短編

□呪いの言葉
1ページ/1ページ



私のある一言が呪いとなって相手を死に導く。それに気づいたのは案外早くて、その言葉は一生言わないと決めて周りの人と距離を作るのに時間はかからなかった。

最初は私の大好きだったお母さん。次にお父さん。その次にペットの猫。そして次に親友だった子。その次に引き取ってくれた祖母。

私がその時一番に大切なものは、「好き」という言葉を伝えたせいで1週間以内に死んでしまった。

16歳になってから呪いとなってしまった言葉。3年間でその大切なものたちが次々に失われ、高校を卒業する時には私の周りに大切なものは置かないようになっていた。

なって……いたのに。

お節介な奴が一人いるせいで、私はまだ独りになれない。

「真澄!今日の俺は乙女座のお前と居ると良いことがあるらしい。デートしないか?」
「……しない。悪いけど用事あるから帰って」

仕事がない今日を嗅ぎ付けて、目の前の男は私のアパートの呼び鈴を押した。本当は用事なんてなくて、仕事以外は極力外出しない私。それを知ってるから彼は自信満々で、強引に私の領域に踏み込もうとする。

「どうせ用事と言ってもスーパー行くくらいだろ?その買い物ついでに俺とデートと洒落こもうじゃないか!実はこの前オープンした水族館のチケットがなんと此処に二枚ある。いいだろ?」
「……他の兄弟の誰かと行きなよ。十四松あたりなら喜んで行くでしょ」
「ダメだ。乙女座はお前しかいないんだ!頼む、このカラ松の1日をハッピーにするためにも!」

カラ松を含めた六つ子とは高校から知り合った。私に関わった人達が次々に死んでいる事から『死神』なんて噂されてる時に、三年生最後のクラス替えでカラ松と同じクラスになって、席も隣になった。

─「俺はカラ松だ!よろしくな」
─「……あまり関わらない方が良いよ。私、死神だから」
─「死神か。エンジェル・オブ・デス……死の天使とも言うらしいぞ。お前には天使というのが似合っている」
─「は?」
─「俺も死ぬなら可愛い天使に奪ってもらいたい。真澄と居たら、いつかそうなるのかな?」

頭がおかしい奴というのが第一印象。しかも教室で普通の声で言うからクラス全員から視線を集めていて、告白まがいの公開処刑にあった。

それからずるずると、カラ松が私の傍を付かず離れずで大人になった今も……この変な友達ごっこは続いている。


結局根負けして、カラ松に連れられて水族館に行く事になった。
デートと言った彼だが、手を繋ぐこともなく、いつものイタい革ジャンのポケットに手を突っ込んで私の隣を歩いている。
そんな彼の隣を大人しく歩いている私も、どこか頭がおかしいんだと思う。


入場して、私達を迎えうったのは大きな水槽。この水族館の名物の一つが最初にインパクトを与えて、不意に私の中の好奇心が呼び起こされる。

「おお……!いっぱいいるな!」
「……うん」
「ほら、あれ!ウミガメじゃないか!?」
「あ、ホントだ。あんなに大きいんだね」
「サメもいるぞ!一緒の水槽に入ってるのに、魚を食べないのが不思議だよな」
「十分なエサを飼育員が与えてるからお腹いっぱいで食べられないんだそうだよ。それでも小さい魚とかはたまに食べちゃうから数調整してるらしいけど」
「……詳しいな」
「家族で水族館行った時に、私も同じ事を聞いたの。そしたらお父さんが教えてくれたんだ。昔、水族館でアルバイトしたことがあったんだって」
「……そうなのか。おっと、イルカショーが14時から始まるんだ。そろそろ移動しよう。また最後にゆっくりみような」

……お節介。両親の事を話すとカラ松は話題を切り替えてくる。
けどもう、辛くはないのにな。思い出したら悲しくなることはあれど、それより辛いことが現在進行形で続いてるから、それほど苦しくない。いや、前よりもずっと苦しい。

ああ。カラ松のお節介焼き。

イルカのショーでは前に行き過ぎて、飛沫で二人でびっしょりになって、売店でイルカがモチーフのTシャツと黒に白のラインが入ったジャージをお揃いで買った(私が買ったやつをカラ松が真似しただけ)

デートらしくなり始めたのが嫌だったけど、カラ松が楽しそうに笑うから言葉をまた飲み込んだ。


「まさかあんなに水が飛んでくるとはな」
「そうだね。でも、イルカ可愛いかった」
「……この後はどうしようか。ある程度見たらご飯でも食べに行こうか?」
「ううん。服買うのにお金使ったし、食べに行ったらニートのカラ松には厳しいでしょ」
「フッ。ところが昨日、女神が微笑んだから懐は潤っているんだ。今ならお前の分くらいなら出せるぞ」
「へぇ。そうなんだ」
「………………え。あの、お前のぶん出せるぞ?」
「うん。でも私に使おうとしなくていいから。水族館に連れてきてくれただけで十分」
「……たまには外食をしたらどうだ。真澄は家に引きこもりすぎだ。それに、乙女座が俺のキーパーソン。もう少しくらい俺の傍に居てくれないか?」

ああ。そういえばそうだった。占いの結果を鵜呑みにしたカラ松が私を家から引っ張り出して此処に来たんだった。

「…………わかった」
「本当か!?はは、真澄とご飯食べに行くの久しぶりだな!」

最後に行ったのはいつだっけ。ちょいちょい連れ出されても、釣り堀とか公園とかあまりお金のかからない所に行って話して……あ。
一年前の遊園地以来だ。
あの日もチケットが手に入ったからと無理矢理連れ出されて、その園内のレストランで食べた時以来だ。あの時私が頼んだのは和風パスタで、カラ松がハンバーグ定食だった。食べに行くなら洋食系統とは違うもの……


「……ラーメン食べたいかも」
「え、ラーメン?」
「うん。ラーメン屋さん、もう3年は行ってないから食べたい」
「どれだけ殻に閉じ籠っていたんだインドアガール。でもラーメン……折角のデートなのに」
「デートじゃないでしょ。友達同士で遊びに来てるんだし、お洒落な所で食べなくてもいいじゃん」
「……でも、お前との久しぶりの外食、」
「それに。このTシャツにジャージという格好でお洒落な店に入れると思う?」
「あ、そうだった……ミステイクッ!」


じゃあラーメンという事で決まり、そのあとはクラゲの群集を見たり、ペンギンの散歩に出会したり、普通に楽しんだ。


今日はとても楽しかった。このお節介な男がいるお蔭で、私の本当は寂しいという心を救ってくれている。それだけ……彼の隣は心地が良い。
でもそれ以上は望めないから、友達ごっこはずっと続けていきたい。何も変わらなくていいんだ。

ラーメン屋さんで久しぶりに食べて満足した。暫くは外食しなくても平気なくらい満たされている。

「ご馳走様」
「ふーっ………食べすぎた」
「調子に乗ってチャーハンも食べるからでしょ」
「仕方ないだろ。ラーメンだけじゃ物足りなかったんだ」

話し込んで暗くなった夜道を二人して歩く。この行き先は私の家の方角。カラ松は自分の家へと繋がる角を曲がらず、紳士的にも送ってくれるらしい。

「カラ松の占い、乙女座の人と居ると良いことが起きるって言ったけど、私の方が得して終わっちゃったね」
「そうか?俺も結構良いことが起きたぞ」
「なに?」
「まずは真澄と水族館に出掛けられた」
「ノーカンでしょ」
「これは序の口だぜ。次にイルカショーでずぶ濡れになって、お揃いの服を着れた。ついでに濡れて透けた下着の色が水色だったのはなかなか……」
「おい変態」
「でもって一緒に外食出来た。一日中、お前と過ごせたこそが俺のハッピーなんだ!」
「…………あっそ」

クサイ台詞は高校の時から聞いてきた。今日来たのも、引きこもりがちの私を心配してだろう。占いも本当にあったのかも分からない。


「…………好きだ」


その言葉がしっかり耳に入るまでに数歩進んでしまい、いつの間にか足を止めていたカラ松と距離が出来る。
ゆっくり振り返ると、いつもの眉の角度をもう少しきつくさせて、真剣に私の目を見ようとする彼がいた。


「高校の時から、ずっと……ずっと好きだった」


ぞわりとしたものが私の頭を冷やさせる。呪いの言葉が返事をしろと囁いた気がした。
私の中にある恐怖が足を後退させる。咄嗟に逃げようとしたら「逃げるな!」という大きな声で動かなくなる。

「逃げないで、俺をちゃんと見てくれ」
「…………、わ、たし」
「あのとき言っただろう?俺は可愛い天使になら命を奪われてもいいって」

なんて勝手な言い草なんだろうか。どれだけその言葉をお前に言いたくないのか人の気も知らないで!

「1週間でも俺にとったら十分幸せだ。どんな形であれ、最後はお前が見届けてくれるんだろう?」
「……ばっかじゃないの。軽々しく死を口にするな!どれだけ……どれだけ私を苦しめさせれば気が済むの!?どれだけ私を」

独りにさせようとするの?

耐えきれなくなったものが涙になって、夜道の道路にシミを残す。
もう何も一番大切なものは作りたくない。なのに心は目の前の彼よりも身勝手で、一番という気持ちを大きく育ててしまう。

いっそのこと、私が死にたいくらいだ。


「だったらもう……死神の真似は止めよう」
「……え」

死神の……真似?

「噂がお前を傷つけて、そのうち自分でも死神になった気になったんだろう。でもあれは不運であり、たまたま起きた事だ」
「……」
「いつかは人は死ぬし、もしかしたらこの瞬間にもあの世に行ってしまうかもしれない。お前が言ったからとか関係なく、それは当たり前のようにある」
「……、だけど!」
「それでもお前のその言葉で呪われてしまい、死んだとしても聞きたいと俺は思う。だってそれは……きっと、俺にとったら幸せそのものだから」


離していた距離が縮まり、冷えた指先を包んで私の両手を握られる。


「それとも俺が嫌いか?」


……そんなわけ、ないでしょ。

分かっているのに、どうして聞こうとするの。伝わってるくせに、どうして私からその言葉を出させようとするの。

ぐちゃぐちゃになった頭は限界だと言った。

「……こわ、い。また独りになるの、怖い。言いたくない。言ったらカラ松、死んじゃう……、。やだっ……怖いよ」
「……大丈夫だ。お前が望むのなら俺は死なない。ずっと傍にいる。だから聞かせて?」
「……ぅ……あ、…………から、まつ。……カラ松、」


「…………すき」


ああ、言っちゃった。もう独りになりたくないのに『今』を望んでしまった。

「〜〜っ、真澄!」

力強く抱き寄せられて、カラ松の涙声が耳に届く。

「俺はすごく幸せだ。占いは本当だった……とても良いことが起きた」

それから安堵した声。とても嬉しそうだ。

「好きだ……。一生をかけて幸せにしてやる。だから俺はお前の傍に在り続ける事を誓おう」
「……ほんとう?」
「ああ。勿論だ!」
「…………じゃあ、約束よ。私より先に死なないで」
「それは……ちょっとなぁ。天使に見守られながら死にたいのは違いないからな」
「約束」
「……仕方ない。約束しよう」

今は半信半疑で素直に喜べる訳もなかったが、彼と付き合ったその後。2年間の交際を経てめでたく結婚する事になる。
呪いの言葉は呪いじゃなくて、ただの思い込みのようだったと、のちの私は彼の隣で幸せに笑ったのだった。








────
──




ようやく、手に入った。

「カラ松。お前職権乱用しすぎだろ」
「仕方ないだろう。こうしないと彼女を手に入れられなかったんだ」

俺の唯一の兄は呆れた顔で言った。

職権乱用?それは違うな。いずれにせよ彼等は寿命だったのだから。少しばかり早めてしまったが誤差の範囲。なんの問題もない。

「それで真澄ちゃんはどうするのよ」
「人の生を終えたら俺の力で死の天使になってもらう予定だ。死神界一のおしどり夫婦になってみせるぞ」
「それこそ職権乱用だなぁ……ま、仲間が増えるのは俺も嬉しいし、子供も出来たら仕事が楽になるしな。楽しみだねぇ」
「ああ!とても楽しみだ。だがついうっかり寿命を刈り取ってしまいそうになる。まだ人間の生活も楽しいし、いろんな体験がしたいから早めたくないんだけどな」

彼女を愛するには、周りの邪魔な男共を排除する必要があった。
可愛い天使はいつも笑顔を振り撒き、明るく、俺にはとても眩しい存在だった。だから密かに彼女を狙う者も多い。だから考えて、手帳に目を落としてふと気づいた。
彼女の家族はあと5年もしたら次々に寿命を終える。本当なら祖父母の方が先に倒れるのだが、そこを両親に入れ替え、彼女に大きな傷をつける。そこから順番に少しだけ早めていき、家族を失った所で親友と言っていた子も最後の舞台を作る為に早めた。
そして一つ、噂を立てる。
「彼女は死神だ」
あっという間に人は彼女から離れ、彼女は自ら孤独を望むようになった。すぐに離れて言ってしまう人間よりも、俺ならずっと愛してやれる。とても良いストーリーだった。そしてこれからも、続いていくのだろう。


死神に愛された女の話


(あーあ。可哀想な真澄ちゃん。死神に惚れられて、周りに誰も居なくなった可哀想な人間。でも俺達の仲間になるんだから独りにはならなくて、ある意味幸運なのかな?)

.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ