短編

□天じくあがりしたければ
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あの………これはどういう事なんですかね?

「これがカラ松の愛人?」
「らしいね。部下の何人かが見ている」
「アイツ貧乳好きだったのか。まあ班長さんとやらにのめり込むよりは幾らか趣味はマシか」

一松さんとカラ松さんによく似た顔が二つ。これで同じ顔がこの世に四人いる事となった。『世界には自分と同じ顔した人が三人存在する』なんて説があったが、見事その説は立証されたわけだ。すごいですねー。

「……あのすみません。私なんで拉致られたんですかね?」

そうなのだ。休日だから特売目指して少し遠い所に買い物に行こうと工場の敷地内から数分出た所で黒服の人達に拉致されて、どこかの豪華なホテルの一室に連れてこられたら高級そうなソファーに座らされお茶を出されている。
短い人生だったなぁ……とか思っていたら一松さん達に似た二人が部屋に入ってきて何のドッキリかと思った。

「んー?カラ松が珍しく執着してるからどんな子かなーって」
「……それだけですか?」
「うん。それだけ」

カラ松さんの関係者なのは分かった。様相からもそれは窺えるし、部下の黒服さん達を従えているという事は幹部以上の人達なのだろうか?ま、どうでも良いですけど……て、

「あの私、カラ松さんの愛人でも恋人でもないんですけど」
「……え?じゃあお前なに」
「さぁ……言うならお友達ですかね」

本人は恋人になってくれと言うが、彼から感じるものは『本気』ではなくて『寂しい』という感情だ。実際に今の友達みたいな関係は存外居心地が良い。お互いにちょうど良い距離感だと思われる。
一松さんは……あの人は本気なんだろうな。最近は猫の集会場所に連れて行ってくれたり、綺麗な花を見つけたからとプレゼントしてくれたり、『好きです』アピールがこまめにされている。「可愛い事するなぁ……」と結局母親のような心境で一松さんを見てしまい、いつになったら男として意識してやれるのやら……。

(チョロ松……これアイツの片思い?)
(そうなんじゃない?聞けばあそこの班長さんもこの子にゾッコンだとか)
(それカラ松の元カレじゃん)
(最初はカラ松⇆班長だったのが、カラ松→この子←班長になったんだね)
(ひえぇ……どうしてそうなるの。この子にそんな魅力あると思う?)
(調書によれば料理が上手いらしくて、食堂に務めだしてから工場内が活気に満ちて前より生産率が向上してる)
(なるほど。胃袋掴まれちゃった系か)
「あの」
「あ、ごめんねー。そかそか友達か。遅くなったけど俺はおそ松!カラ松の兄貴分みたいなもん」
「……チョロ松です」
「……姉崎です」
「真澄ちゃんね、よろしく」

苗字を名乗ったのにあえて名前を呼ぶのか。カラ松さんが知ってるからお兄さん達が知ってるのは予想範囲内です。だけど……この人、性格悪そう。

「……その顔どんな感情?」
「どんな顔してますか」
「俺のこと嫌だなぁとか思ってそうな顔」
「惜しいです。性格悪そうだなと思いました」
「お前もなかなかに性格悪いね」
「それほどでも」
「褒めてないよ!?」

チョロ松さんにツッコまれてこの人は苦労性ぽいなと、今までの経験から一番損する人のように思えた。おそ松さんに振り回されてそう……。

「これも何かの縁だし、昼も近いから飯奢るよ。何食べに行く?」
「思い出しました。すみません。スーパーの特売に行かなきゃならないので私はこれで失礼します」
「待て待て待て。必要な食材も買ってあげるから一緒にご飯食べに行こう。ね?」
「…………本当に私がどんな人物か見たかっただけなんですか?」

やけに引き留める彼に違和感を感じてその事を口に出す。彼はあからさまだったかと苦笑いして、如何にも芝居がかったように話し出した。

「実はねぇ、今度俺等の所と敵対している奴等のパーティーがあるんだよ。しかも驚いた事に招待状が送られてきて『手を組まないか?』みたいな内容だ。正直俺は組みたくないんだよね……でもパーティーに便乗してアイツらを潰すには絶好のタイミング。だけどそこに出席するには必ずパートナーが必要でさ……カラ松がお前じゃないとダメらしくて、仕事だっつのに他の奴に頼めって言うの。襲撃の際には行けばいいだろって本当に困っちゃうよな?アイツをターゲットの近くに置いておきたいのにさぁ」
「(単に私を言い訳にしてそこに行きたくないだけでは?)……つまりそのパーティーに私が出席しろってことですね」
「ちなみに拒否権は無いよ。ここで死ぬか、そのパーティーで生き残れるかの二択だけ。真澄ちゃんはどっちを選ぶ?」

おそ松さんは銃を取り出し私に向けて笑っている。
そうか……拒否権ないのか。
なら条件付けるくらい良いよね。

「今後、工場に無茶な発注止めてくれませんか?社員に平均睡眠六時間与えるような社内改善に努めて頂くなら引き受けます」
「うーん……いいよ。その条件飲んであげる」
「そうですか良かったです。でもって一応言っておきますがドレスとかスーツは一切持ち合わせてないのですが」
「それは分かってたから此方で用意してある」
「では日時は?」
「今日の夜」
「分かりました。生きてたら頼んだ食材明日持ってきて下さい」
「順応早すぎるでしょ!」

ブラック工場に勤務してたんです。日時が今日と言われても驚かない、納期が早まる事なんてしょっちゅうな職場に居たんだ。大して変わりません。
そのあと、最期の晩餐になるかもしれないからと無理矢理このホテルの最上階レストランで見たことない綺麗な料理(フレンチというらしい)を奢ってもらい、勿論おそ松さんとチョロ松さんも相席しているわけで、カラ松さんとの出会いとか話して(唐揚げだけでラブコールするようになった話におそ松さん爆笑)友達かのように振る舞うその席は端から見たら異様だったと思う。
マフィアっぽい出で立ちの二人に平凡そうな女が普通に話している。ある意味怖いですよね。一般のお客さん達思わず二度見してましたもん。

******

「おそ松!俺のハニーをどこに……」
「よっ、おかえりー」
「……貴方の恋人になった覚えないんですが」
「………………お前……真澄、なのか?」
「どうよコレ!めっちゃ化けたっしょ」

例のパーティーが夜7時。今は6時少し前で私はヘアメイクされ、動きやすいドレスも着せられて準備万端の状態でソファーに座っていた。
暇だからおそ松さん達とUNOしてると焦ったようなカラ松さんが荒々しくドアを開けて入ってきて、いつものようにドアの心配をしてしまう。そのせいで否定が遅くなってしまった。

「真澄ちゃんとならパーティー出席してくれるんだろ?」
「……」
「カラ松?」
「…………か、……かわいい」
「!?」

この人が照れるなんて初めて見た。その反応が一松さんとそっくりで……一松さんとそっくり?え、なんで。この人は私に本気じゃないはずでしょう?

「(あーあー空気甘っ)カラ松早く着替えてよ。隣の部屋にお前のも用意してあっから」
「はっ、おそ松!一般人である彼女を危険な事に付き合わせるわけにはいかないだろう!」
「もう無理だよカラ松。今から別の女を用意するのも、ドレスも何もかも用意する時間がない」
「チョロ松………………真澄。なんで断らなかったんだ」
「おそ松さんに殺すと脅されたので」
「……お〜そ〜ま〜つ〜?」
「お前が守ってやればいいだけだろ?それくらい朝飯前でしょ、カラ松なら」
「チッ……ああ守ってみせるさ!今日の事が片付いたら暫く休暇もらうぞ」
「おー。考えとく」

憤慨した様子のカラ松さんが隣の部屋に入っていき、荒々しくドアを閉めるのでまた壊れないかと心配する。
カラ松さんが見えなくなると、おそ松さんは私に向かって「どう?」なんて聞いてきて、意味を計れなかった私は分からずに首を傾げた。

「俺も驚いたけど、カラ松、結構キミのこと大切にしてるんだね」
「大切、ですか。貴方にはそう見えたんですか?」
「うん。そして、気づいちゃった真澄ちゃんは戸惑ってる。ずっとアイツが本気じゃないと思ってたんでしょ?」
「…………ええ、そうですね。寂しさと依存で成り立っている関係だと思ってました」
「あら素直」
「でも私はどうも欠けているようです。彼らが望む答えを今は持ち合わせていない……恋愛って、どうやるんですかね?」
「んー……セックスしたいかしたくないかかな?」
「学習しなさいよ。そいつからまともなアドバイスは聞けないって」
「チョロちゃんひどーい!」
「次言ったら暫くデスクワーク地獄見せるぞ」
「すんません」

おそ松さんの言葉に素直に思ってる事を言うけど、恋愛感情ってどんななのか聞いたら上手くはぐらかされた気がする。チョロ松さんの言うように彼がまともな恋愛をしてないと分かるはずなのに、つい答えを求めてしまった。

隣の部屋からカチャリと静かに扉が開かれる。良かった。ドアは壊れておらず正常のようだ。
いつもの白シャツに黒ネクタイの黒服カッチリしたものから、青のシャツにチェンジして腕捲りしている。開いた胸元から覗くのはゴールドのネックレスだ。

青色は彼によく似合っていた。

「いつもカッチリしてますけど、そういうのも似合いますね」
「本当か!?」
「はい。格好いいと思います」
「、……お、俺は何でも似合ってしまうからな!……そうか……格好いいかぁ……フフ」
(……調子乗ってるところは可愛いですけど)
「そんじゃお二人さん。頑張って行ってらっしゃい」
「車、下に回したよ」

例のパーティーに向かえと指示が出される。
果たして私は明日を迎えられるのだろうか。一松さんを泣かせるような事はさせたくないな……ついでにこの人にも。

「大丈夫だ。俺が守る」

一瞬だけ、今日が私の最期になったとしても『幸せだったな』と死ねるかもしれないと思った。どこか欠けている私に二人がどうであれ、好意を抱いて大切にしてくれたから。
……ま、死ぬ気はありませんけど。

彼の言葉に頷いて、私の生死が関わる舞台へ運ぶ鉄の塊に乗った。

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