短編

□そっちの水
1ページ/1ページ



「班長さぁ〜ん♡」
「すみません。仕事の回転率落ち気味なので、これ以上邪魔しないでくれませんか」
「フッ……班長さんなら此くらいのハードルなんて容易く飛び越えれるだろう?俺は信じてるぜ!」

今日もイチャイチャしている視察しに来たマフィアさんと班長の一松さん。背後から抱きつかれて迷惑そうに顔を歪めるけど、振り払わないのはマフィアさんが好きなのだろうと工場の皆が言っている。

この工場がマフィアに買収されてから、この光景は日常の一部になった。マフィアさんが初めて此処に視察しに来た時は驚いたものだ。
だって班長の顔と似ていたのだ。班長は「似てるわけない」と自分の目の下の隈を触り、痩けた頬に手を滑らして似てないでしょと自嘲していた。
一方マフィアさんは違う反応で、後から知ったのだが、自分大好きなナルシストらしく、自分と似ている顔が気に入って班長にラブコールを送るようになったらしい。

あ、私ですか?ここブラック工場に勤務している作業員Aですよ。単なるモブですはい。

さて目の前で繰り広げられているリア充シーンですが、最初は驚いたものの人というのは慣れる生き物でして、今では納期が近い部品の生産をどうしたら早く終われるかの方が重要で構っていられなくなった。

だけど今回はそのリア充どもに突入しなくちゃいけない理由があって、私は生気のない目で少しずつそこに近づいていく。

「あの……班長」
「ん?君は……」
「い、いい加減離れて下さい!……えと姉崎。どうしたの?」
「明日納品する部品がさっき終わりました。それから四日後のやつ、今からノンストップで機械動かさないと間に合わないです。他の班から何人か補充して、うちの班の人達を交代で仮眠取らせられませんか?」
「マジか。あー……工場長に」
「俺から話しておこう。このままだと作業効率が悪くなって、最悪四日後に間に合わない……という事で合ってるな?」
「あ、はい。その通りです」
「いいんですか?」
「四日後の奴は何としても間に合わせないと困るからな」

あれ意外。班長とのラブラブタイムを邪魔されて怒るのかと思えば、案外冷静な対処をしてくれる。
マフィアさんの助力により、他の班から人が補充され、うちの班の具合悪そうな奴から仮眠を取らせて頂ける事になった。思ったより優しい人なのかもしれない。だから班長はこの人を強く振り払わないのだろうか……
報告が終わってマフィアさんにお礼を言い、私もラインに入って作業を開始しなくてはと振り返ったところで彼に止められる。

「姉崎と言ったな」
「そうですが…」
「お前は女なのに、どうして此処にいるんだ?」

ピシリと班長が固まったのを横目に、不思議そうに私を見るマフィアさんに淡々と私は答えた。

「はあ……まあ親の借金返済のために送られたのが此処だっただけです。見た目通り貧相ですから、男と間違われてしまったようですね」

自分で言っていて虚しくなるような精神はとっくに無くなっているので、ただ事実を述べた。

「なるほど。納得した」
「納得頂けて良かったです。では私は作業に戻り─」
「待って……姉崎はお、オンナ、なの?」
「はい」
「え、なんで俺に言わないの?」
「言う必要はないかと。今まで支障ありませんでしたし」
「いや言うでしょ。女の子だよ?そこ相談しろよ。あ、待って。何か頭が痛くなってきた」
「班長も先に仮眠を取った方が良いですよ。では私は今度こそ戻りますからね」

班長も徹夜続きだからな。体調が悪くなってしまうのも仕方ない。あとはマフィアさんが班長を休ませに仮眠室に連れて行くだろうし、私は四日後の納品に間に合うように働くだけだ。
随分な社畜になったものだね。此処に来た5年前はすぐに死のうかと思ってたのに、本当に人は慣れてしまうものらしい。

それにしても……マフィアさん。よく私が女だって気付いたな。

******

四日後の納品物が無事に発送出来た翌日。丸々1日休みを与えられた私は社員寮の一室で泥のように眠っていた。だけどドアから騒々しい打撃音によって、無理矢理私は起きるはめになる。

「どちら様で……」
「……おはよう」
「あ、おはようございます班長。班長も休みですよね?もしかして呼び出し掛かって私達今から出勤ですかね?」
「違う。ちょっと話があってきた」

班長も私の比では無いほど疲れていたのに、昼過ぎとはいえよく起きて来れたな。それほど重要な話があるのだろうと部屋に上がってもらう。
今日の班長はしっかり身なりを整えていて、髭を剃ったからあのマフィアさんにより似ていて、それでいて幼く見えた。先ほどまで寝ていた布団を畳んで、麦茶のパックを水だしで作っておいたその飲み物を冷蔵庫から取り出し、コップに注いでちゃぶ台に置いて班長に差し出した。

「班長。話って何ですか?」
「その……お前が女なの、知ってんのは俺とあのクソマフィアだけ、だよね?」
「(クソマフィア……照れ隠し?)多分。ハッキリとしているのはお二人だけです」
「だから何だって話なんだけど、いややっぱり……お前が女だって他の連中にバレるとさ、飢えてる奴らばっかりだから危ないし……」
「班長は私が女に見えますか?」
「……そ、それなりには」
「でもマフィアさんが言うまで気付いてなかったでしょう」
「うっ……」
「つまりはそういうの事なのです。私には女としての魅力がないので、襲われる心配はほぼありませんし、皆の頭にあるのは働く事だけ、納期に間に合わせるだけです。班長もそうでしょう?」
「…………まあ……確かに」

班長も納得したようで、麦茶を流し込んだあと、何も食べて居なかった私の腹は盛大に鳴り「お腹空いてたんだ」と自分の腹部を見る。

「班長は食べましたか?」
「(腹が鳴ったのに照れもしない……いや俺もそうだけど)……握り飯一個」
「足りないですよね。宜しければ何か作りますよ」
「……料理すんの?」
「社員食堂のやつ不味くて、これだけは堪えられなくてですね。睡眠削ってでも作ってますよ。食堂で金払うより、材料買う方が何倍もマシです」

じゃあ作りますねと、今日は班長も要るし、奮発して唐揚げにする事にした。作りおきのおかずだけじゃ足りないだろうし、男の人である班長はいつも満足に食べていらっしゃらないのは明白だ。痩けた頬がその証拠。
鶏肉に下味を付けて、その間に冷凍庫から切っておいたネギを取り出し玉ねぎとワカメを一緒に味噌汁にする。
衣を付けてたっぷりの油で鶏肉を揚げていき、2度揚げする事で外はカリっと、中はジューシーの唐揚げに変身する。油は一回で捨てるのではなく、熱い内に濾して、完全に冷めたらペットボトルに入れて冷凍庫で保存すれば再利用可能だ。
お椀は二つしかないのでそれに味噌汁を入れ、申し訳ないけどご飯は皿に盛ってご用意させて貰った。箸は割り箸だ。唐揚げも天ぷらバットのまんま持っていって、作りおきのおかず3品も出して漸く腰を落ち着かせた。

「どうぞ。お待たせしました」
「……ごめん。僕、夢でも見てるのかな」
「何か変ですか?」
「そうじゃなくて……温かいちゃんとした料理が目の前にあんの、初めてで……しかも女の子の手料理だし、あの、夢じゃないかと」
「班長って割かし乙女ですね」
「おい。人が感動してる時に水差すのやめてくれない?」
「いいから食べましょうよ。お腹空きました」

頂きますと先に言ってしまう、班長も慌てて頂きますと言ってきて少し可笑しく思った。

「唐揚げうまぁ〜。あ、班長。味はどうで……え、班長?」
「……ぅ、……ぐす」
「え、え、え?ごめんなさい班長。口に合いませんでした?」
「ちが……こんなに美味しいの、初めてで、何か目から汗出てきた」
「…………はい。ティッシュですよ」
「……ん」

……やべぇ。班長可愛い。
成る程なと思った。あのマフィアさんはこんな班長の純粋な一面を知ってるから、あんなにもラブコールを送っているんだ。でも泣き顔が可愛いって、私はSなのか?いやいや違いますって。班長が可愛いと思ったのも、今回ちゃんと身なりを整えていて幼い感じになってるから、子供みたいで可愛いなーと思ったんだ。
でもって決めた。今後とも班長を支えて行こう。あとマフィアさんが班長を幸せにしてくれるなら、私は喜んで応援させて頂こう。
「ほら泣き止んでー」なんて図々しくも班長の頭を撫でたら照れて触んなと手を振り払われたけど、それさえも可愛いくてニヤニヤしてしまう。

(料理出来て、部屋もちゃんと綺麗にしていて……本当に女なんだな)
「班長さーーん!」
「ひっ!」

バキャッという扉を破壊した音と共にマフィアさんが姿を現した。
何でこのタイミングで来るの?とか、どうして班長が此処にいるって分かったの?とかの前に、マフィアさんは班長の背中に抱きついた。

「休みもらったら連絡しろとあれほど言っただろう!大人しく待っていた俺になんて酷い仕打ちなんだ!」
「ちょ、止めてください!そんな約束した覚えないんですけど!」
「したぞ!この前の視察で…………居たのか」
「ええ。ここ私の部屋ですから」
「じゃあ何で班長は此処に……あ、唐揚げだ!」
「(唐揚げ好きなのかな)食べますか?」
「お前が作ったのか?」
「そうですけど」
「ほう……折角だから頂こう」
「何でお前ら平然と会話してんの!?」

班長に抱きつくのは止めて、ちゃんと座ったマフィアさんに「ご飯も要ります?」と聞けば頷いたのでまた皿に飯を盛った。
班長は私達の様子を奇妙なものを見ているように静観し、マフィアさんは行儀良く頂きますして、唐揚げを口にした瞬間────何故か泣いた。

え、こいつも泣くの?でも班長とは違って可愛く感じない……顔似てるのに不思議だな。

「フッ………………どうやら俺は真実の愛を見つけたようだ」
「「は?」」
「こんなに素晴らしい愛の籠った唐揚げは初めてだ!班長すまない……お前も愛しいが、それ以上の人に出会ってしまったようだ」

幻聴なのかと思ったが、確かにマフィアさんが私を軽く頬を染めてこっちを見ている。

「ハニー……毎日俺の為だけに唐揚げを作ってくれないか?」
「……は?はあぁあああああ!?アンタ何馬鹿な事言ってんだよ!」

班長が私の言いたい事を言ってくれたので、少しだけ心はスッキリした。
それにしても可笑しいな。マフィアさんは班長の事が好きだったのでは?あれだけ視察に来る度にラブコール送ってたじゃん。抱きついてたじゃん。工場内全員が公認の仲だったじゃん。それが唐揚げだけで何で心変わりすんの?

「毎日唐揚げは飽きませんか?」
「そうか?」
「……無理。もう無理。僕には荷が重すぎる。ツッコミきれない」

班長が私達のズレた会話に頭を抱え始めたところで一度咳払いし、マフィアさんに冷めた目を向けた。

「……まあ冗談は置いといて、マフィアさん。ちょっとそれは無いんじゃないですかね」
「何がだ?」
「あれだけ班長にラブコールしていて、さらりと捨てるのは結局私もいつか捨てると言っているようなものです。たかが唐揚げ一つで人を推し量る事は出来ません。それに私は班長の方が人としての魅力があると思っているので、捨てるという貴方が嫌いになりました。ですのでお断りいたします。あ、今日は食べていいですからね。盛っちゃいましたし」

言いたい事を全部言って、味噌汁を啜る。通常通りに食事を再開した私に、視線が二つ刺さっているが「食べないのですか?なら全部私が食べますが」と言えば静かに二人は箸と口を動かし始めた。


そっちの水は苦かった


(あ、班長。ドア直すので工場で使わない部品貰ってもいいですか?)
(……あ、うん。いいよ(怖いもの知らず過ぎんだろ!相手マフィア様だぞ!?……でも、俺のこと人として魅力あるって……すごく嬉しかったな))
((……ハニーは何で怒ったんだ?俺が班長さんを捨てるわけないのに。二人平等に愛せば良いのでは?……ヤキモチか!フフフ、俺のハニーはなかなかに可愛いな))


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ