短編

□暗いですね
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放課後になれば教室で駄弁る生徒や部活に行く生徒。あとは帰宅するなり図書室で勉強なりする生徒など様々だ。

ただ、私の場合はちょっと特殊というか…まあ委員会なのだが。

放課後はさっさと帰ってゲームしたり勉強して家で自由に満喫するのが好きな私は、委員会に入るつもりなんて無かった。それが一年生の時に委員入ってない人達で今年は委員を決めるということで…じゃんけんに負けに負けた私がなったのは保健委員。
保健委員は体調の悪い人がいれば保健室に連れて行くのはもちろんだが、放課後に当番制で養護教諭の先生とトイレットペーパーの補充や怪我した生徒の手当て、問診票に記入したりとやる事がある。それだけでも面倒だなぁと思うのだが、この保健委員が人気ない訳がある。

ここの先生…松野一松先生に問題があった。

保健室を利用する事が無かった私は、友達からよく"愛想がない""暗い""やる気無さそう""何考えてるか分からない""怖い"とあまり良くない噂ばかり聞いていた。だからこの保健委員になった時、酷く憂鬱だった。

でも、当番決めの最初の集まりでちょっと噂とは違った印象を受けた。確かに松野先生はやる気無さそうで、顔も少し怖かったけど…説明は丁寧で、チラッと見えてしまったスケジュール帳にはびっしりと予定が書き込まれていた。

真面目な人だと思った。

先生だから真面目なのは当たり前かも知れないけど、それでもちょっと印象が変わって前向きに捉えられるようになった。

そんな私は今週当番になり、初めての保健委員としての活動を始めるために保健室を目指して歩いていた。


コンコンッ

『失礼します。今週から担当する姉崎です』

「…ああ。今日から姉崎が当番か」



保健室の扉を開けると、先生は机の上で何かを書いていた。
…保健だよりかな?

ドアを閉めて先生に近づく。松野先生とこんな距離で話すのは初めてで、すごく緊張する。


『最初は何をすれば良いですか?』

「あー…トイレットペーパーは火木だから、今日はアンケート集計手伝って」

『わかりました』


アンケートはさきほどの帰りのHRで行った朝食の有無や睡眠時間などの生活習慣の調査だ。1、2年生分のアンケートと、手近なA4の紙とペンを渡されて、教室でお馴染みの机で作業してと指示される。それに素直に従って、丸椅子に腰かけて集計していく。


「…」

『…』

「…」

『…』


………無言になってしまった。

変な居心地の悪さに何か話してみようかなと思い先生を見るが、忙しそうにペンを動かしていて話し掛けるのを止めた。

養護教諭って意外にもやる事多いんだな…。先生のやる気無さそうな雰囲気のせいで、誤解してたかも。

先生の知らない一面を見て、少しの興味を持った。



「……さっきからペン止まってるけど、何かある?」

『へ?あ、すみません…養護教諭の先生って意外にも暇じゃないんだなって…思いまして』

「…そ、…そう」


それだけ言って、また先生は目の前の仕事に取りかかった。私も先生に迷惑を掛けないようにと、集計を真面目に取り組んでみる。単純作業は割りと好きな方だ。ただやりだす迄が面倒だと思って渋るだけで、やれば出来る子なのだ。

全校生徒240名の内、二学年160名分の集計が30分程度で終了。集中してたから無言でも気にならなかったので、今は先生何をしてるのかなと顔をそちらに向けると、まだ先生の方は半分残っているアンケートをひたすら集計しては何か他にも書いていた。


『先生。終わりました』

「え、早っ…」

『あの、先生。残りは私がしましょうか?集計の合間に他にもやってたようだったので…』

「……じゃあ…よろしく」

『はい!』


残りを渡されて、先生が使っていたA4の紙に私が書き足していく。そこに書いてある先生の字は、私よりも綺麗でちょっと悔しい。今度もう少し綺麗に書く練習しようかな。


また無言になって、ペンを走らせる音だけが響いていた。


先生が話し掛けて来ないのは忙しいという理由の他に、単に必要無いからとか、親しくないからとか思っているのかな。興味を持った人として、少しは先生のことを知ってみたい。…それに無言のまま、業務内容を話すだけとかこの週をそれで乗り切るのは勿体ない。


『…先生』

「…ん?どうしたの」


思い切って話し掛けてみると、意外と普通に対応してくれるらしい。話し掛けておいて、話題を考えていなかった私は何かないかと先生の周りを見て、気づいた。


『…先生て、猫好きなんですか?』

「え、何で…」

『マグカップに可愛い猫がプリントされていて…そうなのかなって』


コーヒーの入っているマグカップに、女子受けしそうな可愛い猫のプリントが入っていて、もしかしたらそうなのかな?と言ってみた。
あ、しまった。もしかしたら先生の彼女さんからのプレゼントだったりして…。ちょっと選択ミスったかも。


「あー……気持ち悪いと思った?」

『え?何がですか?』

「男がこんな可愛いもの使ってるとか…しかも俺なら尚更似合わないでしょ。猫好きだからって、似合わないのは分かってながら買っちゃったんだよね。…気持ち悪いでしょ」

『別に気持ち悪くないですよ。あ!じゃあ先生知ってる?この校舎に住み着いてるのか猫をよく見かけるんですけど…』

「…知ってる。それ俺の友達だから」

『え!?野良猫を手懐けたんですか』

「………まあ」

『いいなぁ…私にはまだ触らせてくれないんですよ。この前は昼休みにわざわざ猫用のおやつ持ってきてあげて、食べてる隙に撫でようと思ったら逃げられちゃいました』

「…ヒヒッ。残念だったね。どんな猫だったの?」

『えっと白色で…』

「茶色の斑の?」

『そう!それです!』

「…少しずつ構ってあげたら、その内警戒しなくなるよ。人間が怖いだけ」

『先生にはなついてるのに?』

「俺だって最初は警戒されたよ。でも、ご飯あげてる内に撫でさせてもらえるようになったから…」


…松野先生、猫の話になるとよく話してくれる。
その話をしている時の表情は優しく、いつもの眉間に皺を寄せた顔や、やる気の無さそうな顔じゃなくて、噂とは存外宛にならない。

不器用ってこういう人に使うのか。

それにしても彼女からではなく、自分で買ったということに、どんな顔して買ったんだろうとか、店員さんにプレゼント用ですとか言ったのかと想像して、面白くて少し笑ってしまった。

「…あ」

コホンと咳払いをして、先生は早く集計やってと会話を切り上げてしまった。
いつの間にか集計する手を止めていて、話しながらだと進まないよねと一旦元の仕事に集中をはじめる。

アンケート集計を完了させて時間を見れば、4時半を少し過ぎた頃。保健委員の活動時間は5時で終わり。あとは自分の意思で残るなり帰るなりするのだが、大抵は帰ってしまうのだろう。

アンケート結果をパソコンで打っている先生の傍ら、先生の指示で私は保健室の床を箒で掃いて掃除をして、5時になると先生もお疲れ様と言って今日の活動に終わりを告げる。この様子から今までに残った生徒なんて居なさそう。

『…先生。下校時間まであと一時間あるので、何か手伝えることありませんか?』

「え。いや帰っていいよ…君も帰りたいでしょ。いつも直ぐに家に帰っ…」

『?』

「何でもない。それに遅いと親御さん心配するでしょ……早く帰りなさい」


『……わかりました』


先生なりに気を使っているのだろう。お母さんには委員会で遅くなったと言えばそれで済むのに…PTAが怖いし面倒な事になったら嫌か。浅はかな私に気づいて帰りの支度…といっても鞄を持つだけ。

ふと夕暮れになって暗くなった保健室に、明かりをつけようかなと先生に声を掛ける。


『先生、暗いですね』

「……知ってる」


何故か機嫌悪そうにいつもより眉間に皺を寄せて此方を見る先生に、何でそんな顔をするの?と疑問が浮かぶ。


「暗いなんてよく言われてるけど、ハッキリ正面から言われると俺も少し参る」

『…んん?』

「自覚してるけど…お前も他と同じかよ」


ガッカリした失望の混じった声に、何で電気を付けるかだけでそんな風に言われたのか分からない。



『あの、暗くなってきたから電気を付けないかっていう…話しなんですけど』

「え」


途端に先生の表情が呆気に取られたあと、真っ赤になって慌てだした。


「え、ハア!?そう言うこと!?」

『えっと、どういう…』

「…ごめん。今はちょっと話し掛けないで。最悪俺の心臓が止まる」

『ええ!?』


なんで!?と今度は此方が驚く番だった。松野先生はずっとあー…とか、うぅー…とデスクに顔を押し付けて唸っていて、本当に具合悪くなったんじゃないかって心配になった。話し掛けないでって言われたから、肩を少し叩いてみると、ビクリと跳ねさせて椅子からずり落ちてしまい、これまた驚く。


『松野先生!大丈夫ですか!?』

「…無理。死ぬ。いっそ殺せ」

『本当にどうしたんですか?具合悪いなら、他の先生に伝えてきますよ!』

「具合悪いんじゃなくて…あー……とりあえず今は放っておいて。明日には元通りだから」


大丈夫だからと繰り返す先生に、そうですか…と引き下がった。

外は先ほどよりも赤みを増して、もうすぐ日が沈んでいく。本題の電気を付けますか?という問いに、先生は自分で付けるからもう帰りなさいと、白衣のシワを伸ばしながら立ちあがって答えた。

今日だけで先生の印象がガラッと変わったなと思う。少しだけ今後が楽しみになった。


『それじゃあ、また明日です!』

「…ん。また明日」


保健室のドアを開けて、出ていく前にもう一度先生の方を振り向くと、目があった。


『…松野先生て、可愛いですね』

「…は、?」


猫に優しかったり、意味不明なところもあるけど面白かったり、真面目に仕事してたり、不器用な所を見て総合的に一番似合うのが"可愛い"という言葉だった。大人の男の人にいう言葉じゃないけど、ボキャブラリーが少ない私にはこれしか思いつかなくて、つい言ってしまった。

それじゃあと小さく手を挙げて、保健室の扉を閉めた。


あ!今度から先生を連れていって猫を撫でさせてもらおう!


夕暮れも徐々に夕闇に変わっていく様を感じながら、また明日の委員会が楽しみでしかたなかった。









先生、暗いですね



(そうだ!放課後じゃなくて、昼休みにでも先生誘ってみよう!)
(かわ、可愛いって…!)


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