Vampire

□千年のシンデレラ
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――何千年ぶりになるだろう。
着ることもないと思っていた宝石のようなドレスを身に纏い、
もう決して戻りはしないと誓った場所に、今、私はこうして立っている。

眩いばかりの豪華絢爛な邸。
シンデレラのような気分になっていた鈴夏は、まるで他人の様になっていた、鏡の前の自分をぼんやりと眺めていた。女性らしいシフォンの上等な布であしらわれた、エメラルドグリーン色のイブニングドレス。陶器のように白く滑らかな背中が露わになり、シフォンの繊細さが鈴夏のシルエットを際立たせている。そして、高くドレスアップされた燃えるような赤毛の髪や、耳にぶら下がる、ドレス同じ色の宝石のイヤリングはすべて彼女の良さを引き出していた。

――何千年ぶりだろう。こんなに美しいドレスを着るのは――。
遠い過去を探っていると、ノックの音がしてハッと現実に還る。

「鈴夏さん、準備できた?」
「拓麻……」

鈴夏は声のする方に振り向いた。
拓麻と呼ばれた彼は、彼女を見るなり、呼吸というものを一瞬忘れてしまった。

主張しすぎない上品なエメラルドグリーン。誠実な彼女に良く似合う色。
ドレスによってむき出しになった背中、高く纏められた赤毛からあらわれた白いうなじ――ほんのり赤く縁どられた唇は、彼女の色香を一層醸し出して。森の国にひっそりと佇む妖精のように幻想的で――また、熟れた紅く甘美な果実のように、艶やかである。彼女に流れる純血種の血筋が、一層彼女を美しく妖しくさせる。触れてはいけないような、触れたくなるような、そんな危うい神秘さを纏っていた。

「……綺麗……陳腐ないい方だけど、本当に綺麗だよ」
ため息交じりに一条が何度も綺麗と褒め称える。
うっとりとした甘い眼差しに耐えきれず、鈴夏は頬を赤く染めた。
「久しぶり過ぎてで、なんだか恥ずかしいわ」
鈴夏はそう言って、困ったような照れたような、複雑な笑顔を浮かべる。
「そんなことないよ。僕の見込んだ通り、君は緑色がよく似合う」
一条は彼女の方に歩み寄って、細いその腰を抱きしめる。
「拓麻?」
「見せたくなぁ。君の姿。僕だけのものにしたい」
「友人に紹介したいと言ったのは貴方よ?」
うん、今更ながら後悔したよ、なんて声はお道化つつも、その顔は真剣そのもので。
一条は白い首筋に顔を埋めると、唇が落とし、舌を這わせた。そして。
「たくま、」
慌てて鈴夏が制しようと名前を呼ぶと――
「……なんてね、冗談だよ」
びっくりした?とくすくすと一条が笑う。いつもそうやって茶目っ気のある瞳で、彼女に悪戯を仕掛ける。でも彼女が止めなければ、きっと今頃首筋に二つの穴が開いていただろう。それ程、彼の瞳は本気になっていたのを彼女は知っていた。
「全く。困った人ね」
鈴夏は呆れたように、何千年も年下の青年を慈しむように笑う。
そして、彼女も一条の首に手を回して、一条の唇に軽くキスを落とした。
「ねぇ、拓麻?」
「うん?」
「何千年も姿を暗ましていた私を――受け入れてくれるかしら」
一条はふわりと笑った。なんてことないと言うように。
「大丈夫だよ。僕の友人は皆、喜んで迎えてくれるよ」
「それならいいのだけれど」
「大丈夫。僕がずっと傍にいるよ」
今度は一条が鈴夏にキスを落とした。彼女も一条の笑顔につられてふわりと笑った。
「そうね。あの子も来るし……」
「いい子だよ。楽しみにしてて」
すると、後ろの方で、メイドがそろそろお出ましです、と声がかかる。
一条は彼女に優しく微笑んで、白い手にキスを落とした。
「そろそろ行きましょうか、お姫様」
何千年も生きた私にお姫様だなんて――と言いかけたが、今回だけは十代の少女のような気分になってもいいかもしれない。鈴夏は微笑み返して、その手を取った。
「ええ、行きましょう」



キィ、と扉が開く――。



   
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