Vampire

□今日も彼の名を
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「ぜーろ」
と呼べば、貴方は必ず私の方を振り向いてくれる。その顔は、しかめっ面だったり、無表情だったり、微かに笑った顔だったり。最初の頃は、しかめっ面やしれっとした顔や無表情が多かったけれど、今呼べば、ほらね。

「何だ?」

って、優しい顔で返事してくれる。
昔とは大違いだね、零。昔から私のことを守ってくれていた優しいひと。
いくつもの苦しみを乗り越えて――今も尚、私の手を引いてくれる。その手に何度救われたか、数えきれない。本当に感謝してる。感謝という言葉では言い尽くせない程、感謝してる。だけど、まだ、彼の告白を受け止める勇気がない。というよりも、新しい一歩を踏み出す勇気がない。それなのに、私達は互いに身体を重ね、血を求めあう仲になっている。何度も彼の告白を真正面から受け止めてないのに――。

私がとんでもない我儘なのは、百も承知だ。
だけど、そんな私を、零は全部受け止めて、全部愛してくれているから。
だから、私は今日も彼の名を呼ぶ。

「ぜーろ」
「だから、何だ」
ううん、とにんまり微笑んでみる。
「名前、呼びたかっただけ」

 今の私は、傍から見ればきっと、彼の足に纏わりつく猫のように甘えているんだろうな。
 でも、いいの。愛娘はもう既に夢の中。誰も私たちの世界に入る者はいない。だから、私は今日も彼の名を呼ぶ。

「ぜーろ」
「愛してるって言ったら振り向いてやる」
「いじわる」
「いじわるなのはどっちだ」
「私の方ね」
「よくわかっているな。優姫のくせに」
「ねぇ、零。ぜーろ?」
「……」

 ほらね、何だかんだ言いながら、私の方を振り向いてくれる。
 だから、今日も彼の名を呼ぶ――。






-fin-

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