短編

□しょっぱい
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女の子は砂糖菓子で出来てるなんて、どっかのリア充が言ったけど、僕は逆だ。

塩だ。塩の塊なんだ。



「ごめんね!僕が悪かったから許してよ!」

『許す?許すって何?別にいいんじゃないかな…。私とトド松くんは他人でしょ?』

「いや彼氏彼女だからね!?」


目の前で怒っている子は紛ごうことなく僕の彼女、真澄ちゃんだ。あの最底辺カースト地獄から救ってくれた彼女が、今までで一番怒っている。



『私が彼女?…そんな事言うんだ』

「だからあれは…その、」





実は僕の兄達が「彼女が出来たのだから、次は俺達の番だよな!」と、合コンのセッティングを迫られ、渋々それを開催したことから事件は起こった。

そこに来る予定の子達には僕が彼女持ちであることを伝えてあった。しかし、風邪を引いたとかで代理で来た子が一人いて、持ち前のトーク術で盛り上げてたら話が合い、連絡先を交換した。

それだけなら良かった。

僕が彼女持ちであることを言ってなかったと気付き、それを先日伝えたところ、その子は一回だけ一緒に出掛けて!と言った。
何で?と理由を聞けば、カップルでないと入れないイベントがあるらしく、そこのゆるキャラグッズが欲しいとの事。まあ一回だけならいいかとそのイベントに出掛けた訳だ。


そして事件は起こった。


イベントが終わり、公園のベンチで何となしに自販機で買った飲み物を飲んでいた時だ。


「トッティあのね…私、好きなの」


鈍くない僕はこの意味が分かった。

告白されたのだ。

前の僕ならそれはもう大喜びしていただろう。だけど、今は真澄ちゃんがいる。僕らしくないけど、大事にしているんだ。だから、もちろん断った。断ったんだけど…


「トッティってニートだよね?その事彼女さんに言ったことある?」

「え、あ…それは…」


実はまだ言ってなかった。

真澄ちゃんと出会ったのは今でも悪夢に出てくるスタバァでだ。スタバァで働いていたら、近場に会社があるから帰りや昼休憩でちょくちょく会い、そして何となく話したら続いて、仲良くなった。スタバァを止めてからも、大学が忙しくなってと嘘をついてその話題を避けて連絡しあって、何回か出掛けて…そうして彼女から告白されて付き合い始めた。


「私、ニートでも気にしないよ?」

「でも…僕は真澄ちゃんが好きで」

「本当の事を言ってないのに、それって好きっていうのかな?」


痛いところを突かれて、僕は口を閉じてしまった。



『…トド松くん?』

「あ」


会社帰りの真澄ちゃんがタイミング悪く通ってしまったんだ。


『…友達?』

「え、あ…もちろん!友達だよ!」

『そうなんだ。こんにちは』

「……トッティの彼女さん?」

『あ、はい。そうです』

「へぇ…トッティに本当の事も聞かされていない癖に、平気で彼女面してるんだ」

『…はい?』

「ちょっと!何を言って…」


ほらね。女は塩の塊なんだ。


「私、トッティの事が好きなの。彼の本当の事も知らない貴女に負けないわ」

「ちょっと黙って!真澄ちゃん、この子の言うことは気にしないで…」

『本当の事って…なに?』


真澄ちゃんに見詰められて、僕は言うか言わないかの選択を求められた。だけど、その迷いがいけなくて、真澄ちゃんは『そう…』と呟いたあと、走り去ってしまった。

追いかけようにも、本当のことを言う覚悟のない僕の足は動かなかった。


「ほらね。彼女さんもトッティを受け止めるほどの度量がないんだよ。だから私に、」

「もう聞きたくない。」

「…?」

「君の言葉は聞きたくない。もう話し掛けてこないで」

「え…ご、ごめんトッティ!私は、ただトッティの事が好きで…だから何も知らない彼女さんに渡したくなくて!」

「何それ…僕がいつ君のものになったわけ?」

「え。あ……」

「……ごめんね。君の気持ちには応えられない」



ほら塩だよ。女の子は塩なんだ。

好きだと言ってくれたあの子も。
走り去った真澄ちゃんも。

僕の傷に塩を塗り込むんだ。



その子とはその場で連絡先を削除してもう会わないと、昔の僕では考えられないほどに女の子に対して冷たい態度だった。


その日は一度家に帰って頭を冷やし、真澄ちゃんに連絡したけど既読が付かなくて、電話もしたが電源を切ってるようだった。


そして、休みだって言っていた今日、真澄ちゃんに謝ろうと思って彼女の家に来た。

追い返されるかもと思ったけど、無言でドアを開けてくれて、上がらせてもらえた。

だけど冒頭のように僕は上部しか謝れなくて、まだ言い出せずにいる。



『…もう…やめようか。付き合うの』

「!」

『本当の事を言ってくれないんだから…私の信用が足りないんじゃ、もうトド松くんとはやって行けないよ』

「真澄ちゃんが信用出来ないわけじゃないよ!これは…僕自身の問題で」



別れるなんて言って欲しくなかった。でも、僕のちっぽけなプライドと失望される事の怖さが邪魔をする。


どうしよう…!真澄ちゃんがすごく怒ってる。別れたくない!けど、言ったら同じ結果になるかもしれない。どうしたら…

そんな事ばかりが頭を何回も駆け回る。


「…僕は……別れたくない」

『…』

「だから別れよう何て言わないで。僕は…真澄ちゃんが好きなんだ」




『………ありがとう』




許してもらえた!と、俯きがちだった顔を上げると、彼女は涙を流していて、許しの意味では無かったことに気付いた。


傷ついたんだ。

僕が傷つけてしまった塩の雫は、彼女の頬を滑り落ちていく。


『…今まで…ありがとう。いつも元気付けてくれて、気遣ってくれて…私は幸せだったよ』

『何でも話せないというのは分かるんだ。それは私だってある……それでも。あの子が知っていて、私が知らないっていうのは…嫌だった。こんな嫉妬深い私がトド松くんの彼女とか無理だよ』

『私は…わた、しは……トド松くんの事、好きだから…、どうしても……言って欲しかった……っ!』


ポロポロと溢れるそれは、塩の粒だ。彼女の悲しみが詰まった塩の粒。

「…」

それを指で掬いとり、舐めると確かにしょっぱい。そんな事をしたから驚いて真澄ちゃんは一度涙を止めた。


あんな言葉を受けて、2度目の告白を貰っちゃったら…フラれてもいいじゃないか。



「あのね…僕、大学生じゃないんだ」

『…え』

「本当はニート…なんだ」


ポカンとした彼女の顔を見ると気が抜けて、心の支えがとれてしまった。


「彼女を作りたくて、嘘ついて慶応の大学生の体でスタバァで働いてたんだ。そこで働いている女の子に嘘の肩書きで合コンに誘われるだろうって計画してたら…気になるお客さんが出来た」

昼休憩だろう12時半くらいや、帰りだろう夕方頃。いつも寄ってるし、店員の皆とも面識合ったから、ずっと前から来ている常連さん何だって分かった。


だけどあの日に変わった。


「あの日、落ち込んでるような元気のない君に、コーヒーカップに"元気だして"ってメッセージを書いたら笑顔になって、僕の方が嬉しくなった」

『…』

「それから連絡先を聞いて、少しずつ話して、バイトも止めたあともずっと連絡して、出掛けるようにもなって…君から告白されたとき、僕は情けないけど泣きそうになるくらいには好きになってた」


ソッと彼女の手を両手で握って、潤んだ瞳と向かい合う。


「ずっと黙っててごめんね。でも、僕がニートだって言ったら…真澄ちゃんにフラれるかもって怖くて…言い出せなかった」


今もカタカタと手が震えて、君からの言葉を聞くのが怖い。それでも君には信用してもらいたくて、嫌われたくないけど僕の本当の事を伝えたくて、言い切った。




『……なんだ。そんな事だったんだ』

「……そんな事?」


一大決心が"そんな事"で済まされて、僕のあの葛藤はなんだったんだと少し怒りを覚える。

だけど、そんな事って……どういう意味?期待しちゃうんだけど。


『ニートだって事ぐらい、気づいてたよ』

「え、何で!?」

『だって忙しくてバイト辞めたにしては遊びに行く事が多かったし、都合良く私の休みに合わせて出掛けられるなんて…流石におかしいなって思うよ』

「…確かに」


頻度は少な目に気を付けていた筈だけど、慶応の学生にしてはやはりおかしいと思う節を与えていた。

ということは…ニートだって気付いていたのにも関わらず、何も聞かないで接していたの?それはそれで、君も何で言わなかったの?


『確信は持てなかったし、トド松くんに真正面からニートなの?って聞いたら誤魔化されると思って言わなかったの』


うん。正解だ。僕がここまで隠してきた事を、素直に頷いて答えるわけがない。


「…早くに言えば良かった」

『私も聞けば良かったね』



涙が枯れて塩が出尽くした彼女は笑顔の可愛い、いつもの真澄ちゃんに戻っていた。


「僕は真澄ちゃんが好きなんだけど…これからも僕の隣にいてくれる?」

『…うん。トド松くんがニートでも、私は好きなんだってこと忘れないでね』





しょっぱい後は甘い



(砂糖菓子って、こういう事を言うんだろうね)
(どういう意味?)
(んー…秘密かな)


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