短編

□ほたるこい
1ページ/1ページ



起きたら布団に寝かされていて、マフィアさんと班長は居らず、班長の書き置きで『ドア直した。それとお前熱があるから今日は休め』という心優しい配慮に涙腺が崩壊した。
それにしても眠気が限界で倒れたと思ったのだけど、熱も相成ってとは思いもよらなかった。
その熱も、班長のくれた休みで1日中寝てたからすぐに元気になり、無事に社畜復帰を果した。

そしてマフィアさんとはあれから2週間会っていない。週二回ある視察は何故か他の人が見に来ていて、あの人も存外忙しい人なのかぁ……と何となく思っていたら今日は来ていたようで、班長に報告書持って行こうとしたら一緒に居るところを見つけた。

「班長さん。悪いんだがこの部品の納期を明後日にしてくれないか?代わりにこっちのは少し遅くてもいい」
「え……あー、はい。分かりました」
「あとBラインの生産効率が落ちてるぞ。何があった」
「す、すみません……。8人ほど最近逃げ出してしまって……」
「逃げ出した奴の名簿を社長室に置いておいてくれ。あとで見る。それからそういう事はさっさと報告しろ。対応が遅くなるほど面倒になるんだ」
「は、はい……」

誰だあの人。
私の中にあるマフィアさんのイメージはまず班長にラブコール&ハグ。そのあとちょっと真面目な話してまた一方的にイチャイチャする。そこに私が行くと少しだけラブコールしたのち、拒否られて落ち込むのだが……あんな出来る男オーラ放つ人じゃなかったはずだ。

「班長ー。いま発送した部品の報告書なんですけど」
「……!。あー……班長さん。俺は忙しいからこれでアディオス!」
「ちょ、視察は……」

うわ。絶対に避けられた。
私の声だけに反応して、班長に言いたい事だけいって視察する前に帰ってしまった。

「どうしたんですかね?マフィアさん。班長にラブコール送らないとは」
「目が覚めたんでしょ。あー清々した」
「そのわりには戸惑ってましたね」
「そりゃ……いきなり態度変わったら戸惑うだろ。報告書ちょうだい」
「それもそうですね。どうぞ」

現に私も戸惑っている。しかも避けられたのだ。もしかしたらマフィアさんに可愛いと言ったから堪に触って、話もしたくない位に嫌われたのだろうか。
ま、それならそれでも良い。私も嫌いだと言ってしまっているし、特に傷つくことはない。

それより納期だ。Bラインの人が脱走するから私の勤務しているAラインから人が移動し、今日の発送する物が出来るまで2日完徹してフラフラなのだ。マフィアさんがどうなろうと知らん。早く寝たい。ああでも、さっき班長達が話してた部品は明後日だ。まだ取りかかっていなかったら……あ、私含めたAライン死んだな。これは明後日みんな倒れているわ。

「……姉崎はさ……借金返済出来たら……どうするの」

報告書を渡したあと、管理室で脱走した人の資料を一緒に探して欲しいと言うのでお供した。
ボーッとしながらも名簿を漁っていると、ポツリと班長が聞いてきた。

「んー……どうしましょうね。というかブラック工場から出れると思いますか?」
「さあ。でもあのクソマフィアに買収されてからは、ちょっとだけど給金が良くなったでしょ」
「(その分労働は内容共にもっとブラックになりましたが)……でも買収されてしまったからこそ借金返済出来てるか不透明なんですよ。それに後から知ったんですが親が存命の場合、子供が払う責任は無いそうです。保証人なら別ですけど」
「え……じゃあお前何でさっさとブラック工場辞めてないの」
「手を出したのが闇金だったからですよ。聞いた額は一千万でしたね。当時学生だった私は何も知らされず、此処に連れて来られて働いていますが……慣れてしまうとどうでも良くなりました」
「……お前いま何歳?」
「えーと……今年で二十ですね」
(未成年!?まだ二十歳じゃないって……隈あるし、いつも疲れた顔してたから老けて見えたんだなぁ〜……て、未成年なの!?マジでか!?)
「それに……親も家もなくしましたから、此処で班長を支えていくのも悪くないと思ってるんです」
(……結婚しよう。姉崎の残りの借金分かったら俺も返済手伝って、ハッピーゴールインするわ。大丈夫。結婚出来る歳だから問題ない)
(ヤバい。ちょっと重い話ししたかも。班長思った以上に繊細な人だからな……)

脱走した人の写真付きプロフィールをリングを外して8枚取り、少し気まずいような空気を払拭しようと明るめに「見つけたので戻りますね!」と管理室から出ようとすると、作業着の裾を握られて軽くつんのめる。

「……借金返済し終わったら…………お、俺と……暮らしてみません、か?」

私は班長に気を遣わせてしまったらしい。

「さっきの話、気にしなくていいんですよ。それに借金返済されてるかも分からないし、いつも通り過ごせれば十分なので」
「違っ……………ほ、本当に……あの、姉崎と暮らしてみたいというか……出来れば結婚を前提に付き合いたいといいますか……」

………………マジか。
冗談を言ってるかは班長の耳が赤いのと、いつもは死んでる目が少しだけ煌めいている事で看破された。
『班長は此処にいる女が私しか居ないから勘違いなさっている』と言いたいが、それでも恋をするものだし、班長は少なからず私が好きである事は間違いないのだ。
私は班長を班長でしか見たことがない。尊敬できて可愛い繊細な人。此れだけの字面なら私も結構好きなんだと思うが……母性、なんだよねぇ。

「……非常に烏滸がましいのですが、考えさせてもらっていいですか?」
「か、考えてくれるの?」
「はい。ちゃんと考えさせて下さい。私は班長の事を尊敬していますが、恋愛感情は正直微妙でして……あの、でも告白されたこともなかったから、すごく嬉しいとは思ってます」

口に出た言葉は思った以上に拙く、私もそれなりに緊張して、それなりに動揺していた。
それでも班長はどこか安心したようで、穏やかな顔つきをしてらっしゃった。すぐに断られると考えていたのでしょう。そんな班長はやっぱり可愛いなと、年下の癖に母親目線になって申し訳ない……けど、これからは班長の事をちゃんと見ていきますのであしからず。

──ガンッ!!

「……!?」
「…………遅いから直接取りに来た」

すごくデジャヴな登場に班長は律儀に肩をびくつかせ、一瞬だったが猫の耳が頭から生え『どういうメカニズム!?』とこちらの方に吃驚した。
その後にゆっくりとした動作で首をドアの方に向ければ管理室の扉はひしゃげており、何やらガチで怒ってるマフィアさんが立っていた。いつもの笑顔はどこにやったの?

「逃げ出した奴等の資料は揃えたのか」
「え、はい……ここに」

遅いからって……私を避ける為に視察を投げておいて勝手な言い草だな。
班長がマフィアさんに名簿から抜き出した資料を渡すと、資料を見ずに私の前に来てジッと上から圧力を掛けられる。やんのかコラァと心の中だけ臨戦体勢を整えていると、懐から封筒を出して私に渡してきた。
「見ろ」と言われて何ですかねぇ……と恐る恐る開くと、『解雇通知』と大きく書かれていて、これこそ吃驚して頭が真っ白になった。

「お前が借金していた連中が潰れてな。もう支払う必要はないそうだ」
「……じゃあ姉崎は」
「晴れて鳥籠から脱してフリーを掴んだわけだ。しかし工場の内情を知ってしまっているからもう外で働かせられない……が女である」

マフィアさんは私の手を掴むと、ダンスのステップを踏むかのように腰を抱いて引き寄せ、私の目を覗く。

「俺のラヴァーになれ」

ラヴァー……lover?
この人本当に英語の発音残念だなとかは捨て置き、これはアレか。告白なのかと一旦飲み込む。

「この2週間、お前の事を考えなかった日はない。お前の為になる事は何か、お前が喜ぶ事は何だろうか……考えるだけで胸が苦しくなって鼓動が早くなるのは何故か…………回り出していた恋の歯車に気付いてしまったら逆にどうやって話せばいいか分からなくなってしまった。さっきは逃げてすまない」

えぇー……何処でどうやってその歯車は回りだしたの。回る要素一個も無かったんだけど。だって唐揚げは食べさせたものの『嫌いだ』って言ったし、夜這い(未遂)も彼の愛は薄っぺらいとか頭突きもお見舞いして何も好かれる所無いんですが。
ところでこの『解雇』って何ですか?事実上私に選択肢が無いじゃないですか。

「……姉崎は俺が幸せにするんで引っ込んでてくれませんか」
「は、班長……!」

やばい……キュンって来た。班長カッコいいです。すごく輝いて見えます。
珍しくマフィアさんに強気になって私の身体を抱き締めてこの台詞を言う班長はいつも以上に男らしかった。
だけどマフィアさんの力が強くて引き剥がせないらしく、私はサンドイッチ状態でギリギリと腰と腹に掛かる重圧に身体を真っ二つにされそうで痛いです。班長……カッコいいけど苦しいっす。

「班長さん。かつて俺はお前も愛していた……が、これは譲れないんだ」
「は?譲れないって何がだよ。姉崎に拒否られているくせに。俺の事はちゃんと考えてくれるらしいので、あんたに勝ち目ないと思うけど?」
「ハァーン?班長さんの給料じゃたかが知れているだろう。俺ならありとあらゆる贅沢をさせてやれる」
「姉崎はそんな尻軽女じゃないんだよ」
「負け惜しみか?」
「いいや。あんたよりは好かれてる自信があるんで。こんなゴミみたいな俺でも慕ってくれてますんで」
「……、フッ……今はそうかもしれないが、お前が養っていけるとは思えないな。それにお前が働いている間は放置する事になるんだぜ?娯楽の少ない此処に一人寂しい思いをさせるのか」
「それブーメランでしょ。クソマフィアもいつ死ぬか分かんないしな」
「ほう。じゃあお前を此処で殺してやろうか。それなら俺よりも長生きしないからな」
「ヒヒッ……俺を越えるクズだな。つかサイコパス。何で姉崎に目を付けた?」
「恋に理由はない……。きっかけは唐揚げだったが、ハニーの傍は不思議と満たしてくれる物があるんだ」
「ああ……まあ分からなくはない」
「それに俺は本当の家族から必要とされない人間だったから家庭の味なんて分からないし、今のファミリーに拾われる前はもっと荒れていた。でもあの時食べた唐揚げは丁寧に作られていて『ああ……この子には《真心》があるんだ』とわかった。だから涙は流れた。俺は幸せになりたかった……普通の幸せが欲しかった。何もない俺を知って、愛して欲しかったんだ。それを持っているのはこの子だけなんだ。班長さんにはあげられない。これは……俺のものだ」
「……いや知ったこっちゃないんですけど。あんたの事情知ったところで姉崎を譲るわけがない」

止まらない二人の罵り合戦の最中ずっと私の腰と腹をくっ付けようとするかの如く力を加えられ続け、班長に離してサインとして腕をぺしぺしするがマフィアさんに気を取られていて気付かず、マフィアさんはマフィアさんで前回学んだので諦めている。
……お二人共争っているのは大変結構なのですが、わたくし、そろそろ死にます。もうね、身体が真っ二つの前に息が出来ない。吐く。これは吐きます。

やっと一言、口に出た。

「……し、ぬ」
「「え?」」

そうして吐く前に落ちた私は、意識を闇に沈めた。


ほたる呼ぶも落ちる


(は、ハニィーーー!?)
(死ぬな姉崎!俺とハッピーゴールインする約束だろ!?)
(違う!俺と毎日ラブラブするんだ!)
(……あ……おばあちゃん……迎えに)
((そっちには行くな!))


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ