短編
□kissさせて
1ページ/1ページ
「kiss…それは甘美な果実。俺はまだそれを味わった事がない」
『へぇ…そうなんだ』
「俺はその禁断の果実を一度でいい…溺れてみたいんだ」
『味わいたいのか溺れたいのか分からない。簡潔に』
「キスさせて下さい!」
『トト子に頼め』
いきなりカラ松が会いたいと、受話器から切羽詰まった声色に故に、松野家に足を運んだ。
今日はカラ松以外みんな出掛けていて、何か家族には言えない、相談したい事があるのだろうか?そんな不安を抱えて二階に上がり、六つ子部屋で二人向かい合って正座をしたら、まさかの「キスをさせてくれ!(土下座)」である。
ふざけんな。心配してきた私に対する仕打ちがコレか。
「トト子ちゃんに言っても断られるだけだろう?」
『それで何で私が断らないという自信が出たんだ。アホか』
「フッ。真澄は頼まれたら断れない姉御肌なのは知っているぜ」
『それとこれとでは話が違うからな。キスするわけないだろ』
「何故だ!?」
『お前の思考回路のほうが疑問だわ!』
頭が痛い…。
悩みが解決したという事で、私は帰ると言えば目に見えて慌てるカラ松。まだ悩み解決してない!とかの声は気のせいだ。
はい帰ろうと、立ち上がろうとする前にカラ松がそうはさせないとある一言に体は止まる。
「〜っ、ファーストキスはお前がいい!」
『……は?』
「だからキスさせて下さい!」
『……いやいやいや!意味わからん!』
止まってしまうのは必然だろう。
「頼む!俺は…俺は…真澄じゃないと嫌なんだ!」
『だから!意味がわからない!何でファーストキスは私が良いの!?トト子の事が好きなのに、何で私なのよ!』
「………あれ?そういえば何でだ?」
あれだけ駄々っ子のように叫んでいたのに、トト子が好きというキーワードによってこの部屋は静けさをもたらした。
カラ松は…いや、カラ松を含めた松野兄弟6人は童貞である。本人達がそう言っているのだが、多分本当の事なのだろう。2X才となった今、30才になる前にどうしても童貞を捨てたい一心で、色々とこの兄弟はやらかしてきている。レンタル彼女事件しかり、フラワー事件しかりだ。
風俗に行けばいいとは言わない。ただ、好きな人がいるのだからこう言った事をするのは良くないと私は思うのだ。
『トト子が好きなら一途でいなさいよ。カラ松がニート卒業して、トト子にアタックすれば可能性は無くはないんだから』
「……」
『それにさ、自暴自棄になって好きでもない人にするのは間違ってると思うよ』
「……」
『あの…カラ松?』
人の話を聞かない時は多々あるが、こんなにも静かだと心配になってくる。
『カラ松。どうかし─』
「そうか!分かったぞ!」
え、何が分かったんだとカラ松を凝視してると、私の頭と背中に手が回り
─引っ張られる
「んっ…」
一瞬だったけど、確かに触れた熱に思考を奪われる。
「なるほど……やはり俺は真澄が好きだったのか。通りで真澄を見るとキスをしたくなるし、胸も痛くて苦しくなるときもあるわけだ」
そうかそうかと、目の前で納得したように笑顔を見せている。
なにが「そうか」何だろうか。
回された手は今は顎に手を当てて、自分では格好いいつもりのポーズで固定されている。私といえばそのまま呆然と座っている。
いや、しっかりするんだ私!
『な、何してくれんのよ!』
「ん?」
『ん?じゃない!それに、わ、私が好きとか、だからって先に許可なくキスするとか、バカ!こんのサイコパス!』
「す、すまない…?」
何で分かってないのに謝るんだこの男は!そんな謝罪じゃなくて、ぁああああああああ!だからサイコパスなんて言われるのよ!
顔が熱いのは不意討ちされたからだ。こんなサイコパスと付き合っていたら、私はいろいろとツッコミ疲れで心労故に倒れてしまう。
「…嫌だったか?」
『嫌とか思う前に離れたから分からないよ。というか、もう頭がごっちゃで』
「もう一度すれば分かるんじゃないか?」
そうやって嬉々として同じ事をしようと顔を近付けたので、慌てて手を口に当てて塞ぐ。
「キスできないんだが…」
『……イヤだ』
「え、イヤ!?」
頭がごちゃごちゃでも、これだけはダメだ。私が冷静な判断をする前に流されてしまっては、相手の思うつぼになる。
「禁断の果実に2度目は無し…か」
カラ松は苦い表情で離れた。そんな顔をさせたのは私だけど、私としてもちゃんとけじめをつけて欲しいのだ。
だって…告白されてもいないのだ。
ただカラ松が好きだと(だからといってキスするのは良くない)自覚しただけで、私は告白なんてものをされていない。
『カラ松…あのね』
「お願いします!キスさせて下さい!」
『ふりだし!?』
また土下座してふりだしに戻る。
何故なんでしょう。サイコパスの条件は空気が読めない又は読まない奴なんだろうか。
とにかく今言うべきことは
『付き合ってもいないのにキスできるか!』
kissよりも先ずは告白して!
(付き合って……つまりラヴァーズ?)
(そうだよ。付き合ってもないのにキス出来ないでしょ)
(付き合って下さい!お願いします!)
(……ニート卒業したらね)