記念リクエスト

□折り重ねる日常
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今日も病室を軽く叩き、部屋の中の主に声を掛ける。


「カラ松さん。こんにちは!」


体調が余程良いのか、彼女の声はいつもより元気で張りがある。これは少しばかり散歩しに、外へ出掛けられるかもしれない。でも外は雪が降っていて、身体を冷やしてしまうからやっぱり今日もこの病室で過ごそうか。

真澄は俺が来る前に、折り紙を折っていたらしい。手裏剣や鶴、蝶々、どうやって作ったのか分からない恐竜(多分ティラノザウルス)が机の上に置かれていて、作りかけの緑の折り紙が目についた。

「それは何を作ろうとしてたんだ?」
「これは亀さんにするつもりでした。緑のものって言ったら亀しか思い付かなくって」
「へぇ……それにしても、器用なんだな。この恐竜はどうやって作ったんだ?」
「それは折り紙の師匠に教わりました」
「折り紙の師匠?」

折り紙の師匠は最近入院してきた子供(男)の事らしい。小児病棟の方に入院しているのだが、病院の中庭を散歩している時にその子が一人でベンチに座って退屈そうにしていた所に声を掛けたようだ。何とも彼女らしい。
そして、お互いに運動が出来る身体ではないとの事で、何か遊べるものは無いかと売店に行ったら折り紙を発見。男の子は折り紙が得意らしく、教えてくれたのだと、亀を折り上げて完成されたもの達へ仲間入りさせた。

その話を聞いて、少しだけ嫉妬みたいな感情を会った事のない子供に向けている。心が狭くなっているなと思う。彼女にいろんな事を教えるのは俺だけが良いのに……みたいな。

「カラ松さんも何か作りませんか?」
「といっても、鶴くらいしか折れないぞ」
「あ、だったら私が教えますよ!」


真澄は嬉々として赤い色紙を俺の前に出し、自分は青い色紙を用意する。教えるの事が出来るのが余程嬉しいのか、少し興奮気味に「まずはですね!」とキラキラした目をしていた。

それがまあ……すごく可愛いわけでして。撫でたい衝動を抑えるのに必死に理性が働いたよ。うん。気軽に彼女に触れたら色んなものが爆発する。


「四つ折りして開いて、折った筋に合わせて長方形にパッタン。それを開いて、新しく出来た筋に合わせてパッタンです!」

パッタンって。パッタンって可愛い過ぎる。

教え方が子供に対する感じなのは分かった。それがツボにハマるから身悶えしたし、本気で携帯を買いたくなった(でもマネーがない)。

「このまま一回転してパッタン。そうしたら裏返して、左右の角を中央線に沿って折り、また裏返し、残ってる折れ筋をパッタンします」
「……何かニワトリみたいだ」
「あ、本当ですね。カラ松さんのは赤だから、この部分がトサカみたいです」

ニワトリを作っているわけじゃないらしい。このままでも、顔を描いたらそれっぽくなりそうだが。

また裏返し、蝶々のように中央にある角を潰してと、行程が少し難しくなる。

何を作ってるのかと聞いていなかった。それは完成した時の楽しみに取っておき、彼女が教えるようにそのまま折り続けて、唇に長方形の棒を挟んだような形になって気づく。

「裏返しにして……えっと、カラ松さん。手を出して下さい」


促されるままに右手……と思ったが、あえて左手を出してみる。特に何も考えてないのか、それとも正解だったのか、薬指に未完成の折り紙を当てる。


「セロハンテープで止めて………はい。ハートの指輪の出来上がりです!」

青いハートの指輪が俺の左手の薬指で主張している。

「……真澄。手を出してくれ」
「どうぞ」

当然のように出された左手。細く白い指に、俺が作った未完成の指輪が巻かれて、心を繋ぎ止めようとテープで固定する。

「ということで、ハートの指輪の完成です」
「……まさかニワトリからハートの指輪になるとはな」
「ニワトリに見えるという発見もあって、楽しかったですね!」


て、そうじゃないだろ俺。左手の薬指に紙とはいえペアリング、しかも指輪交換してまさにエンゲージリングじゃないか!

とは言える筈もなく、ニコニコしている彼女にそっと心の奥に仕舞い込む。


「久しぶりに作ってみましたけど、上手く出来て良かったです」
「久しぶりという事は、折り紙の師匠とやらに教わったわけじゃないんだな」
「はい。実はお父さんに教えてもらいました」
「武史さんか」

あの人がよりによってハートの指輪の作り方を教えたその意図が、何となく分かる気がする。親バカとも言えるが、俺もその立場であったら同じ事をするだろう。

「あ……忘れてました。これはお父さんにしか作っちゃいけないんでした」

やはり釘を差していたか。俺もそうすると思う。

「なら俺達だけのシークレットだ」
「……ふふ。お父さんには内緒ですね」

すみません武史さん。未来のファザーに内緒事とは、俺は本当に罪な男……流石は松野カラ松。とても他の者には真似できないクールさを併せ持っているぜ。

「バレたら一緒に怒られて下さいね」
「武史さんは怒るとどうなるんだ?」
「それがですね……見たことないんです」
「まあ、そうだろうな。武史さんが怒ってる所が想像つかない」
「ハッ!名案が思いつきました!」
「今度は何を思いついたんだイタズラガール」
「今度お父さんが来たとき、わざと怒らせてみましょう!」
「……え」


武史さんを怒らせると言っても、その方法さえ思い付かないし、あのタイプは怒らせると一番怖そうだ。想像つかないとは言ったが、ある程度の予想はする。

本当に怒らせたら、笑顔で威圧感を放ち、口で敵を叩きのめすような怒り方をするんじゃないだろうか。手を出すような人とは思えない。きっと、口の方で場を制するだろう。
ただそれは予想に過ぎないし、大事な愛娘には絶対しないとは言える。「もう、ダメじゃないか!」と軽く言う程度だろう。


「わざと怒らせて嫌いになったらどうするんだ」
「……それは考えてませんでした。やっぱり止めましょう」
「それがいい」


そして、愛娘には怒らないが俺に対しては違うだろう。もし怒らせる計画を立てて実行し、武史さんに嫌われたら俺はもれなく面会謝絶対象。真澄と会えなくなる。


「じゃあ今度はカラ松さんが知ってる鶴でも折りながら、話しましょうか」
「それは良いな。今日だけで何匹作れるかチャレンジしてみるか?」
「いいですね!」


とりあえず、このハートのリングは家宝にさせてもらおう。武史さんにバレないように、そしてマイブラザーにも秘密だ。


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