遊園地
(千里×莉磨)








どういう訳だか、私達は遊園地にいる。
眩しいネオンの光、帰っていく客人、静かになっていく乗り物。
閉園前の遊園地は、どことことなく切なく、寂しい匂いがした。

「……千里、満足?」

メリーゴーランド。ゆっくりと上下する、メルヘンチックな色の子馬にまたがった、目の前の恋人――千里は、愉しそうだった。はたから見れば無表情、あるいは気怠そうな眠たそうな表情にしか見えないかもしれない。でも、わずかに上がった口元だったり、烟る瞳の奥がきらきらと輝いていたりするのが、長年の付き合いである私からは“愉しんでいる”という事が分かった。彼はピンクやイエローやらスカイブルーといった、派手な色の馬にまたがりながら、首をゆるく振った。

「ん、まだ」
「……次は何に乗りたいの?」

もう閉園前なんだけど、と私は言った。でもまぁ、私も満更ではない。
千里が愉しいのなら、私も愉しい。彼の唐突な思いつき、遊園地に行こうと言われた時は吃驚したけれど――猫のように気まぐれな彼だ。そういう時もあるだろう。

「あれに乗ろう」

千里が指差したのは、定番の観覧車。やっぱりアレに乗らなくちゃ、遊園地に来た意味がないでしょ? と彼は当然であるかのように微笑った。そうね、と私も微笑う。
――閉園の30分前。大丈夫だろうか。
メリーゴーランドの動きが止まった。千里はひょいと下りて、「急ぐよ」と言って私の手を引いた。まるで、次々と乗り物に乗りたいとはしゃぐ子どものようだった。
駆けつけた時、観覧車は終了の15分前だったから、ギリギリセーフだった。

「あっぶな、」
「うん。乗れてよかったね」
「ん。」

千里は嬉しそうに微笑った。
そうして私達はゴンドラに乗り込んだ。だんだんと地面から離されていく。
夜景が見渡せるくらいに高く上り――頂点にたどり着いたところで一旦停止した。夜に生きる私達から見れば、夜景は見慣れた光景で別に珍しくもなかった。けれど、今夜だけは何だか見慣れたはずの町のネオンだったり、遠くに望む小さな家のぽつんと灯る明かりだったり――夜空に浮かぶ星の光が、妙に特別に思えた。

「……綺麗だね」

ぽつりと私はこぼした。すると千里も「うん、綺麗だね」と同じように返してきた。
急に目の前の彼が、ゆっくりと流れていくこの時間が、愛おしいと思った。

「千里「莉磨」

名前を呼ぶと同じように声が重なって、互いに微笑いだした。お互いに同じことを考えていたのだろう。少しだけいつもとは違うロマンチックな雰囲気に、ときめきを覚えた。

「手、出して」
「――え?」
「いいから」

そう急かされ、まさか、と思った。ベタな展開である。
ベタ過ぎて、私自身の顔がかぁっと紅くなっていくのが分かった。

「……言わなくっても分かると思うけど。ちゃんと形にしたいからさ」

そう言って、千里はジュエリーケースを差し出した。バクバクと胸が高鳴った。

「せんり、」
「ねぇ、莉磨。ずっと俺と一緒に居てくれるよね」

そういう彼は、珍しく頬を紅くして――照れくさそうにしていた。
わざわざ言葉にしなくてもいいと思っていた。それはドラマだけの世界だって――。
でも、私は気付いてしまった。なりたかった女優になれなくても、この世界で生きる、私の人生の主人公は、私自身だったのだと。

「……私が居ないと、千里は危なっかしいもの」
「うん。だからずーっと一緒。」

ね、と千里はいたずらっぽく微笑って、きらきら光るダイヤモンドの指輪を、私の薬指に付けた。きらきらと光る、その光が夜景に広がる様々な光と溶け込んで見えて――千里の眼差しがあまりにも優しくて――私は、泣いた。












 






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