短編

□こっちの水
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「班長さぁ〜ん♡」
「てめっ、毎回毎回抱き着かないで下さい!何でそんなことするんです!?」
「班長さんを愛してるからだな!」
「ヒィィッ!」

唐揚げ強襲告白事件から私を取り巻く環境が変わったかといえばそうでもない。
あの日、私はマフィアさんに班長より愛してると告白を受けたわけだが、何故かマフィアさんは班長さんにラブコールを送っているわけでして……

彼曰く「二人とも愛してるから二人を平等に愛せばいい!」らしい。
あの人は私達をペットか何かと思っているに違いない。だから簡単に頭おかしい発言が出来て薄っぺらい愛しか持ってないんだなぁと、彼の行動に納得のいく理由が出来た。

「班長ー。検品終わりましたよ。納期近い奴二つあるんですけど、どれから始めます?」
「姉崎……!」
「マイハニー!お前にも会いたかっ、」
「触らないで下さい。虫酸が走るんで。それで班長、指示貰いたいので現場指揮取ってもらえませんか?このまま放置してると他の人達アドレナリン切れて倒れると思うので。ぶっちゃけ私もギリギリです」
「(……俺も此くらい怖い物知らずだったらな)分かった。すぐ行く」
「それではマフィアさん。私達は忙しいので、どうぞご自由に視察なさってて下さい」

変わった事といえば今みたいに私の事をハニーと呼び、班長同様に抱き着こうとするようになった(勿論避けるし伸びてきた手は払う)。
愛を語るくらいならマフィアさんの力でこの工場の労働時間正せやとか、無茶な注文止めろやとか思っている。

「……姉崎。その、今更なんだけど……大丈夫?」
「大丈夫じゃないですけど大丈夫です。まだ私は倒れませんよ」
「いやそうじゃなくて……アイツにあんな風に反抗し続けてたら殺されるかもって……思わない?」
「思いますよ」
「あ、ウン。思うよね」
「でも班長に手を出しておいて、私もとか腹立つんですよね。マフィアに誠実を求めてませんが、班長を蔑ろにしたあの瞬間からとにかく嫌で、勝手に拒否反応が出るんです。愛してるなら何で班長一筋でいられないの?班長の何が不足なのか分かりません」
(慕われていると喜べば良いのやら、お前の中で俺がホモにされていることを悲しめばいいのか俺もよく分かんないよ)

そうしてブラックな一日は深夜2時まで稼動し、また五時間後の7時に出勤という形で一旦寝に社員寮または仮眠室へとこぞって人が移動し各々眠りについた。

私も例にもれず、シャワーは起きてからにして寝てしまおうと布団に潜った記憶がある。

「ん?おはようハニー。駄目じゃないか作業着のまま寝るなんて。しかもシャワーも浴びていないとは……」
「……ドアぶっ壊しましたね。誰が直すと思ってるんですか。あと退けて下さい」
「退けたらメイクラブしても良いんだな?」
「分かりました。退けなくても良いのでこのまま出勤30分前までおとなし─」
「朝までコースか!ハニーは大胆だな。フッ……嫌いじゃないぜ」
「人の話は最後まで聞け。私は疲れていて眠いんです。私の事は放っておいて班長の所行けや二股野郎」

何で起きられたのかは部屋の明かりが付けられた事と、この……Tシャツの中に入って来ている下心100%の手の感触でだ。作業着のチャックは開けられており、まだ救いなのはお腹のあたりでその手が止まっている事だろうか。
近くにある置き時計を見ればまだ布団に入ってから15分しか経ってない。それでも深夜2時半の傍迷惑な時間に、マフィアさんは夜這いを仕掛けてくるとはこれ如何に。
言い寄ってくる綺麗な女の人とか居るだろうに、わざわざ貧相な私を襲ってどうするのか……。あ、そう言えばこの人ナルシストだったわ。だから班長の事を好きな訳で、どちらも男で胸は無い。つまり貧乳が好みなのか。

「班長の所に行ってどうするんだ?」
「二人を平等に愛したいとか言うなら、班長の方に行ってあげたらどうですか。私はこれっぽっちも貴方が好きじゃないのですが、班長はまだ貴方の事を好意的見てますよ(多分)」
「…………困ったな。俺はどちらも愛したいんだ。それに君の真心に見事掴まれた俺は手放す気はないぞ。どうしたら好きになる?美味しいものとか、欲しいもの……そうだ!借金はあとどれくらいなんだ?肩代わりしてやるぞ」

アカン。これ堂々巡りするやつや。
ただでさえ眠気で思考力はガクンと落ちていて、この意味を成さない会話を続ける気力もなくて、面倒臭くなった私は重怠い身体を無理矢理起こして覆い被さっている彼のおでこに勢いよく頭突きした。
ゴチンッ!といい音なもので、マフィアさんなんて「うぐぅぉおおお!」と低い唸り声をあげて私の横でのたうち回っている。
頭突きのお蔭で少し眠気が消え(私は石頭だったようだ)、今日の所は仮眠室で寝ようとフラフラ玄関の方へと歩いていく。

「ハニ゛ィ〜?ちょーっとおいたが過ぎるぜ」

腕を掴まれたと思ったら凄い力で引き倒されて背中を強打する。
何すんだと身体を起こそうとすれば黒光りする拳銃が目の前にあって、目線をもっと上げればマフィアさんは笑顔だが怒っている。

「ハニーは班長さんとはまた違った照れ屋さんだな。こうでもしないと素直になれないんだろ?」

立派な脅しですハイ。もうこれは好きとか言わなかったら撃つぞという意思の表れのようだ。
刻一刻と私の貴重な睡眠が削れていき、ふと夕飯食べ損ねた事を思い出して、だから余計に私は苛立っているんだろうなと冷静に分析。でも冷静に分析したところで、本音であることには変わらなかった。

「素直に言ってますよ。私だけじゃないですが、貴方達の無茶な注文を必死にこなし、疲れ果て、とても眠いのです」
「しっかり愛を確かめ合ってから俺が腕枕してあげよう。気持ちいい眠りに誘ってやる」
「いや要らないです。班長の事を大事に出来ない人にそんな事されたくないです」
「班長の事は大事にしてるぞ?ハニーもいつも見てるじゃないか。一杯愛を与えている」
「…………愛って……それは何の愛ですかね?」
「……?。愛は愛だろう」

この人薄っぺらいなとか思ってたけど、薄いというか空(から)だったわ。いや私も薄情な部類に入るんですけど、ちゃんと自分の気持ちには向き合っている方なんですよ。

「マフィアさんの言う愛は友愛ですか?それとも敬愛ですか?はたまた慈愛?仁愛ならそれはそれは立派なものですね。では貴方が私に対する愛は何ですか」
「…………愛に区別はない」
「そうですか。じゃあ眠いので私はこれで失礼します」

撃ちたきゃどうぞと、年寄り臭い掛け声と共に立ち上がる。銃口は下を向き、マフィアさんは戦意喪失バッターアウト。その脇を通って外の世界まる見えの玄関で靴を履く。壁に立て掛けてあるドアは哀愁を帯びているようで、また班長に言って部品を貰わなくてはとぼんやり思う。

「…………行かないで」

泣きそうな声につい足が止まる。

「行かないで、くれ。行ったら……殺す」

おい。少しは同情したのに最後の物騒な言葉で台無しだわ。
マフィアさんのやけにゆったりした足音が、古い社員寮の床板を軋ませて私のすぐ後ろまで迫る。
そして私の腰あたりを彼の両腕が回り、捕らわれ、右肩に顔が埋められる。

「愛してる。俺はお前を愛してる。愛してるから離れて行かないで」

これには長いため息が出た。
何がこの人を寂しがらせているんだろう。私も変な人に目を付けられたものだ。そして私よりも先に目を付けられた班長も御愁傷様である。

「……言ったでしょう。たかだか唐揚げ一つでその人がどんな人かなんて分からないと。私は薄情な人だった。そう思えば捨てられるでしょう。しかも唐揚げなんて貴方が作れと命令すれば、時間さえ頂ければ毎日作って差し上げられるんです。愛なんてなくても作れるんですよ」
「………………………………違うもん」
「はい?(こいつ『もん』って言ったな。あざといぞ)」
「…………ハニーのは、幸せの味がしたんだ。高級な食材も使ってないくせに、俺が今まで食べたやつより旨かった。ま、いにち食べれたら……ぅ、し、しあわせに、…えぐっ、…な゛れるかもって」

えー……泣くの?そこで泣ちゃうの?むしろ寝かせてくれないお前に私が泣きたいんですけど。
右肩がじんわり濡れてきて、新しい作業着に変えなきゃじゃんとか思いつつ、外が見えるので空にある星の数を数えながら(これこそ朝までコース……?)とぐすぐす泣いてる彼が泣き止むまで延々とその体勢のまま動かない。

「……え。何してんの」
「あ、班長。出来れば助けて下さい」
「……幻覚か。そうだ幻覚に違いない。早く寝ないと」
「待って下さい班長。これ幻覚違う。私も寝たいのでやっぱり本気で助けて下さい」

出勤時間までこのままかと思ってたところ、幸運な事に私の部屋の前を通ろうとした班長が此方に気付いて声を掛けて下さった。
班長は仮眠室で寝ているのだと思ってたけど、まさかこの時間まで仕事?。ブラック工場の鏡ですね。本当に尊敬してます。

「それどうなってんの……」
「わかりません。夜這い仕掛けて来たので頭突きして脱出し、仮眠室で寝ようと思ったのですが、いきなりぐずり出しました」
「よ、よよよば?夜這いって言った?」
「はい。なので助けて下さい。せめて二時間寝たいです」
「わ、わかった……あの、マフィアさん。此処で姉崎寝かせてあげないと、今日の出勤中に倒れるかもしれないし、その……姉崎居ないと作業上手く進まないので……能率悪くなる(あれ?よくよく考えれば姉崎って、作業全体を見てるんだよな。優先順位つけて班長の俺の判断要るのものを聞いたり、それとなく納期に間に合うように時間配分とか報告して、いろいろ助けられてる……コイツ居なかったら俺の負担多くなってない?気付かなかったけど、率先して検品とかしてくれてるし、報告書も──)」
「マフィアさん。私へのフォローを会話に混ぜてくれる班長の優しさが分かりますか?班長は優しい人ですよ。抱き着くなら班長みたいに優しい人にしてもらった方が宜しいかと思います」
(いや俺よりも遥かにお前のほうが優しいだろ。というかお前の中で俺はどんだけいい人に見られてんの。もう結婚しよう)

離してくれという合図にポンポンと右肩に乗っている頭を軽く叩くと、イヤイヤされて抱き締める力が強くなって内臓が苦しいと悲鳴をあげる。この時ばかりご飯食べてなくて良かったと思った。絶対に吐いてるだろうし、班長に冷たい目で見られたら今後なにを生き甲斐にすれば……。

「あの、まずは離してあげて下さい。このままだと姉崎圧迫死するんで」
「……」
「……はあ…………分かりましたよ。仮眠室には行きませんから。くっついて居たかったらそのままで結構ですし、最悪抱いてもいいので」
「姉崎!?お前何を言って」
「ただし、そこに愛が無いことは間違いありませんよ。許可を出した手前、後から文句は言いません」

そこまで言いきり、少しの沈黙のあとマフィアさんは自分から腰に回していた手を離した。
後ろを振り返ると、下を向いたままサングラスを掛けて泣き顔を見せないようにする子供がいた。叱られると分かっているように妙に大人しく、持っている銃は手に引っ掛けているというのが正しいくらいの垂れ下がり様。
班長は銃の存在に気付いて小さく情けない声を出すものの、見て見ぬふりが出来ない性格なのか私の隣に立ってくれた。マジ班長尊敬します。
その間にも涙は止まらないのか、必死に泣き止もうと身体を緊張させてぷるぷるしているマフィアさんは……ちょっとだけ可愛いと思ってしまった。

「……マフィアさん」
「…………、来るな」

『行かないで』と言っておいて今度は『来るな』か。逆にそれが人を煽っているとは今は思い付かないのでしょう。
気にせず近づき、彼は更に身を固くする。

「……うわ。ブサイク」
「なっ!?ブサイクじゃない!俺はイケメンだ!」
「ブサイクだよ。ちょっと待って下さい。たしかポケットに……はい。ティッシュです。鼻水垂れてるの気づいてますか?」
「〜〜、うぅ……ぶさいくじゃ……」
「はいはい。泣かない泣かない。お顔を綺麗にしましょうね」
(お前はそいつの母親かよ。…………姉崎が俺の上さんになったら温かい料理が出てきて、たぶん嫌な事あったらよしよししてくれて、子育ても心配ないな。結婚しよう)

サングラスを取ると目元は真っ赤で鼻水も垂らしていて、その様が可愛いく思えて少しだけ優しくティッシュで拭いてあげる。
私ってSなのかな?班長の時も泣き顔で可愛いと思って……あ、でもあの時マフィアさんも泣いたけど可愛いとは思わなかったな。
うーん……母性愛ってやつなのかな?でも、今のマフィアさんは──

「ふふふ………可愛い」
「……え、はえ?」


こっちの水は甘い


(……すみません班長。倒れます)
(え。うわぁああああ姉崎!?)
((おかしい。胸が痛い。なのにすごく……満たされた?))


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