短編

□愛してるゲーム
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「ねぇー皆。『愛してるゲーム』って知ってる?」

それは松野家の末の息子、松野トド松から始まった。

「愛してるげ〜むぅ〜?」
「何それ。罰ゲームみたいな名前だね」
「今マツッター見てたんだけど、中高生の間で流行ってるらしいんだよ。二人が向かい合って交互に『愛してる』と言って照れたら負けみたいなゲーム」
「フッ……この俺の為にあるようなものじゃないか!やろうブラザー!」
「やるわけない」
「やる!?野球やろう!」
「野郎同士でやってどうすんだよ」

この話題はもうお終いという雰囲気が流れ、カラ松も無言で手鏡を見詰め何事も無かったように振る舞う。
しかし末の弟の中ではその話しは終わっておらず、ある提案をするのだ。

「でもこのゲームさぁ……トト子ちゃんに何回も愛してるって言ってもらえるチャンスだよね」
「「……!!」」

その瞬間。五人は立ち上がった。

「もう早くそれを言ってよ!」
「こうしちゃ居られねえ!野郎ども行くぞ!」
「「おう!!」」
「ま、相手されるとも思わないけどね〜」
「「…………」」

末弟にそう言われ、たちどころにモチベーションは下がる。そして、その下がった原因へと矛先が向くのだ。

「なんっで皆がやる気になった所で水を差すの!?」
「チッ……ドライモンスターめ」
「ちょ、やめてよね。このまま行っても追い返されるだけだから策を練ろうって話だよ」

そこに1列に並べと言われ兄達は素直に並び、トド松はホワイトボードを引っ張り出して『トト子ちゃんに愛してるゲームをしてもらおうよ作戦!』と銘打つ。

「先ずはトト子ちゃんに愛してるゲームに参加しても良いような状況を作らなきゃいけない。ならどうすればいい?」
「はい!」
「はい。十四松兄さん」
「一緒に野球します!」
「……それで?」
「一緒に野球します!」
「……はい他の松兄さん」

十四松の野球脳にはトド松もスルーせざるを得なかったようで、他の松達に意見を求めた。でも十四松と同じく役に立たないものばかりで、採用できる意見出てこず、話しは詰まる。

「もう〜……兄さん達は本当に頼りないんだから」
「…………お前もな」
「猫松黙れ。ま、そんな兄さんに代わって、ボクからこんな作戦を提案したいと思う」
『将を射んと欲すれば先ず馬を射よ!』
「…………どういう意味?」
「馬鹿松兄さんにも分かるように説明するね」
「え、馬鹿松って誰のこと?」
「将がトト子ちゃんなのは分かるね?じゃあその馬になるのがボク達のもう一人の幼馴染、真澄だ」

この作戦の内容はこうだ。
まず真澄で愛してるゲームを実行。トト子よりも融通が効くので、これを実行することはそう難しくない。
そして愛してるゲームで負かすのだ!トト子は真澄の言う事なら意外と聞いてくれるので、必ず彼女を負かし、そして罰ゲームとしてトト子をこのゲームに誘ってもらうのだ!
まあ成功率は五分五分だが悪くない作戦だと言い、末弟の完璧なプランとも思えるそれに一同は涙して拍手喝采賛同した。

──という訳でして

「真澄いらっしゃい!」
「……何を企んでいるわけ?」

都合良く休みだった所を呼び出された真澄。呼び出された内容は「今日休みでしょ?ボク達ゲーム大会企画してるんだけど、真澄も来てよ。来なかったら不戦勝で罰ゲームね♡」である。最後の一文に一抹の不安を覚えて彼女は松野家に来てしまった。

「真澄は『愛してるゲーム』って知ってる?」
「ああ。最近流行ってるやつか」
「知ってるなら話は早い!ボク達と勝負して、全勝出来たら真澄の言う事を1つ聞く。負けたらボク達の願いを1つ叶えてもらうね」
(聞きはしても叶えるとは言ってない……しかも負けたら叶えろとか私に得がない)

しかしこのゲームを断ったら断ったで後が怖かった真澄は、仕方なしに参加するのだった。

「ルールは交互に愛してるって言って、目を反らしたり笑ったり、明らかに照れている反応したら負け。あと言葉が詰まっても駄目だよ。それから愛してるって言えば良いから、何か足して『ずっと前から愛してるよ』とか英語に変換もOK。ただし好きはバツ。絶対に愛してるって言って下さい以上!」

トド松のルール説明にそれぞれ頷き、真澄は深い溜め息をひっそり溢した。

「じゃあトップバッターは……」
「あい!」
「十四松、お前ちゃんとルール分かった?」
「ぼくが一番野球を愛してる!」
「……愛してる入ってるからいいんじゃね?」
「どうでもいいよ……早く始めたら」
「そだね。十四松兄さんからスタートで。ほら二人とも位置について」

十四松が真澄の前に正座すると、彼女の方も面倒臭そうにゲームスタートの合図を待った。
「はじめ!」という末弟の声が掛かる。

「愛してる!」
「(ルール分かってたの?)愛してるよ」
「ぼくね、真澄ちゃんのことめっちゃ愛してますねん!」
「うん。私も愛してるよ」
「本当に!?わはーっ、照れますなー!」
「「いや照れちゃダメだろ!?」」

十四松、普通に笑い照れて敗退。

「まあ十四松だしね。次は誰行く?」
「フッ、ここはオレが行こう」
「じゃあカラ松兄さんね」

カラ松が十四松と場所を交代し、胡座をかいて格好付けて手をピストルにして「バーン!」と言って挑発する。
それが彼女を意地でも勝ってやろうという、何かのスイッチを押し、やる気に溢れさせた。

「愛してるぜ真澄」
「私も愛してる」
「アイラブユー。この愛を受け止めてくれ」
「うん。愛してるよ」
「フッ、トト子ちゃんの次にお前を愛してる」
(それで照れるわけないだろ。照れたらそいつMだぞ絶対)
(馬鹿だねぇ〜カラ松兄さん)
「私はカラ松のこと、一番愛してるけど」
「…………あっ……え?」
「世界で一番愛してるよ。カラ松」
「……、」
(ダメだこいつ。ミイラ取りがミイラになった)

言い慣れていても、言われ慣れていない。それに加えて『貴方が一番』のような言葉に弱かったカラ松は顔を真っ赤に染め上げて、俯く姿は何故か乙女らしさを感じる。
ここまで照れている彼はちょっと面白く、彼女は満足気に鼻先で笑った。

「はーい。次はボクが行くよ。ほらカラ松兄さん邪魔」
「のわぁ…!?」

カラ松を突飛ばし、今度はトド松が挑むようだ。この男は皆からドライモンスターと比喩されているとおり、気持ちを割り切るのに長けている。
これこそ難敵だなと、真澄は息を飲む。

「それじゃあボクから。愛してるよ♡」
「愛してる」
「真澄の優しい所を愛してるよ」
「愛してる」
「ボクらに付き合ってくれる所も愛してる」
「愛してる」
「そんなクールな所も愛してる!」
「愛してる」
「素っ気ない所も全然愛してるから!」

真澄に壊れたスピーカー並みのバリエーションのクソもない「愛してる」を繰り返されて、トド松は静かにイライラを募らせる。抑揚も表情も死んでいるので『本気で照れさせに来てるの?』とそれでも彼は多彩な愛してるを振る舞っていると、

「If he says "I love you" all the time he doesn't mean it.」
「へ!?え、今なんて……」
「はい。トド松の負けね」
「あ゛。あぁ〜……英語の内容が気を取られた」

照れさせるよりも、言葉を詰まらせた方が易し。ドライモンスターに勝てた事に真澄はほくそ笑んだ。

「今のなんて言ったの?」
「「愛してる」といつも言ってたら何の意味もなさなくなるよね、て言った」
「愛してるって言ってるけど愛の一片もねぇ!」
「このゲームディスってんの?」
「ディスってないから。ただ平時に冗談で毎回愛してるって言ってたら安っぽく聞こえるよね?て話」
「オレは冗談では無いが……駄目なのか?」
「私の愛してるの方がカラ松のより衝撃大きかったでしょ」
「ぅ……あれは…………一番なんて言うから……」

ゴニョゴニョと説得力の欠片も無いカラ松の言葉は無視して「次の人は誰?」と言う真澄はかなりこのゲームに意欲的になってきたようだ。

「じゃあ一松」
「え……なんで……」
「お前此処でやらなきゃ一番最後にやる事になるかもしれないよ?責任重大だよ?」
「え、えっ……でも……」
「ほら一松。やりなよ」

おそ松とチョロ松に無理矢理真澄の前に座らせられた一松はもうこの時点で尋常じゃない汗を掻き、ほのかに頬を染めている。
座らせた二人は何となく無理だとは思っているが、それでも一松を出さない訳にはいかない。
『全員に勝ったら』が条件の勝負だ。もしかしたら奇跡が起こるやもしれない。

「あー……今回は真澄からスタートで」
「うん」
「はい、はじめ!」

ギリギリの状態だが目を反らしはしない。彼女はそっと呟くように、一松の名前を呼んでこう言った。

「一松のこと……ちゃんと愛してるよ」
「……あ、愛しっ……て言えるかよぉ〜…」
「兄さぁーーん!!」

そのまま横に倒れて気絶し即終了。
一松らしい終わりを迎えた。

「あちゃ〜……」
「うん。実に一松らしいね」
「十四松。一松どんな感じ?」
「……ハッ。兄さん方大変ですぜ!一松兄さん息してる!」
「なんだってー。それは大変だなー」
「次は……チョロ松兄さん行っちゃう?」
「俺がラスボスね。いいじゃんチョロ松行ってこい!」
「おそ松兄さんの番はないよ。僕が此処で仕留める」
(仕留めるって、私を殺すつもりか)

綺麗に正座して、今にでも殺し合いでも始めようかみたいな威圧を放っているチョロ松。
だが幼馴染の事を熟知している真澄はこの男に対する秘策があった。

「愛してるよ真澄」
「私も愛してるよチョロ松」

チョロ松にしては色気のある声で囁くように、本当に愛してるかのように言うので内心真澄は感心していた。
初対面のちょっと可愛い女の子には童貞らしく、テンパって高い声や早口になる彼だ。落ち着いた声はなかなかに良いのだと、幼馴染の新たな一面に感心したのだ。これが常であれば彼女くらい出来そうなものを……。

「一生大切にしたいほど愛してる」
「明日の橋本にゃーVIPライブのチケットをチョロ松に譲りたいほど愛してる」
「マジでぇー!?本当に!?え、どうしよう!明日のやつ倍率高くて抽選外れたのに……もう真澄愛してる!」
「単純なチョロ松も愛してるよ。あげるとは言ってないけど」
「真澄様!どうか私にお恵みを!」
「はい。チョロ松の負け」
「負けで良いからどうかチケットを!」
「「シコ松がーーー!!」」
「あぅん!」

卑怯ではあったがチョロ松の弱点を巧みに使って彼女は勝利した。その代わりチョロ松は紅松に殴られてしまったが、私のポケットから出した少しよれているチケットを手渡すと、それはそれは幸せそうだったので恨まれる事は無いだろう。

「あーあ。みんなダメだねー。お兄ちゃんの勇者を見てなよ!」
「それを言うなら勇姿だよ」
「あーそれそれ。ま、勝ったらお前らの勇者になるのは間違いないけど!」
「此処まで来たら私も負ける気しない」
「望むところ!」

ドスンッ!と勢い良く腰を下ろし、不敵に笑うおそ松。それを冷静に見るが、少し好戦的な目をしている彼女も一瞬笑った。
お互いに最初は普通に変哲のない愛してるを言い合う。先に仕掛けたのはおそ松だ。

「俺さ、お前が養ってくれるんなら一生愛してる」
「私もおそ松が就職したら愛してるよ」
「本当はトト子ちゃんよりお前を愛してる」
(お、仕掛けてきましたねぇ……)
「おそ松のそう言う所も面白くて愛してる」
「チューしたいくらい愛してる」
「冗談を言う所も愛してる」
「……本気で愛してる」
「私も愛してるよ」
「本当に愛してるんだけど」
「うん。私も愛してるよ」

思った以上にお互い引かず、おそ松がちょいちょい仕掛けても軽くあしらう真澄。

「まじで愛してるんだって!」
「そっか。私も愛してるよ」
「本気で!愛してるのっ!」
「ありがとう愛してるよ」
「本当の本気に愛してる〜!」

″このタイミングだ″
直感でそう思った。

「私は……ずっと前からおそ松のこと愛してるよ」

少し上目遣いを意識してやると、長男は目を見開いた。しかしすぐに真顔に戻るあたり、彼はまだまだやる気らしい。

「俺だって愛してる」
「愛してるよ……おそ松」
「俺も……愛してる……」
「本当に愛してるんだよ……おそ松の一番になりたいくらいに」

この男は良くも悪くも長男だ。次男は貴方が一番というニュアンスが好きだが、長男というのは頼られると悪い気はしない生き物であり、貴方"の″一番の方が効果的だった。

「………………あ〜〜〜〜〜っ!!降参!」

おそ松はそのまま身体を後ろに倒して顔を両手で覆い、隠れきれていない耳は真っ赤になっている。
その反応に大層満足した真澄は渾身のドヤ顔をして、拳を高らかにガッツポーズをする。

「いや無理!お前どこでそんな事覚えて来たの?お兄ちゃん心配なんですけど!」
(分かるぞおそ松。あれは色々とクるものがある)
「ボク達の負けか〜。はぁ……また作戦練らないとだね」
「ところで何でこのゲームしようとしたの?」
「真澄が負けたらトト子ちゃんに、ボクらと愛してるゲームしてもらう為の橋渡し役をさせる気だったんだよ」
「あーなるほど。何でそこで普通に頼むとかしないのかな?まあ楽しかったけど」
「お願いしたらやってくれたの!?」
「トト子が拒否したら強くは言わないね」
「だよねー」

愛してるゲームは真澄の完全勝利を納めたわけで、当初約束していたお願いを1つ聞くという事を思い出す。
それについてトド松に訪ねると、自分等に出来る範囲でと言われて、叶える気はあるのかと彼女は考える。

「……特に無いからいいや」
「……真澄って無欲だよね」
「無欲というか……私は皆とこうして遊べて楽しかったから満足したし、もう欲しいの聞けたからいいや」
「え?」

「じゃあまた面白そうな遊びがあったら普通に誘ってよね」と用件は終わったから帰るという彼女にトド松は何も言えず、他の松達は気楽にまたなと幼馴染に手を振った。

愛してるはゲームだったのか

(…………えぇえええ〜〜!?)
(トド松どしたの?)
(ヤバい……ヤバいよこれ……この中に真澄の本命が居るかもしれない!)
((……はぁあああああ!?))


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