短編

□君の隣
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どうしたって臆病のままだ。
君の隣を望んでしまう僕を、思いっきり怒って欲しい。そして……思いっきり馬鹿だなと言って、笑って欲しい。

夜の冬の公園はしんっと静まっていて、とても寒い。どこかのクソが居たら「静寂と孤独……コールドな世界に包まれるオレ!」とか本当にクソな言動が出てくるだろう程、寒くて静かだ。

その公園のベンチに座って、着てきたダウンも意味を持たないほどに身体が冷えてきた。
かじかむ手……それでも熱を起こそうと擦り合わせもせず、ぼんやりとベンチに座っている俺がいる。

「どうしたら……勇気が持てるんだろう?」

誰も居ないのに言葉はするりと出てくる。誰にも聞こえるはずのない一人言は勿論、誰からの返事を貰えない。
ずーっと、ずーっと……。

「……帰るか」

意気地無しの俺はこの寒さに耐えきれず、孤独が寂しくて、結局は家に帰る事にした。

寒さで動きが鈍く、いつもよりも時間を掛けて立ち上がると「一松兄さーん!」という大きな声が公園に響いた。

「一松兄さん!」

俺の一つ下の弟は焦ったような顔をしながら俺の手を掴む。じんわりと熱が伝わり、痒いような痛いような痺れを感じた。

「……十四松」
「一松兄さん。『ダメ』だよ。早く僕達の家に帰ろう!」

そう言って俺の手を引き、問答無用でずんずんと歩く十四松。骨の髄まで冷たくなっているかもしれない身体は、必死に弟の歩みに付いていこうとする。

「……一松兄さん。約束したでしょ。夜は誰かと一緒じゃないとダメだよって」
「…………ごめん」
「今度またやったら夜の外出は禁止でっせ!」


十四松の顔は真剣みを帯びている。分かっているから素直に「うん」と返事をして俯いた。


「あ!一松兄さん!」
「心配したぞ一松!」
「本当にもう……お兄ちゃんの心臓止める気かよ。マジ約束守れっての」
「うっわ顔色ヤバい!風呂の準備はしてあるから早く帰るよ!」

トド松の声にクソ松、おそ松兄さん、チョロ松がそれぞれ言う。
どれも心配そうな声と表情。こんなゴミみたいな存在気に掛けなくてもいいのに、でもそれが少し嬉しかった。
そして──また俺は勇気を捨ててしまう。

温かくなっていく体温。血が通い始めて感覚が戻ってくる身体。生きている証拠に少しだけ霜焼けになった指先が痛みを教える。

パジャマに着替えて、一年前から真ん中で定位置になったそこで、今日はおそ松兄さんと十四松に挟まれる。
こりゃ明日は地獄ですなぁ……なんて。二人の寝相の悪さに苦笑いして、電気が消されて就寝。

そしていつもの夢を見る。


雪が降っている夜の公園。さっきまで居た場所で、寒さに耐えながら俺は待っていた。

「一松くん!メリークリスマス!」
「まずは今晩はでしょ。まあいいや……メリークリスマス」
「今晩は!ごめんね、待たせて。上司に仕事押し付けられちゃってさ。クリスマスに残業とかふざけんなだったけど、一松くんの為に不肖真澄!出来るだけ早く終わらせて来ましたと思います!」
「あー……ハイハイ。頑張ったね〜」
「投げやり!?ごめんってば!今日は私が奢るから許してよ」
「別に怒ってないし……まあでも、罰ゲームはしてもらおうかな」
「えー……奢るより厳しい感じなんだけど」
「…………ん」
「ん?」
「手……寒いから握ってて」
「……それは確かに罰ゲームかもね」

冷たい俺の手を握るのはさぞかし良い罰ゲームだっただろう。はめていた手袋を取って俺の手を握り「冷たい!」と笑う彼女。必死に俺の元に走って来たんだろう彼女の手は俺とは反対に熱くて、温かいものだ。

図々しくも勘違いをしている。とても愛しくて、かけがえのないお前に恋をしている。

最初はぎこちなかった会話も、普通に言えるまでかなりの時間を過ごしてきた。軽口も、こうやって触れるのも、ゆっくりといろんな時間で過ごして漸くだ。

温かい温度は俺の頭に積もった雪も払ってくれて、心臓は穏やかに高鳴っていく。

「本当に待たせてごめんね」
「だから別にいいって。あ、でもちょっと急いで。予約した店に間に合わなくなる」
「うわマジだ!?急ごう!」

小走りに公園を去ろうとする俺達。真澄が疲れているのを知っていても、予約したレストランに間に合いたかったから急いだ。こんな俺に好意を寄せてくれた彼女にサプライズを用意していたもんでね。

此処で俺は立ち止まって、幸せそうな二人の背中を見詰める。何度も繰り返し見る光景だから、俺は引き返し、ベンチに戻って座り直す。

この後、真澄は死んでしまうのだ。今は刑務所に入っている俺よりも屑な野郎に殺されてしまう。

公園を出ようとした時に、急に走ってきたクソ野郎は「リア充死ね!」と俺に向かってナイフを突き出していた。昔の俺だってリア充共が憎くて、心境は痛いほどわかった。でも人を殺そうとまでは考えてなかった。

臆病な俺は避けようともせず、突然の事に動けなかった。

「一松!」

勇敢な彼女は俺の手を引っ張り後ろに後退させ、その刃は彼女のお腹に深く刺さった。ベタなドラマのような事が起こって、それがフィクションなら良かったのに、生憎と現実であった。

「あ……、あはは。チョーウケる。マジかぁ……本当に刺さっちゃった。はははは!」

公園を出たら、どうやら周囲に人が結構居たようで、真澄にナイフが刺さってるから武器を持たないキチガイ野郎は誰かに取り押さえられた。そして、救急車を誰かが親切にも呼んでくれてそれは後から来てくれた。


「あ、ア゛ァアアアアアア……!真澄、そんな、やだ、血がッ!」
「一松……いち、まつ………へんだな。一松の手、あったかい。わたしの方が……あたたかい、はず……」
「真澄!いやだ、やだ、どうしよう!止まらない、止血しなきゃ……」
「いちまつ……いち、…………あったかいままで、いて……ね…………。」


此処で夢ももう終わりだ。

彼女の葬儀は本来は身内のみだったけど、彼女のご両親のご厚意で俺も出させてもらった。守りきれなかった俺に彼女の両親はありがとうと、不相応な言葉を俺に与えた。

棺にいる美しく化粧をされた俺の大切な人は、花を手向ける時に微かに触れた冷たい手で生きていないことを実感させた。

「…………今日も、俺は温かい」

臆病な俺は彼女の言葉の通り、温かいままで(生きて)いる。

でも心は君の隣に行きたくて仕方ない。あの日、渡せなかった指輪を渡す勇気が欲しいよ。


「……来世来世。今の臆病な俺じゃ、生きる事で精一杯だな」


冬の公園に行く事は許して欲しい。少しでも冷たい君の隣を感じていたいから。

大丈夫。俺にはお節介な暇人の兄弟が居てくれるから温かいよ。今度は俺のことを待ってて。それで罰ゲームは終了だ。


温かい君の隣に


臆病なのは今世で終わりにしたいな。


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