Vampire
□愛の代わりに心臓を
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流れるクラシック音楽、賑やかな喋り声、人々の足音。
雑音に紛れて、控えの間でやり取りされる会話。
「私……悲しかったんですの。
この方は私と共に長い年月を歩んで下さらないって――」
今にも崩れそうな身体を持ちこたえながら、目の前の男は、更の告白を静かに聞いていた。胸には既に抜き取られた跡。彼の心臓は、更の胃袋の中で消化を繰り返している。
「だから、貴方の生命を頂こうと思いましたの。ねぇ……黄梨様?」
――貴方も死を望んでいたのでしょう?
生きることをとうに諦め、美しい思い出ばかり縋っていたのでしょう?
そして、いつ訪れるともしれない遠い死だけを待っていたのでしょう?
私など見ずに……自分の人生に私など必要ない――そう言いたげな背中に、何度突き放され、孤独を味わってきたか、貴方に分かって?
「――更。」
彼は微笑んだまま、更の頬を撫でた。
その微笑みは、突き刺さるほどに優しくて。
「……すまなかったね……」
――私が欲しいのはそんな言葉じゃないわ――。
「……更……ありがとう……」
そう云うと、するりと力が抜けるように大きな身体が崩れ落ち、鈍い音を立ててテーブルに倒れた。やがてその肢体はきらめく灰となって散っていく。その亡骸を見つめながら、更は薄桃色の唇を開いた。
「……黄梨様。もしも、貴方が少しでも、私と共に生きようとして下さったなら――」
途中で言いかけて、口を噤んだ。
――いいえ、私は純血種に生まれ落ちた以上、普通の幸せを望むことなどできない。たとえ、黄梨様と共に生きられたとしても、私の望むものは手に入らなかったでしょう。それを、黄梨様は分かっておられたわ。それも、出逢った時から……。
――数々の思い出に、せめても花束を。
更は彼の亡骸に、シーツをそっとかぶせた。
-fin-