長編

□彼女は勇者様!(序章)
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「うっ……頭痛い」
「君が酒に弱いとは知らなかったぞ」
「みずぅ〜、水を〜…!」
「はいはい。いま持っていくから」

宴から一夜明けた。勇者として改めて旅立とうという時に、その仲間三人の内二人が二日酔いに悩まされており、真澄はその介抱をせざるを得なかった。
生憎だが二日酔いは治癒魔法では治せない。治癒魔法とはそんなに千差万別に効くものではなく、それが効くならこの世界から病気になる人は居なくなるだろう。まあ、多少は効果があるやもしれん。


しかし、まさか宴の席であっという間に酔い潰れ、王が用意してくれた客室に運ぶ事になるとも思いはしなかった。カラ松は装備が重く、一度外してから背負わなくてはならなかった。筋肉は重いのだ。大変だったなー…と勇者は遠い目になった。


「旅立つのはもう少し、二人の体調が良くなってからだな」
「なんでー?僕が一松兄さんとカラ松兄さん引っ張って行くならいいんじゃないかな!」
「ひぃっ!?」
「殺される…!」
「……可哀想だから止めてやれ」


笑顔で鬼畜な発言をする十四松を止め、水を飲ませた二人はいまだに頭を押さえてベッドで横になっている。

そういえば宰相も酒を飲むと、王様の愚痴と最近あった嫌な事をブツブツと言って、寝落ち、目が覚めると吐いていた。そこまで弱いなら何故セーブしないんだと呆れたが、ようやく現れた勇者に気を緩めたのだろう。水を渡した時はかなり慌てた様子で首を振り、それによってまた気持ち悪くなって吐いて…あとはメイド達に任せた。


真澄自身勇者だという自覚はあまり無いがこれも天啓。受け入れてしまえば、あとはやるしかないと思うのだ。


「真澄おはよう〜。魔王討伐したらオレと結婚しよ!」
「十四松。卍固め」
「あい!」
「あぁああああ!いきなりは止めてー!」


反省の色がないおそ松に、しれっと十四松に指示を出して卍固めをさせた彼女は、二人の為に少しでも頭痛が良くなるようにと治癒魔法を使い、見向きもしなかった。


「ぜぇ…はぁ…酷くない!?」
「良くやったよ十四松。いい子は頭を撫でてやろう」
「やったー!」
「何それ!十四松だけ贔屓反対!」
「いい子だぞ十四松」
「えへへ。膝枕しながらでいいっすか!?」
「うーん…一松ちょっとベッドの端借りるぞ」
「え。何で…あ、ちょっと!」


一松の胴体の横に腰掛けて、太ももをポンポンと叩いて十四松に合図する。オナシャス!と彼女の太ももに頭を滑り込ませて、その頭を優しく撫でる。


「ふへへっ…」
「いい子いい子」
(十四松を完璧に手懐けている!?スパダリの次はお母さんか!母性で勝負かコラァアアア!?)
(……俺もして欲しい。おそ松を殴ればいいのだろうか)
「贔屓はんたーーい!!構ってよー!」
「お帰り願う。というか何しに来たんだ」
「ん?そりゃあ真澄に会いに。起きたらもう一松達の部屋にいるって言うんだもん」
「つまりは用は無いんだな。一応王様なのだから執務があるのではないか」
「そこはチョロ松が何とかしてくれるって」
「……(クズと言われるわけだ)」
「いやぁん。そんな目で見ちゃイヤ!」


王のクズっぷりに、仮面越しから冷たい視線が投げられた。何となく相手も察したのだろう。かなり腹立たしい返事をしてくれたものだ。

十四松の頭を撫でて心を鎮める。手持ち無沙汰になった彼女のもう1つの手は、一松の額に乗せられた。いきなり前触れもなく行われたその行為に、一松は身体を強張らせた。


「少しは気分良くなったか?
「え?……ああ。さっきよりは」
「そうか。今度は飲み過ぎないようにね」
「う、うん……」
「カラ松の方はどうだ?」
「多少痛いが、問題ない」
「なら1時間後に王都を案内して欲しい。特に薬草を取り扱っている場所を…」
「薬草なら城にあるし見てけば。オレが案内しちゃうよ?」
「カラ松が王都を案内すると言ってくれたからな。楽しみにしている」
「!。任せな!俺が素敵なデートを真澄にプレゼントしてやるぜ!」
「デート……四人で出掛けるのにデートっていうのか?」
「心の中でお互い想い合えば、それはデートになるのさ」
「そうなのか?」
「いや違うでしょ。クソ松の妄言だから本気で受け止めないで」

「スー…スー…」
「ん?やけに大人しいと思ったら…寝たのか」
「え、寝たの?十四松が?」
「Oh…マイリルブラザー。天使のような笑みで寝ているぞ」
「楽しみで早起きしたって言ってたなぁ…一時間位はこのままでいようか」
「あの…」
「どちら様でしょうか?」
「…寒い…寒いよぉ…!」


王はもう居ないという風に扱う四人。その事に己の身体を抱きしめて寒さに打ち震える王を後目に、穏やかに時間は流れる。

流石に可哀想と思ったのか、真澄は声を掛けた。

「王。約束を守ってくれるなら話くらいはしますよ」
「マジで!!」
「第一にセクハラをしない」
「えー…」
「では金輪際、私は相手にしません」
「わ、わかった!うん約束する!」
「第二にすぐ求婚するのをやめて下さい。隣国の姫君に片想いをしていると聞きましたが、貴方には誠実さが感じられません」
「確かに兄貴は誠実から遠い男だな」
「美人なら誰でもいいのが内の長男だから」
「それはお前らもだろ!」
「いいえ。一松達は貴方のように節操なしとは違いますから、一緒にしないで下さい」
「「………」」
「でも気に入ったのは本当だし、一目惚れって言うの?だってお前美人じゃん!綺麗じゃん!本気で欲しいって思ったんだもん!」
「……褒めて下さるのは結構ですが、私は物ではありません。それから最後にですが」
「まだあるの!?」
「私は恋というものがよく分かりません。期待はしないで頂きたい」

「「「……え?」」」


聞いていた者は声を揃えて疑問の声をあげた。初恋もないの?という王に彼女はすぐに頷いた。もはや皆の目が珍獣を見る様である。

「何てことだ…甘いときめきに心を踊らせる青春を駆け抜けた事がない、だと!?」
「今までどんな生活してたんだよ!?」
「昨年まで祖母に魔法を教わりながら、地元の自警団と一緒に魔物狩りをしていたな」
「出会いありまくりじゃん!男から言い寄られた事ないの!?無いわけないだろ!」
「…幼なじみに好きだとは言われたが、言われた所で友人以上には見れなかった。あとは特に無いな」
「あー…(その幼なじみが牽制してたんだろうねー。いやー可哀想だわー…)」
「それに私は中途半端なんだ。神松様が言うに前世が男だったせいなのか…本当に性別の概念が薄い。だからといってセクハラは不快だからな」


性別の概念が薄いからといって、セクハラは男女どちらも不快に思うのは当然だ。改めて釘を差すのを忘れず、それでどうする?というように目線を送った。

おそ松は少し考えたあと、それじゃあ今は友達ってことで!と握手を求め、彼女はその手を取った。
「なあなあ真澄ー…俺も膝枕してほしいんだけど」
「生憎だが、この場所は埋まっている。十四松を起こすと言うのなら覚悟して起こせよ」
「……やめときます」
「賢明だな」


おそ松。完璧に破れたり。



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