Vampire

□憧憬そのものだった
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「見て、空がきれいだよ」
「そんなこと、知っているわよ。」
「そんなにツンケンしないで。眩しいからって……」
「だって!焼けてしまうわよ!丸焼きよ!」
「姉さん、ピリピリし過ぎ。カルシウム不足?」
「うるさい!」

「あ、喋々……」
「……喋々に反応するこの人は、幼稚園児ですか。」
「しょうがないよ。だって人間になってまだ一年目だもの。」
「そうね……。」


 枢というひとが、私のお父さんが人間になって一年目。“お父さん”というにはあまりにも年月が過ぎて、未だに抵抗はあるけれど――お父さんと呼べば、彼は振り向いてくれる。それがこそばゆくも、嬉しくもある。でも、ここでは”お父さん”と言うには恥ずかしいので、”彼”と云わせてもらう。

 彼はもともと、純血種だった。それもお母さんの話によると、始祖の一人だったという。だから、彼の身体に流れている血には、濃い吸血鬼の遺伝子が眠らされている。それが、いつ目覚めるか分からないから、私たちがこうして見守っているのである。
 一年経ったというのに、彼は太陽の光に反応して、いつも、

“不思議だね。毎日見ているのに――何年も見ていないような気がするんだ”

 って言うのだ。その後に、“僕が愛達と同じ……吸血鬼だった頃が長すぎたから、かな”と微かに笑ってみせる。
 他にも、彼は、日に当たるもの全てを、まじまじと眺めていたり、一日中日向ぼっこしたりするのが彼の趣味らしい。長年吸血鬼でいた反動なのか、お母さんの願いが届いたのか、分からないけれど――私達、吸血鬼の身になってみれば、彼を見守るためとはいえ、日中太陽の下を散歩するのは、地獄そのものである。特に光が苦手な私にとっては。

「ねぇ、愛。恋。こっち来てみてよ」

 日傘を差した中、ぷりぷりしていると、彼の声が私たちの足を引き留めた。どうしたの、と恋が振り向く。私も後を付いていくと、彼が「ほら」と草むらを分けながら、「鳥の巣だよ」と言う。覗いでみると、本当に鳥の巣が隠れていた。長くて丈夫な葉っぱの枝に巻き付くように、いくつもの蔓で織られた巣だ。そういう巣を作る習性のある鳥なのだろう。親鳥はその巣にいなかった。彼はそれをまじまじと見つめながら、「卵、二つあるね」と言った。

「ほかの卵はどうしたのかな」
「元々二つだけだったのかも」
「親は餌を取りに行っているのかな」
「そうかもね」
「この卵が還ったら……愛と恋みたいだね」

 と、彼が小さく笑った。
すると、恋が苦笑いしながら「いつもそうやって何でも私たちに結びつける」という。

だって、と彼が微笑みながら、立ち上がった。


「君たちのことを、愛してるから」



 太陽を背に、彼が歌うように言う。

 眩しいのは――太陽のせい。

 またそんなことを言う、と強がるけれど、

 涙が出そうになるのは――太陽のせい。




「あーあ。泣いちゃった」
「泣いてないもん」
「泣いてるじゃない。ほら、ハンカチ……」
「だから、泣いてなんか……」
「ね、拭きなよ」
「うん……」
「あ、お父さん行っちゃった」



 幸せそうに、太陽の下を歩きながら、時々吹く風に髪をなびかせて、
 昔の歌なのか分からない歌を口ずさんで、時々青空を見上げて、
 光を一身に浴びた彼が、私達の名を呼び、微笑みかける。
 そんな彼の姿は、お母さんの夢見た、憧憬そのものだろう――。







-fin-

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