短編

□妄想アイドル
1ページ/1ページ



アイドルは僕の心の支えであり、女神なのだ。

「今日もにゃーちゃん可愛いかったぁ〜!」

現在の推しのアイドルは橋本にゃーちゃん。青い目に下がり眉で、ピンク髪に緑色のメッシュが入ったロングヘアーの子。それから猫耳に尻尾、猫グローブの俗にいうネコ系アイドルである。

「あぁ〜……にゃーちゃんは何であんなにも可愛いんだろ!奇跡としか言えない、超絶可愛い!」

そのアイドルのライブを終えて自宅に帰ろうとしていた時だった。

「いまの、地下アイドルの橋本にゃーじゃないか?」
「そうか?何かそれにしては幼いような……」

そんな会話が聞こえて二人組の男が向いてる方向に目をやると、確かにピンクのロングヘアーに緑メッシュが入った女の子の後ろ姿があった。
顔は見えないから本人かは分からない。猫キャラの特徴が一切ないのはプライベートの証拠なのか、それとも別人なのか……。
しかし僕はそんな事をお構い無しに「にゃーちゃん!」と叫んでその後ろを追ってしまっていた。

「あ、あああああの!にゃーちゃん!」
「ん?」
「にゃーちゃん!…………あれ。にゃーちゃん、ですよね?」

顔はにゃーちゃんそのもの……だったけど、妙に幼い印象を受けた。それに目は深い緑の光彩、握手会で会ったにゃーちゃんより身長が少し小さい気もする。あと左目の下に黒子あったっけ?
でも『にゃーちゃん』なのだ。もしかしたら女神はタイムスリップして僕の前に現れたのかもしれない。

「すみません。あの、貴方の言っている人は私の姉なんです」
「…………え、え!?じゃあキミ、にゃーちゃんの妹さんなの!?」
「はい。姉のファンの方ですよね?いつも姉を応援して下さりありがとうございます」

なんと、にゃーちゃんに妹が存在していた。しかもにゃーちゃんそっくりの妹さんは突然知らない男に話し掛けられたというのに、丁寧な対応をしてくれる。
まさに神対応!
聞けばこういった事は何度かあったらしく、姉妹でよく似ているので仕方ないと微笑んだ。

「勘違いして本当にごめんね」
「いえいえ。それじゃあ」

軽く会釈して去ってしまうにゃーちゃんの妹さん。

「……さすがにゃーちゃんの身内!良い子だし、ドルオタと分かっていてもキモがらない!」

妹さんもアイドルになって、にゃーちゃんと一緒にデュエットしたら良いのになぁ〜!
僕は第二の女神……いやトト子ちゃんが居るから第三か。この女神を一生忘れる事は無いだろうその子の神対応に浮かれていた。


あの日から時々あの子が夢に出てくるようになった。にゃーちゃんのようで、そうじゃない。夢の中の僕はちゃんとあの子だって分かっていた。
最近そのせいか僕はつい遅く起きてしまう。
だって夢の中のあの子はにゃーちゃんとは色違いの白猫の耳と尻尾を付け、キラキラしたステージに立ち、歌って踊っているんだ!
短い会話とも言えない中で聞いた声も余裕で頭ん中で再生。歌はにゃーちゃんの最新曲だった。
それを思い出して、茶の間でボーッとする事が多くなったようにも思う。

「最近チョロ松変だよな」
「おそ松兄さんも思った?いつもは『就活!求人!面接!』て言ってボク等の中じゃ早起きで尚且つ煩かったのに、最近じゃあ一番遅く起きてくるよね」
「悩みでもあるんじゃないか?オレが聞いてこよう」
「おそ松兄さん聞いてきてよ。ここぞという時の相棒でしょ」
「しゃーないなぁ。聞いてくる」
「……え」

僕がちゃぶ台に片肘付いてボンヤリ夢の中のあの子を思い出していると、おそ松兄さんが僕の横に座り、肩に腕を回して「悩みでもあんの?オススメのAV教えてやろうか?」なんて言うから裏拳かまして大人しくさせる。
今良いところなんだ。僕に手を振ってくれるファンサを受けてる最中だ。

「今のはおそ松兄さんが悪い」
「冗談なのに裏拳かますか!?」
「その冗談がいけなかったんでしょ」
「チョロ松。最近ボーッとしている事が多いが悩み事か?」

カラ松もおそ松兄さんとは逆に座り、珍しく兄らしく心配そうに声を掛けてきた。痛々しい言葉を言わなかったので、何となく言ってもいいかなぁ……と思って口を開いた。

「最近夢に出てくるんだ。にゃーちゃんの妹さんが」
「にゃーちゃんの妹?」
「へぇ。チョロ松兄さんの推しアイドルに妹なんて居たんだ」
「何でその妹が出てくるんだ?」
「この前に行ったライブの帰り会ったんだ。妹さんもにゃーちゃんにそっくりでね、僕がにゃーちゃんだと思って声掛けたんだけど、丁寧な対応ですごく良い子だった。それから夢に出てくるようになったんだけど……もう超絶可愛いんだ!理想のアイドル!にゃーちゃんとデュエットしてくれたらなお良し。絶対に人気が出る間違いない!夢の中でのファンサも神ってたなぁ……」

いっそのこと僕がプロデュースさせてくれたのなら、彼女がもっと上に行けるよう僕の人生賭けてもいい。

また妄想が捗り、僕の脳内は幸せに侵食される。
何であんなにも可愛いの?にゃーちゃんとトト子ちゃんよりも気になるのは、光る原石を見つけた高揚感からなのかな。はぁ……また会えないかな。

「キモっちわる……」
「なるほど。チョロ松はそのガールに恋をしたんだな!」
「違うでしょカラ松兄さん。チョロ松兄さんの場合、推しのアイドルにそっくりだったからだよ」
「でもよトド松。一度会っただけしかねぇのに、チョロ松がここまで気持ち悪い奴になるか?だったらその推しのアイドル眺めてたら良いだけじゃん」
「そう言われるとなぁ……。あとおそ松兄さん、鼻血汚いから早く拭いて」
「え、出てる?マジかよチョロちゃん手加減しろっての」

肩を軽く叩かれてそっちを向くと、カラ松が僕に向かってサムズアップする。夢から無理矢理覚まされた気分になって顔をしかめれば、カラ松は気にした様子もなく話し掛けてきた。

「チョロ松はその子が好きなんだろう?」
「へ!?好きというか……いや好きなんだけども、でもあの子はもう女神というか、理想のアイドルになれる逸材というか」
「まどろっこしい!要はセ○クスしたいんだろ!」
「黙れ節操なし!あの子は汚れていない純真の天使様だぞ!?僕の天使を汚す妄想してみろ殺す」
「本人に会った事ねぇーのにどうやって妄想すんだよ!」
「しかしチョロ松。その子に会いたいなら妄想ばかりしてないで、外を出歩くべきではないか?」
「……………………あ」

最近の僕は本当にボンヤリしていたようだ。夢の中の内容が楽しくて、妄想している間は幸せになれたから何も気付かなかった。カラ松の言うとおり、外に出なければあの子には会えない。

「兄であるこのオレが探すのを手伝って、」
「母さーん!確か買ってきて欲しいのなかったっけ?僕買ってくるよ」
「あら珍しい。ちょっとメモするからお願いね」
「…………オレのハンドが必要になったら呼んでくれブラザー」

都合良く会えるとは思わないけど、何か行動しなければ彼女に会える訳がない。
母さんからメモを受け取り、珍しく名乗り出たからか「おつりは使っていいわよ」と耳打ちされ財布を渡される。
1人で持てるくらいの量なのを確認して、玄関で靴を履き、僕彼女に会うための一歩を踏み出した。


「……といっても、すぐ会えるわけないよね」

不審者に見られないようにごく自然に周りを見て、スーパーで玉ねぎと人参、じゃがいもとみりんを買って『今日は肉じゃが?それとも明日かな』とか考えて、来た道とは別ルートで彼女の姿を探す。
でも、あの綺麗なピンクの髪をしている彼女を見つけられなくて、家が近くなってくるのを感じて気が重くなる。
重くなるといえば、このレジ袋に入ってるラインナップ達。家族8人分で地味に重い。こんな事ならカラ松連れて来た方が良かったなと、痺れてきた持ち手を変えた時だった。
ビリッ、という絶望の音を聞いたのだ。

「あぁ〜……どうしようコレ」

腕に抱えて持っていけなくはない。破れた箇所を縛って、玉ねぎは持つとして他の3つを入れていけば良いか。
しゃがんでレジ袋を結んでいたところ、僕の視覚に誰かの足が入った。

「大丈夫ですか?」
「はい。何とか大丈夫ですぅうううう!?」
「あ、この間の……」

女神降臨。今日の彼女は髪をポニーテールに結び、心配そうに僕を見下ろしていた。

「おぼ、覚えて……」
「記憶力は良い方なので。それにしても災難でしたね」

結んでる途中のレジ袋を見て「それじゃあまた破けますよ」としゃがみ、バックから可愛い肉球がプリントしてあるエコバッグを取り出して僕に差し出してくれる。
なかなか受け取らない僕を見かねて、彼女はさっさとそれを開き落としてしまった食材を詰めてしまうのを、ただ静観してしまう。全てを納めて立った所で頭の処理が完了し、僕も立ち上がり慌ててお礼と謝罪を繰り返し荷物を受け取った。

「困った時はお互い様です」
「でもごめんね。あと、これどうしたら……」
「それ差し上げます。他にも使ってないエコバッグありますから」
「そんな訳にはいかないよ!返すから!」
「……じゃあ次のお姉ちゃんのライブの時に返しに来て下さい。あ、でも次のライブ来れますか?」
「……ごめん。チケット取るの忘れてた」
(忘れてた?……忙しかったのかな)

僕は失態を犯していた。にゃーちゃんのファンとして許されない、次回のチケット販売を確認しなかった。金がなくて泣く泣く諦めた事もあったが、今回は行けたはずだった。今からだと完売しててもおかしくない。

「はい。丁度良いからこれどうぞ」
「え?」
「毎回姉に一枚貰うので、良かったらどうぞ」
「でもコレを貰ったら……」
「私は時々しか行かないので、貰ったら大抵友達にあげてしまうんです。それに身内という事でライブ会場によっては特別入場無料になるので気にしないで下さい。今回も馴染みのライブハウスなので」

にこりと笑い、僕にチケットを出す女神。
もう好きとかじゃない、崇拝する為にある本当のアイドル様。アイドルというのは人に元気を分け与えてくれる存在だ。でもこの子は元気だけでなく、人を喜ばせる力があった。神ってる……神対応すぎるよ。

「ライブ終わったら出入り口で待ってて下さいね。変装して行くのでびっくりしないで下さいよ」
「あ、待って!僕はチョロ松。君の名前は……」
「真澄です。またね、チョロ松さん」

僕の妄想でしかなかったアイドルは、僕の名前を呼んで去っていった。


現実でも理想のアイドル

(お帰りチョロま……そんな袋持ってたっけ?)
(僕は本当のアイドルに出会った。もう彼女しかこの日本を救えない)
(更にキモくなってんだけど)
(ブラザー、会えたんだな!コングラチュレーション!)
(今からプロデューサーになる方法模索してくる。彼女を最高のアイドルにしてみせる!)
((うわぁ……巻き込まれた人可哀想))

.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ