短編

□白雪姫ではなく、魔女を頂こう
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「……今日は居ないんだ」
若き魔女が出入りしているバーの前で、ある青年はそう呟きました。
そうです。昨日のあの怪しげなローブを被った男でした。扉が開いてなかったため、今日は薬売りが来てないことがわかりました。
「そんな!やっと会えると思ったのにあんまりだわ!」
こちらの声は勿論女王様です。お忍びで来ているため、此方もなかなかに怪しいローブ姿でバーの前で佇んでおりました。
怪しい二人がいる裏通り。そこを通る者はあまり関わりたくないと避けて行きます。
「「はぁ……」」
二人が同時にため息を吐き、別方向に去っていきました。女王は自分の城へ、男は街中へと歩みました。

「一松王子!やっと見つけましたよ!」
眼鏡を掛けた人の良さそうな青年が怪しいローブの男を『一松王子』と呼びました。慌てて王子と呼ばれた男は眼鏡の男の口を塞ぎ、すぐにその場所から離れました。
「大声で王子って呼ぶんじゃねえ!ここは俺の国じゃないんだぞ!?」
「すみません……て、そうじゃありません!ここの姫に婚約を申し込みに来たのに、王子が居ないと話が進まないんですよ!?」
「……いや、婚約なんて……荷が重いし、俺みたいなクズでゴミみたいな王子に嫁がなきゃいけないとか可哀想でしょ」
「婚約先はあの白雪姫ですよ?可愛いと評判の」
「だから荷が重いんだって!確かに可愛いお嫁さんが欲しいとは思ってるけど、でも俺より好条件な奴が現れたら……というか相手にされないって。……ぅ。無理、吐く。もしくはウンコ漏らすぞコラァ……」
「それだけは止めて下さい」
この豆腐メンタルの男は、実は隣国からこの国の姫に婚約を結びに来た王子様でした。
しかしご覧の通りの有り様。王子のお目付け役もこれには参った様子でした。
「ところで。ハンカチの君にはお会い出来たのですか?」
「えっ……なんで知ってんの」
「見知らぬハンカチが貴方のポケットからはみ出ていましたから。昨日こっそり宿を抜け出して猫の薬を買いに行った際に拾ったのでしょう?しかも、わざわざ今日も一人で宿を出てったのは、落とした人物が誰か知っていると思われました」
「なにその推理力。怖いんだけど」
従者は微笑んで、先程と同じ事を王子に聞いた所、「会えなかった」の一言が返されて「残念でしたね」と答えました。
「さあ一松王子。今からお城に行きましょうね」
「……あ、明日に」
「滞在出来るのは明日まで。明日には自国に帰るのですから。はい行きましょう!」
「いやぁ〜〜!離せぇ〜〜!」
日頃の運動不足が祟って、従者に引き摺られていく王子様を町の皆は好奇の目で見るのでした。

しかし城に着くやいなや、門番からは白雪姫は現在行方不明と聞かされる。婚約を申し込みに来たのに、白雪姫が居ないのなら話もありゃしない。王子はある意味ホッとして、婚約という責任の重さから逃れた。
門前払いを食らった二人は宿に戻り、今後の事について話します。
「白雪姫が行方不明になってたとは……」
「にや〜お」
「よしよし。あ、お薬の時間だね。ミルク用意して」
「……はい」
全く話を聞いていない、猫に愛情を注ぐ主の命令に従う彼。いつものようにミルクを貰いに厨房に行き、お猫様専用の器に移して主に渡しました。
そのミルクに薬を3滴垂らして猫に差し出すとよく飲みなさる。
「お前、怪我良くなってきたね。やっぱりあの薬売りは当たりだった」
「……王子。話を戻しても良いですか?」
「今後の話でしょ。白雪姫が行方不明だったので婚約の話は出来ませんでした。はい、おしまい」
「そうなんですけどね?そうなると、一松王子の次なる花嫁候補が溝(どぶ)国の姫、ドブス姫なるのですが」
「………………マジで?」
「マジです。"あの"心までドブスで有名なお姫様しか残っておりません」
「な、何とかならない?」
「貴方が自力で見つけるなら良いですけど、城からあまり出ない、人前が苦手な貴方では厳しいかと」
「お前もよく言うようになったよな」
急に自分の先行きがバッドエンドの予感がして、自分にはお似合いの不幸だとか自虐する気も起きないくらいには王子も頭を抱え込んだ。
「……自分で候補見つければいいんだろ?」
「はい。頑張って下さい」
「はぁ……とりあえず、ハンカチ返しがてら探すか。薬のお礼も言わなきゃ」
「(あの可愛いらしいハンカチは例の薬売りさんでしたか。でも聞いた話では青年だったはずでしたが……)明日は私もその薬売りさんに会いたいのでお供致しますよ。妻が最近身体が疲れやすいと言ってたので会えたらいいなぁ」
「ま、眩しい!リア充が目にイテェ!」
王子がリア充オーラにやられて絶叫した頃、此方も青年に会えなかった女王は意気消沈したように部屋の椅子に座って物思いに耽っておりました。
「あの方は焦らすのが上手いのね。嗚呼……会いたいわ。会えないと虜の呪いが使えないじゃない」
おお。なんとも魔女らしい御言葉だこと。
そして習慣である鏡に話しかけるのだ。
「鏡よ鏡。世界で一番美しいのは誰?」
『森の奥に住む魔女でございます』
「……あら。うっかりしてたわ。会えないなら彼の家に行けばいいじゃない!」
女王は自分が美しく映える黒衣のドレスを選び、綺麗に化粧を施していく。そして、今度は虜の呪いが掛かったリンゴを持参して意中の彼がいる森の奥へと向かいました。
緑が続いていた中、ログハウスが見えてきます。
(小人の家からそんなに離れて居ない所にあったのね)
ログハウスの前でコホンッと喉を整えて、戸を控えめにノックします。
「御免くださいな。誰かいらっしゃいませんか?」
中でカタンッと物音がしたあと、半分だけ戸が開かれて家主が顔を出す。
「……どちら様ですか」
「薬売りさん!お会いしたかったわ」
若き魔女は突然の訪問者に慌てて目眩ましの呪いを掛けて出てきた。
見慣れない美しい女性。自分よりも年上の魅惑的な人であるが、それと同時に禍々しいものを感じとる。
(この人も……魔女?)
「突然押し掛けてごめんなさい。でも、どうしても貴方に会いたくて……」
「どのようなご用件でしょうか?」
「私、貴方と仲良くなりたいの。お近づきの印にこのリンゴを受け取って?」
籠から取り出されたのは真っ赤な美味しそうなリンゴ。可愛いらしいレースのリボンが結ばれていて、明らかに好意を持たれていることに若き魔女は戸惑いました。
「……これは何の呪いを掛けたリンゴですか」
「あら分かっちゃう?貴方も魔女だったわね。うふふ……出来れば食べて欲しかったわ」
魔女だとハッキリさせたところで、若き魔女は白雪姫に毒リンゴを食べさせたのはこの人だと確信する。やり口が同じだったからだ。
「普通のリンゴなら受け取って下さる?」
「え?……ええ、それなら」
今度は変哲のないリンゴが渡されて、心優しい若き魔女は受け取ってしまいました。しかし、このリンゴからも何やらイヤな予感がしてなりません。
「美味しそうなリンゴですね。ありがとうございます。明日の朝食にでも頂きます」
「どういたしまして。今日は挨拶だけ……明日はケーキを持ってくるから、一緒にお茶しましょ?」
「明日は忙しくて家に居ないかもしれません」
「そう……でも、また明日……ね?」
意味深に笑みを浮かべる美女は、若き魔女の家から去っていった。
「……このリンゴも呪いが掛かってる」
ごめんなさいと若き魔女はリンゴに謝り、暖炉の火にくべた。炭になっていくリンゴからはどす黒い煙が吹き出される。それが魔女の呪いが掛けられている証拠なのだ。

こうして其々の運命の日が訪れたのでした。

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