」
「寝言は寝て言えクズ長男が。ほら離しなさい」


チョロ松はペシリとおそ松の手を叩き落とし、ようやく自由になれた彼女は立ち上がり、礼を述べた。


「貴女が真澄ですね。トド松から話しは伺っています。神松の所に案内するので付いてきてください」
「わかりました」
「チョロまつ〜俺、結構本気で真澄と結婚したいと思ってるんだけど」
「冗談やめてくれる?一目見て好きになるとかあるかよ」


チョロ松の言葉に3人ほどギクリと肩を震わせた。おそ松は不満そうにして、ピンッときたのか彼女の仮面をもう一度外そうとした。

しかし今度は避けられ、あれ?と首を捻る。


「失礼ですが…貴方に仮面の下を見られるのは好きではありません。人を顔でしか判断出来ぬ人に、結婚を迫られても嬉しくないので」
「「「うぐっ…」」」


心当たりのある人に、彼女の言葉は刺さった。そして彼女も、自分の顔はもう無闇に曝すのは止めようと思ったのだった。

それでも王は嫌だと言って、仮面を外してと床に転がりながら駄々をこねた。


「だってチョロ松納得させなきゃ結婚出来ないもん!仮面外して〜!」
「では行きますよ」
「は、イッ!?」
「オレ王様なんだよ?偉い人なんだよ?兵士派遣してあげたじゃん」
「ちょ、離して下さい!」


足を抱きしめるように掴まれ、真澄は背を氷で撫でられたような感覚に瞬間的に蹴ってしまおうと思った。しかし、相手は腐ってもこの国の王様。何とか止まったが、いまだに抱きついている王様に普段はあり得ないほどの苛立ちが募る。

「王!これ以上の醜態はやめろ!」
「やだやだやだ〜!」
「…っわかりました。外すから離れて下さい」
「あ、ホントに?じゃあ止める」

エミリーの時も大変であったが、この人はこの人で面倒な人であった。

渋々仮面を外し、これで満足か?と目を細めて眉間にシワを寄せた。


「〜ッ!?」
「な?美人だろ?」
「……もういいか?」


チョロ松はエメラルド色に煌めく瞳に目を奪われ、仮面の下に隠されていた美貌に言葉が出なかった。王が結婚したいというのも頷ける。


「チョロ松を納得させたことだし、結こん…」
「言った筈だが?顔でしか判断出来ない者と結婚する気はない」


美人が怒ると迫力がある。その言葉通りに切れ長の眼はつり上がり、その視線は人を殺せるのではと思うくらいには怒気が含まれていた。温厚な彼女しか見ていなかったカラ松、一松、十四松、トド松はそれは驚き、怖がった。

……いや、一人だけは顔を赤くして見つめていた。

「フヒッ…いいね」
「出た!M松兄さん!」

とにかく仮面を戻した彼女は一度怒りを抑えて、チョロ松に向き直った。宰相の態度がよそよそしくなり、少し短気だったかと反省するが、チョロ松は先程見た素顔にドキマギしていただけである。

この宰相。美人な女にはとことんポンコツになる。

唯一の救いは仮面をしていること。玉砕した王様は心臓がキュッとなって石化している。



宰相に案内されて彼女は神殿の方に足を運んだ。他の松も神松のお告げを聞くために一緒に歩いていた。

神殿は柱で囲われた半径5メートルの水が張ったこじんまりとしたものだった。中央に台座があり、大きな水晶がおかれている。神官はお待ちしておりましたと深く頭を下げた。

「神松さま。神松さま」
「聞こえているよ」
「勇者らしき人をお連れ致しました」
「その人をここへ」

大きな水晶の前に行けという指示に、彼女は水の中に足を入れ、中央まで歩いていく。


「……なるほど」
「神松様とおっしゃったか。私は真澄という名の者です」
「うん。真澄だね。それじゃあ真澄、これから困難が続くだろうと思うけど、君ならやり遂げられる」
「……それはどういう意味でしょうか」
「君が勇者だってことだよ」


神官はその言葉を聞いて歓喜し、涙を流した。チョロ松も安心したように笑顔をこぼした。


「私は女なのだが、勇者に選ばれるものなんだな」
「選ばれるんじゃないよ。君の魂は何度も転生して、その度に魔王と戦う宿命を背負っているんだ」
「転生?」
「今までの勇者は君の魂。前世と言うことさ」
「……あまり実感が湧かないな」
「覚えてる事の方が少ないよ。ただ…いまの君は呪われてる」
「それはどういった類いのものですか?」
「前世の時に魔王が君に呪いをかけたようだ。女の子に生まれるようにと、君の存在が僕に分からなくなるようにとね」
「……力が男に比べて弱くなると考えてか」


神松と話す彼女は自然体で、前世というのはあながち間違いではないものを感じた。以前にも話したことがある既視感があったのだ。

神松との交信は終わり、くるりと振り返ると勇者誕生にわき返っていた。


「やっぱり真澄が勇者だったね。カラ松兄さんじゃ役不足だもん」
「おいおいトッティ。俺も十分イケテると思うぞ?まあ何はともあれ真澄。これから頑張っていこう」
「やりましたぜ一松兄さん!これでおそ松兄さんと結婚しないで、真澄と旅に出れるねー!」
「そうだな。これからも宜しく」
「王と結婚なんて御免だから、心配しなくても大丈夫だ。これからよろしく頼むな三人とも」
「…酷い言われよう」
(女の子の勇者って、一見アイドルみたいだよね。……あーもう君推しになりそう!)
「勇者が!勇者様が現れた!うっ、う、こんなに喜ばしいことはない!」


その晩。細やかながら宴を設けられ、魔王退治の旅への活力になるよう、食べたり酒を飲み明かした。

その間、勇者になった彼女はおそ松からのセクハラを避けたり、カラ松と一松がお酒に弱いと知ったり、テンションが上がり過ぎて暴走した十四松を止めたり、トド松と連絡出来るように高価な魔法道具を貸してもらったり、チョロ松から謎の熱視線を受けたりと、宴を楽しん…楽しんだ?…楽しんだのでした。



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