短編

□匂いを辿った先に
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雨の匂い。土の匂い。花の匂い。コーヒーの匂い。柔軟剤の匂い。………人の匂い。

人の匂いも千差万別。

テレビで言ってたけど、何かの遺伝子が離れている程、良い匂いがするらしい。でも大抵の女の子は、僕たち男と違ってみんな良い匂いをしてるから、特別【これだ】というものがないと思ってたんだ。

だけどね。あのテレビの言うとおり、そんな人を見つけたんだ。

すごく、とっても良い匂い。


『…だからと言って、涎を垂らすのはどうかと思います』

「え!?」

慌てて袖で口元を拭うと、べっとり涎が付いていた。ありゃ?と自分の正直な身体にビックリしてると、目の前の彼女はコーヒーを飲み、ため息を吐いた。


『十四松さん』

「はい!」

『何でここにいるんですか』

「真澄ちゃんの匂いがしたからです!」


僕がいるのは真澄ちゃんの職場である花屋さん。河原での素振りを終えて、そこを通っている時に彼女の匂いがして、誘われるように入って休憩室でコーヒーを啜っていた彼女を見つけて、なんとなく空いていた椅子に座って眺めていた。

今日は生憎の雨。だからお客さんも少ないし、真澄ちゃんものんびりコーヒーを堪能してたんだ。僕がびしゃびしゃの格好でも慌てず、タオルを貸してまたコーヒーを飲み出した彼女もなかなかにすっげー人だ。

『…まあ貴方の奇行には慣れましたがね』

「気候!?今日は雨だね!」

『天気ではなく、おかしな行動をする奇行の方です』

「あ!そういえば真澄ちゃん、柔軟剤変えたでしょ。前の方が匂いキツくなくて、真澄ちゃんの匂いが感じられるんだけどな」

『怖いです。帰って下さい』

何でだろう。良い匂いだって褒めてるのに、嫌がられちゃった。やっぱり匂い嗅ぐの止めた方がいいのかな。でも自然と分かっちゃうから止められないもんね。なら仕方ない!

そういえば最初から真澄ちゃんに嫌がられてたように思う。

真澄ちゃんと出会ったのは公園の花壇。自治会の区画に花を植えていた所を見つけて【これだ!】と分かった。花の匂いじゃない、彼女から香る花よりも甘い匂いに、つい僕は抱きついていたんだ。そして──

『……変質者ですか?』

だった。

僕でも分かる。
真澄ちゃん落ち着きすぎ!そこは普通、殴るか助けを呼ぶかするよね!

そのあとも淡々としていて『とりあえず離してください』という言葉のあと、また花植をし始めちゃったくらいには凄い落ち着きよう。遺伝子が離れてるほど良い匂いという事は、性格も反対なのかな?なんて思ったものだ。

そこから僕は真澄ちゃんに根気よく話しかけている。


「柔軟剤変えても、真澄ちゃんの匂いは変わらないね」

『嗅ぐのを止めて下さい』

「あい!嗅ぎません!」

『(言えば止めてくれるのか。帰りはしないけど)…十四松さんは、』

「はい!」

『十四松さんは、何で此処に来るんです』

「真澄ちゃんに会いたいから!」

『では、何で私に会いに来るんです』

「良い匂いするから」

『…はぁ』


また溜め息。僕は真澄ちゃんと会って話すのが好きなのに、彼女は僕と会って話すのが疲れるのかな。


『…そろそろ休憩終わりなので、本当に帰ってくれませんか。花を買うなら居ても宜しいですが』

「お金ない!」

『じゃあ帰って下さい』

「……」

無言になった僕を片目に、さっさと店の方に行っちゃった。あーあ。今日は此処までかぁ…。でも会えただけラッキーだよね。よし!今日は帰ろう!

店にいる真澄ちゃんにバイバイして、雨が上がった道を駆けていった。


『あ…タオル持って帰られてしまいました。あれ私の何ですけど』







───
──





「あ!これ真澄ちゃんのだった!」

家に帰って、首に掛けてあるタオルを使って汗を拭うと、そこから香る匂いに持ち主を思い出した。

「十四松、お前びしょ濡れじゃん。早く着替えてこいよ」

おそ松兄さんがちゃぶ台に片肘を付きながら、玄関の僕へと言葉を投げ掛ける。その傍にいたチョロ松兄さんが立ち上がって、やれやれといったように僕の掛けているタオルに手を伸ばした。

「あーもう。タオルも貸して。髪が…」

「だめ!」

「うわっ!?何、いきなり大声上げて」

チョロ松兄さんの手を振り払い、タオルを奪われないようにギュウゥっと握って死守する。

何で?と困惑している目の前の兄さんだけど、理由は言えない。言ったら兄さん達が真澄ちゃんを一目見ようと付いてきそうだ。というか絶対にくる!


「ピーン!……十四松」

「っ、?」


おそ松兄さんの顔が悪どい魔王様に変わった。

「お兄ちゃん。そのタオル見たことないなぁ?ワンポイントに向日葵が入ってる、その可愛いタオル」

あちゃー…バレてしまいましたかー。おそ松兄さんは鋭い所がありまっから、かないまへんなぁ。

だけど彼女に会わせたくないから、やっぱり言いたくない!

「お…落ちてた!」

「……落ちてた?」

「素振りしててね、雨降ったから走って、近くの店で雨宿り休憩からの発見伝!」

「本当に落ちてたやつだったのか?もしかして誰かが置いてたのを持って来たんじゃ…」

「拾った!」

「えぇ〜?……ま、いいや。着替えてこい」

「了解っす!」

上手く誤魔化せた気がしないけど、何とか見逃してもらえた……と思う。2階に駆け上がって、誰もいない僕達の部屋の襖をしっかり閉じて、握ってたタオルをまた首に掛けて匂いを嗅ぐ。

僕の匂いが大半だけど、まだ真澄ちゃんの匂いがちょっとだけする。


「……やっぱり好きだなぁ」


最初は匂いだけど、ちゃんと好きだっていう気持ちもあるんだ。いつもツンツンしているけど、こうやってタオルを貸してくれたし、早く帰れって言ったのも僕が風邪を引かないようにっていう彼女の思いやりだ。

優しいんだ。彼女は。

突然抱きついたのに、あっさり許してくれた。最初から危なっかしくて、しっかりしてそうに見えて、意外と抜けている所も可愛い。彼女の不器用な優しさが大好きなんだ。

……うん。告白しなきゃ彼女に意識してもらえないよね。フラれるのは怖いけど、今のままじゃ一生平行線のまんまだ。


名残惜しいけど、タオルはこっそり洗濯物の中に紛れこませて、母さんが洗濯した所で「干すの手伝う!」といったら、母さんが酷く驚いたあと嬉しそうに、ありがとうを言った。タオルは僕がバサバサ何回か振って干した。


数日後。天気が良い日に花屋さんに行ったけど真澄ちゃんの匂いがしない。一応中を確認したけど居なかった。何回も来てるから店長さんに顔を覚えられていて、真澄ちゃんなら今日はお休みだよと教えてもらった。

ガックリしながら店を出て、ブラブラと歩いてると最初に出会った公園で真澄ちゃんの匂いがした。

「あ!真澄ちゃん見っけ!」

匂いを辿っていくと、ベンチに座りながら本を読んでる彼女を見つけて、ふと思いついた。

彼女の後ろに忍びより、袖から手を出して、それなりに得意な声真似で「だーれだ?」と、女の子みたいな高い声を出して、彼女の両目を隠す。小さく驚いた声を出した彼女だったけど、すぐに淡々と答えた。

『……十四松さん、ですよね?』

「えー!?なんで分かったの!?」

びっくりすることになったのは僕だった。袖だって気をつけたし、声だって変えたのに、何で僕だって気付いたのかわからない。正面に回って何でと問いた。


「何で?何で分かったの?」

『…勘ですよ。あと十四松さんくらいしか、やらないと思いましたし』

「えー…そうなんだぁ。完璧だと思ったんだけどな」

『……はぁ』


あ、また溜め息吐いた。僕の事、やっぱりあまり好きじゃないのかな。
心臓の当たりを少し押さえて、溜め息を吐く彼女を何回も見てきた。

「これ!返すね!」

『あ…タオル。ちゃんと返しに来てくれたんですね』

「うん。ちょっと返すの迷ったけど…」

『え?』

「真澄ちゃんの匂い、好きだから。というか、真澄ちゃんだったら何でも好き!」

『…』

「いや、えっと、そうじゃなくて………あー…とにかく!僕は真澄ちゃんの事が好きです!匂い含めて、全部大好きです!」

勢いのまま告白してしまったが、元より覚悟をしていた。だって…こうしないと進まないもん。

でも、やっぱり怖いなぁ…。

これから来る言葉に、目も手も力を込めて覚悟する。


『……私は…貴方のこと、嫌いではありません』

「え!?」


ベンチに座る彼女の上目遣いに、心なしか期待に胸を膨らませる。


『…さっきの答えですが、訂正させて下さい』

「……んん?」

『誰だ?をした犯人当てのやつです』

「それかー!」

『…十四松さんの匂いが分かったからって言ったら…どうしますか』


え?マジですかい。真澄ちゃんも僕と同じく、人の匂いが分かるの?

そう思ったのと同時に、テレビで言っていたあの事が浮かぶ。何かの遺伝子が自分と相手が離れているほど、良い匂いがする。もしかして…

真澄ちゃんも…同じ?

『初めは怖かったですよ。いきなり抱きついてきて』

「それはゴメンナサイ!」

『でも…接してる内に、十四松さんの元気な姿に励まされてました。そして気づいたんです。いつも野球の素振りをしている貴方は汗をかいて私に会いに来るのに、ちっとも不快じゃなかったんです』

「そうなの!?」

『驚いたことにそうなんです。むしろ、落ち着くような…それでいて、心臓に悪いのかドキドキするんです。だから、いつも息が詰まったように苦しいです』

あ…だから溜め息吐いてたんだ。





匂いを辿った先には


(まずは友達から宜しくお願いします)
(え!?僕たち友達じゃなかったの!?)


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