短編

□一年後の約束
1ページ/1ページ



『お邪魔しまーす』

松野家にお邪魔した昼下がり。今日はお歳暮で余ったお菓子や洗剤等、松代さんに渡してきてと母に頼まれてここに来た。親戚が多いうちはお歳暮も多い。三人家族である私達だけで消化するのは難しい問題があった。
母と松代さんは学生時代からの友達で、近所ともあって仲が良い。そうなると自然に松野家と関わりを持つことになった私は所謂、幼馴染となる。

松代さんが居ないのは返事がないのでわかった。じゃあ今日は誰も居ないのかとか、そういう訳ではない。玄関の鍵が開いているのだから、誰かしら居るのだろう。

予想通り、居間ではチョロ松が1人、読んでいるかも分からない求人雑誌片手に炬燵で暖をとっていた。


「いらっしゃい。それなに?」

『お歳暮のやつ』

「ああ毎年のね。今回もお菓子送られて来たんでしょ?」

『うん。焼き菓子のセットと、三好叔母さん厳選のチョコパウンドケーキ持ってきた』

「なにそれ美味そう」


炬燵から出たくなくて返事をしなかったのだろう。相手が私だと分かっているからだけど、ちょっとくらい出てくれてもいいんじゃないかな?

お菓子と洗剤等は松代さんが帰って来た時にでも仕分けてもらおうと、台所の目立つ所に置いた。メモも入ってるし、松代さんに直接言わなくてもすぐに分かってくれるだろう。

ここに来るまでに冷えてしまった体を暖めてからこの家を出ていこうと決め、少しだけ炬燵に入らせてもらう。いつもの事だし、今はチョロ松1人だけだから場所取り合戦は行われない。
チョロ松の向かいに腰を下ろして、炬燵に入った。


『他のみんなは?』

「あいつらはいつも通りパチと逆ナンに猫と野球。トド松は映画観に行くとか言ってた」

『本当に今はチョロ松だけなんだ』

「そうだね」


お菓子は後で松代さんが監視のもと食べてねと言えば「6人で分け合うって面倒だよな」とご両親の分が入ってないのが毎度甘やかされている証拠だと思う。家族8人でしょ、そこは。


『…そういえばクリスマスなんだけど』

「何?まさか真澄までリア充の仲間入りしたとか言わないよな!?」

『言わないよ。ただ24、25日とも仕事だから、今年は一緒にパーティーとか出来ないよってこと』

「それはそれで俺達にとっては死活問題なんだけど!?野郎だけでこの日を過ごせと言うのかお前は!鬼畜!」

『毎年トト子の所にお邪魔してんじゃん。短い間かも知れないけど、女の子と過ごしてるし良くない?』

「良くない!確かにトト子ちゃんに会えただけでその日1日はハッピーだと言えるかもしれない。でも、クリスマスは特別なんだよ。町中に溢れかえるほどのリア充オーラに俺達は何度、身体が腐りそうになったか分かるか?お前が来て、ぼっち同士傷の舐め合いして過ごすからギリッギリの所で、保てているんだぞ」

『ぼっち同士の傷の舐め合い、ね。ふーん…そんな風に思ってたんだ。まあ分かってたけど』


気持ちは分かるけど、私がなんで彼氏も作らずに、今まで皆と一緒に過ごしてきたのか分かってない。
乙女心を理解してなんて、この男に言っても無駄なんだろう。

急に私が不機嫌な声を出したから、チョロ松はそこを指摘してくる。不機嫌な訳じゃないんだよ。ただ、この輪から抜け出す勇気が私に無いだけ。

『…彼氏は一生作れないかも』

ペタりと机に頬を付け、何となくテレビの電源を入れさせてもらう。ニュース番組では子供達のクリスマスグッズ制作特集を取り上げていて、一生懸命に糊や鋏を使う子供の姿をボーッと見る。

「…急にどうしたんだよ」

『んー……何となく。私も君達に毒されているなぁと思ってね』

「毒されてるって表現酷いな」


みんなと家族ぐるみでの付き合いが長いせいで、毒されたに決まってる。もし関わりがなかったら彼氏だって出来たかもしれないし、早く諦められたんだ。


「……じゃあ、あと一年。彼氏が出来なかったら僕と…付き合うのは」

どう、かな…と段々語尾が小さくなっていくそれに、私の心臓はギュッと痛くなる。


『同情は結構ですー。それにチョロ松が好きなのはトト子ちゃんでしょ。そんなので彼氏彼女の関係になったって、続くわけない』


一途とは重い。重いけど、私はそれを捨てられない。好きになった時から、ずっと、積み重ねて捨てきれないほど大きく育ったそれは、もう吐き出せなくなってしまった。

チョロ松が黙り込んでしまい、彼のプライドを傷つけたとは思ったが、私が言った言葉に嘘はないのでフォローする気もない。
身体も十分温まらせてもらったし、用件も伝えたからもういいだろう。この空間は…居ずらい。


『じゃあ帰るね。みんなと仲良く食べて』
「好きなら続くと…僕は思うけど」

よっこいせと立ち上がったところで、彼から好きなら続くという言葉を頂いた。

『え?あ、まあ…好きなら続くとは思うけど』

「うん。そうだよな」

『う、うん?そうだね?』


何だかよく分からなくなってきた。チョロ松の思考はたまにライジングして、1人で納得しちゃうから理解出来ない時がある。

チョロ松も立ち上がり、珍しく見送りでもしてくれるのかなと思ったら、私の正面に来て…抱き締めた。

普通なら軽口でカラ松の真似は止めた方が良いよとか、どんだけ女の子に触れたいんだとか言えたけど、さっきまで考えていた事が頭の中で爆発してしまい、思考を奪う。


『…え、あの………え?なにこれ』

「真澄はさ。僕らに一番親しい女の子で、ダメな所も知ってるのに、いつも仲良くしてくれるとても良い奴だって思ってる」

『あ、ありがとう…?』

「でも、僕はそんな真澄が嫌いだ」

いや、どっち?

彼の行動と言動のせいでますます混乱して、私の心臓は早鐘を打った。


「おそ松兄さんに構うのも、カラ松のイタい所を受け入れるのも、一松と猫と一緒に遊ぶのも、十四松の野球に付き合うのも、トド松と何処かに出掛けるのも…全部嫌だった」


「真澄」と耳元で呼ばれて背筋がぞくりと震える。


「あと一年…彼氏作んないで。俺がお前を養えるまで、もう少し待ってよ」


それは…つまり?

無言で抱き締める力が強くなり、自覚するとこれほど恥ずかしい事はない。この抱き締められている状態も、チョロ松に告白紛いの事をされたことも、トト子ちゃんではなく、私が好きということ全てが恥ずかしくて逃げ出したい。

でも…養えるようになったらって、付き合うのすっ飛ばしてプロポーズみたいなんだけど…。

野暮なツッコミを入れるんじゃないと、誰かに言われた気がして口に出すことは止めた。しかし、これはどう返事をしたら良いのだろう。とりあえずわかったと言えばいいのだろうか?

『あの…』

「ただいまー!」
「いま帰ったぜブラザー」
「ほんっとうに面白かったんだよ一松兄さん!だから今度もう一回見たいから付き合ってよ」
「…いいよ」
「トッティ僕も行きたい!」
「十四松兄さんも行こっか!」
「何それ、お兄ちゃんも行きたい!」

騒がしい玄関に私はこの状況はヤバい!とチョロ松の服を少し引っ張って『離して』と言った。なのにちっとも離してくれないから居間の襖が開いてしまい、私と五人の松は目を合わせる羽目になった。

「チョロ松…何してんの?」

こういう時、おそ松が率先して聞いてくる。

「…真澄を抱き締めてる」

「いや見りゃ分かるからな!?真澄も大人しく抱き締められてるし合意!?合意なの!?」

『え、あ…もう私も何が何だかんだ…』

「あーあ。とうとうチョロ松兄さん爆発しちゃったんだ」

「チョロ松兄さん爆発!?何それやっべーね!」

「良かったねチョロ松兄さん。真澄の奴に嫌がられてなくて」

「え…え……?」


何で離してくれないんだ?と彼の顔を見ようとしても、肩に埋めているせいで見ることが叶わない。だけど赤くなっている耳は見えて、チョロ松も私と同じ気持ちなのかもしれないと思ったら、暫くこのままでも良いかなと愛しくなった。

『チョロ松…このままだと皆に誤解されるけど、いいの?』

「…いいよ。真澄からクズ虫が寄らなくなるなら、それでいい」

「クズ虫ってなんの事?」

「おそ松兄さん。それ多分僕らの事だよ」

「はあ!?おい、クズ虫って何だよ!」

「……チョロ松は真澄にラヴだった?」

「空っぽ松兄さんでも気付いたか。チョロ松兄さん、結構前から意識してたよ」


何それ。私、全然分かんなかったんけど。


「真澄」

『え!?あ、はい!なんでしょう…』


肩から漸く顔を離したチョロ松はめちゃくちゃ赤かった。そこの赤いパーカーと同じくらいには赤くて、本当に爆発しちゃうんじゃないだろうか。


「返事…欲しいんだけど」

「え!?告白してたの!?」

「うっさい!外野は黙ってろ!………あ。ご、ごめん…本当は僕の理想通りの告白とか考えてたけど、もう後戻り出来ないからこんな形になちゃって…。でも返事は欲しいから、えっと…」


彼も他の五人が来たことでいっぱいいっぱいになったんだろう。只でさえ告白みたいな事を言ったから、そりゃあ緊張を通り越して頭真っ白なんじゃないかな。

私の返事なんて、最初から決まってる。この大きくなったもの全部を吐き出して、そして彼の言う一年を待とうかな。

『彼氏作んないで一年待つよ』

((どういう返事!?))

「ほ、本当に!?」

((しかも合ってんのかよ!どういう告白したんだお前は!))

『うん。でもね。肝心な事言ってないよ、チョロ松』

「え?」


ここが彼がポンコツと言われる所だ。何でここまで言っておいて、それが言えないのかな。



『好きだよ、チョロ松。だから一年後にチョロ松の理想の告白、聞かせてね』



一年後の約束は貴方の告白



(うぁ……う、うん…頑張ります)
(うん。楽しみに待ってるね)
(いや待って!?それでいいの!?)

.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ