短編

□カリレジェとは
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カリスマ【ドイツ語:Charisma】
一般的には、特定の人物に宿る特別な能力や資質をあらわす概念である。とりわけ、人々を引きつけたり信服させるある種の人格上の特質や魅力を指す。

レジェンド【英語:legend】
語源はラテン語で「読まれるべきもの」で、日本語の場合はほぼ「伝説」という意である。


では目の前のこいつはどうだろうか?




「ねぇ真澄〜。カリスマレジェンドなお兄ちゃんに構って!」

『おそ松うるさい。テレビ見てるの分かんない?私は貴重な休日を録り溜めたドラマで消化するつもりなの。帰れ』

「ヒデェ!?真澄なら構ってくれると思って来たのにそれはないだろ!」

『知らないよ』


図々しくも私の家に上がり込んで、勝手に冷蔵庫にあったオレンジジュースを持ってきて(ビールないのかよという言葉は聞こえなかった)入り浸っている彼とは高校時代からの付き合いだ。
しかし甘い関係なんてものは無くて、どちらも普通の友人程度。家が近いということもあって、普通よりはもう少し親しい関係であろうか。

そんな彼は私の至福の時を邪魔をしてくるので、大人しくと言った30分前の約束は忘れたのかと、冷たい視線を投げ掛ける。


『カリスマレジェンドのお兄ちゃんなら、私の言うこと聞いて帰ってくれるよね?』

「家に帰っても皆出掛けてて暇なんだよ」

『いつものようにパチンコか競馬行けば?』

「真澄が軍資金くれるなら行くわー」

『つまり金もないと。働けニート』

「カリレジェの俺にはいつかビックになるチャンスが来るから必要ねぇーの!」


先程から俺はカリスマレジェンドと宣っている彼は、私の目から見たら…いや世間から見てもそんな大それた人に見えない。

金をあの手この手で奪いとって、口の上手さを生かしては騙して丸め込み、可愛い女の子には兄弟で血を見るような争いを起こし、一生遊んで暮らしたい!というクズの頂点に立つような男だ。

でもカリレジェとこいつの口から出てくるのは間違いだと思いつつ、時おり見せてくるあのお兄ちゃん力は確かにカリスマ性を秘めているとは思う。そんな不思議と魅力のある、人を惹き付ける彼だから私たちの関係はずっと続いているのだ。


だけど奴はやっぱりお粗末な頭をしてるから、ソファーでクッションを抱き締めてテレビを見てる私に、床に座ってソファーを背もたれにしている斜め下の彼は禁忌を犯した。


「というか、このドラマつまんなくね?最後は失踪した父親がラスボスで、主人公が手錠かけて逮捕エンドで終わんだぜ」

『何で言っちゃうかな?オチを言うとか楽しんで見ている本人の前で言うこと?死ね』

「楽しんで見てる奴の顔じゃないじゃん」

『誰かさんのせいでこんな顔をしてるんですが?』


薄々このドラマのオチは中盤から見えていた。しかし、最後はどんな結果になるのか分からないから楽しみに見ていたのに、もうこのドラマは見る気が失せてしまった。

停止ボタンを押して、テレビを今やっているニュース番組に変えると、彼は嬉々としてニヤニヤとした笑みで私の横に座り直し、肩に腕を回すのだ。

それを鬱陶しそうに払い除けて、クッションを奴の胸に押しつけて立ち上がる。焦ったような声を出して「どこ行くの?」と。
……そんな寂しそうな顔しなくても、別にどこも行かないよ。


『おそ松、朝ごはんいつ食べたの?』

「え?あー…12時くらい」

『今日はまた遅いね。昼じゃん』

「あいつら俺を起こしていかなかったんだぜ?酷くない?しかも母さんも居なくてさ、カップラーメンで済ませてきた」


ちらりと部屋に掛けられた時計の針が示すものを見れば、14時半くらいである。ちょっと早いけど、おやつタイムと行こうかとキッチンに立つと、彼も後ろから付いてくる。


「何か作ってくれんの?!」

『カップラーメンだけじゃお腹膨れてないでしょ。ホットケーキでいい?』

「マジで!?じゃあバター乗っけて、メープルたっぷりの奴な!」

『はいはい』


嬉しそうに子供のように笑うそれも、彼の魅力の一つかもしれない。

私は昼を食べてからあまり時間が経ってないから一枚だけ。おそ松のは三段にして、この前テレビで見た"お絵かきホットケーキ"というもので彼らのトレンドマークである松模様でも入れてやろう。失敗したら私のにすればいい。

ソファーで待っててと彼に言って、冷蔵庫や棚から必要な材料を出していく。
ボウルに私にしては珍しく量った材料を順番に入れて、空気をかき混ぜていき、熱したフライパンに薄く油を引いたら松マークに薄く液を垂らして焼き、あとは高めの所から生地を落としていつも通りにホットケーキを作る。

ビニール袋に入れて描くのは面倒だから、スプーンで描いたがなかなかだ。


『(よし。上手く描けたな。膨らみも上々)』

「……なあ」

『んー?』


ソファーに座らず、壁に持たれて此方を見ていたらしい彼に何?と聞くと、やっぱり何でもないとソファーの所にある、飲みかけのオレンジジュースを大人しく飲み始めた。


流石にホットケーキを作ってる時は構えないよ?と思って首を傾げるが、まあいいやとフライパンの中のものをひっくり返した。


『あ。おそ松ちょっと』

「!。なになに〜?」


呼べばどこか機嫌良さそうに、私の声に応えて来てくれる。いつもは面倒くさそうにするのに、今日は弟達に置いてかれたのが堪えてるっぽい。


『皿出してくれない?』

「おう!……これでいい?」

『うん。二枚持ってきてね』

「わかってるよ」


皿を持ってきた彼にありがとうとお礼を言ったら、少し照れくさそうに鼻の下を擦って、そのあと得意気にまたカリレジェの俺にどんどん頼ってもいいんだぜ?と調子に乗ったので、じゃあ働けと言えば「それとこれは別!」と言われてしまった。まあ知ってた。


「つかホットケーキに松マーク入ってる!お前こんなこと出来たのかよ」

『この前テレビでやってたの。案外簡単に出来ちゃって私も驚いた』

「真澄って割りと器用だよな。料理も失敗ていう失敗しねぇし」

『味が微妙な時はあるけど、焦がすとかはあんま無いなぁ…』


綺麗な松マークのホットケーキも出来た事だし、後は普通に焼いちゃおう。隣から動かなくなった彼は興味深そうに私の手元を見るが、松マークをもう作らないと分かるとつまんなそうに口をすぼめてしまう。


『いちいちやってたら冷めちゃうでしょ。バター乗っけるなら尚更ね』

「ちぇー……ん?何枚作る気?」

『私が一枚で、おそ松は三段。足りなかったらまた焼いてあげる』

「その松は誰の?」

『おそ松のだよ。失敗したら私のになってたけど、上手くできたので』

「お前の分も作ればいいじゃん」

『んー…特別っぽくて良くない?』

「特別…ね。うん、いいなソレ」

『でしょ』

「特別ってやつさ、カリスマレジェンドな俺にピッタリっしょ?」

『…ソウデスネ』

「あ!全っ然そう思ってねぇだろ!?傷ついた!俺のせんざい?な心を傷つけたよ!?」

『繊細ね。いっそのこと洗剤で心を洗って職につきなさいよ』


漫才みたいな事を言い合ってる内に、ホットケーキはポンポン出来て、松マークの奴を上にしてバターをナイフで切ってのせ、メープルを彼にお好きなように掛けて下さいなと渡してやる。フォークとナイフの場所は知ってるからそんな心配はしないで自分の分を焼く。

私の分のホットケーキも出来て、皿にのせて振り返れば、ソファーのローテーブルで大人しく待ってる彼は、変な所で待てをする奴だった。


『冷めるよ?』

「別に気にしないし。やっぱ一緒に食いたいじゃん?」


ああ。一人で先に食べるのが嫌だったのか。
本当に寂しがりなお兄ちゃんですこと。

待てをした理由が彼らしいもので、別に珍しいものでは無かったことに謎の安心感を覚えた。


「んじゃ、いっただっきまーす!」

『いたただきます』


手を合わせて頂きますをするおそ松に、松代さんの教育は日常的なこんな場面で、彼に律儀な面を見させてくれる。
悪い奴じゃないし、口も上手いのに、デリカシーは足りないが働けばそれこそカリスマレジェンドになる素質が開花するだろうに。

勿体ない話である。


「うっま!やっぱバターのっけてメープルのコンボはヤバいわぁ」

『だね』


ホットケーキに舌鼓を打ち、彼の輝かしい横顔を見る。本当に美味しそうに食べてくれる彼に、一緒に食べて良かったと思わせてくれる魔法が私に掛かって、いつも一人で食べるものより美味しいと顔を綻ばせる。

あれ?これってかなりカリレジェ発揮してんじゃないか。


「ん。」

『ん?』

「俺から真澄ちゃんに、特別を分けてやるよ」


差し出された松マークの入ったホットケーキを一口分。フォークに刺さったそれを私の口に近づけて笑う彼に誘われて、自然とそれをパクリと食べてしまう。中身はおんなじなのにね。特別とは面白い。


『うん。美味しい』

「だろ?真澄も俺にあーんしてよ」

『わかった…はい。あーん』


お返しにしてやれば彼は…ほら。私には眩しいくらいの笑顔が倍になって返ってくるのだ。

私は彼の友達をやめることが出来ないだろう。それどころか彼の魅力を知ればクズな所さえも愛嬌で、松代さんの気持ちが少し分かってしまう。


『…カリレジェですねぇ、おそ松くんは』

「今更知ったの?昔から俺はカリスマレジェンドだぜ!人間国宝級のな!」


カリレジェとは特別である



((本当に働きさえすれば完璧なのにね))
((カリレジェの俺は気付いてくれる癖に、俺の"特別"は気づかないんだもんなぁ…))


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